244 ミストーレ騒動 3
護衛を終えてダンジョンからでると時間は昼くらいになっていた。
「もう一度ハスファの様子を見て、シーミンに状況を伝えようかな。心配しているだろうし」
ルポゼに帰って武具を外し、明け方までの状況報告を受けて教会に向かう。
冒険者たちによる瓦礫の除去作業はまだ続いていて、そのおかげで夜のような滅茶苦茶な風景から、ずいぶんましな風景へと変わっていた。
ハスファが眠っていたテントの近くまで来て、そこにいたシスターに知人がいてお見舞いのため中に入っても大丈夫かと尋ねる。
そのシスターは中の様子を見てから、大丈夫だと教えてくれた。
礼を言い、テントに入る。
「あ、起きてるのか」
身を起こして近くにいる同僚と話していた。
俺に気付いたようで軽く手を振って元気だと示してくる。
「お見舞いですか? ありがとうございます」
「完全に治ったのか?」
笑みを浮かべしっかりとした頷きが返ってくる。
「ポーションをいただけて、痛みは引きました。今は少し違和感があって、それが治まるまでは安静にするようにと言われています」
「後遺症とかはなさそう?」
「それは大丈夫みたいですね」
よかったと胸を撫でおろす。ほんとに治ってよかったわ。
「シーミンも心配しているだろうし、良い報告ができそうだ」
「元気にしていると伝えてください」
「うん」
「今外は落ち着いているみたいですけど、どうなっているんですか?」
「冒険者たちが瓦礫の除去を頑張っているよ。冒険者たちはポーション作成に必要なダンジョンの水確保もやっていた。俺はそっちだね」
「教会の外はどうなりました? あなたが慌てた様子もありませんし、まだここを破壊したなにかが暴れているということはないと思いますが」
「町の建物もいくらか壊れたね。暴れていた魔物は倒したよ」
魔物だったのかとハスファのみならず、ほかの怪我人たちも驚きを露わにする。
「これだけ滅茶苦茶をするなら魔物がいたということに納得いくのですが、倒したんですか」
「余裕だったよ。ほかの魔物もたぶんいないだろうし、安心して休んでいるといい」
「余裕? これだけ荒らした魔物もあなたにかかれば、そのような扱いなのですね」
安心させるために余裕を装っているけど、嘘というわけでもない。マナジルクイトのおかげもあって苦戦もしなかったからな。
「これまで鍛えたおかげだね。心配かけたかいがあった」
「できるなら、心配させないでもらえると助かるんですけど」
「まだ心配はさせそうだよ」
「ほどほどでお願いします」
魔王たちの動き次第だわな。というか今回のようなことが起きるのなら、こっちから動いてどうにかしたい気がしてきた。
俺狙いで魔王がやってくるとは思っていたけど、こういった事態は予想してなかったからな。
やられてみるとポーションを狙ったりするのは有効だし、起きうる事態だったんだよな。
一度リューミアイオールにクッパラオに送ってもらおうか。砂漠を俺だけで歩き回っても情報を集めるのは無理かな?
いや一度だけなら有効か? 魔王の反応を確かめられるかもしれない。アンクレインたちが釣れてくれれば、ぶった斬れるんだけど。
「なにか考えごとですか?」
「この先のことをちょっと考えていた。先のことといえば、教会の人たちは再建するまでテント暮らし?」
「そういう人もいます。私のように実家がある人もいますから、そちらから通う人もいるでしょうね」
「メインスたちは宿暮らしかな」
ハスファは頷いた。
幹部たちはお客さんの対応とかもあるし、ちゃんとした環境で過ごす必要がありそうだ。
「さすがにあの方々をテント暮らしさせるわけにはいきませんからね」
「見栄というか威厳のためにも身の回りのことはきちんとしないといけなさそうだしね。再建ってどれくらい時間がかかると思う?」
「どれくらいでしょう。十年以上前に立て直しがあったそうですけど、どれくらい時間がかかったのかはわかりません。まずは聖堂とポーション製作の建物を優先して、そのあと私たちが使う場所という感じで一年くらいかけても不思議ではありませんね」
町の大工たちを集めて頑張ってもらえれば、もっと早くなるかもしれないけど、住宅街にも被害が出ていてこっちばかりやるわけにもいかないだろうし、それくらいはかかるかもな。
「長期間テント暮らしは大変だろうに。うちで何人か引き受けられればいいんだけど……あ」
「?」
なにを思いついたのかとハスファは首を傾げる。
「タナトスの人たちの周辺は空き家が多いし、あそこを借りて暮らすのもありかなって」
「あー、そういえば多かったですね」
「雰囲気をどうにかできたし、そばで暮らしても過ごしにくいってことはないと思うんだ。メインスか夜主長さんに話を持っていってみるよ」
早速話に行こうかな。
「そろそろ行くよ。ハスファは違和感がなくなるまで安静にするようにね」
「いつもと逆ですね」
くすくすと面白そうに笑う。
「心配したから、本当に逆だったね」
「私はデッサさんと違って、無茶はしないから安心してください」
嫌味かな? いろいろと心配かけてきたし嫌味の一つも言いたくなるだろうなぁ。
まあ表情は笑みのままなんで、嫌味ってのは勘違いだろう。ちょっと釘を刺すつもりで言ったんだろうね。
ハスファに別れを告げて、テント内にいた人たちに軽く一礼し、テントから出る。
夜主長たちがいるテントに入り、考えたことを提案してみる。
「たしかにテント暮らしよりは過ごしやすそうです。ですがあの独特の雰囲気がなくなったというのは本当なのですか?」
「ええ、空き家がどれくらいあるのか確認ついでにタナトスに会ってみてはいかがでしょう。あとメインスも雰囲気の変化に関しては知っているはずです」
「確かめてみましょう」
夜主長との話を終えて、教会の敷地からでる。
あとは町長のところに戻って、魔晶の塊が確認できたか聞いてから、ルポゼに戻って休もう。あ、タナトスにもいかなきゃな。
屋敷前にいる門番に声をかけると、町長のところまで案内してもらえた。
まずはいきなり退室したことと戻ってくるのに時間をかけたことを詫びる。
「知人が無事かどうか知りたくて焦ったのは理解できるが、会話の途中でいきなり飛び出していくのは感心しない。以後気を付けてくれ」
「はい、申し訳ありませんでした」
「わかってくれればいい。それであの魔晶の塊だが、本物だと我らは判断した。あれの扱いはどうする? 売却か返却か」
売却しようかなと思ったけど、バス森林の方で使い道があるかもしれない。
魔王討伐に役立つかもしれないし、返却してもらおう。
「あれを材料にして、魔物討伐に役立つなにかができるかもしれないので返却でいいですか」
「わかった」
町長は部下に魔晶の塊を持ってくるように命じる。
その部下が帰ってくるまで、カルシーンのことや教会の様子を聞かれて答えていく。
「カルシーンからはなにが目的か聞くことはできなかったか。教会に行った部下からはポーション目当てらしいと報告が入ってきている」
「俺も聞きました。ほかの教会も同じように被害を受けているかもしれません」
「その可能性は十分にあるな。撃退できていればいいが。特にクッパラオに近い教会は大きな被害を受けているかもしれない。救援物資を送れる準備はしておこうかな」
「魔物たちはほかにも後方を荒らすようなことをしてくるでしょうか」
「可能性はゼロではないだろう。向こうもクッパラオで暴れていて、あれこれとやれる戦力はないだろうから、連日襲撃してくるようなことはないはずだ」
そうであってほしいと言外の思いが聞こえてきたな。
話していると魔晶の塊を持った部下が戻ってくる。
それを受け取った俺に町長が報酬について話してくる。
「カルシーンを倒した報酬はどうする? お金でもいいしそれ以外でも欲しいものがあれば聞くが」
俺が勝手に倒したのだから報酬はないかなと思ったけど、この町を守ったのだからでないわけがないとバズストの記憶が主張してくる。
「お金でお願いします」
どれくらいでるのでしょうかと聞くと、町長はすぐに答えてくれる。
「やはり大金ですね。お金はあれば助かるけど、町としても復興やクッパラオへの支援に必要でしょうし、今の町からそれだけ引き出すのは問題かもしれません。だからこうしましょう。半額分を経営している宿の税金免除にあててください」
「もう半額は現金で渡すのかね?」
「そちらは復興への寄付という形にしたいと思います。倒壊した建物の修繕費やカルシーンに対応し怪我をした冒険者たちの治療費に使ってください」
「こちらとしては助かる話だが、いいのかね?」
「名声や評判をお金で買って、宿の宣伝になればいいという感じですね」
情勢が不安定な今、宿の税金が免除されるだけでもかなり助かる。ロゾットさんと要相談だけど、食料の仕入れで上げた分の宿賃を少しは下げても大丈夫かもしれない。
評判が上がれば俺が長期間留守にしている間、客足が途絶えず経営が安定するんじゃないかな。
「わかった。君が大金を寄付したということは人々の耳に入るように動こう」
「お願いします」
町長はささっと税金免除の契約書を作る。渡されたそれに俺がサインを書く。
用事をすませて屋敷を出て、タナトスの家に向かう。
タナトスの家周辺はカルシーンがこなかったようで、荒れた様子は皆無だった。
「こんにちは」
「いらっしゃい。シーミンは部屋にいるわよ」
「シーミンだけじゃなくて、皆さんにもちょっと伝えたい話があるので一緒に部屋に行ってもらっていいですか?」
「いいわよ」
シーミンの母親と一緒に、シーミンの部屋に入る。
今日もシーミンの隣にディフェリアがいる。
でもシーミンはそわそわとしていて、ディフェリアへの対応がおざなりになっていた。
「デッサ?」
「こんにちは」
「教会が襲撃されたそうだけど、なにか知ってる?」
そわそわしていたのは、教会が気になっていたからなんだな。まあ当然か。数少ない友人の無事は気になるわな。
「それについて話しに来たんだ」
「聞かせて」
頷いて椅子に座り、知っていることを話す。
ハスファが骨を折ったと聞いて、シーミンは今にも走り出しそうな雰囲気になった。
それを止めたのは母親だ。
俺が心配せず落ち着いているのだから、治療を受けて今はもう大丈夫なのだろうと説得し、シーミンは納得したように落ち着く。
話を再開し、一通り教会の現状を伝える。
「ここからがタナトスの皆さんに話したいことなんですが、教会でテント暮らしをしている人たちがここらの空き家に来るかもしれません」
「どうしてそんなことに?」
母親は不思議そうに聞いてくる。
「俺がここら辺は空き家が多いから一時的に過ごすのによさそうだと提案したからですね。それについて教会の人たちが話を聞きにくるかもしれません」
「たしかに空き家が多いから、テント暮らしをしている人たちを受け入れることはできそうね。でも壊れた家も多いわよ?」
「ちょっと手入れすれば大丈夫じゃないですかね。修理を手伝って、それをきっかけにご近所付き合いとかもできそうじゃないですか」
タナトスの人たちは本職と同等とは言えないものの、修理を自分たちでやって慣れているから手伝えばありがたがられると思う。
「上手くいけば賑やかになりそうね」
「魔法で雰囲気はなんとかなるし、性格的に問題ないと教会の人たちが理解すれば上手くいくと思うんですけどね」
「そうなってくれれば嬉しいわ」
「話はこんなところですね。では俺は帰ります」
もう帰るのかとシーミンが残念そうに言う。
夜明け前から魔物と戦ったりしているから今日はもうゆっくりしたいと返せば、シーミンはすぐに納得してくれた。
シーミンたちに別れを告げて、ルポゼに帰る。
ロゾットさんに声をかけて、税金免除について話して、値下げができるか相談する。
ひとまず今日のところは伝えるだけですませて、また後日話し合うことにして、部屋に戻った。
剣と財布をテーブルに置いて、ベッドに寝転ぶ。
「今日はいろいろと働いたー。もうごろごろとしてすごそう」
今日はもうなにもせずに昼寝でもしようと体から力を抜いて、目を閉じる。
(あ、魔晶の塊がいるかどうか知らせておかないと)
それだけやろうとベッドから降りて、メモを書いて素材箱に放り込む。
今度こそ昼寝だと、なにも考えずにぼんやりしているうちに眠った。
感想ありがとうございます