243 ミストーレ騒動 2
「報告します! 冒険者デッサにより魔物討伐!」
「本当か!?」
兵の報告に、文官の一人が聞き返してくる。
「魔晶の塊を所持しています。確認してください。デッサ、町長のところに持って行ってくれ」
「わかりました」
部屋に入り、人々の注目を浴びながら町長に近づいて魔晶の塊を差し出す。
それを受け取った町長はすぐにお抱えの魔法使いを呼ぶように指示を出す。
「魔晶の塊は以前見たことがあってそれとそっくりなのだが、念のため本物かどうか確認させてもらう」
「承知しました。確認を終えるまでに被害状況とか教えてもらえると助かります」
「それくらいならお安い御用さ。しかし君がクッパラオ国に行かないと言ったときはなにを考えているのかと思ったのだが、その選択がこうして助けになるとは。魔物が来ると予想していたのか?」
「まさかしていません。経営している宿が気になったり鍛錬を優先したという個人的な理由で、ミストーレに残っただけです。ダンジョンで異常が起きたりしていましたから、離れがたいものがあったんですよ」
そうかと町長は納得した様子を見せる。
町の被害を再度聞くと、町長は頷いて話してくれる。
最初の被害は教会だそうだ。突然建物が壊れて、全ての建物を壊すようにカルシーンは暴れたそうだ。
教会側は予想もしていなかった強襲になすすべなく逃げることしかできなかったみたいだ。
大暴れしたカルシーンはその後、ダンジョン方面へと民家などを壊しながら進み、追いついてきた冒険者たちを相手していた。
死者も出ていて、教会は特に死者が多いとみているそうだ。
それを聞いてハスファたちが死んでいないかと肝が冷える。怪我を負っているのは覚悟していたけど、死者が多いという情報には焦りが生じた。今すぐ無事を確かめたいと町長に断りを入れて、部屋を飛び出す。
止める声が背後から聞こえてきたけど、ハスファたちを優先させてもらう。
教会に戻り、瓦礫を運んでいる冒険者たちに声をかける。
「怪我人の姿が見えないんですが、どこで治療しているんですか?」
真剣な俺に若干後ずさりながら向こうだと指差す。
「軽傷者は近くにテントをはってそこで。場所は向こうだな。重傷者は医者のところに運んだ」
「ありがとうございます。怪我人は多いのでしょうか」
「ああ、多いね。死者も出たそうだ。まったくなんで教会を狙ったのか」
「ほんとにどうしてでしょうね」
冒険者たちに教えてもらったテントに向かう。
いくつものテントが立てられていて、包帯を巻いたシスターや修道士たちが忙しそうに動いていた。
休憩に入っていた修道士に声をかける。
「すみません。ちょっといいですか」
「なんだい?」
「教会に知人がいるんですが、無事を確かめたいんです。シスターが多く集まっているところとかありますか?」
「難しいね。誰がどこにいるかまだ把握できていない。被害を把握するには時間がかかるよ」
「そうですか。ちなみにハスファという俺と似た年齢のシスターが大怪我をしたとかそういった話は聞いてますか?」
「すまないが、わからないね」
礼を言い、ほかの人たちにも聞いてみようとハスファとメインスについて尋ねて回る。
メインスは少し怪我をしたものの無事だとすぐにわかった。トップについてはわかりやすいよね。
ほっとしながらメインスの所在を聞くと手当の手伝いをしているそうなので、そちらに行ってみる。メインスならハスファのこともわかるかもしれない。
メインスの居場所を聞いて回ると、怪我人の血をタオルでふいているところをみつけた。
治療の際に付着したのか、服に血がついていた。
「メインス、今大丈夫?」
「デッサ」
こちらを見てほっとしたような顔になったメインスは、怪我人をふく手を止めずに頷く。
「このままでもいい?」
「ああ、かまわない。無事でよかったよ」
隣に移動し、視線を合わせるため俺も地面に膝をつく。
「私は運が良かった。部屋が頑丈に作られていたので、大怪我はしなかった」
打ち身や擦り傷程度で、希釈したポーションで治療してもらったそうだ。
「あちこち壊れているからメインスも被害にあっていると思っていたよ。ハスファの無事が知りたいんだけど、知っている?」
「私はわからない。夜主長たちのところに被害状況の情報が集まっているので、そちらに行けばわかると思う」
「夜主長たちはどこに?」
「大きなテントに集まって指示を出したり、報告を受けたりしていると思うわ」
手を止めて、テントのありかをメインスは指差した。
「メインスはそっちに行かないでいいの?」
「ここの教会のことは彼らの方が詳しいから、邪魔にならないように今はこうした手伝いをして、後処理を手伝うことになるわ。余裕がない現状でも私がいるとどうしても意見を聞かないといけないだろうからね。スムーズな指示が必要な今は私は邪魔にしかならないわ」
「そっか。じゃあなんでここが魔物に襲われたのかはわからない?」
「ポーションが目的だったみたい。そんなことを魔物が喋っているのを聞いた人がいる。ポーションの作成を止めたかったのでしょうね。ほかの大きな町の教会も同じように襲われているかもしれないわ」
「ポーションの生産量が減るのはきついな。ダンジョンで使われるし、今だとクッパラオ国でも使われるものだしね」
クッパラオに行った人たちが思いのほか頑張ったから、こういった後方の破壊を実行したんだろうか?
「急いで瓦礫を動かしてもらって、立て直しているところよ。ここの怪我人たちにも使いたいしね」
「瓦礫の移動だけなら俺も手伝えるし、ハスファの無事を確認したあとそこに行こうかな」
「お願い……いやあなたにはダンジョンに行ってもらった方がいいかも」
「どういうこと?」
「ダンジョンの深層の水をポーションの材料として使いたいの」
ああ、そういうことか。
俺はそっちをやった方が役立ちそうだな。
「わかったよ。そっちをとってくることにしよう。量は多い方がいいんだろう?」
「そうね」
「だったら八十階以上の水をとってくるより、すぐに運び出せる七十階の水をとってきた方がいいよね」
今は質より量だろう。
「七十階辺りでも十分よ。夜主長たちにそれを伝えてもらえるかしら。私が許可を出したと言えば、手伝いの人員と予算からお金を出してくれると思うから」
「そうする。じゃあ夜主長のところに行ってくる」
「その前に魔物は今どこにいるのかわかる? もう町から出て行った?」
「魔物はダンジョンの近くにいて、そこで倒したよ」
「え?」
ぽかんとしたメインスから離れて、夜主長たちがいるテントに向かう。
テント周辺は忙しそうに人が動いていた。
そんな人たちの邪魔しないように避けつつテントに入り、夜主長を探す。
ちょうど報告を受け終わったところだったので、近づいて声をかける。
「こんばんは。少しお時間よろしいでしょうか」
「デッサ君? なにか用事かい」
「ハスファがどうなったのか、ここならばわかるだろうとメインスから聞きました。あとダンジョンで水を取ってきてとメインスから頼まれました。用件はこの二つです」
「あの子は左肩辺りの骨を折って、安静にしている状態です」
カルシーンが大暴れしたときは無事だったらしい。皆で壊れた建物から避難しているとき、崩れた瓦礫に何人か巻き込まれてその中の一人にハスファがいたそうだ。
ポーションを少しだけ使用して応急手当をしたあと、鎮痛剤を与えて寝かせたということだった。
ハスファが怪我をしたと聞いてカルシーンをぶん殴ってやりたくなったけど、すでに実行したあとだった。
「今ハスファはどこに? 会いに行けますか」
「寝ているかもしれませんよ?」
「無事な姿を自身の目で確認したいだけなので、寝ていたらすぐに離れますよ」
「わかりしました。あとで案内をつけましょう。それでダンジョンの水についてですが」
「七十階辺りの水をポーションの材料に使いたいということでした」
「やはりそうですか。ポーション作成をしている建物が壊れていて、保管していた材料もだめになって不足した状態です。水を運んでもらえるのはありがたいことです。冒険者に依頼しようと考えていたので、依頼書を作ってしまいましょう。お手数ですが、ダンジョンに行くついでにギルドに依頼書を持っていってもらえますか」
わかったと頷くと、夜主長は人を呼んで用件を伝える。
その人と一緒にハスファがいるテントに向かう。
案内役のシスターと一緒にテントに入ると、地面に敷いた布に寝かされた怪我人たちがいて、その中にパジャマ姿のハスファがいた。パジャマの下に包帯がちらりと見えた。
今は鎮痛剤が効いているようで、痛そうな表情などしていなかった。
よかったと胸を撫でおろし、テントを出る。
(とりあえずカルシーンに教会破壊を指示した誰かはぶった斬ろう。どうせアンクレインかレオダークだろ)
そう心に決めて夜主長のところに戻ると書類ができており、それを受け取ってゴーアヘッドに向かう。
夜だというのに町は騒がしさを感じさせる。
「騒ぎに乗じて悪さする人がいるかもな」
少しだけ寄り道することにして、ルポゼに戻る。
ルーヘンたちにあったことを話して、今夜は警戒維持したままと指示を出し、ゴーアヘッドへと駆ける。
ゴーアヘッドはこの時間帯にしては人が多かった。
俺がカルシーンと戦ったという話が伝わっているのか、カルシーンはどうなったのか聞きたがる人たちがいた。
「用事があるから端的に話すと、カルシーンは倒した。ほかに魔物がいるかどうかはわからん」
「倒した!?」「まじかよ」「彼は強いと聞いていたが本当だったのか」「ほかにいるのか?」
「気配は感じ取れないけど、もしかしたら隠れ潜んでいる可能性もある」
それだけ答えて、受付嬢に話しかける。
「教会からの依頼を持ってきました。こちらが依頼書になります」
「教会からですか」
内容をさっと確認すると、受付嬢はふんふんと頷き、上司に依頼書を持っていく。
冒険者たちはどんな依頼なのかとこちらに注目している。
依頼書を読んだ上司は、受付嬢と二言三言話して建物の奥へと入っていく。
「緊急依頼です。七十階の水を大量に運び出したい。手の空いている人は依頼を受けていただけませんか」
「水を? どうしてそんな依頼を?」
誰かが聞く。
「今回の騒ぎで教会が被害を受けたことはご存知かと思います。その被害の中にポーションを作る建物も入っていて、素材にも被害がでています。ポーションを作るためにダンジョンの水が必要で、人手を欲しているというわけです」
すぐにやべえぞといった声があがる。
ポーションの世話になっていない冒険者はいないから、事態の深刻さがわかったのだろう。
「依頼を受ける方は登録しますのでカウンターへお願いします。それとこちらでも水を入れる樽の確保を急ぎますが、皆様も心当たりがあればお願いできませんか」
わかったと返事がでて、カウンターへと人が集まってくる。
俺も登録をすませて一度町長のところに戻ろうかと思っていると、職員が話しかけてくる。
「これから転送屋に行くのですが、説明のため一緒に来てもらえませんか。それと先に七十階に行って、水場までにいるモンスターを討伐して安全の確保をお願いしたいのです」
「わかりました。こちらからもお願いをしていいでしょうか」
「なんでしょう?」
「町長に俺がダンジョンで水を運んでいると知らせてもらいたいんです。実は町長のところに魔物討伐報告をしたんですが、話の途中で抜け出してしまったので、俺がどこでなにをしているのか気にしているかもしれません」
職員は手配しますと頷いて、ほかの職員に頼む。
それが終わると一緒に転送屋へと向かう。
冒険者たちは樽の確保や運送のためそれぞれ動き出していた。
転送屋に行って事情を説明すると、急いだ方がいいと転送屋も理解してくれて職員を集めてくれる。
俺は一足先に七十階に向かい、赤銅ムカデを倒していく。
カルシーン戦のあとなので多少は疲れもあるけど、赤銅ムカデに不覚を取ることもなく、見かけたものは全て斬り捨てていく。
水場までのルートを往復している間に、樽を持った冒険者たちが七十階にやってくる。
樽を持つ冒険者の護衛をしながら話をしていると、転送屋に若手たちも集まって教会まで樽を運んでくれているそうだ。
護衛を何時間か続けているうちに、十分な量が集まったということで依頼が終わる。
感想ありがとうございます