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242 ミストーレ騒動 1

 夜のことだ。宿の外の騒がしさで目が覚める。

 窓を開けると、遠くから悲鳴が聞こえてきた。


「誰か暴れているのか?」


 窓から屋根へと上がって、悲鳴の聞こえる方向を見る。

 悲鳴は一つだけじゃなかった。そしてなにかが壊れる音も聞こえてきた。

 またモンスターがダンジョンから出てきた?

 そんなことを考えつつ自室に戻って、武具を身に着ける。

 部屋から出ると、客たちも廊下に出ていた。


「オーナー!」

「なにが起こっているかわかります? 屋根から悲鳴のした方向を見たんですが、建物が壊れていることくらいしかわからなかったんです」

「こちらも把握していません。調べに行こうと思っていますが一緒に行きますか」

「ええ、行きましょう」


 客たちと一階に下りると、ルーヘンたちも起き出していた。

 俺を見ると不安そうな表情で駆け寄ってくる。


「オーナー! なにか外が騒がしくて」

「うん、なにが起きているのか調べてくる。ルーヘンたちはここで待機。危険が迫っていると思ったら逃げていいよ」


 こくこくと頷くルーヘンたちに見送られて屋外に出る。

 騒動に気付いた人たちは多く、パジャマ姿で外に出ている人は何人もいた。

 客たちと騒ぎの中心に進む。

 進むにつれてもしかしてという予感が湧いて、それが当たっていたことに顔を顰める。

 騒ぎの中心は教会だった。

 建物が崩れて、教会の敷地から関係者が逃げ出していた。

 まだ建物が崩れているのか、ガラガラとどこかから音が聞こえてくる。

 なにが起きたのかと呆然としていると「これはひどいな」とそばにいた客の一人が呟く。


「オーナーは知人がいるんだろう。今見えている範囲で無事を確認できるかい?」

「あ、そうだ!」

 

 我に返って周囲を見ていく。

 

「……いない。避難しているといいんだけど。ちょっと敷地内を調べてきます」

「ついていこう。瓦礫の下敷きになっている人がいるかもしれない」

「じゃあ俺は避難している人たちから事情を聞いたり、避難誘導を手伝ってくる」


 二手に別れて、駆け足で敷地内に入る。

 周囲を見ながら小走りで移動しているとリューミアイオールの声が届く。


(聞こえているか。ミストーレに魔物がいるようだ)

(これ魔物の仕業か!?)

(なにがあった?)

(教会がめちゃくちゃだ。魔物はどこらへんにいるかわかるか?)


 少し待てと言ってリューミアイオールが静かになる。

 その間に俺たちは誰か下敷きになっていないか声をかけていく。


(ダンジョンの方面に移動して暴れているようだ)

(ダンジョンだな。ありがとう)


 そちらの方面に意識を集中すると、かすかにだけどたしかに妙な気配が感じ取れた。

 

「気になることができたんで、この場を離れます。ここは任せていいですか」


 ハスファたちの様子も気になるけど、魔物を放置もまずい。

 ファードさんがいるなら、このまま教会にいてもよかったけど実力者の多くはクッパラオにいる。放置していれば、いいようにやられる可能性がある。


「なにが気になったんだ?」

「ダンジョンの方面に強い気配があるんです。これだけ離れていて感じ取れるなら、もしかしたらここを破壊した犯人かもしれません」


 客たちはダンジョンの方をじっと見るが、わからなかったようで首を振る。


「勘違いではなく?」

「勘違いだったらいいんですけどね。そうだったらすぐに戻ってきますよ」

「わかった。気をつけて」


 客たちと別れて、ダンジョンの方へと走る。

 急ぎたいのでマナジルクイトで魔力循環一往復分の強化をして、建物の屋根を移動させてもらう。

 ある程度ダンジョンに近づくと壊れている建物が増え、魔物の気配がはっきりする。以前感じたことのある忘れようのない魔物の気配だった。

 

「これはカルシーンか」


 覚えのある気配に、どうしてここにいるのかと疑問を抱きつつ、剣を手に持って三往復分の強化を行う。

 強化された聴覚に、冒険者たちがカルシーンに挑む声が届く。

 聞こえてくる内容から、倒すのではなく一般人避難のための時間稼ぎ目的のように思えた。形勢は冒険者たちに不利と見ていいだろう。

 屋根を強く踏んで、カルシーンめがけて突っ込む。


「お前の相手はこっちだ!」


 カルシーンの気を引くため大声を出して、剣を振り下ろす。

 それをカルシーンは左腕で受けた。ファードさんに壊された左腕は以前とは違い、黒緑色の甲殻のようなものに覆われていた。

 その甲殻ごと斬り飛ばそうとしたら、カルシーンはすぐに下がった。


「ちっ危ねえな!」

「久しぶりだな」


 対面してすぐにわかる。以前ほど圧が感じられない。


「誰だ? ……いや思い出した。あのときの雑魚じゃないか」

「その雑魚に今まさに腕を斬り落とされかけたわけだけどな。今度は情けない猫のような悲鳴を上げずにすんだな?」


 俺に集中するように挑発する。ついでにハスファたちを危険にさらした分のいらつきをぶつける。友達を害されて、はいそうですかですませるほど薄情ではない。

 背後からは冒険者たちの戸惑った気配が感じ取れた。


「あれからどうしていた? 調味料に負けた魔物として仲間に慰めてもらったのか? もしくは馬鹿にされたか」


 カルシーンはいらっとした表情を見せる。


「あのときもそんなふうに挑発して痛い目を見たのを忘れたようだな」

「さすがに忘れてないさ。お前の情けない姿が一緒の記憶だからな。忘れられない記憶だ。それにしてもクッパラオで仲間たちは暴れているのに、こんな離れたところで建物を壊すだけなんて、雑用にしか役立たないと思われているんだな。よほど前回逃げ帰ったのが評価を落としたか」

「こっちの事情も知らねえのにいい加減なことを言ってんじゃねえよ!」


 そう言いながら殴りかかってくる。

 その拳へと剣を振る。

 剣と拳がぶつかりあって押し合う。


「押し切れねえだと!?」

「弱くなったんじゃないか?」


 こっちが強くなったからとわかっているけど、挑発の材料にさせてもらおう。

 レベルアップや完全に扱えるようになった三往復のおかげで身体能力が同じところまで到達したんだろう。


「そんなわけあるか!」


 パンチが連続して放たれる。フェイントも混ざっているんで、思ったより冷静で挑発はたいして効いていないみたいだ。

 以前は見えなかったそれは、今では余裕をもって対応できる。


「ほらどうした。一発もいいもの当てられないじゃないか! 弱体化を否定できないな!」


 鼻で笑いながら声をかける。


「この雑魚野郎が!」

「それは大きな隙だぞっ」


 大振りになったパンチをかわして、横腹を斬る。

 俺とカルシーンの戦いを見ていた冒険者たちから歓声が上がる。


「こっちは任せてもらって大丈夫だ! 皆は怪我人や下敷きになっている人たちを助けてやってくれ!」


 カルシーンから目を離さずに声をかけると、返事が聞こえてきて冒険者たちは離れていく。


「さて人もいなくなったし、本気でやろうかね」

「俺を相手に手加減だと?」

「これは挑発じゃなくて正直な感想だが、あんたを脅威には感じない。以前の俺にとっては難敵だったけど、真面目にやってきたからかあっさりとあんたを超えたようだ」


 目的は魔王の対処なんで、いまさらカルシーンに負けていられないのだ。

 俺が真面目に言っているとわかったようで、それがさらに神経を逆なでしたようだった。

 体毛が逆立ち、怒ったとよくわかる表情で睨みつけてくる。


「俺たち魔物よりも下の人間がよくもまあほざいたもんだ。格の差を思い知らせてやるよ!」

「驕ったままくたばれ!」


 マナジルクイトで四往復分の強化準備を始める。戦いながらの操作だから準備完了に通常よりも時間がかかる。

 でも互角に戦うなら三往復でも十分なので、焦らず準備完了を待つ。

 ついでだから目的を聞いてみるか。

 蹴りを同じく蹴りで止めて、頭突きをしたら同じように頭突きで受け止められる。

 痛む額に顔を顰めながら、背後に下がる。


「いまさらなにしに来たんだっ。ファードさんへの復讐か!?」

「復讐?」

「片腕を壊されて捨て台詞を吐いていただろ」

「あのジジイのことか。たしかにぶっ殺してやりたいが、今回は目的が違う。まあ、お前らに話す義理なんぞないっ」


 正直に話すわけもないわな。ぶん殴っているうちに話してくれるとありがたいんだけど、無理かな。


「それにここで死ぬお前に話したところで無駄でしかないだろうさ!」


 そう言いながら、カルシーンが左腕に力を込める。

 黒緑色の甲殻が赤黒く変色した。変化はそれだけじゃなく、鉤爪のように変形した。


「おらあっ!」


 切り裂くように振られたそれを剣で受け止める。

 帝鉄と同じくらいの硬度を持っているようで、爪を切り飛ばすことはできなかった。

 さらに熱も放っているようで、温められた空気が顔に触れた。


「それが奥の手か?」

「下げたくもねえ頭を下げて手に入れた新しい力だ。以前の腕よりも強いこれを使ってぶっ殺してやんよ!」


 力を込めてくるそれを押し返す。


「武器だけ立派でも当てられなけりゃ意味がないぞっ」


 押し合いのさなか力を脱いてカルシーンのバランスを崩そうとすると、それを察したらしいカルシーンも力を抜いて下がる。

 すぐに互いに接近して、剣と爪をぶつけ合う。

 たまに互いの攻撃がかすることがある。俺の攻撃は切り傷をつけて、爪は防具に爪痕を残す。


「ほらほらどうした! 新しいおもちゃは振り回すだけしかできないようだな!」

「言ってろ! 一撃でも当たれば致命傷だ! いつまで避けきれるか楽しみだな!」


 たしかに当たれば危ないのは認める。でも以前より速かったり巧くなっているわけじゃないから、当たることはないと言いきれる。

 そんな会話をしていたら四往復の準備が整った。

 よし、これで終わりだ。


「それ以上があるならさっさと出しておけよ。さらに上げていくからな!」


 マナジルクイトから力が広がる。強化された感覚で、カルシーンの挙動がさらに読みやすくなる。

 カルシーンが警戒し先手を取ろうと体に力を込めたタイミングで、逆に先手を取るためこれまでより速く間合いを詰める。


「なっ!?」


 やろうとしたことを逆にやられて、驚きの声を上げてしまったことでカルシーンの動きが一瞬止まる。

 そのせいで明らかにカルシーン反応が遅れている。それでもなんとか鉤爪を防御に回すことができたようだ。

 その鉤爪へと剣を振り抜く。


「なんだと!?」


 鉤爪があっさり斬られて驚愕に表情を変化させたカルシーン。

 驚きが治まる前に剣を翻してカルシーンの胴体を真横に斬る。


「ぐあっ」


 斬り傷を押さえてカルシーンはふらつく。


「傷をかばうなんて余裕だな!」


 隙だらけのカルシーンへと天地一閃を使う。

 胴体に十字の傷を作ったカルシーンはその場に崩れ落ちた。


「お、俺がなにもできずに!? 認めるものかよっ」


 なんとか立ち上がろうとするカルシーンの背に剣を突き刺す。剣は胴体を貫いて、地面に刺さる。


「お前の負けだ」


 移動できないようにして敗北を突きつける。こうすれば死ぬ前に目的を話してくれるかなと思ったけど、そんな都合のいい展開にはならなかった。


「こ、こんなところでっ。ちくしょうっ」


 負けを認めずにカルシーンは消えていき、魔晶の塊を残して消えた。

 剣と魔晶の塊を回収し、近くの屋根に上る。

 ほかに魔物がいないかと気配を探る。俺のわかる範囲ではなにも感じとれなかった。

 

「とりあえず町長に魔物を倒したことを伝えておいた方がいいよな」


 そうしたら兵たちが町中に知らせてくれるだろう。

 そのあとは教会に行かないと。

 屋根を駆けて町長の屋敷に一直線に向かう。

 慌ただしい屋敷に到着し、顔見知りの兵に話しかける。


「町長に連絡をお願いしたいのですが」

「お前か、何の用だ? 今忙しくて個人的な救援の願いなら後回しになるぞ」

「魔物を一体倒しました。その証拠として魔晶の塊を預けます」

「本当か!?」


 魔晶の塊を差し出すと、驚きの表情のまま兵は俺と魔晶の塊を交互に見る。


「あ、驚いている場合じゃないっ。一緒に町長のところに来てくれ」

「ほかに魔物がいるならそっちに行きたいんですけど」

「報告だと一体のみのようだが。お前は気配とか感じとれないのか?」

「俺もわかる範囲では一体だけですね」


 心の中でリューミアイオールに聞いてみる。リューミアイオールも感じ取れたのは一体だけらしい。


「なにか異常があればすぐに町に出ますが、それでいいなら」

「ああ、それで問題ないだろう」


 兵と一緒に走って町長のところに向かう。

感想ありがとうございます

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― 新着の感想 ―
[気になる点] かつては魔力循環なしで戦っていたのに、手下相手に3往復して互角では 魔王には勝てないと。 それとも1000年鍛錬した部下がかつての魔王を超えたか?
[一言] かなり強く成ったな。 魔王と比べたらどうなるかは解らんけども。
[一言] リベンジ大成功ですねー! あの時は注意を引くのがやっとだったのに余裕を持って単独で倒せましたねー! いやあ成長を実感しますわ
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