241 不穏されど日常
春も半ばを過ぎて、初夏が近づいている。
魔王復活が間近ということだったけど、その話を聞いてそれなりに時間が経過している。そろそろ復活していてもおかしくない。
それなのに動きがない。国内でモンスターが活発化しているといった魔物が扇動したような動きはあるけど、目立つのはそれくらいだ。
魔王がなにを考えているのかさっぱりだ。復活したら、わりとすぐに俺に襲いかかってくるものだと思っていたんだけどなぁ。
もしかすると魔物側でなにかトラブルでも起きて復活できていないのだろうか?
いつくるのか、なにを考えているのか、落ち着かない日々を過ごすことになってしまっている。
「オーナー、おはようございます」
「おはよう、ルーヘン」
「今日もダンジョンですか?」
「そうだね、いつものように日帰りだよ」
ここ最近は日帰りすることも増えてきている。
魔晶の欠片の需要が増えて、ゴーアヘッドやカンパニアやメインスから質の良い魔晶の欠片入手を依頼されたのだ。
モンスターが活発化したり、治安が悪化したことで、それらに対応する魔法道具の需要が増えて、魔法道具の作成や使用に必要な魔晶の欠片を欲する人が増えたのだ。
国との魔晶の欠片取引量も増えていて、四十階以降で手に入る魔晶の欠片の買い取り額が上がっていた。冒険者たちにとっては稼ぎ時だろう。
そのせいで冒険者が増加し、悪さする冒険者も比例して増えてしまったという問題もある。
ほかにも四十階を目指す冒険者が増えて、新人や一人前になったばかりの者が無茶をして怪我人が増加傾向にあることも問題だそうだ。
稼ぎといえば、クッパラオの方で魔物が暴れているため、傭兵として向かっても良い稼ぎになるとギルドで話している人たちがいた。
あちらはお金に加えて、冒険者引退後に貴族たちの私兵として雇うことも報酬に入っているようで、そちら目当てで傭兵として参加する人もいたようだ。
魔物との戦闘に報酬が釣り合っているのかは俺にはわからん。
頂点会も傭兵の依頼があったようで、上位陣はクッパラオに行っている。彼らは傭兵としてだけではなく、魔力循環と魔力充填の指導員としての依頼もされているとパルジームさんから聞いた。
俺もクッパラオに行かないかと声をかけられた。でも魔王の動きがわからないので、自由に動けるように断った。そうしたら魔晶の欠片の方を依頼されたのだった。
「今日も稼がないとね」
個人の稼ぎはなにも問題ないのだけど、宿の経営のため稼ぎたいのだ。別に借金をこさえたとかそういうわけではない。
「少し前から食材の値段が上がりましたからね。経営が安定化してきたところにそんなことになるとは」
「それでも赤字になってないのはありがたいことだよ。宿の皆が真面目にやってきたから良い感じで回っているんだろうさ」
食材の購入費が上がったことと、治安悪化で警備員を雇ったこと、主にこの二つで支出が増えて経営が安定したとはいえない状況になってしまったのだ。
経営悪化したときに耐えられるように、貯蓄をしようと魔晶の欠片入手依頼を受けて稼いでいる。
「食材の質を落とせばましになるかもしれないけど、それは俺が嫌だしな」
「美味しい食事はここの評価の一つですからね。質を落とすのは俺としても避けたいですね」
一応食材の分だけ宿賃も上げている。購入費用が下がったら、宿賃も下げると客には説明しているので一時的なものだと納得してもらった。
食材費上昇の影響を受けたのは当然ルポゼだけではない、町中の食堂や各家庭も影響を受けていた。
特に家庭は上がった食費の分だけ、ほかのところを節約するようになり、その結果経済にも影響が出てきていた。
この変化はミストーレだけではないだろう。
国内、いや大陸中で治安悪化へと流れが進んでいきそうだ。
(バズストの記録だと、魔王が暴れていたときも治安は悪くはなっていたけど、今とはなんとなく雰囲気が違うんだよな。まだ皆に活力があったというのかな、魔王や魔物に負けてられるかっていう勢いがあった。でも今は当時の勢いを感じられない。ファードさんたちはやる気があったけど、一般の冒険者はそこまでのやる気が見えない。追い詰められたらやる気が湧いてくるのか?)
どうにも不穏という感じがして嫌な雰囲気だ。
ルーヘンやほかの従業員に挨拶して、ルポゼを出る。
町の中は欠片稼ぎのため秋の祭りほどではないけど、冒険者の数が増えている。
そのすべてが悪人とは言わないけどガラの悪い人もいて、そういった人を警戒して兵や冒険者の見回りも増えている。ルガーダさんたち裏の人たちも警戒を高めていると言っていた。
そういったガラの悪い人たちが、若手に絡むといったこともあったようでギルドはその対処に追われることもあるそうだ。
見た目は若い俺にも絡んでくるかなと思っていたけど一度もなかった。
たぶんだけどバズスト関連で得た雰囲気のおかげで、普通ではない雰囲気を感じ取って近寄ってこなかったんだろう。おかげで冒険者としてはいつも通りの過ごし方ができている。
転送屋の前に来たとき、親しみのある気配が近づいてきた。
「おはよう、デッサ」
「おはよ、シーミン。皆さんも」
シーミンの背後にいるタナトスの人たちも笑顔で挨拶してくる。
そんなタナトスを見る周囲の視線は以前より剣呑さが減っていた。
気配をおさえる魔法は十分に役立っているようだ。
「今日はどうするの?」
「七十三階辺りで魔晶の欠片集め。シーミンたちは?」
「私たちは鍛錬。一緒に行ってもいいかしら」
今のタナトスたちなら七十三階も問題ない。上位陣は七十五階まで進んでいるそうだ。シーミンも上位陣に追いついて一緒に七十五階に通っているそうだ。
「一足先に行って狩ってていいのなら」
「俺たちはそれでいいよ」
「ということだから一緒に入りましょう」
「はいよ」
一緒に転送屋に入る。
稼ぎ時のおかげか、七十階に挑む冒険者も一年前よりは増えて、転送の柱はまだ無事だ。
シーミンたちと一緒に転移して、先に行っていると告げて七十一階へと駆ける。
七十二階までは稼ぎの冒険者が多いから、獲物の取り合いになることもある。そのため俺は毎回七十三階以降で稼ぐようにしている。
ある程度転移区画から離れて人がいなくなると、マナジルクイトに登録している魔法から移動速度上昇を選んで発動する。
道中にいるモンスターを無視して、いっきに七十三階を目指す。
人の気配が少なくなっているのを確認し、ランスビートルを斬っていく。
魔法や魔力活性が使いにくくなるここは、冒険者たちが避ける階なので、俺が独占しても文句はでない。
経験値はほぼ入らないから、稼ぎと技術の鍛練と割り切って戦っていく。
魔王が動きを見せないから、レベル上げだけではなく技術の鍛練もはかどっている。俺自身の技である天地一閃とバズストの技であるチャージトラストも練度が上がって、頼りになる技になった。
二時間ほど狩っていると、近くにシーミンたちの気配が感じられ、そっちに向かう。
「戦っているところか」
鍛練の邪魔になるので離れたところで待っていようと見物する。
シーミンたちはやや戦いづらそうにしつつも、魔力循環を使ってランスビートルを倒していく。
戦いが終わって、シーミンがこっちに手を振ってきた。
「お疲れ」
「戦いづらいから嫌いだわ、あれ」
「皆そう思っていると思うよ。レッサーデーモンか焔猫のどちらかと戦えばよかったのに」
これに答えたのはシーミンではなく、タナトスの大人の一人だ。
「そうしたいけど、いずれはここも見回り対象になるかもしれないからね。その時に嫌だといっても避けられないし、ノウハウを集めておきたいんだ」
「そういった理由なら納得できます」
「君はどうやってランスビートルを倒しているんだい」
「俺は近づいて柔らかいところを斬るっていう単純な方法ですね」
良い武器とバズストの技術と何度もランスビートルと戦った経験が合わさって可能になった戦い方だ。
あとはレベル差のおかげでもある。やろうと思えば魔力循環なしでも余裕をもって戦える相手だ。
魔晶の欠片を多く集めたいから、魔力循環を使ってさっさと倒しているけど。
「単純だけど、今の私たちだと攻撃が通りにくいから簡単とは言えないわ」
「どこが柔らかいか実戦してみようか?」
タナトスの人たちが頷いたので、一緒にランスビートルを探して、一人で戦い弱点を見せていく。
「参考になったけど、今の武器だとあそこまでスムーズにはいなかさそうだ。大鎌の更新が必要かな」
「職人さんに提案してみよう」
クイーンマンティスの鎌とかよさそうだけど、得られる階層が十五階上だし過剰かもしれない。
でも一つくらいは強い武器もあった方が万が一の事態に役立つかもしれないし、余裕があればタナトスに持ち込んでみよう。
休憩を兼ねた話し合いを終えて、また一緒にダンジョン内を移動していく。
タナトスの人たちは昼食後に消耗を考慮し、俺よりも先に七十階へと帰っていく。その途中で焔猫とも戦っていくそうだ。
また一人になった俺は七十三階から先に進んで、魔晶の欠片を集めつつ体感で夕方だろうといった時間に転移宝珠を使って七十階に帰る。
転移宝珠はバス森林に劣化転移板を持ち込んで、作ってもらったものだ。効果は何度も使える劣化転移板だ。お金を貯めたい現状、劣化転移板の購入費がなくせるのは助かる話だ。
ダンジョンから出ると日が暮れた直後だった。
今日はカンパニアに魔晶の欠片を持っていき、受付で順番を待つ。俺のように魔晶の欠片を持ちこむ冒険者が多数だ。
酒を飲み行こうぜと明るい声も聞こえてくる。
楽しそうなのは良いことだと思えるけど、景気の良さに浮かれすぎているように思えて、ちょっと危ないかなと思わされる。あの調子でうっかりミスで大怪我でもしそうな、そんな不安も感じられた。
そんな冒険者たちを見ているうちに、順番が回ってくる。
魔晶の欠片と一緒に書類を提出する。その書類にはカンパニアと契約をしているという記述がある。
それを見て受付は通常の買取処理を行う。
俺のように質の良い魔晶の欠片を多く持ちこむ者は、通常処理ですませるという契約だ。七十階以降の魔晶の欠片はもとより高値で売れるため、現在の上昇値は計算にいれなくとも十分な収入になる。
その代わりにカンパニアを通した買い物や依頼の際に割引されるという契約だ。
その割引を利用して、ルポゼの消耗品を購入したり、以前世話になった指導員たちに従業員たちが慣れでいい加減な仕事になっていないか確認してもらったりしている。警備員の紹介もこの割引を使った。
お金を受け取りルポゼに帰る。
「お帰りなさい」
「おかえりー」
部屋の前で待っていたハスファとメインスに出迎えられる。
メインスが待っているのも当たり前になってきたわ。
ただいまと返して、部屋に入る。
「今日はシーミンたちと一緒だったよ。転送屋の前で偶然会ったんだ」
「元気でした?」
「元気だったよ。七十三階で鍛錬して、大きな怪我なく帰っていった」
よかったと二人はほっと胸を撫でおろす。
武具を床に置いて、お金を金庫に入れながら教会の様子を聞く。
相談者の増加や葬式やポーション作りで教会も忙しくなっているようなのだ。
「新人たちも忙しさに慣れて、現場は回り出したわ」
「メインス様の言うようにだんだん安定してきましたね」
「本山からはなにか新しい情報が入ってきたりする?」
「クッパラオ国で魔物や従魔との戦闘が起きているということ以外は特には。頂点会といった魔力循環や魔力充填を使いこなせる人たちが活躍しているそうよ」
どこよりもそれらの鍛練を続けてきた頂点会が中心になるのは仕方ないよな。あとはロッデスもか。
「魔王が出現したという噂は?」
「魔王が姿を見せたという話は聞かないわね」
「もう復活していてもおかしくない時期だと思うんだけど、動きが見えないのは本当に不気味だ」
「神託が出て二年くらいだし、魔物も目立った動きを見せている。復活はしていると私も思うわ」
「動けない事情でもあるんでしょうか?」
復活したばかりで本調子ではないのかも? シャンガラで封印されていた魔物は弱体化していたしありえない話じゃないか。
でも魔王が魔物と同じように弱体化するのかわからないし、別の理由があるかもしれない。
「復活はしたけど死にかけててそのまま死んでいったというのが、人間としては最高の結末なんだけどな」
「それなら放置すればいいんだし、神託はでないと思うわ」
「だよな」
わざわざ神託を出したのだから、勝手に死ぬなんてことは起きないわな。
町の様子など話して、二人は帰っていく。
治安の悪化を心配して護衛が必ずついてきているため送る必要はない。
玄関まで見送って、雑踏にハスファたちが消えたのを見届けて屋内に戻る。
感想と誤字指摘ありがとうございます