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239 はじまり 前

 季節はすっかり冬だ。雪が積もり雪かきをする住民の姿があちこちで当たり前のように見られる。

 温かい料理がことさら美味しく、温かい布団の中が心地よい。

 冬の洗濯が辛いだろうと、温水を出せる魔法道具を庭に設置したらルーヘンたちが嬉しがっていた。

 祭りが終わって鍛錬中心の毎日だけど、リューミアイオールたちの話し合いに参加したように、鍛錬漬けというわけでもなかった。

 年末に行われるミレインの祭事を見物して、去年は見ることができなかったハスファとメインスの仕事っぷりを眺めたりもした。

 魔王の復活はいつになるのかと漠然とした不安を抱きつつ鍛錬を続けて、ダンジョンで得た素材を送る。

 そんな感じで冬は穏やかに過ぎていき、そろそろ春になるかという頃、魔物の活動が始まった。



 どこにでもありそうなとある中規模の町。王都にわりと近い位置にあるというのが特徴か。

 その夜は穏やかなもので、酔っ払いが騒ぐくらいしかトラブルらしきものがなかった。

 夜の町と町の外を見張る警備兵たちも暇そうにあくびをしたりして、いつもと変わらない夜を過ごす。

 月が雲に隠れた夜闇に紛れて、町の上空に魔物が浮かんでいた。


「ようやく我らが本格的に動き出せるときがきた。魔王様、アンクレイン様、レオダーク様、雌伏の時は終わりました。再び騒乱の風を世界に! 我らはおとぎ話の住民ではなく、たしかに存在すると世界に示すときがきたのです!」


 嬉々として語る彼はアンクレインの部下であり、送られてきた合図を受けて昔から仕込んでいた仕掛けを発動しようとしていた。

 町の飲料水の大元にはアンクレインが品種改良した植物がずいぶん昔から植えられていて、今やその植物から染み出るものの影響を受けていない住民は誰もいない。

 そして町の各所には修復工事の際に魔法陣が仕込まれている。

 魔物が合図を出すと、町のあちこちで魔法陣が光を放つ。


「な、なんだ!? 明かりの魔法の暴走か!?」


 町のあちこちを明るく照らす光に、兵たちは目を見開いて驚く。

 しかしその騒ぎもすぐ治まる。魔法陣の明かりは長続きせず消えたのだ。

 なんだったのかと兵たちは光っていたところを見て回る。

 異常なしと上司に報告したのだが、このときにはすでに兵だけではなく眠っていた住民たちも皆仕込みの影響を受けていた。

 それはただ一つの感情、嫌悪だ。

 朝が来て、町のあちこちで騒がしさが生じていた。朝市の準備をしているといった賑やかさではなく怒声罵声が響く。


「前々からあんたのその口癖が気に入らなかったのよ!」「そういうてめーの細かいところに文句をつけてくるところが俺も嫌いだ!」「パパもママもくだらないことでうるさい!」


 各家庭でこのような喧騒が聞こえ、家から出ている者たちも似たような感じだ。

 朝起きて隣の者が嫌いになり、町を歩いている人たちが嫌いになり、町の外からやってくる人が嫌いになった。

 そして始まるのは乱闘騒ぎだ。

 たまたまこの町に来ていた者は仕込みの影響がほとんどなかったが、暴れ出した住民たちに巻き込まれて怪我を負う。

 この騒ぎは半日以上続いて、ある意味落ち着いた。

 仕込みの影響が抜けたというわけではない。皆の考えが一致したのだ。すなわち国が悪いということに。

 なぜそうなったのか、魔教のようにアンクレインの影響を受けた者が誘導したからだ。

 今朝までなんの不平不満もなかった、いや少しはあったが国に喧嘩を売るほどの不満はなかったのだ。

 だが今はやる気に満ちている。普通ならば騎士や兵に止められると思いとどまるのだろうが、タガが外れた彼らは止まらない。

 各々が武器となるものを手に、喧嘩で負った怪我も治療せずに町を出ていった。

 

 このような騒ぎは大陸各地、二十を超える町で起きた。すべてが各国の王都に近い町だ。

 町から出た住民たちは徹夜の疲れをものともせずに各国の王都へとなだれ込む。

 突然の暴動に驚きつつも騎士や兵が対応に出て、暴れる者たちを捕まえていく。

 この騒動は各国の王の耳にも当然届く。

 ニルドーフの父親であるビラダムも仕事を始める前に、廊下で兵から報告を受けていた。


「武器を持った者たちが押し寄せてきた、と?」

「はい。国を壊せ、王を殺せと口癖のように言って、棒や金槌といったものを手に暴れているようです。若者や中年が多いですが、老人や子供も混ざっていると報告がありました」

「穏やかではないな。そういった大きな不満を抱えた町や村に心当たりはないのだが」

「我らの方でもそのような情報は掴んでおりません」

「どこから来たとか口に出していたかね」

「いえ、ただただ国を壊せといったことのみを口に出していたと。正直なところ、正気かどうか怪しいです」

「報告に来た者は直接彼らを見たのだろう? 執務室に連れてきてくれないか。どう見たか聞きたい」


 わかりましたと頷いた兵はすぐに去っていった。

 ビラダムは執務室に入り、文官が仕分けてくれた書類を眺める。

 十五分ほど経過して、兵たちが執務室に入ってくる。

 ビラダムは手にしていた書類を置いて、兵に顔を向ける。


「君が報告してくれたのかね」

「はいっ」


 やや緊張気味に返事をする兵に、ビラダムはご苦労と声をかけてから彼が暴れる者たちをどう見たのか尋ねる。


「暴れている者皆気がおかしいとしか思えませんでした。七歳かそこらの子供すら本気で国を壊せと口にしていたのです。親がそう言っているからではなく、自分の考えでそんなことを言っているように思えました。もちろん大人たちも本気でした」

「子供まで不満を持っていたということか。そこまでひどい圧政を行っている町はなかったと思うのだが」

「あの者たちはおそらく全て同じ町出身というわけではなさそうです」

「どういうことだ」

「暴れたところが東門と南門なのですが、途中で二手に分かれてそれぞれの門に行ったという感じではありません。そんなふうに考えられる理性があるようには見えませんでした。ただ暴れるということだけが頭を支配して、一直線に門をめがけてなだれ込むと思うのです」

「南門から入れなかったから、東門に流れたということはないのかね」


 文官が聞く。


「それならば西門にも流れるはずです。距離的には変わらず塀や川などで移動を阻まれることもありません」

「暴れることだけが頭を支配し、一直線に行動する。それならどこかに寄り道せず町から直接来たということがありえそうだな。陛下、その民たちがやってきた方向に騎兵を動かしたいのですが」

「ああ、やってくれ」

「ただちに派遣します」


 文官は騎士や兵に命令を出すため、急ぎ足で執務室を出ていった。

 それを見送ってからビラダムは話していた兵に顔を向ける。

 

「持ち場に戻って騒動を鎮める手伝いを頼む。王都住民たちも動揺しているだろう、どうか落ち着かせてほしい」


 了解しましたと敬礼し兵たちは執務室から出ていった。


「なにが起きているのだろうな」

「予兆すらなく突然ですからね。これが一つの町だけなら目に見えない不平不満が爆発したと考えられなくもないのですが。複数となるとただごとではないのかもと思えてしまいますな」


 ビラダムたちが騒動について話し終えて書類仕事をしていると扉がノックされる。

 入室の許可を出すと、文官が入ってくる。

 騒動についての報告だろうかと考えていたが、違うものだった。


「北部と南部でモンスターの活動が活発化していると報告です」

「今度はモンスターか。対処報告ではないということはそれぞれの地元では対処できず救援要請しているのかね」

「はい、その通りです。追加報告としてはそれぞれの町で違和感を覚えているとのことです」

「どのような違和感だ」

「予兆がなかったということです」


 両方とも予兆なしだったのかと王の近くにいる文官が聞き、報告に来た文官が頷く。

 ビラダムたちはまた突然の騒動かと同じ考えを抱いた。


「どれくらいの戦力を求めている?」

「両方とも中隊二つを希望と報告書には書かれていました」


 この国では中隊というと、六十人から八十人の集まりを指す。小隊は十五人、大隊は約四百人だ。

 大隊が動くときは雑用などの非戦闘員も一緒なので、プラス五十人から百人の人間が追加される。

 以前遊黄竜が暴れていたときは、三つの大隊が動く予定だった。


「地元の冒険者たちも動いているだろう。それなのにさらにその規模を求めるということは、モンスターの数は多いのだろうか?」


 モンスターが暴れて戦力を求められることはあるが、国内を見回っている騎士たちで十分だったり、小隊二つくらいだ。百人の戦力を求められたのは、遊黄竜以外では覚えがない。


「多いと書かれていました。反撃するよりも救援を待って町に閉じこもり耐えるとも書かれていました。打って出ずに耐えることを選ぶくらいには戦力が足りないのではないでしょうか」

「その規模が同時期に、か。暴動も合わせるとなんともタイミングの良いことだな」


 魔王関連で魔物が動いていそうだと王は考えて、求められた戦力の派遣を決定し、行ったときに魔物の影がないか調べてくれと命じる。

 すぐに文官たちが必要な物資などを計算し、部下に手配を頼む。

 送る人の選出なども急いで行われ、三日で準備が整い、北部と南部へと中隊が出発していった。


 南部へと向かった中隊の斥候兵は、仲間と小さな山に登り救援を出してきた町を観察する。

 山の麓から町まで徒歩で三十分を超すくらいだろう。まだ遠い位置で町は小さく見えるが、それを囲むモンスターたちがいることはしっかりと確認できた。


「どんなモンスターがいるかはわからんが、集まっているのははっきりとわかるな」

「町を囲めるほどだ。五百体くらいいても不思議じゃないな」

「あれを突破して町に入らないといけないのか」

「騎士たちがひとあてして、モンスターの気を引いてくれるだろうさ。まずは報告に戻ろう」


 頷き合い、急ぎ足で山を下りて、町に向かっている本隊と合流する。


「五百体か」


 報告を受けた中隊の隊長は難しい表情となった。モンスターの質が低いとしてもその数は脅威的だった。


「正確なところはわかりませんが、それくらいいても不思議ではありません」

「町の様子はどうだった?」

「外壁が壊されたといった危機に陥った様子はありませんでした。耐えるという報告に間違いはないようで、積極的に攻撃をしかけている様子もありませんでした」

「そうか。お前たちだけで中に入れそうかね」

「かなり難しいです。騎兵たちにモンスターの気を引いてもらって、その隙にどうにか」

「わかった。もう少し進んで休憩をはさんでから騎兵たちに群れをかすめるように攻撃してもらおう。その間に君たちが潜めそうなところを探してもらえるか。それと騎兵が注意した方がいいモンスターがいればその報告も頼む」


 騎兵が突撃する前に町の近くに隠れて、モンスターの数が減ったらすぐに動けるようにという指示だ。

 了解ですと返事をして、斥候たちは本隊から離れる。

 モンスターに近づかないように警戒して町から五百メートル以上の距離を取って歩く。一周して距離三百メートルほどのところに木が数本生えている場所を見つけた。木の葉が茂り、登ったら隠れられそうな木だ。そこに潜むことを決めて、斥候たちは本隊に戻る。


「場所を決めました。注意した方がいいモンスターは二種類。粘着性の液体を吐き出すやつと煙を吐き出すやつです」


 粘着性の液体は馬が足をとられると乗っている者が落ちるだろうし、煙は視界を阻害されてモンスターと衝突しかねない。

 報告を受けた隊長は騎兵のまとめ役を呼んで、突撃の準備を伝え、二種類のモンスターについても話す。

 騎兵のまとめ役はモンスターについてしっかりと覚えて、気になったことを聞く。

 

「どの位置から突撃したらよいのでしょうか」


 その疑問に斥候たちは、町周辺の簡単な地図を地面に描く。そうして自分たちはここらへんの木に隠れると指差す。

 それを見て騎兵はここからこう動くと、足を使って線を描く。

 

「わかりました。我々は先に行って隠れています」

「騎兵は十五分ほどでここから移動する。それまで見つからないように頼む」


 頷いた斥候たちは隊長から町長へと渡す手紙を受け取ってから、木を目指して本隊を離れる。

 斥候たちが木に登ってモンスターたちの動きを観察していると、騎兵たちの集団が見えた。

 町へと駆け抜けていき、モンスターたちのそばを通ったとき速度を緩めて、馬上から矢を射て気を引く。

 モンスターたちが騎兵に引きつけられると、徐々に町から離れていく。


「よし、今のうちに行こう」


 斥候たちは数が減ったモンスターたちの間を駆け抜けて、外壁にとりつく。そのまま登って内部へと入った。

 町の中はモンスターに囲まれていたせいで暗い雰囲気だった。

 外壁近くの家はモンスターの投石を受けたようで、壊れているところが多々見られた。

 役所を目指そうと移動を始めた斥候たちに、この町の兵たちが駆け寄ってくる。


「モンスターたちが騒いでいると報告があって駆けつけたのたが、なにがあったのだろうか」

「我らは王都から派遣された兵です。この町に入るため騎兵たちにモンスターを引きつけてもらいました」

「なんだと!? 救援が来たのか!」


 この町の兵たちは安堵と喜びの表情を浮かべた。


「はい。町長に会って話を聞きたいので、案内願えるでしょうか」

「もちろんですとも。先導します」


 こちらへどうぞとこの町の兵たちは歩き出す。

 外壁から離れると、建物は破損しておらずモンスターの被害はみられなかった。

 人々の雰囲気は変わらず暗いものの、絶望といったところまではいっていなかった。

 斥候たちは、町長や兵たちが励ましてどうにか雰囲気が悪くならないように頑張っていたのだろうかと思いながら歩く。

感想と誤字指摘ありがとうございます

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― 新着の感想 ―
[一言] とうとう侵攻が始まりましたか 色々と仕込んでくれていたようで既に結構厄介な事態になってますねー
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