238 竜と剣と人の語り合い
祭りが終わった。結局ミストーレでは魔物関連の騒動は起きなかった。
タナトスの人たちにとっては例年以上に楽しい祭りだったようだ。魔法で雰囲気をおさえ、服装を変えて、帽子をかぶるなど白髪を隠すといった工夫をすれば、当たり前のように一般人と話すことができたらしかった。
子供たちは友達もできたらしい。祭りが終わったあとも問題なく付き合いが続いているようで、大人たちはほっとした様子を見せていた。
祭りが終わると町に集まっていた一般人は村や町に帰っていき、集まっていた冒険者も地元へと帰っていく。
その冒険者の一部、国からの依頼として自分たちの強化目的で来ていた者たちはまだ帰らず大ダンジョンに挑んでいた。
俺もさらに先に進んで、八十六階のオーガロード、八十七階のキリングラビット、八十八階のクイーンマンティス、八十九階のローグウルフといったモンスターと戦い地力を上げていく。
時期は秋から冬へ移り変わり始めた。
本格的に冬が来る前にニルは一度城に戻るということで、リューミアイオールとジョミスの話し合いはどうするのか聞かれた。
今やらないのなら、しばらく先になるだろうということでリューミアイオールに聞いてみたところ、やろうということになった。その場でジョミスを預かって山頂に転移する。
魔法で土をいじったのか、土製のテーブルと椅子がある。そこに座ったリューミアイオールがこちらを見ていた。
「よく来たな」
リューミアイオールの視線は俺ではなく、俺の手の中にあるジョミスに向けられている。
『ゆっくりと思い出を語ろうか』
「そうしようか」
俺はもう一つの椅子に座り、ジョミスをテーブルに置く。
少し無言の時間があり、リューミアイオールが口を開く。
死んでほしくなかったと言えば、ジョミスも同意した。
そして寂しそうに不平不満を口に出していく。ときおりに俺にも言葉が投げかけられ、それをバズストの記憶をもとにして答えていく。欠けている記録もあるので答えられないものもある。
『本当に残される者のことを考えてほしかった』
「ああ、そうだな」
そこで話に一区切りついたようで、数秒静かな時間が流れる。
『楽しい思い出もあったな。いつだったか湖そばの村を救ったときの宴は、お前さんも笑っていた』
「ロミリアード湖の村か」
すぐに名前が出てくるくらいには楽しかった思い出なのかな。
その記録は残念ながら俺にはないものだ。欠落していたことが少し残念に思えた。リューミアイオールは覚えてほしかっただろうし、俺としても楽しい記録は見てみたかった。
二人の語り合いは続いていく。楽しいこと、呆れたこと、悔しかったこと、辛かったこと。リューミアイオールが体験していないこともジョミスは語る。リューミアイオールの知らないバズストを教えるように、自分たちの人生はこんなにもいろいろあったのだと誇るように。
リューミアイオールは自分の知らないバズストのことを静かに聞いていた。
『今の世には英雄としてのバズストのみが語り継がれているようだ。普通の人間としての彼を知るのは我ら以外にはいない。大昔のことだ、名前が残っているだけでもありがたいことだとはわかるが、一面のみしか残っていないのは残念でもある』
「これが本当のバズストだって本を書いて広めようとしても、英雄を馬鹿にするなって怒られそうだけどね」
『そうかもしれんな』
本かとリューミアイオールが呟く。
『彼について書かれている本が気になるかね?』
「そちらも気になるが」
『が? それ以外になにかあるのかな』
「バズストの本を作るのもありかもしれないと思ったのだ」
『君がかね』
ジョミスの声音には驚いたようなものが混じっていた。
「私が書いてもいいし、私でなくてもいい。本を書ける者に依頼してみるのもありかなと思ったのだよ」
『先ほどデッサが言ったが、現在のバズスト像と違ったことを書いた本は否定されて終わりになりかねないぞ』
「広めるつもりはない。たまに手に取る者が出て、英雄以外としてのバズストも知ってもらえればと思っただけだ」
本好きなら内容はともかく一度は読むという人はいるかもなー。
『金を払えば書いてくれる者はいるだろう。できあがったものもニルドーフに頼めばあちこちの町の資料庫などに置いてくれるかもしれないな』
「王族に積極的に関わる気はない」
バズストの命を使った封印に、王族たちは賛成して止めなかったからかな。
またはその頼みをもとに、なにか依頼されることが嫌だったのかも。
「本を作るにしてもまずは資料を作らないと。ここに呼び寄せてリューミアイオールとジョミスが語るところを聞かせるわけにもいかないだろ。ジョミスの存在をニルは伏せているし、リューミアイオールを目の前にして冷静にメモをとるのも無理」
『そうだな。まずはどういったものを書いてほしいといった細かな資料が必要になるな』
「リューミアイオールがそれを作るわけだけど、人間の使う文字って扱えるのか?」
ジョミスは書けないし、記録が欠落している俺が書いたらリューミアイオールの望むものにはならないんじゃないかな。
「読む程度なら可能だが、書く方は無理だな。デッサに代筆を頼めないか」
「魔王関連の騒動が終わったあとなら時間はできるだろうからいいけど。そればかりやる気はないよ。俺だって自由な時間がほしい」
魔王を乗り越えればなんのしがらみもなくなるんだ。戦いから離れた自由な時間を満喫したい。
『魔王をどうにかできれば時間はたっぷりできるだろうし、資料作りをやっても自由な時間は得られるだろうさ。デッサもリューミアイオールもすべて終わらせたらなにをしたい? 本作り以外に』
「俺は基本的にミストーレから離れられなかったし、あちこちに行ってみたいね」
「終わったらか」
リューミアイオールはバズスト復活が目的だったから、すでに終わった状態とも言えるんだよな。魔王に関してはそこまで関心を向けてなかったはず。魔物は俺が強くなるために必要だから探していたみたいだけど。
「デッサの旅に同行し、あちらこちらで語られるバズストのことを聞いてみるのもいいか」
俺についてくんの? 今からでも一人でやれそうな目的だけど。
『今からでも一人で行かないのか?』
「旅をするなら姿も変えて気配も押さえて移動するつもりだが、それでも上位の魔物は見抜いてくるだろう。今移動すれば余計なちょっかいをかけられて面倒だ」
『魔王復活間近という時期に、竜が動けば魔物も警戒して当然か。昔、大暴れしたからな。今動かない理由はわかったが、一人で行かないのは?』
「昔の真似事。昔と同じものを見たい、そして昔とは違う新しいものを見たい。今は我が心のうちを言葉にするのは難しいが、そのようなところだろう」
『たしかにバズストを継ぐデッサとなら、それは可能かもしれんのう、許されるならわしも同行したいものだ』
「魔王の騒動が終われば、お前の役割も終わる。一時的に貸し出されることは可能かもしれん」
魔王との戦いのために存在するというのはニルもわかっているしね。
「バス森林の人たちに頼めば、ジョミスが動かせる人形を作ってくれるかもしれないね。ジョミスは鎧兜の人形の中に固定されて、人間のように動かすとか」
「可能なのか?」
「すごい技術を持っているからできるんじゃないかな」
思念操作の魔動鎧を作ればいいんだし、意外とあっさりやっちゃいそうな気もする。
地球の技術だと思念操作とかかなり難しいだろうけど、魔法が存在するこっちならまだ可能性はある。
『できるのであればそれを使って、今の世界を見て回りたいものだ』
「ニルと旅をして、見て回っているんじゃないのか」
『戦闘時に起きているくらいで、ほとんど眠った状態だ。そんな状態では今の世を見るなんてできはせんよ』
世界を知る方法はニルたちから聞くくらいか。それなら自分で動かせる魔動鎧は興味あるかもな。
「魔動鎧が実現可能なら三人旅か。人と剣と竜っていうとんでもパーティーとか史上初だろうね」
『わしもそんなパーティーは聞いたことないな』
笑いを含んだ声だ。楽しみなのかもしれない。
「そんな未来も魔王がどうにかなったらだなぁ。リューミアイオールは魔王が復活したとかしていないとかわからないの?」
「竜への対策は万全なのか、アンクレインがいるという巨石群は探ることができない。そこに魔王がいたら復活したとしてもわからん」
本当に竜対策を練っているんだな。受け継いだ記録の中にもモンスターや魔物を倒している場面はあるし、その活躍ぶりを見るなら魔物も竜対策を重視するか。というかバズストが生きているときですでに対策をとっていたわな。だからバズストと魔王の戦いのとき遠くから見ることになったんだし。
「ただ魔物に動きはあった。アンクレインが北の方に移動して、滞在していた」
『北?』
「カルガントといったか。その国の南部に滞在していたようだな。なにをしていたのかはさすがにわからん」
『滞在するだけのなにかがあったというのはたしかなんだろう。ニルドーフ周辺はそれについての情報を入手していなかった。この情報はニルドーフに伝えても大丈夫なのか?』
「好きにするといい」
ジョミスはできるだけ詳細な情報を聞いて、アンクレインが滞在していた地域を絞る。
「正直なところ、魔王が以前のままならば草人たちが準備したもので十分対応可能だろう」
『それほどのものを彼らは準備したのか』
「ああ、長きを生きる我から見ても長い研鑽の賜物、それは魔王に届きうるものとなった。だが時間があったのは魔物も同じ。バス森林と同じくバズストの言葉を守っていたシャルモスの技術を得たであろう魔物も、以前のままとは思えない」
それはレオダークの襲撃で俺も思ったな。従魔なんて存在がでてききたし、レオダーク自身は弱かったけど、弱いだけじゃない。なにか隠しているような底知れなさもあった。
『封印という同じ手段をとろうとしたら、負ける可能性が高そうだな』
「封印に関しては確実に対策をとっているだろう」
『これもニルドーフに伝えておかなければ。昔封印が通じたのだからもう一度同じことをやればいいと考える国は多そうだ』
「そういった油断をしたら魔物たちを喜ばせる結果になるだろうよ」
「神託が出たのは、そういった油断のせいで人間がぼろ負けする結果が見えたからかな。負けがひどすぎて全滅までいくとか」
「魔物が万全の準備をしていれば、そこまでいくのかもしれんな」
レオダークとアンクレインがどこまでガチで対策を練ったか、そこが問題だな。
話が昔語りから魔王へと移っていることで、もう当初の目的は果たされたとみなしていいのだろう。
リューミアイオールとジョミスも完全に雑談へと話題が移っている。
ジョミスが強化の礼を言ったり、本を作るときの方針といった話題が出る。
「本といえば、俺に取材を申し込んできた人がいつか本を作りたいとか言っていったよ。その人に話を持っていくのもありかな。短編で書いてもらって、どんなふうに作られるのか試してみてもいいのかもしれない」
「なるほど。短い話だとどれがいいか」
『魔物との戦いではなく、村人が薬の材料を必要としていて皆で採取に行った話とかでどうだろうか。たしか強い魔物との戦闘のあとに休養を兼ねて森を歩いたことがあっただろう』
「あったな」
「あったねー。それは俺も知っているよ」
レオダークの部下という上位の魔物との戦いで皆疲れていたから、戦いから離れたのんびりする時間を周囲の人たちから勧められたんだっけ。
盛り上がるような場面とかはない話が出来上がるだろうけど、リューミアイオールが満足するならそんな話でもいいのかもしれないね。
あのときあったことを話し合い、帰る時間になる。
このままミストーレに帰るのではなく、バス森林に寄り道させてもらう。
ジョミスの魔動鎧について相談してみようと思ったのだ。
「おや、こんにちは。今日はなにかご用事で?」
グリンガさんの家を訪ねると歓迎してもらえた。
リビングに入って出されたお茶を飲んで切りだす。
「相談したいことがありまして。その前に紹介します。こちらバズストの仲間の意識を宿した剣ジョミスと言います」
鞘から抜いたジョミスをテーブルに置く。
『ジョミスと申す。お初にお目にかかる』
剣から声が聞こえるということにグリンガさんは驚いた様子だ。
「ジョミスという名は聞き覚えがあります。本当に彼の意識が?」
『本人そのものではなく、魂の欠片が宿っているだけにすぎんよ。ただし記憶はちゃんと本人と同じものを持っている』
「なぜそのような状態に?」
『お主たちと同じだよ。バズストの残した言葉、魔王への対策になにかしたいとジョミスは考え、シャルモスの宰相となっていた仲間に頼んでわしを生み出した』
たしかに同じだとグリンガさんは頷いている。
「そうでしたか。では相談というのは魔王関連でしょうか」
『いや違う。その後のことだな。ここに来る前にわしとデッサとリューミアイオールで思い出を語り合ったのさ。その後に未来についての話になった。魔王を乗り越えたあと、なにをしたいのかという話にな』
「それはまた」
『魔王を倒していないのにと呆れられたかな。しかしそういった未来への話も必要なことだとわしは思うのだよ。バズストはあそこで命を散らすことを決めていた。自身の未来を捨てたと言ってもいい。バズストの成し遂げたことは英雄と呼ぶにふさわしいことではあるが、わしら仲間にとっては素直に喜べない結果だった。そのような結果と同じことにはしたくないのだよ。そのためにも未来を意識してもらいたかった」
そんな意図があって未来を語っていたんだなぁ。
「なるほど。たしかに身近な者にとっては英雄でありながら、同時に生きてほしかった親しい人物だったのでしょうな」
『そういうことですな。話がずれてきていますね。頼みたいことを話しましょうか』
「どのような話でしょうか」
『デッサが言うには思念で動かせる魔動鎧を作れるのではないかという話でしてね』
「そういった魔動鎧はありませんが、作れるかどうかと言われると不可能ではないかなと。これまで培った知識と技術の中に思念で動かせる武器といったものがあったはず。それを魔動鎧に応用すればできそうですな。しかし魔王の件が終わったあとになにかあるのでしょうか」
「俺の知るかぎりでは、争いごとはありませんよ。ただ俺とジョミスとリューミアイオールであちこちを見て回ろうという話になってですね。そのときにジョミスも自分で動かせる体があったら、旅をより楽しめるのではと」
「ということは戦闘用ではなく、日常生活ができる方向で作ればいいのですな」
「そうなりますね。できますかね?」
「今はテーストブルズやバズスアムルで手一杯ですから無理です。ですが魔王関連が落ち着けば問題なく研究と開発を始められるでしょう」
『よろしく頼む』
任されましたとグリンガさんは微笑み頷く。
「ああ、そうだ。テーストブルズの話題が出たのでついでに話しておきましょう。水精球とクイーンマンティスの素材を多めに送ってもらいたいのですが大丈夫でしょうか」
「問題ありませんけど、どうしてその二つを?」
水精球の素材は、メロンくらいの透明なブロックだ。クイーンマンティスの方は、甲殻と刃と羽が素材として残る。
「魔動鎧との相性が一番良いことが判明しましてね。水精球のブロックは溶かして配線の材料にすると、魔力の通りがさらにスムーズなります。クイーンマンティスの甲殻は鎧の材料に、刃は砕いて塗料の材料に、羽は関節の補強にという感じです」
「クイーンマンティスは全部役立つんですね」
「ええ、私たちにとってはいいモンスターですよ。今後の研究で別の素材との組み合わせでさらなる進展も期待できるでしょう。ですがそれが実現するのは魔王とのあれこれが終わったあとになりそうで、意味はありませんかね」
『今回のように未来のための技術として研究は続けてもいいのではないかな。別の魔王が生まれたとき、森の外の人間では対処できないこともあるだろう。そのときに役立つと思う』
魔王が定期的に現れる世界だし、ジョミスの言うような事態も起こりうるかな。
それに世界の外から侵略者がやってくる可能性もゼロではないかもしれない。ゲームではそんな描写はまったくなかったけど、ゲームからは外れた状態だしなにが起きても不思議じゃない。
以前宇宙について話したこともあるし、そこでの活動ができる魔動鎧を作れば世界の外からの干渉にも対応しやすいかもしれない。
実現できるとしてもかなり先の話かな。
そんなことになる魔動鎧を見てみたいし、魔王に殺されないように頑張ろう。
話し合いを終えたあとジョミスに魔動鎧の実物を見せて、ここでの用事は終わる。ちゃんと魔動鎧のことは秘密にするようにジョミスに言っておいた。この村の技術を求めて人間同士で争いが起きかねないという事情を話すと、秘密にすることに納得してくれた。
町長の屋敷に戻り、待っていたニルにジョミスを返す。
『ただいま』
「おかえり。楽しかったかい」
『そうだな……楽しかったよ。そして今後の楽しみもできた』
「楽しみ?」
『魔王関連が終わったら、わしも休暇をもらおうと話したのさ』
「休暇を得てなにをするんだい?」
ニルは少し驚きつつも反対といった感情は出していない。
『デッサとリューミアイオールとあちこちを見て回ろうということになった。魔王との戦いが終われば、わしの役割は終わりだ。ニルドーフの手元になくとも問題はなかろう?』
「国宝なんだけど」
『譲渡するわけではないさ。たまに宝物庫から転移でいなくなると思ってくれればいい』
城の宝物庫も魔法で守られているだろうけど、リューミアイオールなら簡単にその守りを抜けるだろう。
「俺が連れ回すんじゃ駄目なのか?」
『魔王との戦いが終われば、ニルドーフもさすがに腰を落ち着けるように父親から言われると思うぞ? いつまでも出歩いているわけにはいかんだろうさ』
「そうなるだろうなぁ」
「勝てば復興とかで忙しくなるだろうからね。仕事がたくさんでニルにも仕事が振られるだろ。勝って忙しくなるのはいいことだろうさ」
負けたら仕事はないけど命もないだろうし。
「そういった忙しさなら歓迎だよ。休暇をもらう以外にはなにか予定以外のことを話したのかい」
『バズストの本を作ろうかという話になったな』
「英雄バズストの本なんてそこらにあるだろうに」
なんで今さらそんなものをと不思議そうだ。
「そういった本は英雄としての一面のみが書かれていて、バズストの全体像は書かれていないだろう? 後世の人間たちにバズストがどういった人間だったのか知ってもらいたいと考えたみたいだよ」
「あまり赤裸々なものだと、反発を買うと思うけど」
『リューミアイオールも全ての人間に知ってもらおうとは思っておらんよ。本好きが気紛れで手に取り読む、そんな感じで問題ないそうだ』
「国が手伝おうか?」
『わしからそれは提案してみたが、断るという返事だった』
「そっか」
ニルはリューミアイオールが断った理由を推測できたのか、それ以上は提案してこなかった。
ジョミスが帰ってきたので、ニルは近々王都に帰ると言っていた。
その会話から二日後にニルたちはミストーレから去っていった。
感想と誤字指摘ありがとうございます