234 シャルモスの斜陽 1
デッサがバス森林に行き、魔物や従魔に備えていた頃。
シャルモスの残党の本拠地があるカルガントの都市、そこにカルベスが帰ってくる。
砂漠の拠点壊滅でどこか怪我をしたのか動きがぎこちない。
そのカルベスのそばに三人の男女がいる。顔が整っているということ以外にはこれといった特徴はない。お揃いの外套をみにつけているくらいか。
カルベスの先導で町に入り、組織の入口を教えてくれる酒場に入る。
酒場の主人はカルベスを見て、驚きと安堵の表情を見せた。
「カルベス! 無事だったか。砂漠で大騒ぎが起きたらしいじゃないか。詳しいことがわからず心配していたんだぞ」
「ナンとか、帰ってクることができた」
その声はかすれており、喋り方も流暢ではなかった。
「声がおかしいぞ」
「砂漠デ怪我をシた影響が、まだ残っテいるんだ」
「ちゃんと治してから帰ってくればよかったろうに」
「なにがあっタのか、急イで報告ヲしなケれば、と思ッて」
「そうか。それでその三人は?」
「新タな仲間だ。皆に、紹介しヨうと思っテいる」
「信じられるのか?」
大丈夫だとカルベスが頷くと、彼の勘の良さを知っている酒場の主人はそれを信じた。
酒場の主人は体を労われよと言いながら今回の入口をカルベスに教える。
それに礼を返して、カルベスは教えてもらった入口に向かう。
民家に入り、そこから地下へと進み、隠れ家に入る。
「次はどこに行くのかしら」
「ジートルム様ノところに報告でス」
同行していた黒髪の女にカルベスは敬うような雰囲気で返す。
「案内してちょうだい」
「ハイ」
カルベスは頷くと歩き出す。
ジートルムの執務室に到着して中に入る。
そこまで時間をかけずに用件をすませて、四人は執務室から出てくる。
カルベスは三人を案内するために拠点のあちこちを移動していく。
最後に来たのはレステンスが眠る謁見室だ。
カルベスは警戒など見せず無造作に扉を開けて、三人と一緒に中へと入る。
「レステンス、だったかしら」
「ハイ」
黒髪の女の言葉にカルベスが答える。
「あなたには聞いてないわ。黙っていなさい」
「ハイ」
カルベスは命じられたことを守るように口を閉じ離れる。
黒髪の女はレステンスに近づき、レステンスの顎に指を持っていき顔を上げさせる。
眠ったレステンスはされるがままだ。
「……思い出した。末の姫だったわね。すっかりと様変わりして。まあそれは私も同じだけどね。私のもたらした滅びから逃れてこうして今も生きているのは素直に驚きよ。使う技術が同じ流れだからかしら? それにカルベスたちから聞いたけど、私に復讐したいそうね。そんな状態でできるのかしら」
指を放すとかくんと俯いたレステンスに、笑みと言葉を向ける。
「あなたが次に起きたとき、あなたのための組織が私に乗っ取られていたらあなたはどんな顔をするのかしら。私が滅ぼしたシャルモス、アンクレインを倒すために結成されたシャルモスの残党。その残党の力が私のものとなる。あなたにとっては屈辱でしょうね」
レステンスが浮かべるであろう表情を想像し、アンクレインはクスクスと笑みをこぼす。
そうしていると謁見室の外が騒がしくなる。
アンクレインはレステンスの肩に手を置いて、扉へと体を向ける。
勢いよく扉が開けられてバーテルと武装した者たちが入ってきた。研究区画にあるバーテルの部屋でアラームが鳴ったのだ。
「何者だ! レステンス様から離れなさい!」
バーテルが睨みながら言う。
「私? 私はあなたたちが探していたアンクレインよ。わざわざ来てあげたのだから感謝してほしいわね」
変装を解くと、魔物としての姿のアンクレインが姿を見せる。同行していた二人も変装を解いてメイドと使用人としての姿を見せる。
「ア、アンクレイン!?」
バーテルたちは目を見開いてアンクレインを見つめる。
「記録に残る姿と同じ、どうしてここにいるのだ!?」
「カルベスから聞きだしたの」
壁際にいたカルベスにバーテルたちはようやく気付く。様子がおかしいこともわかる。
呼びかけてみたが反応はなく、バーテルはなにをしたのか問う。
「情報を抜き出すために心を砕く魔法をかけたのよ。そのあと都合の良い人形になってもらったというわけ。主と似たようなものになったのだから喜んでいるのではないかしらね」
笑いながらアンクレインはレステンスの髪に触れつつ続ける。
「砂漠で私の拠点を囲んでいたあれらの多くは死んだけど、情報収取のため少しは生け捕りにしたの。その中にカルベスもいて、あなたたちのことを知ることができた。よくまあ長いこと私への恨みを継続できたわね。世代を超えて長続きしたものだと素直に感心したわよ」
カルベスの勘の良さが、この事態を招いたのだった。
異常を感じ取った時点でさっさと砂漠から逃げるか、砂漠でほかの仲間たちと一緒に死んでいれば、アンクレインに捕まることはなかったのだ。
勘の良さで襲撃をやりすごし死ぬことはなかったが、生き延びたことでシャルモスの残党の存在をアンクレインに教えることになってしまった。
「貴様とて英雄への恨みはいまだあるだろう」
「それを指摘されると返す言葉もないわね。でも英雄はすでに死んでいて、いえなにかしらの形で存在しているみたいだけど、生きているとはいえない状態であり、私とレオダークにとっては強く恨む対象でもないわ。恨むよりも大事なことがあるもの」
「英雄が生きている?」
「我が主が言うには気配があるということらしいわね」
バーテルたちに衝撃がはしる。アンクレインが主と仰ぐのはただ一人、魔王だけだろう。
英雄が生きているかもという事実が、魔王復活という話題で吹っ飛んだ。
「魔王が復活した、だと」
「ええ、封印は解かれた。砂漠に集まっていた者たちを殺しつくしたのは我らが主様」
「し、しかし魔物が大きく動いたという話は聞かない」
バズストが生きていた頃の記録だと、町や村はいくつも滅び、人間の軍と魔物の軍がぶつかりあっていた。
魔王が復活したのならば、そのように動くと考えている者は多い。
「派手にやればお前たち人間も大きく動いて鬱陶しい。いつまでもこそこそとする気はないけど、今はまだ派手に動く時期じゃないわ。というわけであなたたちも大人しく従ってくれると楽なのだけど?」
髪から手を放して、指先をレステンスの首に当てる。レステンスの体は同年代の少女よりも頑丈ではあるが、それでも魔物の力ならそのまま突き刺すことも可能だろう。
バーテルたちが抵抗の意志を見せると、脅しではないと理解させるためか指に力が込められ、首に押し込まれていく。
「わかった! わかったから、その指を放せ!」
バーテルは同行していた仲間に手で合図を出すと、仲間たちは武器を手放していく。
アンクレインからは見えなかったが、部屋に入りきらず外で待機していた者たちが気配を殺してその場から離れていく。
それに関してアンクレインは気付いていたが、下っ端の抵抗は気にしなくていいだろうと流す。カルベスからはジートルムとバーテルがレステンスの代理と聞いていて、片方はすでに傀儡化しており、バーテルもこの場で傀儡化する。レステンスと代理を押さえれば、組織として碌な抵抗もできないと考えたのだ。
レステンスの確保を部下に任せてアンクレインはバーテルたちに近づく。
「あなたもジートルムと同じく傀儡になりなさい。そして今日からここは私たちのものになるのよ」
「ジートルムはすでにやられたか」
「油断していたから簡単に魔法をかけることができたわよ」
あなたも同じになると言いながらアンクレインは心を砕く魔法を発動させて、バーテルの額に指を当てる。
額から体全体へとほのかに光が広がる。
バーテルは抵抗するため心と体に力を込める。
「抵抗するんじゃないの。大事な姫様がどうなっても知らないわよ」
アンクレインの言葉に従うように、部下たちはナイフを取り出し、レステンスの首と心臓に当てる。
それを見てバーテルは悔しそうにしつつも体と心から力を抜く。
同時に心の中で孫であるウィーネスが上手くやってくれることを祈る。
バーテルを包む光が輝きを増して、バーテルは自身の感情が乱れるのを感じた。喜怒哀楽全てが一度に感じられ、考えもまとまらず頭の中がぐちゃぐちゃになっていく気分だった。
そして頭の中から破裂音がして、これまで大事にしていたレステンスやウィーネスといった存在になんの感情も抱かなくなった。同じようにアンクレインへの憎しみといった感情も消えた。
瞳から光が消えたバーテルを見てアンクレインは、次々と同じ魔法をほかの者たちに使っていく。
全員に魔法を使い終わると、バーテルたちはカルベスと同じようにアンクレインに従うようになった。
「これでトップは確保した。あとは逃げた下っ端たちが大人しくしてくれれば楽なんだけどね」
バーテルには彼女の研究成果を記した書類の場所まで案内を命じる。
残りの兵には本拠地の構成員を捕まえるように命じ、その中の二人だけここに残してレステンスの護衛を命じた。
兵が駆け足で謁見室から出ていき、バーテルはこちらですと言って歩き出す。
アンクレインは部下たちと一緒にバーテルについていく。
突然の造反に騒がしい本拠地を移動し、研究区画に到着する。ここはよそと違って静かだった。
研究区画には人がいなかった。そして書類もいくらか持ち出されていた。急いで準備したようで書類が床に落ちていたりと散らかった様子が見える。
「あの逃げた者たちは、抵抗じゃなくて奪われないことを選択したわけね。バーテル、なにがなくなったのか報告しなさい」
「かしこまりました」
バーテルは棚や床に散らばった書類を見ていく。
アンクレインも棚に残った書類を暇つぶしに眺めていた。
三十分ほどでバーテルはなくなったものを把握し、報告する。
「レステンスの治療に必要な品物などがなくなりました」
「レステンスの治療ね。現状あれはどういった状態なのかしら」
バーテルは聞かれたことに素直に答えた。
続いてどのような治療をやろうとしたのか問われて、それも答えていく。もう少しで完成ということも報告する。
「へえ、遊黄竜の血を。派遣したあれは帰ってこないから遊黄竜に殺されたと思ったら、人間とぶつかっていたのね。治療に必要なものを持ち出したということはレステンスを奪還するつもりよね」
アンクレインは逃げ出した者たちの今度の動きを予測する。
本拠地を脱出し、治療を完成させてから、再びここに戻ってくる。もしくはレステンスを奪還して完全にここを捨てる。
「基本的な方針はこうかしら。前者だと私がいつまでもレステンスを生かしておくわけがないと考えるかも、私にとってはどうでもいい存在だし。であるとするならできるだけ治療の完成を急ぐ。そしてこちらの様子も探るかしら、レステンスをよそに動かされる可能性も疑うだろうし。研究ができて、近く見張れる場所……たしかカルベスがこの町の近くに実験場があるとか言っていたかしら。潜むならそこ?」
バーテルに実験場のありかを聞いて、アンクレインはそこに部下たちを向かわせる。
「全滅させてきなさい」
そこを潰せば、トップが乗っ取られたと知る者はいなくなるだろうと指示を出す。支部にも本拠地の危機を知らせに行っている可能性もあり、本拠地奪還に動くかもしれない。そのときはやってきた者たちを叩き潰せばいいだろうと考えた。
「実験場にある彼らの成果を確保しなくてよろしいのでしょうか」
「そこまで目新しいものはないようだしいらないわ」
暇つぶしに資料を眺め、自分と似た方向の研究ばかりだと知ったのだ。
組織そのものは利用できそうだが、研究成果はバーテルの持つ知識があるのでそれで十分だ。
「承知いたしました」
メイドと使用人の姿をした魔物たちは再び人間に変化して離れていった。
残ったアンクレインはバーテルに片付けを命じて、謁見室に戻る。レステンス奪還に動かれた場合阻止するためだ。
しかし謁見室に戻ると、そこにレステンスはおらず、護衛を命じていた兵と傀儡にしていない兵が死んでいた。
「へー、思った以上に早く動いたわね」
次はどう動くかしらと面白そうに笑みを浮かべて、レステンスの座っていた椅子に座り足を組む。
「これだけの規模の組織が隠れるには、表に入り込んで情報を操作する者もいるでしょう。それを使って洗脳する人間を増やし、この町も乗っ取りましょうか。騒ぎを起こし国の足を引っ張る町はいくつあってもいいものね」
まずはこの組織の人間の傀儡化とジートルムたちから情報を抜き出しましょうと予定を決めていった。
感想ありがとうございます