232 バス森林襲撃 前
祭り二日目の朝はリューミアイオールに起こされることになった。
ベッドに寝転んだまま、なにが起きたのか聞く。
(バス森林が魔物たちに襲われている。そういったことはたまにあるが、魔王復活が近い現状ではいつもと違う動きをするかもしれん。念のため向こうに行ってくれ)
「わかりました」
ミストーレは何事もなさそうだし、向こうに異変が起きているならそっちの方が気になる。バズスアムルに万が一のことがあったら大変だしな。
でもマナジルクイトやテーストブルズがあるから並の魔物なら複数でも撃退できるだろう。すぐに騒動が終わってこっちに戻ってくることができそうだし、それならニルも出ることを許可しそうだ。
急いで武具を身に着けて、ニルの部屋に早足で向かう。
すれ違う使用人たちは何事だろうと不思議そうだった。
ノックをすると返事があり、名乗る。
不思議そうな顔のニルが顔を出した。
「中に入れてもらっていい?」
「どうぞ」
扉を閉めて、用件を伝える。
「リューミアイオールから魔物が南の方で動きを見せたと聞かされた。そこに行くことになったから知らせに来たんだ」
「魔物が動いたのか。どこか国を攻めた、いやそれなら死黒竜は気にしないな。どこを攻めたのか詳しいことは言っていたかい」
「草人の隠れ里だそうだ。わざわざそこを攻める理由が気になる」
あそこの人たちは表に出たくないし誤魔化す。
「もしかしてバス森林の草人かな」
「当たりだけど、なにか心当たりがあるのか?」
「昔から何度か魔物がちょっかいだしていると聞いたことがあるんだ」
噂になるくらいにはあそこって魔物に攻められていたんだな。
「攻める理由も知ってたりする?」
「それはわからない。あそこは閉鎖的で外との交流はないからね。排他的ではないからなんとか交流できないかとゼスノート国は思っているんだけど難しいようだ。行ってみたら、外との交流をどうして避けているのか聞いてみてくれないか」
「魔物に襲われているのにそんな暇ある?」
「まあできればでいいよ」
わかったと返す。聞いてみたけど駄目だったって言うつもりだ。
技術が進んでいるから外に漏らしたくないなんて正直に言うと、余計に興味を引きそうだし。
リューミアイオールに準備ができたと告げると、すぐに周囲の風景が変わった。
転移で飛ばされたのは以前も飛ばされた鍛錬場だ。そこでは資材が並び、テーストブルズが何機も動いていた。
皆忙しそうで、邪魔にならないように移動しつつ、余裕のありそうな人を探す。
そうしていると向こうから声をかけられた。
「デッサ殿!? どうしてここに」
何度も言葉をかわした研究者だ。
「リューミアイオールからここを魔物が襲撃したと連絡があって、念のためこっちに来ておくように言われたんです」
「そうでしたか」
「魔王復活が近いからいつもとはなにか違いがあるかもしれないとも言っていました。現状異変はあるんですか?」
「ありますね。いつもならば森の外から侵入しようとするんですよ。しかし今回は空から森に降りてきています。そのため対応が一手遅れて森への侵入を許してしまいました
」
「大丈夫なんですか?」
「テーストブルズを総動員して対抗しています。今のところは優勢みたいですね。詳しいことは本部となっている地下研究所にいる村長に聞けばわかるでしょう」
人をつけて案内させましょうと言って研究者は荷物を運んでいた若者に声をかける。
その若者に連れられて、以前使った村外れの入口に向かおうとして足を止める。料理の匂いがしてそちらを見る。
そこではパンが配られていた。食べやすいようにかコッペパンに具が挟まれている。
「少しだけ時間をもらえる? 朝食がまだで、あのパンをもらいたいんだ」
「わかりました」
列の最後尾に並び、パンを一つもらってそれを食べながら移動する。
食べ終わると小走りで地下へと向かう。
地下に降りて、通路を進み、入口が開けっ放しの部屋に入る。
グリンガさんたちが報告を受け、それをもとに指示を出している様子が見えた。
「デッサ殿を連れてきましたっ」
若者の大声はその部屋に響く。
若者と俺に視線が集まる。
「デッサ殿!? どうしてここに?」
研究者と同じことを聞かれ、同じようにリューミアイオールから知らされたと話す。
「そういうわけですか。ひとまず現状を説明しましょう。君はご苦労だった。地上に戻って手伝いを続けてくれ」
「わかりました」
頷いた若者は小走りで去っていった。
手招きされてグリンガさんに近づく。
「皆はそれぞれの役目を続けてくれ」
それぞれ頷いてまた報告を受けたり、指示を出したりと先ほどまでと同じ光景に戻る。
彼らの邪魔にならないように離れて、廊下に出る。
「さてどこから話しましょうか」
「そこまで長い話ではないと思うので最初からでお願います」
頷いたグリンガさんは朝から起きたことを話し出す。
魔物の動きに気付いたのは森の外を見張っていた草人だった。魔物の襲撃がいつあるのかわからないため、見張りは常に置いていた。
ただし近年は魔物も森に近づくことはあっても侵入することはなく、見張りもやや気が緩んでいた。
そのせいだろうか決まった方角だけに注意を向けるようにになってしまっていた。
それでもいつも通りならば発見が遅れることはなかったのだ。しかし今回は空から来るという変化を見せた。
今日は空に鳥が多いなとのんきな感想を持ち、その背や足に魔物がいるということに気付いた頃には森に接近を許してしまっていた。
急いで村に報告したものの、初動の遅れのせいで森上空に魔物たちは到達しており、次々と落下を始めていたのだ。
「報告を受けた私は急いで戦闘態勢に移るように指示を出し、こうして指揮を執っているというわけです」
「魔物の数とかわかります?」
「魔物を運んできた鳥の数は百匹を少し超えるくらいだったと聞いています。自力で飛ぶ魔物もいたでしょうけど、それでも二百体はいないかと。多めに見て百五十体くらいでしょうか」
「普通に考えると百五十体の魔物は絶望だと思うんですが。対応できているんですか?」
研究者の話では優勢だそうだけど。
「今ところは問題ありませんね。ですが戦闘の報告が少ないため魔物も様子見している可能性があります」
「起きた戦闘そのものはどうだったんでしょう。破壊されて報告されていない、なんてことが起きていたりは」
「テーストブルズが破壊されれば、それを知らせる機能がありますから大丈夫です。その連絡はまだ入ってきていません。それで戦闘ですが、最低でも二人一組で動くことを徹底させたおかげか、魔物に苦戦することはなかったようですね。戦闘自体は五回起きたようです」
「苦戦なし、ですか。嬉しい報告ですね。このままなら優勢で終えられそうですかね」
「そうであってほしいですね。油断はせずに警戒を続けようと思います」
「俺にできることはありますか」
「このまま村に滞在してもらっていいでしょうか。万が一テーストブルズで苦戦する相手が出てきたとき、バズスアムルに出てもらうことがあるかもしれません」
「わかりました」
「ではバズスアムルを待機状態にしたあとは、ここに戻ってきて待機してください」
グリンガさんは連絡員に声をかけて、俺のそばに置く。
「なにか用事などがあれば彼に言ってください」
「パーヘッドです、よろしくお願いします」
「こちらこそ」
挨拶をかわして、バズスアムルが置かれている区画へと移動する。
マナジルクイトをバズスアムルにセットして、いつでも動かせるように待機状態にしてからまた本部に戻る。
椅子が用意されていて、そこに座る。
本部が慌ただしい様子ではないので、まだまだ余裕があるようだ。
「いつもの襲撃の様子を聞きたいんだ。聞かせてもらえる?」
パーヘッドさんに頼むと頷きが返ってきた。
「村長が話したように空からやってくることは珍しいです。いつもは陸路で森の外から入ってこようとするので、魔法をいくつも放って追い払うんですよ」
「いつもその対処で問題なかったんですか?」
「はい。いくらかダメージを与えれば諦めて去っていきます」
「前に空から来たときも今回みたいに何体もの魔物が森に入ったんですかね」
「俺が知るかぎりでは初めてですね。以前は一体だけで接近したと聞いています」
「複数の魔物に襲撃されたという記録はあるんですか?」
「二体でやってきたことがあるようです。今回のような大規模襲撃は初めてだと思います」
いつもと違うのか。
魔物がそんな大きな動きを見せたのは魔王復活が近いからだろうか?
でもここを潰す理由ってなんだろう。技術が発展していると知っているなら潰そうと動くのかもしれないけど。
「いつもと違った動きを見せたのはなぜなんでしょうね。ここの技術が外に漏れたとかでしょうか」
「技術の漏洩にはかなり気を付けているのでそれはないかと。魔王復活が近いと聞いていますから、昔からちょっかいをかけてきたここを潰して魔王軍の存在を世に知らしめようとした、ですかね」
「魔物がなにか言っていたとかそういった情報は入ってないんでしょうか」
「言葉を交わしたという報告はありません」
「そうですか」
情報がないからなにもわからない状態だな。
待機だけだと暇だし、魔物の動きをあてずっぽうでもいいから予想してみるかな。
いつもと違う動きを見せたということは、そうするだけのなにかがあるはず。
この村の変化というと……俺が来たことか? ここしばらく外部の人間が来たとかグリンガさんたちは言ってなかったし。
それを遠くから見ていた、いや俺は森から出ていないから遠くからだと俺が外部の人間とはわからなさそう。
外部の人間だからじゃなくて、俺が来たと明確にわかったから行動を起こしたと仮定する。
俺がここにいるとわかるのは魔王くらいだろう。ということは魔王が復活してさっそく攻めてきた可能性が?
これが正解とするなら魔物の動きがもっと派手になってそうだけど……百体以上動いているんだし、派手になっていると言えそうかな。
砂漠で巨石群を囲む拠点が潰された。あれも大きな動きと言えるかな。
でも魔王が復活して俺というかバズストの居場所がわかるなら、まっさきにミストーレに魔物が出現しそうなものだけど平和だったよな。
だとしたら今回の動きは俺とは別件?
「どうしました?」
黙った俺にパーヘッドさんは不思議そうに話しかけてくる。
「魔物がここを攻める理由を考えていまして。俺がここにいるからいつもの違ったふうに攻めてきたのかと思ったんです。魔王なら俺の位置がわかるため、ここで倒しておこうと魔物を動かしたのかなと。でも俺目当てなら拠点にしていて少し前までいたミストーレに魔物を向けるはず。だから俺の考えが外れているんじゃないかとも思えました」
「ふむ……たしかにいつもと違うのはあなたがいることですね。もしそうだとしても責任を感じる必要はないでしょう。いつもと違っても、さっさと追い払ってしまえばいいんです。そのための力もあります」
励ますための言葉でもあるんだろうな。
それに礼を言って、グリンガさんたちの様子を見ながらいつでも動けるように待機する。
そのまま二時間ほど時間が経過する。
森の中を動き回るテーストブルズは順調に魔物を倒しているようだ。
ただし異常もみつかっていた。魔物を倒せば残るのは魔晶の塊なのだが、そうではないものが残っているそうだ。魔晶の欠片に近いが、そうでもないものだそうで、本部に運ばれてくる。
テーブルに置かれたそれを俺も見る。
魔晶の欠片は大きくても二センチに満たない白っぽい破片だ。ゲームでも同じだ。しかしそれは白っぽい五センチくらいの六角柱。
「これが残ったのか?」
グリンガさんの問いに、報告と休憩を兼ねて戻ってきた草人が頷く。
「そのほかにもいくつも同じものが回収されています。そちらは研究班に解析のため渡しました」
「渡したときなにか言っていたかね」
「おそらく魔晶の欠片や塊と同じものだろうと」
「色と触感はよく似ているから、そう言われても納得だ。となると今我らが戦っているのは魔物やモンスターに似た別のなにかということになる。強さはどうだった?」
「テーストブルズがあったおかげか楽な戦いでした。正直あれが魔物と言われると拍子抜けというのが感想です。あれならテーストブルズなしでもなんとかなるでしょう」
「俺から質問いいですか?」
どうぞと頷かれる。
「テーストブルズなしで戦う場合、複数人でマナジルクイトを最大活用して戦うという認識でいいのでしょうか。その状態で楽勝なのか、辛勝なのか聞きたいです」
「そうですね……三人で戦うとしましょう。マナジルクイトを駆使して、おそらく楽な戦いになりますね」
「仮に一対一ではどうでしょうか」
「さすがに楽な戦いではなくなるでしょうけど、倒せるかと」
「なるほど。俺は魔力循環と名付けた技術で以前魔物と戦っています。そのときマナジルクイトを最大活用したのと同じだけの出力をもって魔物と戦いました。そのときの感想が楽な戦いではなかったということで、今回あなた方が戦ったなにかと同じ感想です。だからそれは魔物に近い力はあったのかもしれません」
グリンガさんは俺の言葉を受けて少しだけ考え込んで口を開く。
「デッサ殿はあれが魔物だと考えるということですかな」
「いえ倒して得られたものが違うので、魔物ではないのでしょう。しかし魔物が自分たちに近いなにかを生み出して引き連れている。つまり新たな戦力を得たと思いました。あなた方が技術を伸ばしたように、魔物もまた同じように力を蓄えた」
「魔物の新たな力ですか。ただ倒すのではなく、観察する必要があるかもしれませんね。でないと足元をすくわれかねない」
グリンガさんは相手の観察を指示し、連絡員が地上へと走っていった。
感想と誤字指摘ありがとうございます