230 渡されたもの
宿の入口で待機していたオルドと一緒にニルドーフは町長の屋敷へ帰る。
屋敷の中でオルドと別れて、与えられた部屋に戻ったニルドーフはすぐにジョミスを抜いた。
『なにか用事かね』
「デッサ経由で死黒竜からの贈り物を預かってきた」
『わしに贈り物を? なぜだろうか』
不思議そうなジョミスに、デッサから聞いたことを伝える。
『より長く存在してほしいから、か。たしかに今ではもうわしとリューミアイオールのみが覚えているからな。いや魔物たちも覚えてはいそうだが』
「魔王を封じたバズストを魔物たちは嬉々として語らないだろうし、語り合えるのはジョミスくらいだろう」
『うむ。それで贈り物とは?』
ジョミスに見えるように、手のひらに乗せた欠片を剣に近づける。
「この欠片を刃に触れさせればいいらしい。早速やるかい」
『リューミアイオールの気配はあるものの、あれの力ではないな。バズストに関わることならば悪いものではなかろうて。頼む』
ニルドーフはテーブルにジョミスを置いて、刃の上へと欠片を落とす。
手から落ちた欠片は刃に触れると跳ねることなく、そのまま吸い込まれるように消えた。
ジョミスは剣の隅々にまで力が行き渡る感覚を得る。
ニルドーフは使い慣れたジョミスが存在感を増したように感じられた。
「見た目はなんの変化もないが、どうなった?」
『内部は充実したぞ。単純に強度が上がっているし、そのほかにはわしの技術を体験させることができそうだ』
「体験というのはどういうことなんだ」
『これまでは口頭での指導だっただろう? これからはわしがおぬしの体に干渉し体を動かすことができる。これにより、これまで以上に技術の習得が進む』
「どういうことかなんとなくわかるが、実際にやってもらった方がいいな」
ニルドーフはジョミスを持つ。
そしてやってくれと頼むと、ジョミスから魔力が流れ込むのを感じ取った。
『抵抗せずに受け入れてくれい』
ニルドーフは素直に心を落ち着けて、体から力を抜く。
動かすぞとジョミスが言い、体が勝手に動いてもう片方の手にも剣を持って体を捻る。
『双剣の型・スピンスラッシュ』
速いとはいえない速度で回転斬りを行う。部屋の中で本気を出すわけにもいかず、ゆっくりとしたものだ。
くるりと回って止まり、ニルドーフは体の制御が戻ってきたのを察する。
「あんな感じか。自分の体が自分の意志じゃなくて動くのはちょっとした怖さがあるな。でも有用だ。言葉だけでは伝わらなかった部分が文字通り体でわかった。この体を動かすというのは誰にでもできるのか? 自由にさせたくない相手をジョミスが動かして自由を奪うとかできる?」
『基本的には誰の体でも動かせるだろう。しかし抵抗されれば、本人に制御を取り戻されそうだな。ニルドーフのように全てを明け渡してくれるか、意識ない相手の場合にのみ動かせると考えておいた方がいい』
「わかったよ。強化と指導が充実化しただけでもありがたい」
片方の剣を鞘に納めて、ジョミスをまたテーブルに置く。
「ディアノだったら同じように体を明け渡しての指導ができるかな」
『あの子にはわしの存在を隠していただろう。話すのかね』
「そろそろ話してもいいかなと思っているよ」
『最初は拒絶感があるかもしれないが、少しずつ交流を重ねていけば同じような指導が可能になるかもしれないな』
ディアノからすれば信じられる仲間の武具だとしても、いきなり体を明け渡すというのは無理だろうとジョミスは推測する。
それに納得したニルドーフはもう一つの話題を切りだす。
「もう一つ伝えることがあるんだ」
『なにかね』
「リューミアイオールがジョミスと語り合いの場を設けたいそうだ。バズストの愚痴を言い合う場になりそうだとデッサは言ってたな」
『愚痴か。そういった機会も必要なのかもしれんのう』
「ジョミスもバズストに愚痴を言いたい気持ちはあるのか?」
『ないと言えば嘘になる』
「そうか。その時がきたら思う存分語り合うといい」
『そうさせてもらおう。さてもう少し指導をしようと思う。庭に出ないかね』
頷いたニルドーフはジョミスと一緒に部屋を出て行った。
タナトスの家は今期待や不安といった落ち着かない雰囲気に包まれていた。
昨日デッサから渡された資料に載っていた魔法について家族全員が知ったのだ。
その魔法の練習がそろそろ終わるということで、どうしても気になっていた。
ボードゲームなどで遊んでいる子供たちもどこか集中力を欠いた様子だ。それを注意する子もいないため、まともなゲーム進行になっていない。
そんな落ち着かないリビングに老女が現れ、雰囲気を察して口を開く。
「おまたせ、とでも言えばいいのかね」
「キーゼル婆さん!」
「そんな大声出さなくても聞こえているよ」
椅子に座ったキーゼルと呼ばれた老女に、タナトスの人たちは話しかける。
「使い物になりそうか?」「その前に習得は?」「ばかっ習得はできたと言ってたろ」「お前らいっきに質問するな!」
キーゼルは騒がしいねと苦笑し、続ける。
「ちゃんと習得できた。使ってみた感じは……まあそれは実際に体感してもらった方がいいね。ちょいと魔法をかけさせてもらうよ」
キーゼルはそう言うと自身を見上げていた子供の一人に魔法をかける。
今度は魔法をかけられた子供に注目が集まる。
子供は首を傾げ、周囲の者たちも疑問顔だ。
期待外れと肩を落としながら、本当に魔法を使ったのか聞く。
「まあその反応は予想できたよ。原因は私たち自身が、私たちのまとう雰囲気に慣れているから隠されたところで変化を感じ取れないのでしょうよ」
「ということは誰かこの家の外の人間に見てもらう必要があるということですか」
「そうなるね」
「デッサ君に見てもらうのが一番じゃないかな。結果を知りたがると思うし」
それがいいとほかの者たちも頷く。
それにキーゼルはまったをかける。
「あの子はもともと私たちの気配を気にしていなかったろう? だから変化に気付けるかどうか。シーミン、あんたはどう思う」
「デッサもまったく気にしていないわけじゃないと思うから気付くはず。でもデッサが気づけないなら、ハスファに頼めばいい」
「シスターの子か。そうだね、そうしよう。というわけで期待していたところ悪いが、今すぐに魔法の効果が出ているのか確認はできないよ」
残念だと言いながら、タナトスの人々は解散する。
「シーミン。明日の朝あんたに魔法をかけたら、ルポゼという宿に行ってくるかい?」
「……行く」
少し悩んだ様子を見せてシーミンは頷いた。
魔法が効果を出さなければ嫌な思いをするかもしれないが、一度はルポゼに行ってみたいという思いもあるのだ。
「お婆様、魔法はどれくらいの時間効果が続くのでしょうか」
母親が聞く。
「使ってみた感じ、半日くらいかね。魔法使いなら練習すれば誰でも使えそうだから、時間はあまり気にしないでいいと思う」
「誰でもということは駆け出しでも?」
「その通り。本当によくできた魔法だよ。上手くいったのなら作り手になにか礼をしたいが、なにをすればいいんだろうね」
「明日デッサに聞いてみる」
そうしておくれと言ってキーゼルは椅子から立ち上がり、自室へと戻っていった。
シーミンたちはリビングを片付けるため動き出す。
そして翌日。キーゼルに魔法をかけてもらったシーミンは家を出る。
いつもと同じようにタナトスだとわかる白いマントや白い服装だ。
やや緊張しながら家近くの人の少ないところから人の多いところへと出る。
道行く人の視線がシーミンに向けられて、顔を顰める。それはいつもと同じなのだが、シーミンの勘はいつもとの違いを感じ取っていた。
(向けられる嫌悪感が少ない気がする)
そうであってほしいという自身の期待が、そう感じさせるのかと思いながら歩いていた。しかし勘違いではないと確信を抱く。確実にいつもより嫌悪感が少なかった。
シーミンを見て、嫌悪しつつも首を傾げている人もいた。
彼らはシーミンを見てタナトスだと判断したのだが、予想していた悪寒がなかったことに疑問を抱いていた。
そういった反応だけで魔法が効果を発揮していることは確認できた。だから家に帰ってもいいのだが、ルポゼに行きたいという欲求に逆らえず、そのままルポゼを目指す。
ルポゼに入り、掃除をしていた従業員に声をかける。
従業員もタナトスだと一目でわかるシーミンに緊張を感じつつ戸惑いも表情に出ていた。
デッサは朝からルポゼに来たシーミンに驚いたが、魔法の実験と聞くと納得した表情になった。
「魔法の効果は感じられる?」
デッサは探るようにじっとシーミンを見る。
「たしかに雰囲気が違う」
キーゼルの予想は当たっていて、ぱっと見はいつもと変わらない感覚だったため魔法の効果をそこまで認識できていなかった。だがしっかりと集中すればたしかな変化を感じ取れたのだ。
「従業員の反応はどうだった?」
「いつもより嫌悪感は少なかったわ。外の人たちもそうだった」
「だったら効果は出たってことでいいんだろうね」
デッサの言葉にシーミンはほっとした表情になった。
「魔法を作ってくれた相手にお礼をしたいと家族が言ってたのだけど」
「うーん、特に気にしないと思うけど」
「でも私たちが求め続けたものがこうして手に入ったのだから、感謝しないと気がすまないの」
デッサは悩む。バス森林の人たちが対価を求めなかったのを知っているので、特にこれといった考えが浮かばないのだ。
本人たちに聞いてみた方がいいだろうと結論付ける。
「すぐに会える人たちじゃないし、いつか聞いてみるから、今のところはその件についてはおいといて」
「約束よ、ちゃんと聞いてね」
「お礼は必要ないと返答があったら、そのときは素直にそれを受け入れてくれよ」
「わかったわ」
確認を終えて、デッサの私室にあるものを見物したあとシーミンは家に帰る。
その帰り道でも視線は集まったが、やはり嫌悪感は少なかった。
「ただいま」
「おかえり!」
庭にいた子供たちがシーミンに集まる。どうだったと聞かれながら一緒に家に入る。
リビングには母親たちがいた。
期待の視線を向けられて、それに応えるように頷く。
「効果は出ていたよ」
わっと歓声が上がる。求め続けていたものが手に入り、人生最大ともいえる喜びが皆を包んだ。
それに水を差すようで悪い気持ちになりつつも、シーミンは続ける。
「でも普通の人みたいに過ごすのは無理」
いっきに静かになる。
「どういうことだ?」
「これまでタナトスという家が積み重ねたイメージがあるから、それに引きずられる人もいる。町を歩いていたら、見た目で嫌悪感を向けてくる人が多かった」
そうなのかと肩を落とす。
キーゼルが頷きつつ口を開く。
「雰囲気は抑えることができたんだ。少しずつそのことが浸透していって、嫌悪の視線が減るのが当たり前になる日がやってくるさ。その日を楽しみにして、ほかの都市にいるタナトスの一族にこのことを知らせるよ」
「朗報ってことには違いないんだから、ほかの都市の奴らも喜ぶだろうな」
早速手紙を書こうとペンと紙を準備する姿を横目にキーゼルは、シーミンに話しかける。
「お礼については話したかい」
「話したよ。魔法を作った人に会ったとき聞いてみるって」
「そうかい。向こうが喜ぶような礼をしたいものだね」
キーゼルの言葉にその場にいる者たちは頷いた。
いますぐ効果がなくて落ち込みはしたが、ずっと求め続けてきたものなのだ。どんな無茶にも応えるくらいには、嬉しい魔法だった。
その魔法を届けてくれたデッサにも同じように感謝を向ける。
シーミンも感謝を向けているが、同時にあの初対面からこのようなことに繋がることに驚きも感じていた。
自分だけではなくタナトスそのものも助けられた良縁だったのだなと、今後もこの縁を大事にしたいと改めて思う。
感想ありがとうございます