229 渡すもの
リューミアイオールにミストーレ近くの草原に飛ばしてもらい、そこから町に戻る。
ルポゼに帰ると、ホールの掃除をしていたルーヘンとフェーンに出迎えられる。
「ただいまー」
「おかえりなさい?」
ルーヘンが不思議そうな顔になっているけどどうしたんだろう。
「オーナー、ダンジョンに行ってたんですよね? いつもみたいに疲れた感じがないし、汚れもほとんどありませんがモンスターと戦わずに過ごしていたんですか?」
あ、そっか。村で普通に過ごしていたからダンジョン帰りとは思えない外見なんだな。そりゃ不思議に思うわけだ。
「ちょっとした用事でいつもより早めにダンジョンを出ていたんだ。出かけた先で、汚れも落としたしそれでじゃないかな」
「そうですか」
誤魔化すとあっさりと信じた。
バス森林に行っていたとか話せないし、このまま嘘を信じてもらおう。
部屋に戻り、縮めていた倉庫箱をもとの大きさに戻し、金庫の上に置く。箱の大きさは縦横高さ五十センチくらいだ。
金庫の中から魔晶の欠片を取り出して、倉庫箱に触れさせる。それで起動待機状態になる。あとはダンジョンで素材を取ってきたときに発動させればいい。
素材化などの三枚のプレートは魔法道具を置いている棚に置いて、俺用に仕立てられた戦闘用の服はハンガーにかけておく。
荷物整理を終えてからロゾットさんのところに行き、書類確認と留守中にあったことを聞く。
ルポゼも町も祭りの賑わいからくるトラブルがあったくらいで、以前のような人攫いが出たとか魔物が出現したといった大きな出来事はなかったようだ。
ルポゼでやることを終えて、町長の屋敷に向かう。ジョミスに預かっている力を渡すためだ。
門番にニルはいるか尋ねると出かけているそうなので、会いたがっていたと伝言を頼む。
次はタナトスだ。雰囲気を抑える魔法の資料を渡すのだ。
「あら、こんにちは。シーミンはダンジョンに行っているわよ」
シーミンの母親にこんにちはと挨拶を返して続ける。
「今日は皆さんに用事があってきたんです」
「私たちに? とりあえず中へどうぞ」
リビングに通されて、椅子に座る。
「実はですね。魔法の得意な知人に気配を抑える魔法がないか相談したところ、該当しそうなものを教えてもらうことができたんです。それで皆さんのまとうものが抑えられるんじゃないかと思ったんです」
これをどうぞと魔法が説明されている資料を渡す。
ちらりと資料に視線を向けた母親は諦めたような笑みを浮かべた。
「気遣いは嬉しいけど、正直無理じゃないかと思うわ。私たちもそういったものがないか長いこと探してきたの」
でもなかったのだと溜息と一緒に吐き出される。
「使えないなら捨ててかまいませんから、とりあえず内容確認だけでもお願いします」
「わかったわ」
ひとまず読んでもらうように頼むと母親は頷いて、資料に目を通していく。
読み始めて一分ほどで真剣な表情になって、どんどん読み進めていく。
顔を上げた母親の表情には、諦めの感情はなくなっていた。といっても希望に満ち溢れているわけでもなかった。
「どうでしたか」
「私が知っているものではなかったのはたしか。たぶんうちの魔法使いも知らないから、試してみる価値はあるかもしれない」
「少しでも可能性があるならよかったです」
「すぐに見てもらうわ。呼んでくるから少し待っててちょうだいね」
頷きを返すと母親は立ち上がって別の部屋に向かい、すぐに戻ってきた。
一緒に連れてきたのは軽く挨拶をしたことがあるだけの老女だった。
俺に挨拶した後、テーブルに置かれている資料を手に取る。
「これがそうなの?」
「はい。私は見たことない魔法ですね」
「読ませてもらうわ」
空いている椅子に座り、資料に目を通していく。
老女はもとから真剣な表情だったけど、読み進めていくうちに目つきが鋭くなって一言一句見逃さないような雰囲気になった。
読み終わって大きく深呼吸する。
「私も知らない魔法だわ。それだけじゃなくて、初めて見る書き方だったわね。洗練されているような感じだった。それでいて魔法に不慣れな人でも読みやすいように気遣いもできていた。王都から取り寄せた本よりも出来は上なのじゃないかしら」
「使い物になりそうですか?」
俺が聞くと、習得は可能だろうと返される。
「実際に使ってみないことにはなにも言えないわね。これを借りてもいいかしら」
「差し上げます。ただそれを書いた人は目立ちたくない人たちなので、どこの誰から教わったか秘密にしてほしいとのことです」
「わかった。まあ、わざわざ私たちに話しかけようとする人がいるとは思えないけど」
「まとうものが小さくなれば接する機会のある役所の人たちは疑問を抱くんじゃないですか」
「それもそうね。ちゃんと伏せることにするわね」
しつこく聞かれた場合はヒントをもらって自己開発したことにしてほしいと頼む。
老女は首を横に振った。
「私たちのものにしてしまうのは問題があると思うけど」
「本人たちからそういうふうにしてくれと頼まれていますから」
そう言うことならと老女は頷く。
「お婆様、いつ頃魔法を使えそうですか」
「習得と練習で今日明日。だから明日の夜には使えると思うわよ」
母親は早いですねと目を丸くする。
「それくらいわかりやすく書かれているの。あなたは戦士タイプだから魔法には疎くて、これを読んでもすぐには習得できないでしょうけど、魔法使いとして一人前になった人なら私と同じくらいの時間で習得するわよ」
「逆に言うなら戦士タイプでも時間をかけたら習得可能ということですか」
母親の質問に老女は頷く。
「これを書いた人は魔法の研究者として間違いなくトップを走っているわね。そんな人が世に出ていないのが不思議なくらいよ」
「世に出たら自由気ままに研究ができなくなるからじゃないですかね」
俺が理由をでっちあげると、老女は理解を示す。
「これだけの技術や知識があるならあちこちから勧誘されるでしょうし、研究の時間を削られるわね。研究第一な人ならそういった状況は避けたいでしょう。それと世に出せないものも生み出しているかもしれない。その危険性を思うと、隠れている方がいいと判断したのかもね」
今の世には出せない技術を保有していて隠しておきたいとグリンガさんたちは言っていたし、老女の予想は当たっているな。
そんな感じだろうと頷いておいて、この話題を終えることにする。
老女は資料を持って自室に帰っていき、俺は母親や子供たちと雑談してシーミンの帰りを待つ。
二時間ほどで帰ってきたシーミンとも近況の報告をする。
タナトスのまとうものをどうにかできるかもという話はシーミンにもしたけど、いまいち信じられないといった表情だった。
明日結果が出ると伝えると、期待しないで待っているとのことだった。
話を終えてタナトスの家を出る。ルポゼの面々にお土産でもと思ったけど、おやつの時間はとうに過ぎているのでやめてまっすぐ帰る。
夕食を終えて、体もふいて部屋でギターを触っていると、扉がノックされる。
「レスタです。お客様がお見えになっています」
誰だろうと思いつつ扉を開けると、レスタの後ろにニルがいた。
「そっちから来たのか。忙しいだろうに」
「わざわざ会いたいと伝言を残すのは珍しかったからな。ちょうど俺からも用事があったんだ」
レスタにお茶を頼み、ニルには中に入ってもらう。
ニルは椅子に座り、早速用件を聞いてくる。
「実はニルに用事じゃなくてジョミスに用事だったんだよ」
「ジョミスに? なにか彼に聞きたいことでもあったのかい」
「リューミアイオールからジョミスへの預かりものがあるんだ」
金庫にしまってあるものを取ってきて、テーブルに置く。
「この欠片は? 魔晶の欠片とは違うみたいだけど」
「リューミアイオールが作り上げた力の欠片だ。これをジョミスに与えることで強化されるんだそうだよ」
「なんでそんな話になっているんだ」
「ええとたしかリューミアイオールがバズストの復活を望んでいて失敗したということは話したよね」
聞いたとニルは頷く。
「あれからリューミアイオールの心境に変化があったんだ。それでバズストのことを覚えているジョミスが壊れてしまわないようにと強化を考えた」
「もう覚えているのは死黒竜とジョミスだけだから、そう考える気持ちもわからないでもない」
「ニルにとっては武器が強化されるわけだから、リューミアイオールのことは関係なく強化を喜ぶだけでいいんじゃないかな」
「たしかに助かる話だ。一応聞くんだが、魔王関連でなにかあるから強化しておこうという話ではないんだよな?」
「うん、さっきも言ったようにジョミスに長く存在してほしいからという理由だそうだよ」
「そうか」
あ、話し合いたいってことも伝えておかないと。
「リューミアイオールがジョミスと話したいそうだから、そういった時間を取ってくれない?」
「その場に俺はいてもいいんだろうか?」
「うーん、思い出話の場に他人がいるのは無粋じゃないか。あと愚痴になるだろうから聞いているだけでも精神的に疲れそうだよ」
「愚痴?」
「バズストが封印を実行するのは反対だったってジョミスも言ってたよね。そこの愚痴やバズストへの不満がメインになりそうな感じがしてる。ちなみに俺はバズストの代理として立ち会わないといけないんだよ」
「それは大変そうだ」
「ほんとにね」
「話し合いについてちゃんとジョミスに伝えておこう。それでこの欠片はどう使えばいいんだろう」
刃に触れさせればいいとリューミアイオールの声が聞こえてきた。
「刃に触れさせればいいらしいよ」
「わかった。そっちからの話はこれで終わりでいいのか?」
「うん。ニルも俺に用事があるらしいね」
「そろそろ祭りだろ? それで大会本選のときに警備として会場にいてほしいんだ。また魔物が来るかもしれないと考えていてな」
「警備は祭りの間ずっと?」
「できればそうしてもらいたい」
どうしよう。以前ほど急いで強くなる必要はないとはいえ、ダンジョンに行きたかったんだよな。
でも俺がここにいることでミストーレに魔物が送り込まれる可能性がゼロでもないわけで。
「もう一度聞くけど、警備は大会本選の間だけ? 予選とか大会後はしなくてもいい?」
「大会の前後まで拘束するのはさすがにそちらの予定的にも不都合があるだろうし、大会本選の間だけだ」
「わかった。引き受けた」
「ありがとう」
「でも警備ってやったことないんだけど、どんなことをすればいいんだ」
「やること自体は簡単だ。普通の警備はほかの者に任せる。デッサには魔物との戦闘を任せたいから、基本的に待機なんだよ。俺たちと同じ席で大会見物してもらうことになる」
「去年ニルとペクテア様がいたところ? すごく目立つ場所じゃないか」
「なにかあればすぐに動ける場所があそこと舞台そばだ。一般席は通常時でも緊急時でも人でごった返すからそこでの待機は避けたい。舞台そばにはファードたちがいるから、俺たちの方にも実力者がいてほしいんだよ」
「変なのに絡まれない? お偉いさんたちに絡まれたりしたとき無難にやりすごす方法なんて知らないんだけど」
「俺のそばにいてくれればさすがに馬鹿をやる奴はいないよ」
「騎士じゃなくて外部の人間が王族のそばにいるってだけで変に注目集めそう。警備のあとにも絡まれることにならない?」
「顔を隠せるものを準備しておけば誰かわからないと思うぞ」
フルフェイスの兜を買うかと言うと、経費で落としてくれることになった。
俺の用事もニルの用事も終えて、ニルは町長の屋敷へと帰っていった。
感想と誤字指摘ありがとうございます




