226 バス森林 5
「そのテーストブルズは壊してもいいから遠慮なく戦ってください。武器はそこの魔動鎧用の片手剣をどうぞ」
そう言ってくるグリンガさんに頷きを返して、片手剣を拾い上げる。
対戦相手のテーストブルズはツインブレードを持っていた。
「もしかしてフリクトさん?」
「あら、気付いたのね」
懐かしい声が返ってきた。
「ツインブレードを見て、もしかしてと思ったんですよ」
「珍しい武器だしね。そういうわけで私が模擬戦相手よ。よろしく」
「よろしくお願いします」
「魔動鎧での戦いがどういったものか経験して糧にしてちょうだい。生身の戦いとは違いがあるからね」
グリンガさんが開始を宣言し、すぐに動く。
とりあえず戦って違いを体験してみようと考え、様子見はなしだ。
剣を振り下ろすと、それをいなされてすぐに片方の刃が襲いかかってくる。
来るだろうとは予測できていたので、体を傾けて回避したつもりだったけど、鎧にかすってギンッと音が聞こえてきた。
「生身の感覚で避けようとすると避けきれないんですね」
「その通り。全身鎧よりも大きなものを身に着けて動くわけだから、いつもより大きめに避ける必要がある」
さあどんどんいくわよと言って、フリクトさんは大会で見たようにツインブレードを巧みに操って攻撃してくる。
あのときよりは俺も強くなっているので攻撃は見える。
二つの刃を防いで反撃するけれども、速さと力強さは向こうが上で反撃はあまりする余裕がない。
たまにまともに攻撃を受けることもある。
「当たり前ですけど痛みがないというのも違いなんですねっ」
戦いを続けながら言う。
「うん、当たり。衝撃はある程度伝わるけど痛みはない。そのせいで生身だと感じられる危険を逃すこともあるから注意よ」
「わかりました」
返答と同時に斜め下から振り上げられた刃を脛で受け止める。ガヅンッと鈍い音がした。
痛みを感じないということはこうして受けて防御することもできるってことだろう。
損壊する受け止め方だけど、壊していいとグリンガさんが言っていたので遠慮なく消耗を気にしない戦い方をさせてもらおう。
「うん、そういった防御もありね。ちなみにこういったこともある」
言いながらフリクトさんは片方の刃を地面に少しだけ刺して、こちらの頭部に土をぶつけてきた。
その動作は見えていたから避ける。
「そうなるわよね。でも中には届かず目潰しにはならないから、それは隙」
カツンと胴体に刃が当たる。
「なるほど。生身とは違って一枚壁を隔てている形だから、顔に土とかが飛んできても無視できると」
「そういうこと」
ダメージを積み重ねつつ戦いは進む。
「思いのほか粘るわね。さすがバズストの後継者ということなのかしら」
「格上との戦いはいつものことなので慣れているんですよ。それに今回は壊してもいいという許可を得ていて、肉体へのダメージもないからまだまだやれますよ」
「バズストは関係なく、これまでの積み重ねという感じね」
「戦い方にはバズストのものも含まれていますけど、生き残る方はこれまでの経験のおかげです」
「性能差のある魔動鎧を使って、魔動鎧があっても安心じゃないって教えるつもりだったけどその必要はなさそうね」
「差があるような気はしてましたが、そんな狙いがあったんですね。あとはなにか覚えておいた方がいいことあります?」
「壊れたらどうなるか。それを知ってもらおうと思うから、このまま戦いを続行しましょう」
「わかりました」
返事をしてすぐに迫ってきた刃を体をそらして避ける。
このままも目的にそうのもいいけど、壊していいってことだし、少しくらいはフリクトさんを驚かしてみたいな。
ダメージを気にせず攻めることに比重を置いてみる。
攻撃が当たるようになるけれども、性能差だからなのかそこまで効いた様子はない。
こっちは攻撃を受けると態勢が崩されるけど、向こうは衝撃があるくらいで揺れることもない。
(当たるってことは技術は足りてる。足りていないのは威力。今のテーストブルズじゃ有効打は無理? どうにかして出力を増す方法は……今はただ魔力を少しずつ吸い取られている状態なんだよな。だったらこちらから送り込む魔力を多くしてやれば一瞬とはいえ出力を増すことができるか?)
この方法は電気じゃなくて魔力でショートが起きるかもしれない。
でもどうなるのか気になったんでやってみることにした。
俺が思いついたことはすでに対策されていて、やるだけ無駄かもしれない。
そんなことを考えながら、魔力循環を行って増やした魔力を腰からテーストブルズに送り込む。
次の瞬間テーストブルズ内部の明かりが消えた。外も見えなくなる。さらに立っていられなくなりテーストブルズそのものの重さが俺にのしかかってくる。
それを隙と見て、ツインブレードが叩きつけられ地面を転がる。
(やっぱりショートしたか)
と思っていたら明かりが戻る。重さもこれまで以上に軽いような気がした。
腰の辺りから、これまで聞こえなかったキーンという小さく甲高い音が聞こえてきた。
これなら有効打を当てられるはずだと、起き上がって戦いを挑む。
「動きがさっきまでと違う!?」
「いつまでこの状態が続くかわからないので、いっきに攻めさせてもらいますよ!」
軽やかにツインブレードをかわして、胴へと確かな一撃を当てることができた。
そこで俺の使っているテーストブルズの腰辺りからなにかが弾ける音がして、明かりが消えた。
「壊れたんで終わりですね」
でようと思ってオープア・アーマーと言っても反応がない。
明かりが消えたからわかっていたけど、システムが壊れたんだろう。
「無理矢理開けてもらっていいですか!」
声の補佐もできていないと思って、大きめの声で近くにいるであろうフリクトさんに頼む。
するとテーストブルズが揺れて、無理矢理開かれる音が聞こえてきた。
「怪我はないかしら」
「大丈夫です」
フリクトさんに返しつつ外に出る。
フリクトさんもテーストブルズから出てきた。
グリンガさんとゼーフェも近づいてくる。
「なにが起きたんです?」
聞いてくるグリンガさんに、魔力循環を使って俺からテーストブルズに送り込む魔力の勢いを増したと答える。
「急に送られる魔力の量が変化したら、止まるように安全装置が働くはずなんですが」
「あ、もしかして最初に動きが止まったのは壊れたんじゃなくて、安全装置が働いたからか」
ショートしたんじゃなかったんだな。
「安全装置はちゃんと動いたのですね。だったらそのときにフリクトから受けた衝撃で安全装置が壊れて、魔力の供給を止められなくなった。だから動きがよくなったんでしょう。そして送られる魔力にシステムなどが耐え切れず壊れた。古い代物ですからそういった故障も起こりうるのでしょう」
「安全装置があるということは、魔力循環で供給する魔力量を増やすことは想定されていたんですね」
「いえ魔力循環対策ではありません。システムなどの異常で、吸い出される魔力が多くなり過ぎたとき、使用者に負担がかからないよう自動的に停止させるために考えられ、安全装置が組み込まれました」
ああ、そっちか。
「ちなみにどうしてそういったことをしようと思ったんですか?」
「一撃くらいは有効打を当てたいなと思って」
「性能差があるから、有効打にならなくても仕方ないんだけどね」
フリクトさんが苦笑している。
「私が使っていたのは最新型、デッサが使ったのは二世代前。使用されている技術は百年以上の差がある。それを使って、あれだけ粘ったんだから十分よ」
百年の差があるなら、あれだけ動きが違うのも無理ないわな。
「それでは模擬戦も終わったことですし、村に戻って食事といきましょう。フリクトは壊れたテーストブルズを運んでくれ」
「わかりました」
頷いたフリクトさんはテーストブルズに乗り込んで、俺が壊した方を抱えて地下へと戻っていった。
俺たちはゴーレム馬が引っ張る荷車に乗って村に戻る。
「バズスアムルとテーストブルズ最新型にどれくらいの差があるんですか?」
村に戻るまでの暇つぶしに質問する。
「技術的な差はほぼありませんね。では二つの差はなにかというと、使っている材質とより丁寧な整備です。テーストブルズは主に品質の良い鉄を基本としていますが、バズスアムルはモンスター素材と品質の良い鉄と帝鉄といった希少金属を使っています。材質の差は頑丈さだけではなく、動きの柔軟性などにも差を生み出し、より無茶な動きにも応えてくれるようになっています。あのテーストブルズに乗ったあとなら、バズスアムルの操縦性が優れていることはわかるでしょう?」
「そうですね。テーストブルズは重さがあったけど、バズスアムルは動きに遅れなく追従してくれた」
「村長、さっきデッサがやったことをバズスアムルでやろうとしたらまた故障するんですか?」
ゼーフェも気になったことを聞く。
「安全装置の質も上がっているから、故障はしないはずだ。ただしより多くの魔力を流し込んだ場合はわからない」
さっきは一往復だけだったけど、三往復とかはやらない方がいいってことだな。
「バズスアムルを動かしているとき、マナジルクイトは魔力循環でいうと何往復分の働きをしていたんですか」
「四往復分ですね。テーストブルズ最新型も同じように四往復。あなたが使っていたテーストブルズは二往復分です」
四往復をなんの負担もなしに使えるのは、改めてすごいと思う。
「このもらったマナジルクイトでも四往復と同じことはできるんですよね?」
「できますね。魔力をそれに流し、一分と少しくらいで四往復と同じくらいに魔力が高まります。その魔力が体を覆って強化してくれます。なにも設定しないと二十周、魔力循環四往復分まで魔力が高まるようになっています」
四往復をした際に体を動かす練習ができそうだ。
「魔法も使えるそうですけど、これにはもう登録されています?」
「なにも登録されていませんね。ですがバズスアムルの鍵としても役割があり、環境対応型でもあるため、その分だけ余裕が失われています。登録できる魔法は三つだけです」
「三つでも使えるのはありがたいですよ。ところで環境対応型というのはどういうものなんですか」
通常のテーストブルズは草原や荒地や少し濡れた場所のみ活動可能ということだが、一部のテーストブルズはぬかるんだ地面や砂地や浅瀬でも動けるように作ったらしい。
そういったテーストブルズのデータを集めて一つにして、バズスアムルに組み込んだそうだ。
本来は海中やマグマの中といったあらゆる環境で活動することができれば、それが一番だったそうだけど、そこまではできなかったということだった。
「このまま研究を進めていけばいずれは海中などでも活動可能になるかもしれませんね」
「そしていずれは空の彼方もですかね」
俺がそう言うとグリンガさんは首を横に振った。
「空の彼方ですか。そこは想定してませんね」
「どんなところか想像もつかないよ」
「タカツキヤイチの知識にはそういったところも含まれるんですか」
「ええ、人はそこまで行ってますね。でも世界が違うから宇宙のありかたも違うかもしれませんが」
地球のある宇宙がどんなところか話をしているうちにグリンガさんの家まで戻ってくる。
ゼーフェは自分の家に戻るようで中に入らず去っていく。
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