225 バス森林 4
バズスアムルごと地上に出て、グリンガさんに言われていたように床から移動する。
すぐに床は地下へと戻っていく。
「ここは転移で最初にきたところかな」
これからの予定は聞いていたけど、激しく動くのは人が来てからでいいだろうと軽い動作を繰り返していく。
速度を変えて歩いてみたり、片足で立ってバランスをとってみたりしていると、床がまたせり上がってくる。
グリンガさんたちが乗っていて、バズスアムル用の剣も見える。分厚く長い剣、生身ならばグレードソードと同じサイズだろう。飾り気はまったくなく、無骨な見た目だ。
手招きされて近寄ると、剣を受け取ってくれと言われて持ち上げる。
「この鎧なら重いってことはないみたいだな」
剣の重さによってバランスを崩すといったことはない。
「軽く振ってみてください」
わかったと返して、いつものように構えて力をあまり入れずに振っていく。
ビュンビュンと風を切る音が聞こえてくる。この金属の塊を軽く叩きつつけるだけで、そこらの岩は砕けてしまいそうだ。
こうして振り回してみても、重さに引っ張られることなく扱うことができる。
「重心がおかしいといったことはありませんか」
「ないですよ」
「それはよかった。では一度剣を置いて、走ったりしていきましょう」
剣が置かれていた台車に戻し、まずはゆっくりと走る。
鎧自体がかなりの重さなので、ゆっくり走ってもずんずんと地面を揺らす音が聞こえてくる。
武器をもたず体当たりするだけでも、かなりのダメージを与えられるだろう。七十階くらいのモンスターならそれで倒せそうだ。
「速度を上げてください。かなりの速度がでると思うので注意してください」
「わかりました」
わざわざ警告してくるってことは本当に速度がでそうだ。
まずは一歩だけ力を込めてみようと、右足を踏み込む。
「うおっとと」
いっきに速度が上がり、ワープとまではいかないけど先の方にあった木々が目の前に現れる。
一歩だけでやめといてよかった。全力で走っていたら森に突っ込んでこけていたと思う。
振り返ると、踏み込んだところで土煙が上がっていた。
今度はさきほどよりも力を抜いて走って戻る。それでも十分な速度が出ていた。
踏み込んだ地面はえぐれて、小さなクレーターを作っていた。
「土は大丈夫でした?」
土が当たってないかとグリンガさんたちに聞く。
「大丈夫です。守りの魔法で防ぎました」
テーストブルズの稼働実験で似たようなことがあって、そういった対処を事前にするようになったのかな。
「速度を上げると森に突っ込んだり、地面を荒らしそうなんですけど、大丈夫ですかね?」
「大丈夫ですよ。遠慮して性能確認できない方が問題になるので、全力でいってください」
それじゃ全力でいってみるかな。
できるだけグランド内からでないように気を付けて動く。
走るだけではなく、ジャンプしたり、バク転したり、パンチやキックを放って様々な動きを試していく。
結果、ド派手に地面が荒れていった。
「そこらへんで一度止まってください。全身を確認します」
「了解」
下りて次はなにをするのか聞くと、砲撃の確認だと返ってくる。
「メインショット、サブショットの掛け声でそれぞれの準備が整います。あとは撃てと声にだせば魔力弾が飛んでいきますね。目標に当てるには練習が必要なので、威力を落とした武装を搭載したテーストブルズに乗って練習してもらいます」
「バズスアムルで練習すると土地がさらに荒れそうですからね」
「それもありますが、魔晶の欠片が足りなくなるのですよ。練習用のテーストブルズなら、一回の砲撃で使い潰すことはないので節約になります」
「この村に魔晶の欠片は足りていないんですか?」
「十分な数があるとはいえませんね。実験や設備維持で多く使うので。外だと魔晶の欠片を使って生活するところをマナジルクイトで賄っているので、わりと節約はできているんですけどね」
「手に入れる方法はどうなっているんですか」
「一般的なものですよ。ダンジョンのモンスターや野良のモンスターを倒したり、町で買ったりしています」
「さすがに生成はしていないんですね」
技術が進展しているから、それが可能になっているかもと思った。
「魔晶の欠片は生成できませんね」
「どういったものかはわかっているんです?」
「詳細まではわかっていませんが、なにかしらの力が物質化したものですね。人間の魔力とは違う力。その力の秘密を解き明かしたとき、ダンジョンがなぜできるのか、ダンジョンとはどういったものかわかるかもしれません」
ダンジョンがなんなのか。ゲームでもそこらへんは説明されてなかったなー。ただ神ならばどういったものか知っているというヒントは出てきた。神託を聞けるメインスたちなら聞いていて記録を残しているかも。今度聞いてみようかな。
「まだ確認に時間がかかりそうですね。なにかほかに聞きたいことはありますか」
「そうですね……」
今のところは聞かなければならないことは思いつかないな。
だったら世間話みたいな感じで話題を探してみよう……あ、思いついた。
「ああいった魔動鎧って人型だけなんですか?」
「そうですよ」
「あれらは戦闘に特化したものですよね。移動に特化した人型以外のものとか、考えなかったんでしょうか」
「動物型ゴーレムがそれにあたるんじゃないの?」
ゼーフェが言う。
「いやあれは運ぶためのものであって、魔動鎧単体で移動に特化したわけじゃないだろう?」
ここまで見たかぎりではあのゴーレムは荷車を運んだりして、人を載せてなかった。
その背に人を乗せたり、中に入れて移動といったものがないのかな。
「鳥型ゴーレムの背に乗って飛んだり、人型の背に翼とかつけて空を飛べるようにしたものとか、足に車輪をつけて走るより速い移動をしたものとか、水中移動できるものとかいないんですかね」
「空を飛ぶというのは考えたみたいですよ。ですが上手くいかず怪我人が続出したので研究停止したとか」
「どうやって空を飛ぼうとしたんですか?」
「空を飛んでいる生物を参考にしたみたいです。あなたが言ったように鳥型ゴーレムや腕の代わりに翼をつけたりしたみたいです」
ハンググライダーやヘリコプターはなかった感じかな。
「一度話しましたが高月弥一の生きていた世界では空を飛ぶ乗り物って実在していたんですよ。それをこっちでも再現できませんかね」
「興味ありますな。聞かせてください」
好奇心以外にもわずかに探るような感情がちらりと見えた気がする。
興味以外にも高月弥一という存在が本当かどうか確かめる気もありそうだ。
空飛ぶ乗り物の話をして、どのような理由で飛ぶのかも話す。といっても詳しい説明は無理なので、地面に絵を描いたり学校で習ったことやテレビで見たことを話すくらいだ。
「こんなので飛べるの?」
ゼーフェは本当かと疑わしそうだ。
「ハングライダーの方はまだ理解できますね。たまに翼を動かさずに飛ぶ鳥を見ます。あれに近い感じで飛ぶのでしょう。ヘリコプターの方はさっぱりですな」
「ヘリコプターは竹とんぼっていう玩具を作ってみたら、浮くことはできそうだってわかると思いますね」
竹トンボの絵も地面に描く。
「これならばすぐにでも作ることができそうですな」
「見た目単純だけど、羽根の左右のバランスを上手くとらないと飛ばないらしいよ」
「こういった空を飛ぶもの以外にもこっちにはない乗り物はあったの?」
ゼーフェの疑問に頷いて、車やホバークラフトやジェットスキーや潜水艦といったものを話す。
そうしていると確認が終わったようで、また乗ってくれと呼ばれた。
バズスアムルの中に入りながら次はなにをするのか聞く。
「気になった部分が四ヶ所あるので、そこを使う動きをしてもらいます」
「損耗が激しいところがあったんですか?」
「ええ、思った以上に損耗してますね。戦闘中に壊れるかもしれないので、確認してどれくらいの補強が必要なのか調べたいのです」
わかりましたと答えて、鎧を閉じる。
どういった動きをすればいいのか指示を受けて、動いていく。
まずはダッシュの繰り返し、次に高く飛んで着地、わざと転ぶといったことを指示されて動く。
そういったことをしている間に、テーストブルズと思われる黒い鎧が二つ運び出されていた。
「はい、終了です。指定したところまで行ってバズスアムルから降りてください」
返事をして、バズスアムルで移動する床まで行って、そこで降りる。
すぐに人が集まり、確認作業を始めた。
その中の一人がなにかを持って近づいてくる。
「これをどうぞ」
青い輪が差し出される。
「これはなんでしょ」
「あなたのマナジルクイトです。バズスアムルの鍵でもあります。バズスアムルに入るとき、内部の腰辺りにはめてください。使い方の説明が必要ならば村長たちがしてくれるはずです。腕に通せば、サイズが合うようになっています」
受け取った青い輪を左腕に通すと、ぴったりと肌に吸い付くようなサイズに変わる。
「外そうと思えば、サイズが大きくなります。では確認に戻りますね」
去っていく人と交代で、グリンガさんが話しかけてくる。
「次に行こうと思いますが、休憩は必要ですか?」
「大丈夫です。次はなんでしたっけ」
「砲撃の練習ですね」
ああ、そうだった。
「あの二体のテーストブルズを使うんですかね」
「ええ、そうです。移動しましょう」
テーストブルズに近づくとあちこちに細かな傷が見えた。長いこと使われてきたみたいだ。
「これにも鍵のマナジルクイトが必要なんですか」
「これは誰でも使えるようにマナジルクイトは固定化されていて、持ち込む必要はないんですよ。そのまま入ってください」
中に入り、閉じて起動する。
軽く動かしてみると、バズスアムルより重い感じがした。性能差ゆえの重さなんだろうか。
グリンガさんに聞いてみると、肯定の返事があった。
性能的にはテーストブルズの中でも下の方らしく、動作も鈍くなるそうだ。
「的を用意するので、少し待ってください。その間にゼーフェ、砲撃の使い方を教えてやってくれないか」
「わかりました」
グリンガさんが離れていき、ゼーフェが近づいてくる。
「説明を始めるよ、私は使ったことがなくて、さっき説明を受けたばかりだからわかりづらかったらごめんね」
「りょーかい」
「右肩にあるのがメインショット、左肩にあるのがサブショット。掛け声で発射準備が整い、撃てという掛け声で発射されるのは村長が言ってたよね」
頷いたけど外からは見えないんで、肯定の意味を込めて手を振ると、ゼーフェは続ける。
「メインショットは魔力の塊が三百メートルくらいをまっすぐ飛んで、それ以降は急激に威力が弱まって消えるの。サブショットの方は五十発くらいの小さな魔力弾をばらまくわ。射程は二十メートル。サブショットは誰かを巻き込むことがあるから注意してね」
「わかったよ」
話している間に、グリンガさんが魔法で土の壁を生み出していた。
高さ十メートルくらいの大きな的だ。距離は七十メートルくらい離れている。
「それに搭載されている武装は威力が低いし、あの的ならいくら撃ってほかにも被害はでないでしょ。さあさっそくメインショットを撃ってみて。ズレが生じるそうだけど最初はそんなものだそうだからどんどん撃って練習してね」
「りょーかい」
メインショットと呟くと、右肩からシャコンと音がした。蓋が開いたみたいだ。
「撃て!」
次の瞬間には壁の一部が弾け飛んだ。
あれを見るに威力は一般人がバットで殴るのと同じといった感じみたいだ。
反動があるかなと思ったけど、威力が低いからかそういったものはなかった。
「一分くらい待たないと駄目なんだっけ」
「それは練習用だから威力を犠牲にして十発くらいは連続して撃てるわ。まずはあと九発撃ってみて」
「あいよ」
狙うことは意識せずに、どんどん撃っていき九発を撃ち切った。
「ばらばらだー」
壁に残る跡は一つとして同じところに当たったものはなかった。
「まあ最初はそんなものよね。魔晶の欠片を交換よ。バレットチェンジと言えば、内臓されている魔晶の欠片が装填されるわ」
「バレットチェンジ」
すぐに右肩辺りからなにかが動いた小さな音がした。
「そのテーストブルズには左右に十個ずつの魔晶の欠片が保管されているから、あと九回装填できる。それじゃ今度は狙いをつけて撃ってみましょうか」
どんどん撃っていき、保管されている魔晶の欠片を撃ち切る頃には、多少は狙いもましになっていた。
もっと距離が離れていると命中率は下がるだろう。今後も練習していく必要がある。
サブショットの方も撃ってみて、射撃の範囲を確かめた。こちらは狙いをつけるものではないので、撃った感じを確かめるだけで十分だった。威力の方は一般成人のパンチより弱い感じだった。
「これで予定していたことは一通りやったよな。もう終わりってことでいいのか?」
「最後に模擬戦を予定しているみたい。それをやって遅めの昼食といきましょう」
ゼーフェがもう一つのテーストブルズに手を振ると、動き出した。
俺が練習している間に誰かが乗っていたみたいだ。
感想と誤字指摘ありがとうございます