224 バス森林 3
「そろそろ到着ですな」
言いながら村長が指差す。村の外れに小さな建物がある。八畳くらいの広さの小屋だ。
そこに地下へと繋がる道があるそうだ。
馬車を小屋そばに置いて、三人で入る。
小屋の中には、椅子とテーブルがあり、警備員風の男が椅子に座っていた。
ぱっと見は地下への階段とかはない。
「おや、村長。なにか用事ですかね。それに見知らぬ人も」
「鎧を受け取りにきた。そう言えばなんのために来たかわかるだろう?」
「とういうことはそちらの方がバズストなのですか!?」
「我々が想定していたことと少しばかり事情が異なっていてな。バズストではないが、無関係でもない。彼に鎧を渡すべきだとわしは考えた」
「それでよろしいので?」
「彼に渡すのが一番だよ」
「長がそう言うのなら」
男はマナジルクイトを起動し、床に触れる。すると光が直径百五十センチほどの円を描く。
「どうぞ」
男に頷いたグリンガさんが円の中に入る。
こちらへどうぞとグリンガさんが手招きして、俺とゼーフェもその円の中に入る。
すぐに円形の床がすーっと静かに沈んでいく。
「おおー」
エレベーターみたいなものかと感心した声が出た。
「初めてこれを体験したものは怖がったりするものですが、驚くだけですむのですな」
「前世で似たようなものを使ったことがあるんですよ。あっちは箱を上下させるものなんですけどね」
ほかにどんなものがあったのか聞かれ、エスカレーターや自動車やヘリコプターといった乗り物を話していると目的地に到着したようで、床が止まる。
目の前にある通路に移動すると、床はまた上へと戻っていった。
通路は蛍光灯のような明かりに照らされていた。床は綺麗に切りだされた岩の板が敷き詰められている。五メートルほど先にT字路があり。そこを右に進むとドアがある。ドアを開けるとさらに通路があり、いくつか左側の壁にドアがあった。
そのドアをいくつも通り過ぎて、奥のドアを開けて中に入る。
「まっくらですね」
「すぐに明かりをつけます」
壁についているらしいスイッチを押すと、いっきに明るくなる。
その眩しさに一度目を閉じる。すぐに開けると鈍い銀のフルプレートアーマーがあった。ただし大きさは三メートルに若干届かないといったものだ。明らかに人が着込むサイズではない。
「これがあなたに渡したい鎧。私たちは魔力で動く鎧、魔動鎧と呼んでいます。身に着けた者を守り、動きを上昇させ、力強さも生身以上。それが魔動鎧です。そして魔動鎧はいくつもあり、これはバズスアムルと名付けられました。バズストのための鎧という意味が込められています」
詳しい説明をしましょうと言ってグリンガさんは魔動鎧に近づく。
俺とゼーフェも一緒に近づいていく。
グリンガさんが鎧の腰辺りに手を置くと、鎧の前面が開いた。中に入りやすいようにということだろう。
見た目は違うけど、エイリアン2に出てきたパワーローダーに近い。あれくらいに剥き出しじゃないけど、乗り込んで動かすというならあれみたいになりそうだ。
「鎧の表面は魔力でコーティングがなされていて、魔力が続く限り物理と魔法の双方に優れた防御を誇ります。そしてその魔力は装着者の魔力ではなく魔晶の欠片を使用します」
「鎧を動かすことにも魔晶の欠片は使えないんですか」
「起動だけはできるのですが、動かすのは無理でしたね。魔力と一緒にどのように動かすのかという意志も流す必要があるみたいです。コーティングは守るという意思は必要なく、ただ鎧の表面を覆うだけなので意志は必要ないのですね」
「そうですか。続きをどうぞ」
「守りの持続時間は大ダンジョンの五十階のモンスターから得られる魔晶の欠片一つで十五分。もっと長続きさせたかったのですが、今の技術力では無理でした」
「八十階の魔晶の欠片だとどれくらい持続しますかね」
「二十分少々といったところではないでしょうか。そこらへんの魔晶の欠片は入手しづらいので検証できていないのですよ」
「今いくつか持っているので、よければ使ってください」
七個の魔晶の欠片を差し出す。本格的に戦う前にリューミアイオールに呼ばれたんでたくさんは持っていないんだ。
「よろしいのですか」
「検証は俺のためにもなるだろうしね」
グリンガさんは魔晶の欠片を受け取って、話を続ける。
「次は武装について話しましょう。バズストが使うと考えていたので、バズスアムルのサイズを想定した片手剣を作っています。それがメインですが、大丈夫でしょうか」
「大丈夫ですよ。俺も使うのは片手剣なので」
「一応私やフリクトさんの報告で片手剣を使うとはわかっていたけど、変更していたら作り直さないといけなかったわね」
「そうならずにすんでよかった。あの片手剣には良い素材を使っているからのう。次に補助武器の紹介を。両肩に一つずつ。魔力砲を備えています。高威力タイプと散弾タイプですな。一度砲撃を撃つたびに魔晶の欠片を一つ使います。どちらも連続使用は難しく、一度撃つと一分の休みが必要ですね。高威力砲撃はモンスター素材と鉄の厚い合金板を貫くことができます。散弾の方はそのような威力はありませんが、動きを止めることはできると思います」
十分強いと思うけど、補助武器だって言ったんだよな。
剣での攻撃は砲撃以上ということなのかな。鎧の力がそれだけ強いのかもしれない。
「次に鎧そのものの稼働時間について。バズスアムルを作るにあたって情報収集用に作ったテーストブルズという鎧があります。そちらがバーンジョンアップを繰り返して五回の改修が行われました。それの稼働時間が五時間です。動かしているのは、大ダンジョンで六十階まで行った者です」
「八十階に行っている俺だともう少し可能時間が伸びるということですかね」
「いえ、バズスアムルはテーストブルズよりも性能が上な分だけ、消費も多くなっています。だから同じくらいと思っていてください。正確なところはこのあとの稼働実験で確かめましょう。一度くらいは稼働させないと魔王との戦いで思わぬ故障が起きるかもしれません。稼働させていろいろと調整をしましょう」
「わかったよ。故障は勘弁だし、どんな動きになるのか確かめるのは必要だと俺も思う」
「こういったことを言っていますが、正直故障は織り込み済みなのですよ」
「そうなんですか」
「コンセプトは『寿命は短く、高出力高機動』というものです。魔王や上位の魔物との戦いに使われることを想定していますからね。その数度の戦いにのみ動けばいい、安定よりも強さを取った代物です」
逆にテーストブルズはデータ収集が目的だから、長持ちするように作られているということだろうか。
「魔王を倒せたらもう必要ないということか。頷けるよ」
魔王に向ける力であって、人間に向けるものではないという考えもあるんだろうね。
「それで稼働実験はいつからやるんです?」
「デッサ殿がよければ今日からでも」
「大丈夫です」
「ではまずはオーナー登録からやりましょう。ゼーフェは研究員を呼んできてくれ。隣の区画にいる者たちにバズスアムルの稼働実験を行うと伝えたら、話は伝わる」
「わかった」
ゼーフェが出ていき、俺はグリンガさんに促されてバズスアムルに触れる。
先ほどグリンガさんが触れた腰辺りだ。
「わしが合図を出したら魔力を流してくだされ」
「わかりました」
グリンガさんは鎧の内部に触れて登録のための準備を進めていく。
「はい、どうぞ」
グリンガさんの合図に従い、魔力を流し込んでいく。
「まだ流したままでいてくださいね……よし。もう大丈夫です」
手を放す。
グリンガさんはまだごそごそとしている。
「これで登録終了です」
そう言ってグリンガさんが離れると、鎧の色が変化する。
鈍い銀色からメタリックブルーへと染まっていった。
「綺麗な青ですな。人によって色は違うのですよ」
「そうなんですね。色に意味はあるんですか?」
「これといった意味はなさそうです。魔力の質や量などが色に関わっているのでしょうな」
「量ということは、今後多くなったら色が濃くなったりするんですかね」
「そういったことはありませんね。登録したときから変化はなしです」
登録したときの魔力で決定されるんだなー。
話していると扉の向こうに人の気配が感じられ、何人も入ってくる。
彼らは起動しているバズスアムルを見て、感嘆の声を上げていた。
「バズストが復活したんですね!」「いよいよ、それが動くときですか!」「魔王復活に間に合ってよかった」
口々に思ったことを口に出す彼らを、グリンガさんが止める。
「バズストが復活したわけではないんだ。だがバズスアムルが必要となった」
どういったことなのかと不思議そうな彼らに説明していく。
バズストではないと聞いて落胆していた彼らは、バズストに近い存在によって魔王との戦いに使われることになるとわかって、それでよしとしたようだった。
バズストのために長年かけて作ってきたんだろうに、バズストに使われないで納得できるのか?
「それでいいんですか? これを使えるのは俺としては助かる話なんですけど」
「バズストと無関係の者だったら反対していたが、記憶を受け継いでいて多少なりとも関係があるのなら納得できる」
うんうんとほかの人たちも頷いていた。
「それにここで断って、魔王との戦いに使われない方が悔いが残るし、先祖に申し訳ない」
続けて頷いている。
早速動いてみようということになり、俺は用意された足場を使って、背中から鎧内部に入る。
腰の辺りがすぐにベルトで固定されて、手にガントレット、足にはグリーブものようなものが装着される。
「クロット・アーマー。と言ってください。そうすれば開いている部分が閉じます」
「了解です。クロット・アーマー」
すぐに閉じていき、真っ暗な狭い空間に閉じ込められる。
息苦しいなと思っていると、腰の後ろから魔力を吸い取られるような感覚があったあとに、鎧内部のあちこちが光り、鎧が透けて外の様子が見えるようになる。
頭部の前面はマジックミラーのようになっていたみたいだ。
「現時点で異常は感じられますか?」
外の音がクリアに聞こえてくる。音の通りに関して魔法が使われているのだろう。
「ありません」
特に大きな声を意識しなかったけど、それで十分外に届いたらしい。
「ではゆっくりと腕を回したり、前屈や捻る動作をしてみてください」
「了解」
まずは腕を動かす。右腕を上げたり、回したり。それが終わると左腕を同じように動かし、さらに両腕を動かす。
ガントレットの中で指を動かすと、外の指も同じように動いてくれる。
前屈、屈伸、捻りとラジオ体操の動きを真似たものを行っていく。
「一度出てください。鎧のあちこちにかかった負担を調べます。オープア・アーマーで開きます」
合言葉を言って外に出る。
俺が離れるとすぐに何人もの人が集まって、鎧のあちこちを調べていく。
「お疲れ様です。軽い動作でしたが、いかがでした?」
グリンガさんが聞いてくる。一緒にいるゼーフェが水の入ったコップを渡してくれた。
それに礼を言って、一口飲んでからグリンガさんの質問に答える。
「動きが軽いですね。なんとなく動きにズレが生じそうな気がしたんですけど、体の動きに追従してくれたのは驚きです」
「テーストブルズの初期に見られた問題点ですね。改修を重ねて、装着者の動きとのズレをなくしていったのですよ。ほかには暑さ寒さ対策や空気の循環で息苦しさをなくしてきました」
「おかげで今のところは大きな違和感といったものはありませんね。次はどのような確認をするんですか」
「外に出て、もっと激しい動きをしましょう。武装も使用してより戦闘に近い動きを試してもらいます」
二十分ほどで確認が終わり、また乗り込む。
そのままじっとしているように言われ待っていると、頭上から音がしてきた。
上を見ると天井が開いていき、はるか頭上に空の蒼さがぽつんと見えた。
勢いよく射出されないかと思っているところに声をかけられる。
「外に出たら、今立っている床から移動してください。それはまた下がるので」
わかったと返すと振動が床から伝わってくる。
心配したような速度はでずに、そこそこの速度で床が上がっていく。
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