223 バス森林 2
ゼーフェと一緒に村長の家に入り、リビングに通された。
「はじめまして。村で長をしているグリンガと申します」
「はじめまして。知っているかもしれませんがデッサと言います。リューミアイオールからここに来るように言われました」
「そうですか。あなたが現状どうなっているのか詳細をお聞きしたいのですが、よろしいでしょうか」
「わかりました。どこから話しましょうか。前提としてデッサと俺は最初から違う人間ということからですかね」
リューミアイオールと出会ったとき、デッサと俺が交代したことを話す。
「交代ですか?」
「生贄を嫌がったデッサは魂の奥に引っ込んで、バズストの前世のような存在である高月弥一という人間が表に出たんです」
わからないという表情をグリンガさんとゼーフェが浮かべた。この説明では無理もないよな。
「リューミアイオールの試みが上手くいっていたらバズストが表に出ていたと思いますよ。ですが封印のときにバズストの自我は砕けて、復活はできない状態だった。だからバズストの前世である俺が表に出てくることになった」
「バズストは復活できないということですか?」
「そうなります。復活できるだけのものが足りなかったんです」
「そんな」
ショックを受けている二人に続けていいか聞くと、戸惑いつつも頷きが返ってくる。
「質問になりますが、疑似ダンジョンコアというのは知っていますか?」
「ええ、リューミアイオールが作っていたと聞いています」
「それを与えられて、俺自身の魂の中に意識が引っ張り込まれました」
魂の中でカーノーンさんに会ったこと、そこでリューミアイオールの目論見は最初から失敗していたと聞いたこと、デッサと戦ったこと、俺とデッサとバズストの記憶が融合して今の俺があることを話す。
「つまりタカツキヤイチという方が今のあなたと思っていいのですかな」
「そうなるね。デッサやバズストの影響も受けているけど、メインは高月弥一。あとバズストも意識としては高月弥一だった」
「まとめると今のあなたはタカツキヤイチで、バズストもまたタカツキヤイチ。つまりはバズストとあなたは同一人物?」
「違う。出発点は同じなんだけど、俺はデッサのかわりとして一年以上を過ごした。バズストの方の高月弥一はバズストとして生まれて、赤子から大人まで過ごした。経験してきたことが違うから、よく似た別人という感じです」
「少し混乱しそうですが、なんとなく理解しました」
「結論として俺の現状は、バズストの記憶を持った別人ということになります。バズストと似た考え方はするかもしれませんが、俺の判断はバズストとは異なるものになります」
「別人、ですか」
「復活を待ち望んだ皆さんには残念なことかもしれませんがね。ではこちらから質問です。皆さんはリューミアイオールとどういった関係なのかお聞かせ願えませんか」
グリンガさんは頷いて話してくれる。
魔王が死んですぐに接触をもったわけではないらしい。
魔王封印から百年以上経過してリューミアイオールから接触してきたそうだ。
平和を享受する人間たちがバズストの言葉を忘れていくなか、ここは魔王対策を続けていたことから話をもちかけるのにふさわしいと判断したと先祖の残した書類に書かれていた。
リューミアイオールからバズスト復活計画を聞き、バス森林の草人たちはさらなる研鑽を積むことを決めて、今日まで努力してきた。
「先祖たちはいつか復活する魔王に子孫が苦しまないようにと考えていたようです。そして対魔王の希望であるバズスト復活という話は、彼らに希望を与えました。力及ばずとも魔王に挑んだバズストならば、力があれば倒してくれるはずだと。そのための力を準備することこそ我らの使命だと」
「なるほど、ありがとうございます」
バズストだと言っていたら魔王討伐を望まれるところだったのか。いや今も望んでいるのだろう。
「リューミアイオールも俺に魔王を倒させようという考えだったんでしょうか」
「いえ、リューミアイオールはバズストがまた魔王に挑むのは反対だったでしょう。そこは私たちとは考えが違う部分ですね」
また命を使った封印を選ぶかもしれないし、魔王に挑むことすら反対という考えは理解できる。
「あなた方は俺に魔王討伐を望むんですか? 俺自身は魔王に関わる気はないんですけど」
向こうから来そうだけど、俺は関わりたくない。
「あなたがバズストならば討伐を望みました。ですが別人ということなので悩むところです。できるならばバズストを継いだあなたに希望を託したい。あなたならばやれるのではないかと思うのです」
「バズストを俺に重ねてますよね?」
「ええ、別人だと聞いてなお、そう思ってしまいます」
「俺一人に任せられても困るというのが正直な返答です。一人で魔王に挑むなんて無謀でしかない」
バズストと魔王との戦闘に関した記憶は欠落部分なので、どれくらい魔王が強いのかわからない。でも魔物の最上位ということはわかるし、それがどれくらい強いのか想像するくらいはできる。
「戦うのは一人ですが、そのための力は準備したのです。我らの技術力を結集した鎧。魔物など蹴散らせるだけの力を与えてくれるもの」
「リューミアイオールがここにくれば力を得られると言っていたのはそれのことですか」
「そうです。我らがなにを作っているのかリューミアイオールは知っていますから」
「俺からは魔王に近づく気はありませんが、向こうから来る可能性があります」
魔王がバズストの魂の欠片を所有していて、俺の位置を把握できそうなことを話す。
「魔王との戦闘は俺が望まなくても起きそうです。対抗するために地力は上げていますが、さらに力が手に入るならほしい。鎧をいただけませんか」
「もともとあなたのために作っていたものですから、渡すことに否はありません。魔王との戦いに役立つならなおさらです。保管しているところへと向かいましょう」
荷物を置かせてもらってから村長の家を出る。ゼーフェもついてくるようで一緒だった。
それにしても鎧か。今使っているのは町で買えるものだし、さらにいいものを貰えるのは助かるな。鎧でどうやって力を得られるのかわからないけど。魔法がかかっていて、身体能力を増加してくれるとかそういった感じだろうか?
「鎧は村の外にあるので、馬車を使いましょう」
ゴーレム馬に荷車をつないで、村長はどこに向かうのか指示を出す。
ゴーレム馬は御者いらずで動き出した。
自動操縦とか進んでいるな。
「ところで、鎧はなぜ村の外に? 国から切り離されたここなら泥棒とか警戒しなくていいでしょうし村の中で保管しておけばよかったのでは?」
「鎧を作っている場所が外にあります。それにサイズの問題で、村の中だとちょっと邪魔になるんですよ」
「サイズ?」
もしかして俺が使っている鎧のサイズと違うのか? かなり大きいってことだろうし、魔法仕掛けのロボットだったりする?
それだと鎧が新調できるわけではなさそうだ。
「実物を見てみればわかるでしょう」
「なにが出てくるのか楽しみにしてよう」
そうしてくださいとグリンガさんは微笑んだ。
「ゼーフェは見たことあんの」
「あるけど使ったことはないね。私は生身で戦いを担う者、作り手の作業現場には入れないから遠くから見るだけ」
「鎧のほかになにか作られたもので知っているものはある? この馬みたいなゴーレム以外に」
「この腕輪」
ゼーフェが細い腕輪を見せてくる。
「これは魔力活性をより強力にしたものを使える腕輪なの。私たちはマナジルクイトと呼んでいるわ。代表的なものと聞かれたら一番にこれがでてくるわね」
「魔力活性をより強力に」
魔力循環がアイテム化したものと考えていいのかな。
「俺は魔力循環っていう魔力活性の先を使えるんだけど、それと似たようなものなのかな」
フリクトさんは俺が魔力循環を使っているところを見たから、ここの人たちに伝わっているかもしれない。
「ええ、ほぼ同じものと思っていいわ。私たちの祖先はあなたが魔力循環と呼ぶものを使えたそうよ。でも体にかかる負担から、方向性を変えた。そうですよね、村長」
「うむ。保管された記録にそう書かれているな。三往復まで使えたようだ。それ以上はどうしても無理だったそうだ」
「無理なんですか?」
俺はまだ未完成だけど、そのうち四往復が完成しそうな感じなんだけど。
「負担の軽減はやれたけれど、完全になくすことはできなかったそうですな。いろいろと手段をつくして自力で四往復を目指すより、マナジルクイトで使った方が安全という結論がでまして、自力での発動はやらないと決定されました」
「マナジルクイトでは四往復可能なんです?」
「理論上は五往復まで可能。ただし最上品質のもののみです。それと五往復を使うには使い潰す必要があるので実験もやりづらい。ゼーフェが使っているものは普及品で三往復までとなっています」
「それにこれは魔力循環より便利なのよ。魔力循環は魔力活性がもとになっているから魔法には使いづらいけど、こっちは増やした魔力を魔法に使える。腕輪に登録した魔法だけなんだけどね。それでも戦士タイプの私でも魔法使いタイプと変わらない魔法が四つ使える。そういった魔法の持続時間や使用魔力量の調整もしてくれる」
「たしかに便利だ」
数が限られるとはいえ、鍛錬なしで遠距離攻撃の手段や補助が使えるってことだもんな。
それに逆も可能なんだろう。魔法使いが魔力循環を使える。
これが広まれば魔物との戦いが楽になるだろうけど、それが終わったら人間同士での戦いにも使われそうだ。
「これって世に広めたら危険でしょうね」
「魔王や魔物相手だけに使うなら広めてもいいのですが、そうはならないでしょうな。それにこれを解析しようとする動きもあるでしょう。ですが技術に差がありすぎて、解析不能となるとうちに技術交流を持ちかけてくるでしょう。穏便に交渉してくるなら外の技術の一歩先くらいのものを提供してもいい。だが力尽くで奪うと考える者も出てくるでしょうから、そういった者を引き寄せ村が危険にさらされないためにも公表する気はありません」
「人にはまだ早すぎる技術ということですね」
そうだなと二人は頷いた。
「魔力循環に話を戻しますけど、四往復が厳しいというのは意外というかなんというか。俺はもう少しでなんとか使えそうなんですが」
「自力で使えそうなんですか」
驚いた様子であり、心配そうな様子でもある。
「負担はどうなのでしょう?」
「ありますけど少しずつ慣れてきてますね。最初はベッドから動けなかったけど、今では戦うことはできなくても動くくらいはできるようになってます。この調子なら戦闘でも使えるようになるっていうたしかな手応えも感じています」
「さっきも言いましたが、記録では軽減措置をとっても戦いには使えないとなっていました。なにか違いがあるのでしょうか」
「軽減措置なら俺もとってますよ。遊黄竜の血をもらって、薬に混ぜて飲みました。あれでかなり楽になりました」
「ほう、そういったことはうちではやっていませんね。うちの軽減措置を使えば四往復が可能になりそうですね」
「ぜひ教えてもらいたい」
「今すぐは無理ですね。すでに使われていないものなので、まずは資料から再現を行わなければ」
「それよりマナジルクイトを渡した方がいいんじゃないの?」
ゼーフェの言葉に頷きつつも、俺の考えを述べる。
「もらえるなら嬉しいけど、四往復が可能になったらさらにその次も行けるんじゃないかって思うんだよな」
「行けるの? 昔の人は無理だって諦めたことなのに」
「可能性はゼロではないでしょうな。完全自力でそこまできたのなら、我らのマナジルクイトとは差異があるかもしれません。それ以外でも我らとあなたでは肉体などに違いがあって、その部分が影響を及ぼすかもしれない。挑戦するだけならやってみるものありだと思います。それで無理ならば諦めればいい。我らも今日までなにもかも順調に進んできたわけではありません。多くの失敗を重ねて今がある」
そうだね。無理ならさっさと諦める。
そのためにも四往復をものにしないと。
魔力循環の対策として、シールの魔法を発展させたものが開発されているということを思い出したので、それも話しておいた。
感想と誤字指摘ありがとうございます