222 バス森林 1
休みを終えて、また泊まり込みでダンジョンに入る。
出てきた頃には予選が始まったばかりの頃かな。
今回も先に進もうと思いつつまずは八十五階を目指す。
八十六階にはオーガロードがいて、ゲームではどんな戦い方をしていたのか思い返しながら歩いていると、いきなり風景が変わった。
ここに来るのは二度目。故郷の山の山頂だ。眼下にはちらほらと紅葉しはじめた木が見える。
もちろん目の前にはリューミアイオールだ。以前も見た女の姿だった。
こちらを見ずに視線は下方に向けられている。
「なんで呼び出したんです?」
「あれからずっと見ていた」
ミストーレに帰したときからだろう。
見られている気配は感じなかったけど、俺が感じ取れるもんじゃないだろうし気付けなくて当然か。
「お前はバズストではない」
「まあ、そうですね」
あのときも言ったけど、バズストとしての意識はない。弥一という大元は同じで、デッサと交代して生きてきたという意識が主体だ。
「友であるジョミスと語らう姿を見た。戦い方を見た。日々を過ごす様子を見た」
俺の過ごす姿を見て、どういう考えをもったのか。なにかしらの判断を下すのかな。
「そのすべてにバズストの面影が見えた。でも見えたのは影のみで、バズストではない。でもやっぱりバズストが見える。だがバズストではないのだ。バズストであれば、魔王との戦いに積極的になっただろう。お前は違う。戦い方が似ていても細部は違う。考え方が似ていても、方向性が違う」
「……」
「バズストは死んだ。お前の中にももういないのか?」
「あるのは記録や記憶だけですね。バズストという自我や自意識はありません」
カーノーンさんやデッサのように対話できなかったから、自我があるとは言えないと思う。
「完全に友を失ったというわけか。私がしたことはなんだったのか」
「あなたに感謝はしていたと思いますよ。あなたが魂の欠片を保護してくれたおかげで死後とはいえ、子供がいたことを知れて、その子供が健やかに成長できたことを知ることができた。俺の中にあったバズストの記憶は喜びを感じていました」
あの世というものがあるなら、すでにそこで出会っているかもしれないけど、確認しようがないから言わないでおこう。
「バズストは友だった。ある日突然やってきて、話しかけてきた」
ゲームと同じように倒して素材を得ようと思っていたんだけど、間近で見て戦いになると苦戦は必至と考えて交渉しようと思ったんだよな。
「私にとっては人間など取るに足らない存在だった。たまに視界に入ってくる虫のようなものだ。人間も近づいてくることはなかった。まれに襲いかかってくる馬鹿がいたが、爪や尾のひとふりでけりがついた。そんな存在が近づいてきて話しかけてきたのだから、少し興味が湧いた。交流は思いのほか楽しかった。それまで過ごして感じていたものの捉え方とは違った視点は新鮮だった」
バズストは不興を買わないようにわりと必死に語りかけていたんだけど、リューミアイオール側はそんな感じだったんだなぁ。
価値観なんかの違いが、たまたま良い方向に作用したみたいだ。
「長いとは言えない交流ではあったが、長い生の中でも色あせない大事な記憶だ」
「本当に大切な思い出だったんですね」
そうでなければ復活なんて考えないか。
バズストも最初は下心ありの交流だったけど、交流を重ねるうちにちゃんと友情は感じていたみたいだ。
一方的なものではない交流だとリューミアイオールもちゃんと感じ取れていたからこそ、大事な思い出になったのかもしれない。
「ありきたりな表現かもしれませんが、バズストという存在はあなたたちのおかげでまだ生きているんでしょう。あなたやジョミスがいなくなったとき、バズストは完全に記録だけになる」
「生きていると言っても、語りかけてくることはない」
「俺やジョミスと懐かしむことはできるでしょうし、それで寂しさを埋めるしかないんでしょうね。そこまで想われるのならバズストも幸せなんだと思います。少なくとも俺の中のバズストの記憶から判断すると、感謝の思いを抱くことでしょうね」
リューミアイオールを思ってのいい加減な発言ではない。嘘を吐いてもばれそうだから、ちゃんと記憶を参考にしての発言だ。
俺の都合の良いようにバズストの考えを曲げるなんてことはしたくないしね。
生きている人が好き勝手に死者の考えを変えるのは悪趣味だろう。
「感謝か。そうであってほしいものだ」
声音にほんの少しだけ嬉しそうなものが混じっていたのは、俺の勘違いだろうか。
ようやく視線が俺に向けられた。別れを受け入れた寂しさが浮かぶ瞳だ。
「お前を振り回した詫びに力を与えてやろう。魔王関連のごたごたで役立つだろう。語らうというのなら、その力を使い生き残ることだ」
詫びとか言うから一瞬聞き間違いと思った。
「詫びというなら呪いを解いてもらいたいんですが」
「それは限界を突破したときに解いてある」
解かれていたんかい!
よく考えると、リューミアイオールはバズストが復活するって思っていたわけだし、友達に呪いをかけたままにするわけないか。
でもこれで魔王さえなんとかなれば自由だな。
「それで力とは?」
「お前に会いたいという奴らがいる。そこに今から飛ばす」
「会いたがっている人って誰なんでしょ。心当たりは皆無なんですが」
「バス森林の草人たちだ。私と協力関係にあり、バズストの言葉を信じ、ずっと魔王対策に技術を積み重ねてきた者たちだ」
「バズストの言葉を今も忘れていない人たちがいたんですか」
「ああ、お前を鍛えることにも協力している。各地の魔物やモンスターを調べたのはあいつらだ。それに現地でのフォローもしている」
フォローなんてされたっけ?
「覚えがないのなら向こうで聞くといい。話してくれるだろうさ。あとはこれをジョミスに渡してくれ」
なにかの欠片がゆっくりと俺の前まで飛んでくる。
受け取ったそれは、ダンジョンコアとよく似た色をしていた。
「それは疑似ダンジョンコアの余り。ジョミスに触れさせれば、武器として少しは強化される。バズストを知る存在としてまだまだ在ってもらうためにも強化は必要だろう」
「必ず渡します」
ニルも武器が強化されるのは嬉しいだろうから拒否はしないはず。
「……バズストがお前のように魔王と戦うことを拒絶してくれれば」
あとは転移だけだと思っていたところにリューミアイオールがそう漏らす。
「守るものが多かったバズストには戦うという選択しかなかったと思いますよ。その守るものの中にはあなたも含まれていたんでしょう。あなたは守る必要がないほど強いのでしょうけど、大事な存在の一人としてそう思わずにはいられなかった」
「そうか」
「バズストにも迷いはありました。死にたがりというわけじゃなかったから。自分がいなくなったら悲しむ人がいることもわかってはいました。それでも命を使った封印を選んだのは、守りたいものがあったから。守りたい人たちが平和に暮らしてもらいたいと思ったから。誰かにそうしろと命じられたのではなく、自分自身がそうしたいと望んだから命を賭けた。最後の最後まで命を賭けることに恐怖はありました。ですが同時にあなたたちに幸せになってもらいたいと最後まで望んでもいました」
「自分勝手な奴だ。バズストがいなければ幸せになることは難しいという者もいた」
「そうですね。自分勝手です。ジョミスもそう思っているでしょうから、愚痴を言い合うのもいいと思いますよ」
「そうしてもいいかもな。そのときはお前も代理として立ち会え」
苦笑しながら頷く。
「では送るぞ」
「帰りはどうすればいいんですか? 草人がどうにかしてくれるんでしょうか」
「向こうでの用事が終われば、私に話しかければいい。ミストーレに送る」
「わかりました」
もう聞くことはないとわかったんだろう、リューミアイオールが軽く腕を振って風景が一瞬で変わる。
転移したそこは、野球ができるくらいの広場になっている。ところどころ地面がえぐれていたり、焦げたような色になっていた。
広場の周囲は木ばかりの風景で、木々の向こうに山がぽつぽつと見えていた。そんな風景の中に、どこかへと繋がる道があった。獣道ではなく、きちんと整備された道だ。
「道があるということは人がいるってことだろう」
あちらに進んでみようとのんびり歩き出す。
十五分ほど歩くと、畑と村が見えてきた。人の姿も見えて、村長の居場所を聞こうと思っていると誰かが駆けてくる。
「デッサ!」
その声には聞き覚えがあった。南に行ったとき世話になったゼーフェだ。顔は同じだけど種族が違う。犬の獣人だったはず。
どういうことなんだろうと戸惑った俺の反応にゼーフェらしき草人は首を傾げ、すぐになにか察したような表情になった。
「以前は魔法を使った変装をしていたから戸惑っているみたいね。私は草人なのよ。森の外だと獣人とかの方が活動しやすくて」
「シャンガラで世話になったゼーフェで間違いない?」
「そうよ。久しぶり。一年もたたないのにずいぶんと雰囲気が変わったわね」
「久しぶり。いろいろとあったから。それにしてもバス森林の草人が助けてくれていたってリューミアイオールが言っていたけど、本当だったんだなー」
「ミストーレの大会でフリクトさんとも交流があったと聞いてるわ」
「フリクトさんも変装していたのか」
あの人もここの関係者だったか。
「あなたがどういった人物なのか確認しようってことで、フリクトさんがミストーレまで行ったの。そのときに魔物も関わってくることになるとは、私たちも思ってなかったわ」
「あのときもらった薬はここで作られたものだった?」
「そうでしょうね」
「ほかにも誰か俺が知らないで助けてくれた人はいるのかな」
「私みたいにコミュニケーションをとった人はいないわね」
プラーラさんもその可能性があるかもと思ったけど違ったか。
「さあ、いつまでもここで立ち話するのもあれだし、村長の家まで案内するからついてきて」
歩き出したゼーフェの隣を歩く。
歩きながらゼーフェがシャンガラでなにをしていたのか聞く。俺の手助けを目的にしていたということは、あのとき話した調査は偽りだろう。
偵察時の逃亡手助けや森で魔物をひきつけていたことなどを聞いて、本当に助けられていたのだと感謝する。
「ありがとう。逃げるときとか助かったよ」
「それが私の仕事だったからね」
「仕事だとしても一晩中魔物と追いかけっこは大変だったろ」
「まあね。あのあとあなたと魔物の戦いまで見守って、すべてが終わって森の中でひと眠りといった感じだったわ」
そんなことを話していると、壁が見えてきた。なんだあれ、コンクリートの壁?
「村についたわ」
「綺麗な壁だ」
遠目にだとコンクリートの壁に見えるけど、近づくと色のわずかな違いがわかる。ここまで綺麗に切りだせる技術だけで、外とは技術力が違うのがわかる。外でも石を積み上げた壁はあるけど、ここまで隙間のない壁は見たことがなかった。
門を通って村に入る。
また外とは違うものを見つけた。
「モンスターでも馬でもないな、あれ。どんな馬?」
明らかに生物ではない馬型の機械っぽいものが荷車を引いていた。
「ダンジョンに出てくるものとは違うけど、あれもゴーレムの一種。魔法と仕掛けが組み合わさっているのよ」
「壁でも思ったけど、外とは明らかに違うな」
「ずっと魔王対策に技術を積み上げてきたからね。その成果を日常生活にも使っているの」
「バズストの言葉を守るとそこまでいけるんだなぁ」
外の人たちが研鑽を忘れてしまったことが悔やまれるな。頑張り続ければ魔物にも十分対抗できるくらいに強くなっていたんじゃ?
でも平穏が続く中、いつ起こるかわからない復活に備えて努力し続けろっていうのが無茶振りなのもわからんでもない。
「積み上げたおかげであの薬ができて、俺も助かったのか。ここの人たちの努力には感謝の思いしかないよ」
「あなたにそう言われると努力を続けてきた先祖も今の人たちも報われると思うわ」
「そうかな」
「バズストの記憶を継いでいるんでしょう? ということはバズストの感謝でもあるんじゃないかしら」
「そうか?」
バズストそのものじゃないし、微妙なところのような気もする。
ここの人たちは俺をバズストと同じだって思っているんだろうか? 一応警告というか違うと話しておこう。
「俺とバズストは別人だから、俺の言うことがバズストと同じとはかぎらないよ」
「そうらしいとは聞いているけどね。私たちにとってはバズストは特別なのよ。だから彼の記憶を継いでいると聞いたら特別視しちゃうの」
「そこらへんの認識の違いがなにかすれちがい起こさないか怖いよ」
バズストとしての行動を求められてももうどうしようもないんだけどな。
一抹の不安を感じながら、村長の家まで案内してもらう。
感想と誤字指摘ありがとうございます