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221 最近のできごと

(太陽光が気持ちいいんじゃー)


 試し斬りをかねた鍛錬を終えて転送屋から出て、数日浴びていなかった光を心地よく思い、ゴーアヘッドの建物に入る。

 ファードさんとの模擬戦が知られたようで、注目が集まる。

 勝ってはないけど、いい勝負をしていたということで高い実力があるとこれまでよりも多くの人に認められたのだろう。

 近づいてこないなら相手する気もなく、視線をスルーして受付に並び順番を待つ。 


「いらっしゃいませ」

「魔晶の欠片の買取をお願いします」


 ルポゼで使うものを抜いて、カウンターに置く。

 魔晶の欠片を受け取った職員は奥に引っ込んで、五分ほどでお金を載せたトレーを持ってもどってくる。


「金貨七枚と大銀貨八枚と小銀貨五枚です」

「ありがとう」


 相変わらず劣化転移板で儲けの大半が削られるけど、儲けがでているだけだいぶましだろう。それに剣が完成するまでに貯めたお金があるから、貯金に大きな影響はないのは助かる。

 受け取ったお金を財布に入れて、カウンターを離れる。

 そこに近づいてくる男がいた。見覚えはない。


「お前強いんだってな! 俺と一勝負だ! お前に勝って俺の実力を広めてやるぜ!」

「またか」


 実力が知られたら、何度か模擬戦を挑まれていた。ファードさんとの差を知るのにちょうどよかったり、噂だけなんだろうと舐められたりといった事情で絡まれていた。

 ほかに一緒にダンジョンに行かないかという勧誘もあった。勧誘は通っている階層が違ったので、それを理由に断ったら納得してくれた。


「ダンジョンの泊まり込みから帰って来たばかりで疲れているんだ。そんな俺と戦いたいのか?」

「こいつはついているぜっ。疲れているならチャンスじゃねえか!」


 プライドない奴だったかー。

 周囲の冒険者たちも白けた目で見ていた。


「まあいいや。職員に鍛錬場を借りるように交渉して許可が出たらやろう」

「言ったな? 逃げるなよ!」


 職員に許可をもらいに離れていく。

 かわりに近づいてきた人がいる。

 

「デッサ、いいのか?」

「ゲーヘンさん、お久しぶりです」

「おう。それより疲れているんじゃないのか?」

「疲れているのは事実ですけど、つきまとってこられると迷惑ですし、今の状態でもなんとかなる強さだと判断しました」

「挑むだけあって、それなりに強いと思うんだがなぁ」

「ファードさんやロッデスに比べたらどうってことありませんよ」

「その二人と比べたら大抵の冒険者は格下だろう」


 話しているとさっきの冒険者が職員と一緒に戻ってくる。

 

「借りることができたぜ。移動するぞ」

「はいはい」


 歩き出すとゲーヘンさんをはじめとして、ほかの冒険者たちも見物についてくる。

 訓練場に移動して、木剣と革鎧を借りる。あの男は槍を使うようで、長い棒を持っていた。

 俺の武具や荷物はゲーヘンさんが預かってくれた。


「おれはいつでもいいぜ!」

「こっちもだ」


 職員に準備が整ったことを告げる。

 頷いた職員が俺たちの間に立ち、模擬戦をやるにあたっての注意事項を話して下がる。


「それでは開始!」


 職員が開始を告げて、すぐに男が槍を突き出してくる。

 技術が伴った速い突きだ。ただし大ダンジョンの六十階くらいまでしか通じないだろう。

 少しだけ体を動かして、突きを避ける。

 さらに追撃だと連続した突きが迫る。


「くっ、このっ、当たれ!」


 視線や腕や足などの動きでどこを狙っているのかよくわかる。

 さすがにこのくらいの攻撃に当たってやるわけにはいかない。

 連続攻撃が止まり、ひと呼吸入れたタイミングでこっちから攻撃する。

 

「ごっ!? がっ、ぐうっ」


 接近して木剣を連続して当てていく。

 男も防御しようとしているけど、速度についていけないようで防御が間に合っていない。

 手加減はしているから、ダメージはほとんど入っていない。でもいつでも倒せるのはこの場にいる冒険者たちにはわかるだろう。

 戦っている相手もわかったようで、棒を手放して防御を捨てて反撃してくる。


「くらえ!」


 こっちも木剣を捨ててカウンターを合わせる。

 男の顔面に拳が当たり、振り抜かないように止める。相手の勢いも合わさっているから、振り抜くと歯を折ってしまいかねない。

 当たった衝撃で男は顔を手で押さえて、膝をつく。ぽたりぽたりと地面に血が落ちている。鼻血か皮膚が切れたみたいだ。

 男の体にわずかに力が込められる。まだ諦めてはいないらしい。


「勝負あり」


 職員がそう言うか言わないかのタイミングで、男が拳を振り上げてきた。

 それを少し動いて避けて、男の腹を足で押して転がした。

 職員は再度終わりの宣言をする。


「まだやれるぞ! 俺はまだ戦える!」

「諦めろ。ずっと手加減されていて、どのタイミングでも負けになっていたぞ」


 誰かがそう言う。

 周囲の冒険者からも同意だと声が上がる。


「くそっ」


 男は地面を殴って悔しがっている。さすがに周囲から負けを突きつけられて続ける度胸はなかったみたいだ。そして肩を落として立ち上がり、自分の武具を取りに行った。

 職員と見物たちは模擬戦が終わったことで屋内へと戻っていく。


「お疲れさん。あいつも弱いわけじゃないが、相手が悪かったな。強くなったもんだ」


 そう言いながらゲーヘンさんが荷物を渡してくれる。

 一年前の俺なら負けていたなー。まあ去年の俺だとあいつも喧嘩を売ってくることはなかっただろうけど。


「ありがとうございます」

「それだけ強いなら大会はいいところまでいきそうだな」

「大会には参加しませんよ」


 借りていた革鎧を脱ぎながら答える。


「しないのか」

「ええ、ほかにやることがありますから」

「そうか。ギルドではうちから優勝者がでるかもと噂になっていたぞ」

「ほかの人に頑張ってもらいましょ」

「そうなると優勝候補はファードとロッデスかねぇ」

「俺もその二人だと思いますね。来年はわかりませんが」

「なぜ?」

「魔力活性関連の新技術に関しては聞いてますか?」


 ゲーヘンさんは頷く。


「自分に限界を感じて後進育成に移ったり、引退していた人たちが魔力循環をきっかけに戻ってくるんじゃないかとファードさんと話したんですよ」

「強くなる方法があるなら、たしかにまた努力をしようと思えるか。でも諦めず努力を重ねてきた奴には敵わないだろうな」

「かもしれないですね」


 諦めた人とそうでない人で差がつくのは仕方ない。

 でも今後魔王復活で荒れるだろう世界には、そういった人たちの力も必要だろう。

 自分の武具を身に着けて、借りていたものを返しギルドから出る。

 ルポゼに帰り、自室で武具を外し、洗濯物を出して、溜まっている書類の処理のため事務室に向かう。

 最近は冒険者がミストーレに集まってきているおかげで満室であり、黒字続きだ。


「今後もこの調子でいってほしいものだけど大会が終われば、空き室が目立つようになるだろうね」


 冒険者たちも各地の拠点に帰るだろうしね。

 ロゾットさんも同じ考えのように頷きが返ってくる。


「ええ、私もそう考えています。今回の宿泊客が宣伝してくれて、少し収入が増えるくらいに落ち着くと考えています」

「うん、調子にのらず堅実にいこう」

「はい」

「なにか大きなトラブルは起きている?」


 これといったものは起きていないとロゾットさんは首を振る。

 従業員側のミスが主なトラブルだそうだ。これまでにない忙しさで余裕がなくなり、干し終えた洗濯物の届ける先を間違えたり、掃除中に客とぶつかりそうになったり。

 冒険者側は暴れるようなことはなく、美味しいご飯や提供されるサービスに不満を訴えることはないみたいだ。


「いきなり忙しくなったから、経験不足が出てきた感じか」

「そのようです。そういったミスがもとで大きなトラブルが起きるかもと思いましたが、客側の行儀が良く助かっています」

「客の対応に甘えたら駄目だと従業員たちに伝えておいてほしい」


 客の礼儀正しさに感謝せず当然と思うようになったら、傲慢さがにじみ出てきて嫌な印象を与えそうだ。そうなったら客足も遠のくだろう。


「はい、当然ですね」

「どうして行儀がいいのか、わかるか?」

「ずっとここを利用してくれている方々がフォローをいれてくださっているみたいですね」

「そんなことをしてくれたんだな。誰がやってくれたか教えてくれ。礼を言いにいってくる」


 このあと菓子でも買ってきて部屋に行こう。

 ロゾットさんにそれを伝えると、宿からお金をだしましょうと言ってくる。


「従業員の方にもなにかした方がいいかな……この忙しさを乗り越えたら、次回の給料に上乗せでもいいかなと思うけどどう? 対価があるなら従業員たちも気合が入るんじゃない?」

「そうですね……大会終わりまで満室が続くようなら各々に大銀貨二枚くらいは追加で出せるかと」

「じゃあそれも伝えておいて。ほかになにかある? 客から要望が出ていたり、訪問客があったり」

「要望としては食後に酒のつまみを作ってもらえないかというものが何度かありました」

「セッターはなんて言っている? 忙しくて作れないなら断るしかない」


 俺の一存では決められない。調理場が無理だと言うなら、その判断に従う。無理に実行させたら、食事の質に影響がでそうだしなー。


「仕事量が増えていて、おそらく無理ではないでしょうか。料理人が増えたら、そういった余裕も出てくると思います」

「人はまだ増やせない。今後の宿の収入次第だ。冒険者側に人手不足だと理由を伝えて断ろう」

「承知いたしました。かわりに質の良い豆や燻製肉などを仕入れて提供は可能ですがいかがでしょう」

「ロゾットがそう言うってことはお金に問題はないんだろう? だったら許可する」


 セッターが作るものには劣るだろうけど、ないよりはましだろう。今のところはそれで納得してもらうしかない。


「要望を出してきた方々に伝えておきます。ほかにはオーナーに挨拶したいという人がいましたね」

「俺に? なんでだろうね」

「ギルドで噂を聞いたとかなんとか」

「そっか。明日は一日中宿にいて、挨拶したいと言っていた人とタイミングが合えば話すことにしようかね」

「明日はオーナーがいると答えておきますね」


 ほかには献立の要望を出したいとか、ロゾットさんたちで対応できるものばかりだったようだ。

 自室に戻り、財布を持ってルポゼを出る。

 助けてくれた客たちに渡す少し高めの菓子と従業員たちが休憩時につまめる菓子を買ってから帰る。

 事務室に従業員用の菓子を置き、助けてくれた客のいる部屋に向かう。ちょうど部屋にいた人もいれば、出かけている人もいた。

 留守の人には夕方以降に渡すことにして部屋に戻り、武具の手入れを行い、のんびりとして疲労を抜いていく。

感想ありがとうございます

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― 新着の感想 ―
[一言] そこで諦めるなよ!『相手が疲れていても関係無い。むしろ勝ちやすくてラッキー』って態度なんだからもっともっと無様に足掻けよ!!
[一言] 多少なりのトラブルっちゃトラブルですけど待ち受けていることを考えたら平穏な日常ですかねえ
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