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22 休日 後

「休みのはずの日に決闘ってなにをやってるのよ」


 呆れたという感情がありありとわかる声音だ。


「俺が悪いわけじゃないぞ」

「そうかもしれないけど、休みにならなかったんじゃない? 当然休みを増やしたのよね」

「いやダンジョンに行ったよ」


 大きく溜息を吐かれた。


「翌日起きてからきちんと体調は気にしたぞ。そのうえで行けると思ったんだ」

「怪しいものだわ。誰かが管理しないとそのうち倒れそう」

「ハスファと同じこと言うね。実行しているだけハスファの方が行動力があるんだろうけど」

「ハスファはなにをしているの?」

「夕方頃に宿に来て、疲れ具合を見るんだよ。すごく疲れていれば無理にでも休みにさせるって言ってる」


 そんなことをしているのかとシーミンは呟いた。


「ハスファにそう思わせるほどに無理のある行動をしているの。少しは落ち着いた行動をとったらどうかしら」

「その余裕があればいいんだけどね」


 余裕を持った行動をとると死ぬからね。


「余裕がないって受け取れるわ」

「実際あまり余裕はない。とりあえずこの先二ヶ月で目標を達成しないとな」

「なにがあなたをそんなに急かすの?」

「話すつもりはない。ハスファにも世話になった冒険者にも話していない。ただ誰かに迷惑がかかることじゃない、俺自身に関わってくること。こう言ったらハスファが毎日の確認を決めたんだよ」

「確認しないとそのうち死んでそうだってハスファは思ったんでしょうね。それは私も同じ。せっかく助けた人が望んで死にに行っているようにしか思えない」

「逆だよ。俺ほど死なないように行動している人はそうはいない」


 信じられないのだろう、シーミンは訝しげな表情だ。


「無理をしているのに、死なないようにしているって矛盾してないかしら」

「そう思われても無理はないと思う」


 シーミンは悩んだ様子で黙る。

 なにを悩んでいるのかわからない。もしかしてどうやれば止められるか考えているんだろうか。


「止めようとしても無駄だからな?」

「そうでしょうね。ここでやめると言ってもそれは言葉だけで、私の見えないところでこれまで通りにやりそうだってわかる」

「やるね」


 肯定すると溜息を吐く。


「お礼を使って事情を聞こうって考えたわ」

「あー、それなら答えるね。お礼をそんなことに使うのかとも思うけどな」

「事情を聞いて、それを踏まえてあなたを止められるのかしら」


 首を横に振る。


「聞いたら俺がなんでこんな行動をとっているのか納得できるし、止められないってこともわかると思うよ」

「納得させられる事情……駄目ね、想像がつかない」


 想像できたらすごいわ。俺が町に来る前のことを知らないんだから、ヒントはなにもない。そんな状態からわかったらエスパー並の洞察力だろう。


「本当なら私が一緒に行動したいけど、それはあなたが反対しそうね」


 経験値がなぁ。いやゲームのように経験値が頭割りだと確定したわけじゃない。もし違うのなら頷けるんだけど、きちんと確認してみるか。


「ちょっと聞きたいけど、俺たちはモンスターを倒して強くなっていくだろう?」

「ええ、そうね。私はそうしてきたし、ほかの人たちも同じでしょう。もっとも技術的なものまでは身につかないから、鍛錬が必要よ」

「技術はおいといて、強くなるということに関して聞きたい。一人でモンスターと戦うのと、複数人でモンスターと戦うのだと身体能力や魔力が上昇する速度は違いがでてくる?」

「……どうだったかしら、私は気にしたことはないわ。ちょっと聞いてくる」


 シーミンは立ち上がり、部屋から出ていく。

 そうして五分弱で戻ってくる。


「家族も詳しいことはわからないということだった。だから憶測も混ざるけど、一人の方が成長は早いのじゃないかと言っていたわ」

「俺も以前そんなことを聞いた。だから一人で戦ってきたし、今後も一人だろう」

「……たしか一般的な冒険者で中ダンジョンのコアを三つ壊して人の壁と言われる強さまで到達するのに長くて二十年くらい。あなたはその早さでの成長に満足できないということよね」

「そうなるな」


 二十年か。壁に到達するまでこのペースで鍛えて生きられるとして、十年弱の猶予があるということかな。そこに到達したら喰われるのかなぁ。

 たしかゲームだと一年もかからずにレベル20っていう一般人の壁に到達していた描写があった。さすが勇者ということなんだろう。いやゲームだからと言われたらそれまでだけど。


「ここまで話してわかったのは強くなりたいということ、しかも早く強くなりたいということ。その目的は不明。目的を聞いたらむしろ推進するらしいということ。思ったんだけど、身体能力と魔力を上げられればよさそうなのよね。あなたが今戦っている階より深いところに私が連れていったらよくない?」


 パワーレベリングだな。ゲームならそれでいいと思うけど、現実でやるのは怖い。対処不可能な攻撃が飛んできたら、一撃で致命傷になってしまいそうだ。


「事故は起こるものだ。強さも武具も足らない状態で、実力に見合わない階に行くのは俺が今やっていること以上に危険な行為だと思う」

「それはそうね」


 シーミンも安全にレベリングできるとは言えないようで提案を下げた。

 いい考えが思いつかないようで悩むシーミンに別の話題を振る。なにか思いついてもまた否定することになりそうだし、話題を変えた方がいいと思うのだ。


「そろそろ六階に進むつもりなんだけど、どんなモンスターが出てくるんだ?」

「進んで大丈夫なの?」

「跳ね鳥とは三対一で勝てるようになった」

「それなら大丈夫かしら。六階に出てくる魔物は跳ね鳥とブルーワーム。ブルーワームは一階に出てきたグリーンワームを強くした感じよ」


 ゲームでもそんな感じだったな。特殊な攻撃はなく、受けるダメージ量が増えて、硬くなっていた。動きを止めてくるのも変わってない。

 でもゲームと違う部分があるかもしれないから強さについて聞いてみよう。

 

「強くっていうと具体的には? 移動速度も上がっていたりするのか」

「力強くなっていて、硬くなっている。動き自体はほんの少し上がっている程度。動きを阻害してくる粘液に注意すれば問題ないモンスターよ。六階の事故原因は動きを阻害されて、跳ね鳥にたかられるっていうものだし。いっそのこと六階は通り過ぎて七階に行ってもいいわね。跳ね鳥を倒せるなら、六階で戦う必要はあまりないし。ブルーワームが落とす魔晶の欠片の売却額も大銅貨二枚に届かないくらいで跳ね鳥よりも少ない」


 六階のブルーワームは、跳ね鳥の脅威を上げるための配置なんだろうか。お金を貯めたいならブルーワームを狩りまくるのもありなんだろう。


「一応ブルーワームとも戦ってみる。どんだけ強くなっているのか確認しておきたいし。それで七階はどんなモンスターがいるんだ」

「ワイルドドッグ。動き自体は野犬と同じ。でも力強さとかはこっちの方が上。具体的には跳ね鳥よりも強い。魔晶の欠片も大銅貨三枚になる」


 ようやく一食分や安物護符一枚分の魔晶の欠片が手に入るようになるんだな。

 野犬は人間より強いとか聞いたことある。そんなのと戦って一食分は正直釣り合ってないような気もする。

 動きのイメージは警察犬が犯人の動きを止めようとするものでいいんだろうか。だとすると腕にも噛みついてくることを意識しておこう。

 たしかワイルドドッグとかの犬や狼のモンスターは肉に気を取られるって習性があったはず。

 ゲームだと野生の動物を攻撃して肉アイテムにすると、主人公を攻撃せずに肉に集まっていた。

 レベル上げのとき、一ヶ所に集めたそれらを広範囲攻撃で倒してたっけ。


「聞いた話によると、犬系のモンスターは肉を与えたらそっちに気を取られるからその間に攻撃すればいいらしいね」

「よく知ってたわね。そうやって倒すことは珍しくはないわ。ただ肉は荷物になるから余裕が出てくると普通に戦う」


 たしかに生肉はかさばりそうだ。少しでも軽くして持ち運びに便利にするには……。


「ジャーキーみたいにかさばりにくいものでも食べるかな」


 地球だと犬用とかのジャーキーはあったけど。


「どうでしょうね? 家族からはそんな話を聞いたことないけど。試してみるといいかも」

「そうしてみよう」


 帰りにジャーキーを探すか。乾物屋や肉屋に行けばあるだろ。


「犬は群れるものだけどワイルドドッグはどんな感じなんだろう」

「あれも複数でいることが多いわ。一体だけでいるのはほとんどいないと思っていい」

「だとすると肉を使って気をそらしている間に、さっさと倒さないといけないな」

「最初はそんな感じの戦い方でいいと思う」


 ほかに聞きたいことはというと。

 

「七階には頭上を注意するようなことはある? ないなら天井は気にしないようにするけど」

「ないわね。ごくまれにワイルドドッグが壁を蹴って大きく跳ねることがあるみたい。でもそんな動きをすれば見逃すことはないでしょ」

「目立つ動きだしなー」


 聞きたいことは聞けたし、そろそろ帰るかな。お礼に関してはまだ決まらないと思うし、また次の休みに訪問ってことになるだろう。

 お礼に関して確認するとそんな感じだと頷きが返ってくる。


「じゃあまた次の休みに来るよ」

「何日後になるのかしら」

「予定ではダンジョンに五日行って休みにするつもり」

「五日連続も長い気はするけど、八日連続に比べたらはるかにましなのよね」


 シーミンは小さく溜息を吐く。

 普通はどれくらいなのだろうかと聞いてみる。


「普通の冒険者と交流がないから平均はどれくらいなのかわからない。でも私たちは三日行って一日休みってペースよ。予定より多くのモンスターと戦ったら、早めに休みを取るわね」

「そんなもんか」


 命懸けの仕事なんだし、普通は休養をしっかりとるわな。

 俺もこのままのペースでやっていけるとは思ってない。モンスターがどんどん強くなっていくのは確実だから、似たようなペースになっていくのかもしれない。

 シーミンに見送られて、敷地内から出る。

 表通りに出て、ジャーキーを買うため店を探す。

 乾物屋を見つけて、安いジャーキーはあるか聞く。安いものは味が悪いと店員は言ってきて、モンスターに与えるものだから大丈夫だと返す。納得した様子の店員は安物を二百グラム分持ってくる。

 お金を払うときに、モンスター対策の餌がギルドで扱われたかもしれないと店員は教えてくれた。

 先にそれを言ったらジャーキーが売れなくなるから、売ったあとに話したんだななんて考えた。

 まっすぐ宿に帰る予定を少し変えて、ゴーアヘッドに向かう。

 受付で餌について聞くと、取引のある店で売っているということだった。ただし値段と質は安物のジャーキーとそう変わらないようだった。

 用事をすませて宿に帰り、ベッドに寝転がりハスファにもらった文字表を眺める。バンデアナ共通語で使う文字が三十字書かれている。

 単語や文法をハスファに習ってわかったことは、パンデアナ共通語は英語にすごく近いということだ。

 単語を覚えていったら、短い文章は書けるようになるだろう。張り紙を読むときも、単語から内容をなんとか読み解けるかもしれない。長文を書いたり正しく文章を読むための勉強の時間がとれないから、そういったことができるようになるのはいつになることやら。

 文字表の裏には数字といくつかの単語が書かれていて、その単語の中に俺の名前が書かれている。これでサインくらいはできるようになった。

 夕食まで勉強の時間に当てていると、扉がノックされる。


「はーい」


 返事をしながら扉を開けるとそこにはハスファがいた。

 なにか用事だろうかと思いつつ、中に入ってもらう。


「なにか急用? 今日は休みだって伝えていたから確認はこなくてもいいだろ?」

「用事があってわけじゃないんです」

「用事がないのに来たのか。なんで?」

「私も今日は来るつもりがなかったんですけど、ほかのシスターたちが今日も行くんでしょって急かしてきて、教会を追い出されるような形になってしまいました」


 いつも来ているし、気を利かせたのかな。

 とりあえず椅子に座ってもらう。


「今日は町のあちこちに行っただけで疲れるようなことはなかったよ」


 ざっと俺の全身を見たハスファが頷く。


「そうみたいですね。着ているものも汚れたりしていませんし、激しい運動とかしたのではないとわかります。どんなふうに過ごしていたんですか」

「マッサージに行って、ギルドに行って、タナトスの家に行って、買い物して宿に帰った」

「シーミンは元気にしていました?」

「元気だと思う。特に疲れた様子とかみえなかったね」

「お礼をどうするか聞きに行ったんでしたか」

「そうだね。でも今日も決まらなかった。いや俺が強くなりたい事情を聞くためにお礼を使おうとした」

「聞かなかったということですよね」

「事情を話しても今の戦い方を止めないからお礼としては無駄になる。むしろ話を聞くと止められなくなるって言ったら、悩んだ様子だったな」

「止められなくなる、ですか。本当にどのような事情なんですか」


 聞かせてもらえないのでしょうねと言って溜息を吐いた。


「命にかかわる無理だけはしないでくださいね。心配なんですから」


 言葉通り心配だといった表情で、俺を見つめてくる。

 そういった目で見られると俺に恋心を抱いていると勘違いしてしまいそうになってしまう。


「シーミンにも言ったけど、俺も死にたいわけじゃない。むしろ生きたい。そのためにちゃんとできる範囲で対策はとっているから。アクシデントさえなければ、疲れる程度ですむんだよ」


 魔物を押し付けられたり決闘だったり、予想外のことが起きて困る。

 前世ではこんなことはなかった。若くして死んだ以外は、平凡っていえる人生だった。

 記憶を取り戻したことで運勢がバグったのか?

 

 ハスファを教会へと帰して、翌日から六階七階に挑戦していく。

 ブルーワームは聞いていた通りのモンスターで、護符など使うことなく苦労せずに倒すことができた。

 わりと簡単に倒せるため、ここでお金稼ぎをする駆け出し冒険者もいるようで、これまでの階より冒険者を見かけることが多かった。

 ブルーワームの強さを確認して、さっさと七階に進んでワイルドドッグを探した。

 一体でいることはほとんどないということなので、二体でいるワイルドドッグを探し、見つけることができた。

 ジャーキー一本ずつではすぐに食べ終えると思ったので、三本ずつ投げつけてみた。

 すると俺に気付いて警戒していたワイルドドッグたちは、俺を前にしてもジャーキーに気を取られて食べる。

 この隙にと魔力活性と護符を同時に使って、それぞれの効果が切れる前に一撃ずつダメージを与えた。

 さすがにダメージを受けては無視できなかったようで、戦闘が開始された。

 最初に一撃を与えたおかげか、それとも嚙みネズミや跳ね鳥で複数相手の練習をしたおかげか、大怪我をせずに倒すことができたのはよかった。

 その後も二体でいるワイルドドッグを探して、合計八体のワイルドドッグと跳ね鳥三体を倒してダンジョン探索を終えた。

 ポーションと護符とジャーキーの代金でまだ赤字だが、徐々に収入が増えている。

 この調子ならそう遠からず、プラスマイナスゼロになるだろうと思いながら、七階でワイルドドッグを相手していく。

 変化は金銭面だけではなく、体にも現れたと思う。

 使っている青銅の剣が少しだけ軽くなったような気がしている。

 試しに木剣を宿の庭で振ってみたら、こんなに軽かったかと感想を持った。そしてこれをメインに使っていたときと振る速度と音が違った。振ったあともピタリと止まりぶれることがない。

 きちんと成長しているのだという安心感が胸に湧いて、今後もダンジョン探索を頑張っていこうと思う。

感想ありがとうございます

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[気になる点] デッサってまわりの女の子が無条件に自分に尽くしてくれるって思ってる我儘なやつ?しかもそれを相手に言っちゃう? デッサ「翌日起きてからきちんと体調は気にしたぞ。そのうえで行けると思った…
[一言] >アクシデントさえなければ疲れる程度ですむ 失敗とかエラーとかアクシデントはいつか必ず起こるものだと思えって上司が(ry 安全策で一年後の生存率をとるか、危険を承知で十年後の生存率を上げに…
[一言] お願いを決めなければ定期的に訪ねて来てくれるんですよね。シーミンにとってはお願いを決めないほうが良いような
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