219 砂漠調査
デッサが剣の完成を待ちつつ、ダンジョンで鍛錬をしている間に、巨石群へのルート探しが進む。
シャルモスの残党と各国の調査員が手を組んだとはいったが、常に行動を共にしているわけではなく情報交換くらいだ。
進展は良くない。
巨石群があると思われている場所は、地元の者でも足を運ばないところであり、情報がなにもないのだ。
まずは探索から始める必要があり、砂漠歩きに慣れた地元の民を雇って少しずつ地域情報を集めている。
そんな状況でカルベスは勘の良さを期待されて派遣されてきた。
砂漠そばの町で、町の周辺は礫砂漠。さらにその奥は砂ばかりという見慣れない風景にカルベスはすごいものだと感心していた。
待ち合わせの宿に入り、名前を告げると話は通っていて、シャルモスの残党をまとめている者が泊まっている部屋を教えてもらえた。
ノックをして返事を待ってから中に入る。
「やあキンド、久しぶり」
「おう、カルベス。久しぶりだ」
顔なじみと挨拶を交わし、カルベスは椅子に座る。
「お前一人なのか? 戦闘用実験体の世話をしていると聞いたが」
「フェムのことだね。あれは本拠地にいる。洗脳が解けて、もう一回洗脳しようとしたがどうにも抵抗が強くて、本格的にやってもらうことにして本拠地に連れて行ったんだ」
今頃はまた洗脳されているか、それが無理なら戦闘データをとるために使い潰されているのではないかという説明に、キンドはそうかと扱いを気にした様子なく頷いた。
「調査の進展はあまりよくないらしいね」
「人があまり行かない場所というのもあるが、調査を開始した時期がなぁ。ちょうど一番暑い時期で、そのせいもあって体力が削られた。夜は昼の暑さが嘘みたいに寒くなるしな。砂が邪魔というのもある。歩きにくい、砂が巻き上げられ視界を遮られる。進展が遅いのは、正直環境に慣れるのに時間をくったせいでもある」
「耐暑の護符を使えばいいんじゃないのか? ここまではそれでどうにかなったぞ」
「それがあっても快適に調査とはいかなかったんだ。俺たちが経験したことのある暑さを越えていたんだよ。まあ今後は楽になるそうだが。気温が下がっていくらしいからな」
「そこまで暑かったのか。お前には悪いが、この時期に来ることができてよかったよ」
「楽な分だけ、お前が頑張ってくれ。勘の良さに期待している」
なんでもかんでもわかるわけじゃないんだぞとカルベスは苦笑する。
「空から探すということはできないのか? 常時砂嵐が吹いているなら目立つだろう。飛び船からならすぐに見つかりそうだ。国も調査に関わっているなら使えそうなんだが」
「そういった話はでていて、各国に頼んではいるようだ。しかし最上位の魔物の住処を探すのだから、墜落する可能性もある。貴重な飛び船をどこから持ってくるか話し合いが難航しているみたいだな」
わからんでもないとカルベスは頷いた。
シャルモスの残党でも研究して作ろうとしたが、試作品だけでもかなりの金額を持っていかれるため、研究は少しずつしか進んでいないのだ。
「現状どれくらい調査できているんだ」
「ほかの奴らと合せて三分の一くらいか。このペースでいくなら冬までに砂漠全体を調査できる。まあ全部を調べる前に巨石群はみつかるだろう」
「見つかっても砂嵐が無事突破できるかどうか」
明らかに自然のものではないため、砂嵐の中に罠が仕掛けられてもおかしくないのだ。
「それもあるが、まずは見つけないことにはな」
明日から砂漠に出ようと話し、その日は本拠地であったことなどを話して時間が流れていく。
会話している最中でカルベスは思いついたことがある。
「デッサという冒険者がここに来ていないか?」
「名前は聞いていないな。特徴はどういったものだ」
「若い。そして強い。遊黄竜の背にいた魔物を倒したのは彼と言ってもいい」
ほかに片手剣を使うということや、顔の特徴をカルベスは伝えた。
「そういった冒険者は来ていないはずだ。それだけ強いならある程度は目立つだろうが、十代の強者の話は聞かないな」
「そっか」
「どうして来ているかもしれないと考えたんだ」
「アンクレインの情報は彼も得たからね。国からも討伐協力の依頼が出されたかもしれないと思ったんだ」
「こっちとしてもそんな強者はありがたいが、なんとなく歓迎した様子じゃないな」
「敵対しちゃっているからねぇ」
フェム関連の話をすると、キンドはあちゃーと片手で顔を覆う。
「デッサとやらがお前を見つけると、穏便にはいきそうにないな」
「今度は逃げ切れるかどうかわからないねー」
魔物を倒せる冒険者相手に逃げ切れる気はしなかった。
「いつか来るかもしれないし、ここにいる仲間に情報を流しておこう。お前一人が警戒しているより来訪の情報を掴みやすくなるだろうさ」
「頼んだ」
話を終えてカルベスは別の部屋の空いているベッドを使わせてもらう。
朝になり、カルベスたちと案内役の現地冒険者は砂漠移動の対策と食料などを準備して、礫砂漠から砂砂漠へと足を踏み入れる。
「歩きづらいな!?」
礫砂漠はまだましだったが、砂地へと足を踏み入れると砂に足を取られる。
「明後日くらいまでは探索が終わっているところを移動するから、とにかくこの環境に慣れることに集中してくれ」
「お前は慣れたのか?」
「何日も歩いていれば嫌でも慣れる。慣れないと体力を余計に持っていかれるから、慣れざるを得なかった」
「砂漠の冒険者は大変だ」
砂漠でも小ダンジョンは現れるのだ。
放置すればモンスターで溢れかねないので、ここでも冒険者たちは小ダンジョンの破壊をしている。
といっても奥地は手が出せていないので、巨石群に近づくにつれて戦闘が頻発すると予想されていた。
たまに冒険者たちが砂漠掃除の依頼を受けて、できる範囲でモンスターの数を減らしているが安全を確保したと断言はできていない。
「中ダンジョンも放置されているらしいから、手強いモンスターもいるようだ」
「中ダンジョンくらいならそこまで強くないだろう?」
「砂漠に適応しているから、向こうの方が断然有利だぞ」
気配を殺して砂の中から奇襲されたり、砂の色に紛れたり、砂にかぎりなく近い擬態を可能としたモンスターがいる。
「そういうことか。俺は勘でどうにか見つけられそうだが、油断していると危ないかもしれないな」
喋りながら歩き、三時間ほどで休憩所として作られた場所に到着する。そこは礫砂漠になっていて東屋のようなものが立てられていた。
「どうだ、ここまで歩いて」
「一人で放り出されたら死ぬかもしれん。砂ばかりで目印がないから自分がどこを歩いているのかさっぱりだ」
「ここの冒険者たちはこんなところでも目印をみつけられるようだぞ」
「すごいな。素直に感心するよ」
カルベスの勘もこんな状況では役に立ってくれなかった。
異常事態を察したり、敵意を感じたりはできるが、ただ移動するだけなのだから勘の働きも鈍るというものだ。
砂漠で過ごすのに必要なのは経験と知識だなと思いつつ水を飲む。
三日かけてゆっくりとした速度で西へと進む。
その間、モンスターと慣れない環境で戦闘を行ったほかに、砂を掘って確保した水を護符で浄化して飲むという水の確保にも苦労する普通の旅とは違った経験を積んで、調査済みと未調査の境目までやってくる。
「ここから先がまだ調査していないところだな」
一時間前に使った休憩所からおおよその距離をわりだし、キンドは示す。
「見た目はこれまでと同じ砂ばかりだな。ここらに危険なモンスターはいないし、危険と思われる場所もないな」
カルベスの勘にはなにも引っかかっていない。
モンスターとの戦闘では勘も働いたので、この環境でも勘が発揮されることは確認済みだ。
「どっちの方角に危険があるかということはわかるか。その方角にアンクレインがいるかもしれないと思うんだ」
「難しいが、一度探ってみよう」
カルベスも半ば無理だと思いつつ、未調査の方向を見る。
いつもより集中し、小さな違和感も逃さないようにする。だがモンスターの気配はあるが、それ以外は特に感じられなかった。
カルベスは首を振る。
「感じ取れる範囲では魔物はいない、と思う」
「もっと先を調べなければならないか。感じ取れた範囲はどれくらいだ」
「強い反応だけに集中して、三百メートルくらい先か」
「視界内全部というのを期待していた」
「さすがにそれは無理だ」
遮るものは砂丘くらいしかないためかなりの範囲を見渡すことができるが、その広い中から強い気配を感じ取れというのはさすがに無茶だった。
「お前の勘に頼りつつ、砂嵐を探すか」
「そうするしかないんだろう」
「それじゃ調査を続行するとしよう」
未調査の部分へと足を踏み入れて、まずは休憩所に使えそうなところを求めて歩く。
持ち込んだ物資が帰りの分のみになると、来た道を引き返して町に戻る。
町を出て十日ほどの調査だった。
キンドはほかの調査員たちとの情報交換に出かけて、カルベスは体を洗ってからベッドに寝転んでいた。
「水が豊富に使えるってのはいいもんだ」
髪や服や靴に砂が入らない屋内で、しっかりと休めることが嬉しかった。
そのまま疲労を抜くためひと眠りしていると、扉がノックされキンドが入ってくる。
「寝ていたのか」
「疲れがあったからね。それでなにか用事かい」
「砂嵐が見つかったようだ。かなりの期間、そこで発生していたようでほぼ間違いないと見ているようだな。そこに行って魔物の気配があるか確認したいと思う」
「いいと思うが、今すぐには動けないぞ」
「準備もあるし出発は五日後だ。それなら疲労は抜けているだろう?」
大丈夫そうだとカルベスは頷く。
「場所はどこらへんだ」
「今回俺たちが引き返した地点があるだろ。あそこから北へ八日といったところらしい」
「今回より長めの砂漠滞在か。まあ少しは慣れたし、疲労もましだろう」
「途中でオアシスがあるようだ。そこでまともな休憩ができる。だから疲労としては今回とそう変わらないと思うぞ」
「助かる話だ」
準備はキンドたちに任せて、カルベスは出発までにしっかりと疲労を抜くことにした。
そして出発の日が来て、カルベスたちは再び砂漠に足を踏み入れる。
予定通りの日数を移動し、カルベスたちも遠くに砂嵐を発見した。巨大な竜巻のようにも見えるあれは、小さな町くらいなら飲み込めるほどの規模で、内側はまったく見通せない。
砂漠で過ごす冒険者にはすぐにおかしな砂嵐とわかるようで、あれが探していたものだろうと言う。
「できるだけ近づきたい。大丈夫そうだろうか」
カルベスの頼みに、キンドは可能かと同行する冒険者に尋ねる。
ある程度ならばということで、冒険者が撤退判断をするところまで近づく。
近づけば近づくほど、砂嵐の大きさがわかる。
「そろそろ引き返しましょう」
冒険者の撤退判断にキンドは頷いて、カルベスに視線を向ける。
カルベスは砂嵐の向こうを見通すように視線を向けて、集中する。
砂煙の中にモンスターの気配があり、それらは問題となる強さではなかった。
モンスターから意識を外して、さらに強い気配を探り、奥へ奥へと意識を向けた。
ちかりとなにか光ったようなイメージがあり、それに意識を向けると。ぞわりと背筋に寒気がはしる。無意識に一歩二歩と下がる。
その気配の近くにも強い反応があった気がするが、その一際強い気配に意識を持っていかれる。
意識を向けられていない現状で、これだけの気配が感じ取れるということにカルベスは体が震える。
「すぐにでも逃げたい強い気配がある。これまで感じた気配の中で一番だ。魔物だろうな。たぶんだが強いモンスターか配下の魔物もいるかもしれん」
「よし。砂嵐がやむ気配もないし、この先に巨石群があると確定しよう」
確認を終えて、町に帰る。
カルベスたちが持ち帰った情報は、ほかの調査隊にも渡された。今後はあの砂嵐へと繋がるルート選定と巨石群を攻めるための拠点作成が行われることになる。
作った拠点にまずは斥候を集めて、砂嵐の中を探る予定だ。
砂嵐まで行った者がいるのでルート決めはそこまで難しいことではなかった。
決めたルートを通り、拠点は巨石群を囲むように三つ作られることになった。休憩所と同じように地面が硬いところにテントが張られて、そこにぞくぞくと物資が運ばれる。
三つの拠点が作られるのと並行して、実力があって斥候もできる冒険者や兵が集められることになる。
拠点作りも戦力集めもそれなりに時間をかけたが着実に形になっていった。
カルベスは勘違いしていた。この砂漠で一番強い気配なのだからそれがアンクレインなんだろうと。
その勘違いは結局最後まで訂正されることはなかった。
警告を発することができれば、いろいろと変わった未来もあっただろう。けれどもカルベス自身が気付くことができなかったため、大きな被害が生じた。
そして大砂漠で異常事態が発生する。
砂漠の民たちが初めて経験するほどの大規模な砂嵐が発生したのだ。
それ自体は大きな被害は出さなかった。大規模といっても砂嵐と変わらないのだ。砂を撒き散らして通り過ぎて、いつもより長い時間出歩くのに苦労したというものだ。
しかし調査隊はそうはいかなかった。
三つに分けた拠点その全てが襲撃されて壊滅したのだ。
拠点にいたほとんどの兵や冒険者が死亡したが、生き残った者たちもいる。
砂嵐に紛れて逃げることに成功した者が、水や食料もなく砂漠を彷徨っていたところを隊商に発見されたのだ。
彼らからの証言を聞いた者たちは戸惑うことになる。バズストが復活し、魔物やモンスターと一緒に襲いかかってきたと聞かされたのだ。
当然その報告は国へと渡されて、各国上層部もまた戸惑うことになった。
季節は秋、各地で民が収穫に賑わう中、各国の上層部は正確な情報入手に奔走することになる。
感想と誤字指摘ありがとうございます