218 剣を依頼 後
俺の夢を聞いたズンゼッタさんはニヤリと笑う。
「武器職人を前にして武具を放置とはよく言えたものね」
あ、気を悪くしたかな。
「そんな気まずそうな顔をしなくても夢を否定なんてしないわよ。幸せなんて人それぞれだもの。もっと煌めいた夢を持ってもいいんじゃないとは思うけど」
「ミストーレに来てからずっと忙しかったもので、戦闘から離れられる時間は贅沢なんですよ」
「忙しいって言っても、冒険者は体が一番大事でしょ。しっかり休養はとっているんじゃないの?」
「休みはとってますけど、体を休めるための休養で遊ぶってことはほとんどありませんでしたね。たまーに友達とピクニックにいったり、知人に会いにいったりするくらいです」
「忙しいことに仲間から文句はでなかったの?」
「ああ、一人でダンジョンに行っているんで」
答えるとズンゼッタさんはキョトンとした表情になる。
「一人? 一人で八十階まで行ったの?」
頷くと、ズンゼッタさんは盛大に笑い出した。
笑うところなんてあっただろうか。
「馬鹿だ! 馬鹿がいる! 一人でそこまで行った人なんて初めて聞いたわ。いいね! いい感じでおかしい奴じゃないか! 話を聞いて性格的には面白みのない平凡だと思っていたが、一人でやってきたというなら評価はかわる。魔物との戦いも一人だったの?」
「さすがに一人で戦ったのは一回だけですよ」
「一回だけでもおかしなことなのよ。聞かせてちょうだい。どういった魔物と戦ってきたのか」
楽しげな雰囲気で聞いてくる。
宝探しでファルマジスと戦ったことから遊黄竜の背で鶏の魔物と戦ったことまでを話す。
「大会で魔物が出たのは聞いている。そこにあなたもいたのね。そんなに遭遇するならたしかに今後も遭遇するかもしれないわね。平穏をむさぼりたいというのも理解できるわ。ほかの人以上にトラブルに首を突っ込んでいるものね」
「自分から突っ込んでいるわけじゃないんですけど」
「あなたのいる場所に現れるんだからたいした違いはないと思うけどね。うん、打ってあげよう。私の剣が魔物をばっさばっさと斬っていくことになるのなら、私の夢に一歩近づくというものよ」
「ズンゼッタさんの夢はなんなんですか」
「なんでも斬れる剣を生み出してみたい」
「なんでもの範囲次第でとてつもなく壮大な夢になりますよね」
硬い金属を斬ったら満足するのか、それとも形のない時間や空間といったものも斬りたいのか、神でさえも斬りたいのか。
「目的としては魔王くらいに強い奴をぶった切るとかそういったものだけど」
「あー、そんな感じなんですね」
「あなたはどんな剣を想像したの」
「形のない病気とか呪いとかを斬ったり、時間や空間を斬ったり、神を斬ったりといった感じ」
「ほう」
目を丸くしてこっちを見てくる。
「いやはや、私もまだまだね。なんでもと言いながら魔王を斬ることくらいで満足しようとしていたとは。おかしな奴はやっぱり発想もおかしい。神すらも斬る対象と見るとは」
「さすがに斬れと唆すつもりはありませんよ。例えとして言っただけで」
「例えでもそんな発想が出てくる時点で問題にされかねないからね。教会関係者の前で言っては駄目よ」
頷く。怒られるだけですまないのは簡単に想像できる。
仲良くしているハスファとかメインスすらかばってはくれないだろう。
「神はさすがに斬らないとして、病気とか呪いを斬るというのは心惹かれるし、時間や空間を斬るというのは斬ったらどうなるのかさっぱりね」
想像するのが楽しそうで笑みが浮かんでいる。
「あなたはその二つを斬ったらどうなると思う?」
「そうですね……空間の方は防御や障害なんて無視して斬りたいものを斬るとかそんな感じですかね。上手くやれば転移と同じことができるかも。時間の方は……誰かの時間を切り取って寿命が減る? もしくはその人の時間が止まる? 予想もつかない別のことが起こる気もしますね」
「そうするためには魔法を組み合わせないと駄目かしらね。単純に剣を振るだけじゃ斬れそうにないし」
漫画とかラノベだと使い手の技量で空間を斬ったりしていたなー。
実際に剣を使っている身としては、そんなのどうやればいいんだか。
魔力循環で大量に魔力を剣に注ぎ込んで振ったら空間を斬れないだろうか……難しいかな。これまでそんな手応えなかったし。
魔力そのもので刃を作ればどうだろう。でもそれは剣じゃなくて、そういった魔法道具を作るって方向だしズンゼッタさん的には納得できないだろうな。
「正直ズンゼッタさんだけで実現は無理じゃないですかね。弟子とかとって、何代か先に実現を目指すといったことだと思う」
「現状見当がついてないし、そうなるかもしれないわね。弟子も私の方針を理解してくれるような子をとらないといけないでしょうし、実現を目指すなら考えることややることがたくさんだわ」
「では諦めます?」
「荒唐無稽だとしても諦めたくないわ。まずは基本方針をどうにか決めようと思う。その次に弟子探し。教育と並行して、研究という流れかな」
「最初は魔法を斬るとかそんな感じからですかね。そういった形のないものを斬ることで情報を集めて、次に活かすとか」
「なるほどねー。とりあえずそこから始めてみようかしら。その前にあなたの剣を作らないと」
どんな剣が好みかしらと言われて、剣を頼みに来たことを思い出す。
「片手剣でお願いします。使い勝手はこの剣と似た感じで問題ありません。鋭さと頑丈さ、どちらかに特化するんじゃなくバランスよくなっているとありがたいです」
「剣を見た感じだと力任せに振っているでしょ。その剣と同じように頑丈にしなくていいの?」
「技量はなんとかなったんで、問題ありません」
「一度試し斬りしてもらえないかしら。丸太を準備するからそれを斬ったところを見て、ちゃんと技術があるのか確かめさせてもらう」
わかりましたと返答し、工房に移動する。
ズンゼッタさんがあの丸太を運んできてくれるかと、壁際を指差す。
丸太は一メートルくらいの高さで、太さは直径三十センチと少し。何度も試し斬りされたのか傷だらけだ。
それを運ぶ間に、ズンゼッタさんは机や椅子を移動させて、剣を振ることができる空間を作った。
「それじゃお願い」
立てた丸太を前にして、上段に剣を構えて、力を抜いて深呼吸。
求められているのは技術。力はできるだけ抜いて、力任せに潰して斬るのではなく刃を引いて斬ることを意識して振り下ろす。
豆腐のように抵抗なくとまではいかないけど、さくっと剣は丸太を縦真っ二つに斬った。
「おー」
感心したようにズンゼッタさんは拍手してくる。
「細工して頑丈にした木なんだけどね。六十階で戦っている技術が半端な冒険者だと傷を入れるので精一杯」
「そんな木だったんですか。わりとあっさり斬れたのに」
「ちゃんと技術がある証拠ね。注文通りバランスよく作るわ。今日一日剣を貸してちょうだい。参考にするから」
はいどうぞと剣を渡す。
「材料はどうする? ちょうど帝鉄の在庫はあるし、高くなるけどそれを使う?」
「いくらになります?」
「金貨三十枚ってところね」
思ったより安いな。良質の鉄やモンスター素材ならそれより安くなるだろうけど、帝鉄だと金貨四十枚以上いくと思ってた。
「帝鉄は貴重なものだし、腕の良い職人に頼むんだからもっと高くなると思ったんですが」
「アイデア料で割引したのよ」
「なるほど」
これまで何度かアイデアを渡して優遇してもらった。それがここでも起きたんだな。
「ありがたく割引していただきます。お金は明日にでも持ってきますね」
「わかったわ。それじゃ腕の長さとかを測りましょう」
サイズは手や腕だけではなく全身のものを測り、ほかに棒状の粘土を握って手の型もとった。
作業を終えて、ズンゼッタさんの家から出る。
その足でルガーダさんの家に向かう。
ここしばらく顔を出してなかったけど、忘れられてなかったようでルガーダさんのところまで通してもらうことができた。
ルガーダさんは俺を一目見て「ほう」と呟く。
「久々だな。ずいぶんと見違えた」
「お久しぶりです。ダンジョンに籠っていたり、遠出したりと忙しかったもので」
「たまにケイスドから話は聞いて元気とは知っていたが、こうして会わなければわからぬこともあるな」
ケイスドさんには融合してから会ってないんで、報告のしようがないんだけどね。
「そこまで変わっていますか? 大きく身長が伸びたということはありませんが」
「雰囲気がまるで違う」
「そういった部分でやはり違いが出てきているんですね」
「並みの体験ではそうは変わらんだろう。なにがあったんだね」
「他人の記憶を受け継いだんですよ。その影響ですね」
いろいろと端折った説明だけど、端的でもあるだろう。
「そんなことができるのか」
「特殊な状況だったんで、普通は起きないと思いますよ」
「そう簡単には起きないとわかるさ。生まれてこのかたそんなことを聞いたことがない。しかし他人の人生を受け継ぐというのは、自分を見失うことにもならないかね? 人生で様々なものを積み重ねて、今の自分がある。そこに新たなものがどかっと付け加えられるのだから、下手するとまったく違う生き方をするようになりそうだ」
「俺がそうならなかったのは運が良かった」
バズストは記録のようなものだったし、デッサはカーノーンさんの助けで影響が抑えられた。
だから他者の自我に塗りつぶされることはなかったんだと思う。
まあただの予想だから、まったく別の理由で影響が抑えられたのかもしれないけど。
「なにか不都合は起きていないのか?」
「戦闘面で調整しなければならないことがあったくらいですね。私生活は自覚がでるほど不都合は起きていませんよ。受け継いだ翌日に従業員たちに少し違和感を抱かれたくらいです」
惚れたとか言ってきたメインスには驚かされたけど、不都合とは違うよな。
「何事もないのならよかった。世間では魔物が現れたり、遊黄竜が暴れたりと物騒になっている。その上、知人も大変な目に合うのは嫌だからのう」
「魔物と戦った時点で大変なことになってますけどね」
「それはそうだな」
「大変繋がりということで、今後について話しましょう。世の中がさらに荒れる可能性があるので注意していた方がいいです」
「荒れるのかね」
「ええ、その可能性が高いです。魔物がなにかやっている時点で怪しいですからね。最近大ダンジョンで地震も起きました。医療品の備えなどしておいて損はありません」
「説明はできないが、根拠がありそうだ」
「そうですね。俺が口にしていいものか不明です」
国は民を無暗に混乱させないため、大きく言いふらされると困るだろう。でも俺としては知人にあまり苦労してほしくないので、備えてもらいたい。なので事情を伏せて伝える。
そんな俺の心情を見抜いたのか、わかったとルガーダさんは頷いた。
「世間が騒がしいのは事実だし、備えておこう。宿もそういった備えをしているのかね」
「これからですね」
帰りに包帯を買って、消毒液とかはどうしようか。使用期限があるから買いだめしても無駄になるだけかもしれないし。
いいや買っておこう。ルガーダさんに備えるように言ったわけだし、俺がケチるのもどうかと思う。
医療品のほかに木箱も買って、それを救急箱として事務室にでも置いておこう。
話を終えて、買い物をすませ、ルポゼに戻る。
ロゾットさんに救急箱を自由に使っていいと話して、食堂で昼食をとって、そのまま自室でのんびりとする。
感想ありがとうございます