216 ファードと模擬戦
季節は秋に入り、ミストーレには冒険者が多く集まり出していた。
そういった人たちから外の情報が入ってくるわけだけど、荒っぽい話は聞かない。魔王復活はまだということなんだと思う。
今のうちにしっかり鍛えておこうと、ダンジョンを先に進む。
また泊まり込んでの戦闘だけど、感知能力上昇のおかげで休んでいてもモンスターの接近にすぐ気づけるようになって、以前よりも泊まり込みが楽になった。
強化されたおかげもあってすいすい進み、今は八十二階でジェネラルコッコというモンスターと戦っている。
ココケニヒの一つ下のモンスターで、鶏の魔物とは比べものにならないくらい弱い。
身体能力と技術と魔力循環のおかげで問題なくやれているけど、八十階を越えたことで剣はそろそろ買い替えた方がいいかなと思っている。
これを作ってくれた工房主も八十階を越えたら厳しくなると言っていたし。
準備は早めにしておいた方がいいだろうと、今度の休みに頂点会に向かうことに決めた。
俺個人に優れた職人の伝手はないので、頂点会に紹介してもらえないか聞くためだ。
ダンジョンを進みながら、バズストの技再現もやれるものはやっている。
戦い方は似ていても細部まで同じではなく、俺は唐竹割りを技としているけど、バズストは突きを技にしていた。剣の切っ先に魔力を集中させ、強化した身体能力でもって、弱点や脆い部分に突き刺すというものだ。
バズストは魔力循環を思いつかなかったらしく、過剰活性をコントロールする方向で戦っていた。瞬間的に過剰活性を行って負担を軽減させていたのだ。
無理に過剰活性を使わずとも、魔力循環で代用できるだろうから、過剰活性のコントロールはしないで突きのみを取り入れた。
休日に決めた日、剣と財布を持って頂点会に向かう。
いつものように玄関で頂点会のメンバーに、ファードさんは在宅しているか尋ね、案内してもらう。
ファードさんは今日もトレーニングルームにいた。
ギルドメンバーに声をかけられ振り返ったファードさんは俺を見て、固まった。
「ファードさん?」
声をかけると闘志を漲らせて口を開く。
「すまないが、本気で手合わせ願えないかね。なにがあったかはわからないが、それだけの実力を見せつけられては我慢ができない」
「わかりました」
今の俺がどれだけファードさんに通じるか。俺も興味がある。それに頼み事をしにきたのだから、そのためにも受けた方が心証は良いだろう。
ファードさんは嬉しげに笑みを浮かべた。その笑みを見て、飢えた獣を思い浮かべる人がいるかもしれない。少なくとも俺はそう感じた。
ここや外の鍛錬場では狭いだろうと、町から出ることになる。
闘志に満ちたファードさんを見て、何事かと頂点会のメンバーは遠巻きにしている。
俺と同じように飢えた雰囲気を感じ、近寄りがたいのかもしれない。
そんな彼らにファードさんは模擬戦をしてくるとだけ告げて、武具を身に着け、ハイポーションを持って頂点会から出る。
俺たちから少し離れて頂点会のメンバーがついてくる。その中にはミナやグルウさんの姿もあった。
そういった俺たちを見た冒険者たちは何事かと首を傾げている。そして興味が出た者はついてきた。
頂点会メンバーといくらかの見物人を連れて、町を出る。
草も生えていない戦いやすい平地でファードさんは足を止める。
「受けてくれてありがとう。本気と言ったからには魔力循環も使っていくが、構わないか?」
「それはかまいませんが、さすがに死ぬようなところまではやりませんよね?」
「死合うまでは行く気はないが、夢中になりすぎる可能性もある。見物人に止めてもらえるように言っておいた方がいいな」
「そうしておきましょう」
ファードさんは頂点会メンバーにハイポーションを預けて、やりすぎだと思ったら止めるように告げる。
頂点会メンバーはそこまでやるのかと不思議そうだ。
相手が俺だからなのだろう。頂点会メンバーにとっては、俺はまだまだファードさんには届かない存在であり、ファードさんが本気を出すような相手ではない。
無理もない。俺だってこんな短期間でファードさんに本気をださせるようになるとは思っていなかったのだから。
「では始めよう」
「はい」
返答し、すぐに剣を抜いて突撃する。
ファードさんも慌てず構えて待ち受ける。
剣を振り下ろそうとすると、ファードさんは俺の懐に飛び込んできて、肘を叩きつけてくる。
俺は接近されて剣が振り下ろしにくくなり、剣での攻撃を諦める。
そのままファードさんの肘を胸に受けて、かわりにファードさんのつま先を踏みつけた。
互いに引いて距離を取る。
「やはり少し前とはずいぶん違う。咄嗟に剣の攻撃から足への攻撃へと切り替えるなんてしなかったからな」
ファードさんの言うように以前ならば剣の攻撃に固執して、それが駄目なら回避という考えだった。
攻撃に手足が使えるのは理解していたけど、咄嗟に判断できるほど戦闘には慣れていなかった。
だがバズストの経験のおかげで、咄嗟の判断が可能になって攻撃の幅が広がっている。
「どんどんいくぞ」
「はい、受けてたちます」
互いに接近し、剣と拳と蹴りをぶつけあう。
剣と金属の武具がぶつかりあい、ときに火花も散る。
攻撃がぶつかりあい、どちらかが押し勝つということはない。成長限界まで鍛えてあるのだから、身体能力にさほど差はないのだ。
(俺は限界を超えているけど、まだレベル21には届いてない。そんな少しの差なんかファードさんにはないも同然なんだろうね)
まだ魔力循環は使っていない。始まったばかりで、今は準備運動の段階だ。
視線はファードさんの足、狙いは上半身といったふうにフェイントをかけて剣を薙ぐと、ファードさんはしゃがんですぐにアッパーを放ってくる。
体をそらして回避し、そのついでに金的狙いで蹴りを放つ。それは膝で防がれた。
フェイントだけではなく金的、目潰し、喉への攻撃。そういった急所の攻撃も互いに遠慮なく放つ。そして互いに防ぐ。本気といったのだから、当然そこへの攻撃も遠慮なく行うのだった。
金的のお返しだとでもいうのか首狙いのハイキックが迫る。しかし拳に力が込められているのも見えた。本命はそちらか。
(力が入ってないなら受けて、拳の方を打たせない)
剣を持った腕でハイキックを防ぐ。
ファードさんは拳を動かさず、片方の足でさらに蹴りを放ってくる。
ハイキックも拳も囮で、二段蹴りが本命だった。
二段蹴りを放つための挙動が見事に消されていて引っかかってしまった。
(さすが長年技術を磨いてきただけはある。バズストの経験があってもそう簡単には見抜けない)
空いている左腕を防御に回したけど、衝撃を防いだのみでしっかりとダメージが入っている。
(有効打をもらっちゃったな)
左腕はじんじんと痛みを訴えている。
だが動かせないほどじゃない。まだまだやれる。
ファードさんの口元がかすかに笑みをかたどった。
(当たったことを喜んでいる? いやあの技量なんだから当てるくらいわけない。だとしたらあの笑みは?)
そんな俺の疑問を晴らすように外野から「耐えたのか」と聞こえてきた。
倒れもしない頑丈さや防御技術を嬉しがった可能性があるのか。
俺が一度有効打を受けたのみで、あとは互いにカス当たりくらいで模擬戦は進む。
戦っているうちにギアが上がり、互いに魔力循環を使っていた。
(なんだろう。どんどん動きやすくなっている気がする)
ダンジョンでの鍛錬で、バズストの経験とこれまで鍛えた体が一致していたはず。
動きは十分だと思っていた。でも今はさらに動ける。
モンスター相手では足りなかったものが満たされて適応が進んでいるのだと、バズストの経験が語る。
モンスターとの戦いと人間との戦いでは、違いがある。適応しない部分があって当然だった。その未消化だったものがこの戦いでどんどん埋まっている。
動きが良くなっていることにファードさんは気付いているようで、楽しげな雰囲気を常にまとっている。
心なしかファードさんの動きも俺ほどじゃないけど良くなっていっている気がする。
ミックスアップってやつなんだろうか。
(まあ、今は余計なことを考えずにこのありがたい戦いに集中しよう)
時間はさらに進んでいき、互いに傷が増えていった。
打撲と切り傷が互いの体に刻まれて、血も当たり前のように流れている。
模擬戦というには少々行きすぎと思うけど、互いにまだまだ動けるし、外野もそれを見て止め時を見失っているのかもしれない。
こうして自分で判断できるうちにやめておこう。
「もう少し続けていたいですが、これ以上はハイポーションでも治療が難しくなるかもしれません。そろそろやめましょう」
「そうだな。残念だが、やりすぎる前に止めようか。これ以上は高ぶりすぎて止まる自信がなくなってしまう」
本気であっても殺し合う気はないので互いに止まることを承知し、次で終わることを言葉なく決める。
俺は唐竹割りのため上段に構え、ファードさんは正拳突きに近い構えをとる。
こちらから接近して剣を振り下ろす、するとファードさんは左手で剣を受け止めるように動かす。
「無茶だ!」「手を壊すぞ!」「避けないのか!?」
外野から様々な声が聞こえてくる。
俺も心配する思いはあるけれども、ファードさんも何か考えがあるのだろうと勢いを落とさずに振り下ろした。
剣と左手がぶつかる。
(軽い?)
当たった感触が思った以上に軽くて、その瞬間脳裏に閃くものがあった。
(魔力を使った受け流し!)
それがあったかと思うと同時に、ファードさんの右拳が突き出されていて、腹に重い衝撃を与えてきた。
げほごほとむせながら、剣を鞘に納める。
「それを使えるようになったと聞いていたのに忘れてました」
「初めて使ってみせたからな。意表を突けると確信していた。しかしデッサも強くなったな」
「ええ、事情がありまして。この模擬戦のおかげでさらに馴染ませることができました」
「こっちもさらに上を目指すことができた。またやりたいものだ」
「次はこちらも有効打を入れたいです」
結局二発有効打をもらって、一発も有効打をいれられていない。
経験と技術の差を覆すにはレベルを上げてどうにかするしかなさそうだ。
「まだまだ発展途上のようだし、そう遠からず当てられるだろうな。今回も余裕があったわけではないからのう」
「そういえば以前ロッデスに負けたんですよね」
「うむ」
「となると俺たちの中ではロッデスが一番上?」
首を振って否定される。
「いや差はないな。もともと成長限界まで鍛えているんだ。差は経験と技術とそのときの精神状態に左右される。言い訳になるかもしれないが、あのときは行き詰まりを感じてコンディションが低かった。たいして向こうは好調で、その差が勝敗に繋がった。今は充実していて体も精神も好調だ。それに魔力循環の練度の差もある。わしのようにコンディションの問題で若い者に負ける老人というのは多かったと思うぞ」
鍛えても技術方面でしか伸びしろはないし、その技術も革新的なものがなく到達できるところが想像できて、やる気が削られたということかな。
誰もがファードさんのようにコツコツとやっていくのは難しかったか。
「魔力循環が生まれたおかげで、限界を感じていた初老以降の者たちは再びやる気を出すと思う。思い描いていたが、身体能力などの問題で実現できなかった技術を完成させられるという喜びがあちこちで生まれるのではないかな」
「今年は間に合わないかもしれないけど、来年の大会はそういった人たちの躍進の時かもしれませんね」
「かもしれないな。懐かしい顔を見ることできるかもしれんな」
ファードさんは嬉しそうに笑う。再び鍛錬を開始した面々に会うのが今から楽しみなのだろう。
感想と誤字指摘ありがとうございます