215 友人たちの反応 後
「そういうことにしておこうか」
ジョミスの偽り混じりの励ましにニルが苦笑を浮かべた。
ニルも気遣われていることに気付いたかな。
『話を続けるぞ。今の君はデッサでいいのかね』
「そこのところも複雑なんですが、デッサでいいと思います」
高月弥一としての意識が前面に出ているんだろうけど、姿はデッサだし名前を変える必要性も感じてないからデッサのままでいいだろう。
『リューミアイオールはそのことを知っているのかな。そしてどうしてそのようなことになったんだね』
「リューミアイオールはバズストの復活を望んでいて、長年動いていたんですよ。しかし失敗した。魔王封印の直後にバズストの魂の欠片を集めて、それを癒し、相性のいい人間に入れて、その魂のそばで魂の欠片を育て、バズストの意識を確立させようとしました」
『リューミアイオールはそんなことを考えていたのか』
ジョミスはその気持ちはわかると小さく呟く。
「なぜ失敗したんだろうか」
ニルが聞いてくる。
「魂の欠片は、欠片でしかなかった。癒して魂としての形を取り戻しても、そこにはバズストの記憶があるだけ。魂が人間に入っても、バズストと似たなにかになるだけで、バズストそのものとして活動することはできなかったんだよ」
ニルたちはいまいち理解できないようで首を捻っている。
「説明が難しいな。魂の欠片をバズストの日記や本と仮定する。日記や物語を読んで、性格を掴んで情報もしっかりと覚えて演じても、それはバズスト自身じゃない。真似ているだけ。バズストに近いけど、決定的に違うのが今の俺なんだ」
「なんとなく理解できた、かな?」
「強くなったのはこれで説明できるんだけどね。俺には身体能力だけで、経験や技術が不足していた。でもバズストの記憶からそれらが補充されたから、体に見合った技術とかを得ることができたんだ」
打って変わってニルの表情に理解の色が浮かんだ。
「そっちは納得できるね。ということは、デッサはバズストと同じくらい強くなったのか?」
ないないと手を振って否定する。
「バズストの技術はまだまだ扱いきれてない。それにバズストは大ダンジョンを踏破したんだろう? 地力自体にも違いがある」
『そうだな。我らは大ダンジョンを突破して、成長限界を取り払った。中ダンジョンまでしか踏破できない今の冒険者とは地力に差がある。魔力循環を極めたら、その差も縮まるだろうが、今のところデッサはバズストに及ばないだろう』
「魔力循環はそれだけの可能性があると?」
オルドさんがジョミスに聞く。
『あると見ている。時間さえあれば、我らの時代よりも魔物と戦える者が多くなっただろうな』
「使いこなすにはどうしても時間が必要な技術だからね。もっと早く魔力循環が開発されていたらと思うよ」
ニルが残念そうに言う。
発想としてはそこまで難しいものじゃなかったし、誰か考えついてもおかしくなかったんだよね。実際バス森林の草人たちは思いついたんだし。
「ファードさんのように長期間魔力活性を鍛え続けた人が各国にいることを期待しよう。そういった人なら三往復も使えるだろうし、魔物とやり合えるんじゃないかな」
「だといいんだが」
「さて俺から話せることはこれくらいだよ……じゃなかったっ、大切なことを言い忘れていた」
なんだろうかとニルたちは不思議そうだ。
そのニルたちに魔王が注目してくる可能性が高いことを話す。
「また封印される可能性を潰そうと動く、か。納得できる話だな」
「そうなったら俺はミストーレから離れると思う。さすがにここを戦場にしたくないからね」
「どこに行くんだ?」
「あてはないよ。今言えることは一ヶ所に留まらず動き回るんじゃないかなってこと」
「定住したら魔物がやってくるかもしれないから、そうなるか」
「それまではダンジョンでこれまでと同じく鍛え続けるけどね」
強くなった理由を話して、聞きたかったことは終わりということでニルたちは席を立つ。
そこにジョミスが待ったをかける。
『旧友と親交を深めたい、一晩ここに置いていってくれないか』
「バズスト自身じゃないんですが」
『それを言うならわしもジョミスの影だ』
ニルは明日の朝、引き取りに来ると言ってオルドさんと一緒に部屋から出ていった。
『さてなにから話そうか……子供のことからでいいな』
「子供? バズストに子供がいたんですか?」
『魔王と戦いの前に、バズストに惚れていた女たちからバズストに子供がほしいと言ったそうだが、記憶にないのか?』
指摘されれば、すぐに思い浮かんでくる。
「記憶にはあるけど、子供ができていたんですね」
『うむ。子を孕んだのは二人で、生まれてきた子たちはバークとストーレと名付けられた。男の子と女の子だったよ。忘れ形見だから俺たち皆でかまっていた』
二人のことを思い出しているようで優しげな声音になった。
「英雄の子供ってことで注目浴びてそうだ」
『わしらもそうなることは予想していたから、その子たちは都市から離れた田舎で育て、バズストに子供がいたこと自体隠した。今の世に英雄の仲間の子孫はいても、英雄の子孫がいると聞かないから隠し通すことに成功したんだろう』
「健やかに育ったんですか?」
『多少の病気にはなったが、命に関わるようなものはなかった。怪我も同じくだ。わしの知るかぎり、その子らは田舎で平凡な人生をまっとうしたよ。結婚し、子もできて、幸せそうだった』
俺の中のバズストが喜んでいる。
一度も会えなかった子供たちだけど、幸せだったと聞けて嬉しかったようだ。
それをジョミスに伝える。
『そうか。すでに遠い昔の出来事ではあるけれど、伝えられてよかった。それだけでもこうして影を残したかいがあったというものだ」
子供たちの思い出を話し、共に旅をしていたときのことに話が移っていき、それぞれの仲間のその後といったことも話して、夜遅くまで話題が尽きることなくおしゃべりは続いていった。
翌日ジョミスをニルに返して、ダンジョンに行く準備を整えてルポゼを出る。剣はフレヤが作った方だ。シーミンと行く階なら、いつも使っている剣は過剰で、たまにはこっちを使おうと思ったのだ。
わくわくとした雰囲気で待っていたシーミンとダンジョンに向かう。
コツを教わって、自身に適用させていく。
今日一日でできるようにはならなかったけど、手応えはあった。
一家全員分のデザートを、礼を兼ねたお土産として渡して、シーミンと別れる。
ルポゼに帰るとはハスファがいて、今日はメインスも来ていた。
そのメインスはぽかんと口を半開きにしていて、こっちを見て固まっている。わずかに瞳がうるんで、頬にも赤みがさしているっぽい。
メインスのそんな表情は初めて見た。
「メインス様?」
ハスファも戸惑ったように、メインスの肩に手を置いて軽く揺らした。
「え、あ」
呆けていたことに気付いたメインスは落ち着くためか、深呼吸する。
「なんというか、すごいわ。短時間でここまで変わることもそうだけど、惚れさせられるとは」
「ほ、惚れ?」
ハスファは首を傾げて聞き返す。
「いやー、好みにぴったり合致して私自身びっくり。いい感じに深みがあるわ」
「聞き間違いじゃなかったんですか!?」
こっちこそびっくりですよとハスファが驚きの表情で言う。
俺もいきなり惚れられたことに驚きだ。バズストはあるあると頷いた感じがして、デッサは楽しそうな感情を抱いているっぽい。
バズストは生きていた頃どれだけもてたんだよ。デッサは人の恋路を見て楽しむ心境だな?
「もともと教会のトップから結婚の打診はされていたのよ。神託の主と教会を繋ぐためにね。それもありとは思っていたし、それを踏まえた交流を持とうと思っていた。でも愛はなかったのよね。結婚してから育めばいいと思っていた。貴族では珍しいことではないと聞くし」
「そんなぶっちゃけていいのですか!? 隠しておかないといけないことでは!?」
機密に関することではないかと戸惑った様子のハスファが聞く。
「いつかは話しておかないといけないことだし、話したときに本気じゃなくて教会の命令を優先したと誤解されるのは嫌じゃない?」
「嫌じゃないと聞かれましても」
「ちゃんとあなたを想っていると伝えるのは大切なことよ。というわけで私の想いは伝えたわ。返事はいかが? なんてすぐに返答を求めることはなし。急で驚かせたでしょうし。そのうち返答をお願いね」
今すぐじゃなくていいのは助かる。呪いに魔王にと恋愛をしている暇がない。
「そのうちでいいのなら。あとあなたが望む返答はできないかもしれませんよ」
「仕方ないわよ。恋愛は必ず成就するものではないし。成就させたくはあるけどねー」
メインスが笑みを浮かべてウインクしてくる。
これまでも好意はあったと思うけど、雰囲気一つでここまで変わるんだなぁ。深みがある人が好みということは、年上趣味だったんだろうか? それとも底知れないミステリアスな雰囲気が好き?
いつまでも立ち話はなんだからと、メインスが扉を開いて、俺たちを中へと入れる。
ハスファは武具を外すのを手伝いつつ、俺の健康状態を見ていく。
いつもより真剣さが足りないような気がした。驚きがあとをひいているんだろう。
異常なしという診断結果を受けて、椅子に座る。
「それでどうしてそんな深みを感じさせる素敵なことに?」
ストレートに好意を伝えてくるその姿は嘘ではないとわかる。
なぜならバズストには貴族の娘や玉の輿狙いの女たちに演技で接せられた経験が何度もあって、そういった態度に慣れているのだ。
そのバズストが演技とは違うと教えてくれた。
「バズスト復活を望んだ、リューミアイオールの失敗が原因。それだけじゃないんだけど」
「あれ? それって私が聞いていいことなんですか?」
ハスファが疑問を発する。先日話さなかったことだから、自分には伏せられていたものだって気付いたんだろう。
「あー、告白の衝撃でちょっと動転してたな。この場ではこれ以上話さないことにするよ。またうっかりなにか漏らすかもしれないし」
呪いに加えて魔王なんて、ハスファの不安を煽るようなことを話すわけにはいかない。
「そう言うなら聞かないでおくけど、体に悪影響はないの?」
「ズレはあったかな。でもそれも調整中。今のところは倒れるようなことにはなってない」
「それはよかった」
メインスとハスファはほっとしたように表情を緩める。
「なにか不調を感じたら、すぐにお医者様にかかってくださいね」
「良い医者が必要なら私の方でも紹介できるわ」
「そのときは世話になります」
ハスファのように心配してくるメインスに若干照れとこれまでとのギャップを感じつつ、雑談をして二人が教会に帰るのを見送る。
そして翌日もダンジョンに向かう。
俺がダンジョンで鍛錬している間にも、あちこちで事態が進んでいた。
その一つとして、シャルモスの残党が砂漠に人を集め、彼らと各国の調査班が接触し、アンクレイン討伐のため一時的に手を組んだのだ。
それを離れた地にいる俺が知ることはなかった。
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