213 バズスト 4
「い、いいかげん倒れろよ! 何度斬ったと思っているんだ!」
デッサの泣き言と共に振り下ろされた剣を、俺の持つ剣で受け止める。
その動作に技術はない、残ったバズストの情報から引き出せるものがないんだろう。
こちらも積み重なったダメージのせいで、剣の扱いが荒くなってきているけどな。
「最初から長期戦を覚悟していたからな。こっちはどこまでも粘るつもりだぞ!」
「そこまでして返したくないのかよ!」
「そりゃそうだろうが。都合よく使われて、用済みになったらポイ捨てとか誰が認めると思ってんだ。お前が肉体を取り戻したいように、俺も生き続けていたいんだ」
そこは引っ張り出された最初からなにも変わっていない。
ずっと生きていたいと考えて、努力してきた。
カーノーンさんが言うには、この体は俺のものではないんだろう。デッサが自分のものだっていう主張も理解できる。
でも俺は遠慮しない。今を生きているんだから、生き続けたいと願う。
自分勝手な考えでも、それを貫かせてもらう。
「俺はまだまだ諦めるつもりはない。お前も取り返したいならまだ戦い続ける覚悟を持つんだな!」
「やせ我慢のくせに!」
「よくわかったな。こっちが我慢しているように、そっちも頼りのバズストがなくなる寸前だろう」
デッサは残ったものを手放さないようにか、剣を握る手に力が込められる。
「互いに限界が近い。どっちが粘ることができるか、勝負を続けようじゃないか!」
「まだ続くのかっ」
弱気が見えて、それがきっかけとなったのかぶつけ合うデッサの剣にひびが入った。
デッサの顔に焦りが出る。
「まだまだやれる。やれるんだ!」
空元気にも思えることを言いながらデッサが力強く剣を叩きつけてくる。
こっちも力を振り絞り、剣をぶつける。
俺の剣がまた刃こぼれして、デッサの剣にはひびが広がった。
そのまま何度も剣をぶつけ合う。金属音が響き、欠片が散っていき、ひびが広がる。
やがて限界は訪れる。
「あ」
何度目かの衝突で、ついにデッサの剣が砕けた。
こちらの剣の刃もひどいことになっているが、刀身自体はまだひび一つ入っていない。
デッサの持つ剣のひびが籠手にまで広がり、地面へと落ちていく。
落ちるなとデッサは言って受け止めようとしているが、手からすり抜けていった。
残ったのはデッサ自身だけだ。
「とうとう頼りにできるものはなくなったぞ」
剣を突きつけて言う。
「どうして俺が、ここまで頑張ったのにっ」
泣きそうな顔で叫ぶ。
「どうしてなんてことは、いきなりリューミアイオールの目の前に放り出されたとき俺も思った」
「生贄だったそうだ。なんで俺が選ばれなければいけなかったんだ」
「そこには同情するけどな」
少し離れたところに不意に気配が生じる。
その気配の主はカーノーンさんだった。決着がつくときに姿を見せるつもりだったのか。
「いつだって不幸は突然だ。誰にだって不幸も幸運も訪れるもの。不幸を嘆いてもどうしようもない。不幸が嫌ならばどうにかする方法を探すべきだった。探さずに逃げたのが君で、どうにか探し出したのが彼だ」
「だから体を渡せというのか?」
カーノーンさんはそれに答えず、こちらに顔を向けてくる。
「お疲れ様。ここからはわしの仕事だ」
「仕事?」
「デッサに同情していると言っただろう。デッサ自身の不満を解消するためやれることをやりにきた」
「たしかに言ってましたね。でもやれることってありますかね。あなたは俺とデッサの戦いを推奨していませんでしたか。それによってどちらかが主導権を得ることを望んでいると思ってましたが」
「たしかに君が主導権を得る方が望ましいとは思っているが、デッサが消えてなくなることも望んでいるわけではないよ」
カーノーンさんとの会話を思い返す……たしかに戦いになるとは言われたけど、デッサを殺せとは言われてないな。
「戦うことで互いの気持ちを理解することは必要だったと言っておく。それにバズストの情報も手放してもらう必要もあったからな」
カーノーンさんが手を掲げる。そこに散らばっていたバズストの情報が集まっていく。
そのまま天を見ながら祈りをささげた。
「世の果てにて見守る神々。我らが言の葉聞き届けたまえ。ここに願いを立てる。我らの命を賭けた望み。願いが叶っても叶わずとも我らの命は尽き果てる。アムシロバルカロスセジア」
四神の誓い? いや文言が違う。四神の願いといった方がよさそうだ。
カーノーンさんの言葉に呼応するように、一筋の光がカーノーンさんを照らす。
感謝しますと呟いて、カーノーンさんは俺たちを見る。
「二人には選んでもらいたい。高月弥一には少し変化することを受け入れてほしい。デッサには主体をなくすことを受け入れてほしい。そのために我らを媒介として二人の魂を融合する」
「なぜそんなことをするんですか。俺がバズストの情報を回収して終わり、それでも決着になるでしょう?
「さっきも言ったが同情心。それ以外には我ら自身の解放。それと今後のため。このままバズストの情報を回収しても終わるが、それよりは完全にバズストの情報を高月弥一のものとした方がよいと判断した。その方が強くなれる」
「強くなる必要ありますかね」
「復活した魔王は、君のところに来るぞ」
「断言しますね」
魔物が暴れることは予想したけど、魔王に狙われるようなことをした覚えはない。
「君の強化は、英雄の復活ともとれる。リューミアイオールはそのつもりだったろう? 自身を長期間封じた英雄がまた現れると、復活しても再度封印されると考えてもおかしくない」
「そもそもバズストの復活だと知ることができるんですか?」
「可能だろうね」
なんでだと首を傾げた俺にカーノーンさんは説明してくれる。
「リューミアイオールがバズストの魂の欠片を集めたとき、ほんの少し魔王の力も混ざっていたんだ。それによってわしらは魔王の力の質を理解できた。それと同じように封印された魔王もバズストの魂の欠片と共にある」
「リューミアイオールは全部集めることができなかった?」
「無理だったな。とりこぼしたのはわずかだろうが、少しでもあれば十分だ。わしらが魔王の力を感じ取れたように、同じことを魔王ができないわけがない。感知能力もわしらの比ではないだろうさ。復活したらバズストがいると判断するだろう」
「うわぁ」
魔王がストーカーになりうるかもしれないのか。
いや愛や好意はないからストーカーではないな。
「デッサにはこの事実は受け止められないだろう。同情というのはこの部分にも関わってくる。肉体を取り返したところで、恐怖や痛みから逃げ切ることは無理だったんだ」
たしかにその部分は同情できるかな。
「なんだよそれ! 俺がなにをしたって言うんだ。幸せを望んじゃダメだっていうのかよ! 最高の幸せじゃなくていい、ちょっとした幸せでいいのにっ」」
「リューミアイオールなんていう圧倒的強者に見つかった時点で、わしらは皆苦労する定めだったのだよ」
「……もういい、好きにしてくれ」
なげやりな言葉がデッサから放たれる。
「そうやけになるものでもないよ。君の求めたものは手に入る。高月弥一でありデッサでもあるのだから。わしの手を取ってくれ」
カーノーンさんはデッサに手を伸ばし、デッサはその手を握る。
デッサの姿が空気に溶けて消えるようになくなり、カーノーンさんの持っていた水晶に色が混じる。白色だ。
「高月弥一。この水晶を持ってくれ」
差し出されたそれを受け取ると、カーノーンさんの姿が薄れていき霧のようになる。
「わしらもその中に入る。色が変わったら君の胴体に押し付けてくれ。それで完全に融合する」
完全に人の姿がなくなったカーノーンさんが水晶に吸い込まれていく。
水晶に様々な色が混ざる。虹色の水晶といった感じだろうか。
これを受け入れると変わってしまう部分があるらしい。それが不安に思えた。でも魔王なんてものに狙われるなら、少しでも強くなっておいた方がいい。
カーノーンさんが言っていたことを実行するため、水晶を胴に押し付ける。少しの抵抗もなく体に入っていった。
融合に必要なことなのか、意識が閉じていく。
周囲が暗くなり、音も温度も触感も消えていく。
最後に残った自意識も消えた。
目を開くと、真っ青な空が目に入ってきた。
上半身だけ起こすと、山の頂上だとわかる。太陽の位置から一時間も経過していないとわかった。丸一日寝ていた可能性もあるけど、腹の減り具合からそこまで時間は経過していないと思えた。
「バズスト」
感極まった声音がする。
声のした方を見ると女がいた。期待した表情でじっとこちらを見ていた。
臙脂色のドレス、マーメイドドレスに近いのかな。それを着た黒の長髪で銀の二本角を持った女。
記憶の中にある小さなリューミアイオールが成長したら、こうなるのだろうと思える容姿だ。
違和感なくバズストの記憶を自身のものだと思えた。でもバズストじゃない、デッサでもない。高月弥一がメインであり、二人の記憶も自身のものと受け入れている。
これまでの俺はこの世界に来て一年と少しだけ生きてきたという感覚だった。でも今はしっかりと肉体に見合った年月を生きてきたという実感がある。それでいて日本で生まれ育ったという意識もちゃんとある。
俺は今日、デッサという新しい人間として誕生したといえるのかもしれない。
そんな特別なことではなく、物事の感じ方が少しだけ変わっただけで、これまで通りということでいいか。
「期待に沿えなくて申し訳ないけど、バズストじゃない。バズストの記憶はあるが」
「どういうことだ」
リューミアイオールが期待から疑いの表情に変化させて問いかけてくる。
「魂の欠片を集めて育てても、それはバズストじゃない。バズストはあそこで終わったんだ」
「じゃあ今のお前はなんなんだ。懐かしいバズストの気配がある」
「バズストの魂の欠片を取り込んだ。記憶も受け継いだ形だからバズストに近い者ではあるんだろうけど、自意識としては高月弥一だ」
「タカツキヤイチ?」
リューミアイオールは不思議そうに首を傾げた。
バズストはそこらへんの説明をしてなかったか。この反応だと説明したという記憶が欠落しているわけでもなさそうだ。
「最初から説明しよう。高月弥一からバズストへ、その後流れ続けた話を」
カーノーンさんがしてくれたように、俺も転生したところから話していく。
デッサでは知り得ないバズストの体験談も交えて話し、記憶があることは理解してもらう。
目が覚めるまでの話をすると、リューミアイオールはその場にへたり込む。
泣きそうな雰囲気をまとい、最初に見たときのような絶対者としての雰囲気はない。
「私がしてきたことは全て無駄だったのか。最愛の友はもういないのか。語らうことができないのか」
「彼の思い出を語らうことはできる。俺はバズストじゃないけど、バズストの記憶はある。リューミアイオールに親しみも確かに感じている。俺の中のバズストはたしかにリューミアイオールを気にかけている」
リューミアイオールを気にかけるという発言に偽りはない。バズストから継いだ記憶や感性が嘆くリューミアイオールを元気づけたいと思い、それを思うままに言葉にする。
同時にこれまでデッサとして感じてきた、リューミアイオールへと一矢報いたいという思いも消えていない。
今は一矢報いるという思いは蓋をしておこう。表に出すと確実に話をややこしくしそうだから。
複数の思いが同時に成立しているってのは妙な感覚だけど、融合したばかりだからかな。そのうち気にならなくなるかもしれない。
「……しばらく時間がほしい。気持ちに整理がついたら声をかける」
こっちも時間をもらえるのはありがたい。俺自身も落ち着ける時間がほしい。
「そっか。語り合いたいという思いがあるのは嘘じゃない。元気になれることを祈っているよ」
リューミアイオールは嬉しそうであり、寂しそうであり、残念そうであり、ほんの少しだけ期待するような表情も見せてくる。
今の俺を受け入れがたいけど、失敗だと殺そうとしてくることもない。
殺されずに安堵する思いが心に溢れる。
「ミストーレの郊外に送る」
リューミアイオールがそう言った次の瞬間には草原に立っていた。
「どうにか乗り切ったかー。でも今度は魔王っていう問題が湧いてきた。ダンジョンでの鍛錬は続行だな」
魔王さえ乗り切れば、あとは自由。だといいなぁ。
リューミアイオールのあの様子だと、やっぱり殺してやり直しとはならないはず。
のんびりと歩いてミストーレに向かい、ルポゼに帰る。
洗濯物を各部屋に運んでいたルーヘンとレスタに挨拶して、体をふくための水を入れたタライを持って自室に戻る。話したときに二人が首を傾げていたのはなんでだろう。
武具の手入れをして、体をふいてぼーっとする。
なにか考えるよりも、ダラダラしていた方がよいとなんとなく思う。
心の中にいろいろな光景が浮かんでは消える。それは高月弥一、デッサ、バズスト、入れ替わったあとの俺、この四人のものだ。
こんなこともあったなーと当たり前のように思っていると、扉がノックされる。
「はーい」
ハスファだろうと思って扉を開けると、思ったとおりの顔があった。今日は別件があるのだろう、メインスはいないみたいだ。
ハスファは挨拶をしようとしたのか口を開いて、そこで止まる。
不思議そうな顔で俺を見てくる。
「……デッサさん、ですよね?」
自信がなさそうに聞いてくる。
内面の変化も見抜いてきたか。素直にすごいと思うわ。
「そうだけど、なんでそんなことを聞くんだ?」
部屋の中に招きながら聞く。
「顔は同じなんですけど……年を取ったように見えたと言えばいいんですかね。雰囲気が違う?」
「なるほど。一つ心配事がなくなったから安堵感とかが余裕を持たせたのかもしれない」
「そうですか」
「といっても一つ心配事が増えたからプラスマイナスゼロで、余裕とか関係ないのかもしれない」
一応納得したところに俺が否定の要素を持ち出したことで、ハスファは呆れたような視線を向けてくる。
「結局、原因は不明ですか」
「そんなところかな」
複数の人格が統合されたとか説明しても、事情を知らない人からすれば意味不明だろうし、誤魔化すのが正解だろう。
「なくなった心配ごとってなんだったんですか?」
「無茶をしていた原因」
「話せないって言ってたことですか。だったら今後はもう無茶をしないんですよね?」
よかったと笑みを浮かべて安堵感が表情にも現れている。
「いや別件で頑張らないといけないことが出てきたんで、無茶は続行だなー」
呪いが解かれているかもわからないし。あのリューミアイオールの様子だと呪いのことを忘れていてもおかしくない。
ハスファの表情が笑みのまま固まる。
「その別件については話せるんです?」
「魔物関連とだけ話しておくよ。無茶をしていた原因にも繋がりがあるから、話してもなんでそんなことになったのかハスファにはわからないだろうし」
魔王と縁ができましたと話しても、戸惑うだけだろうし。
「いつになったら落ち着けるんですか」
「いつなんだろうね。魔物関連の出来事が終われば、無茶せずにすみそうだけど」
「それってこれから本格化していくことですよね」
そうだねと頷くと、ハスファは溜息を吐いた。
「あ、ついでにこれも言っとかないと。長期間ミストーレを空けることがあると思う」
「これまでもあったじゃないですか」
「それまで以上にってこと」
魔王が俺を目指してくるなら、ミストーレを戦場にしないためにも移動は必要だろう。
魔王がどんな行動を起こすのかわからないから、ここにこない可能性もあるかもしれないけど、楽観視して奇襲されるのは避けたい。
となるとどこに行くか……あてはないな。ニルやメインスに相談した方がいいんだろうか。そうすると積極的に魔王と相対しなくちゃいけなくなりそうだし。
「どうしました?」
「ちょっと将来のことを考えていた。どうしたもんかわからないけど、なにがあっても乗り切れるように強くなろうと思うよ」
「十分強いと思うんですけどね」
「まだ強くなれるし、限界を目指しておこうと思う」
リューミアイオールの話だとレベル二十五くらいまでいけるそうだし、そこを目指そう。
あと融合したことでの強化具合も確認しておかないと。
レベル二十五で魔力循環四往復、それに加えてバズストの経験と技術が合わされば、魔王に勝てるとまでは言わないけどなんとかなりそうな気がしないでもない。
「何度も言っていますし、今後も言うでしょうけど。怪我や病気には気を付けてくださいね」
「世話をかける。でもこうして世話を焼かれるのも嬉しいもんだ。気にかけてくれる友は本当にありがたい」
大事にしなければとリューミアイオール以外の友に会えないバズストが主張する。
もとよりひどい扱いをするつもりはないと心の中で返す。
「またシーミンも誘ってピクニックでも行こうか」
「いいですね。メインス様もついてきそうですけど、どうします?」
「ハスファとシーミンが嫌なら断るよ。ゆったりするつもりのピクニックだし」
「最近は慣れてきたので、私は大丈夫ですかね。シーミンにも聞いてみて決めましょう。シーミンと一緒にいたがっているディフェリアもついてくるかもしれませんね」
「あー、ありそう。おもいのほか大所帯でのピクニックになるかもなー」
「それも楽しそうです」
ハスファとシーミンが楽しめるなら、それもいいだろう。
いつ行こうか、場所は以前と同じところでいいか、どんな料理やお菓子を持っていこうかという話題になって、楽しげな雰囲気のままハスファは帰っていった。
感想と誤字指摘ありがとうございます