211 バズスト 2
テレビに今よりも小さい、ゲームでも見たサイズのリューミアイオールが映り、五歳くらいの幼女に映像が変わる。あれが人間形態なんだろう。思わず「あらかわいい」と言いたくなるような見た目だった。
その小さなリューミアイオールは、泣きそうな顔でバズストの腰にしがみついていた。
「バズストを兄のように慕っていたリューミアイオールだから、バズストが死ぬようなことは嫌がるというのはわかるだろう?」
「まあ、そうですね。ちなみにリューミアイオールと協力して魔王を倒すことはできなかったんですか?」
「魔王も竜が参戦してくるのは嫌だったようで対策をとっていたんだ。魔王軍との戦いで、何度かリューミアイオールが参戦していたから、対策を取らざるを得なかったのだろう」
竜の力を見せつけていたら対策を取られて当然だわな。
「バズストは仲間や家族たちやリューミアイオールを説得し、封印を実行した。仲間たちは魔王軍の幹部を足止めして、バズストと魔王の一対一という状況を作り、リューミアイオールは最後の戦いに参戦しなかった」
テレビがバズストと魔王の一騎打ちの場面に切り替わる。
魔王の姿はレッサーデーモンかデーモンをもとにした姿だと思う。
「参戦拒否は、死ぬところを見たくなかったということでしょうか」
「いや考えていることがあって魔王との戦いを見て機会を待っていた。やはりバズストが死ぬということに納得いっていなかったんだよ」
「無理にでも参戦の機会を窺っていたとか」
違うとカーノーンさんは首を振った。
「魔王の対策はしっかりと効果を発揮して、近寄ることもできなかった。リューミアイオールが動いたのは、バズストが封印を実行した直後だ。魔王がいなくなり、近寄ることができたリューミアイオールは、封印で消費されなかったその場に残るバズストの魂の欠片を集めた」
「そんなことができたんですね」
「死に関連した竜だからこそだろう。そのいくつもの小さな欠片を持ってリューミアイオールは戦場から飛び去った。その時期からリューミアイオールは一部の人間を除いて、人間と距離を置いた」
「リューミアイオールは魂の欠片をどうしたんですか」
「まずはいくつもの欠片が一つになるまで守った。次に時間をかけて安定した大きな欠片を、生まれる前の赤子に埋め込んだ。疑似コアを作るため、大ダンジョンから力を奪いやすい位置に縄張りを移したのもこの頃だ」
なんで赤子に魂を埋め込んだ? バズストを復活させようとした?
カーノーンさんはその疑問をすぐに晴らしてくれた。
「欠片を赤子に埋め込んだのは、欠片をさらに大きくするためだ。リューミアイオールでは欠片を一つにして安定させるところまでしかできなかった。あとはバズストの魂と相性のいい人間を探し、魂に寄り添わせることで、その魂をわけてもらって少しずつ欠片を育てることにした。欠片の持ち主が死ねば欠片を回収し、また別の相性のいい人間を探して欠片を埋め込んだ。それを繰り返して、欠片は大きくなっていき、十数年前母親の胎内にいるデッサに育った魂の欠片が埋め込まれた」
「そしてデッサが生まれて育って、生贄になり、リューミアイオールと出会った。生贄になるのも必然だった?」
「いやそこは偶然だ。だがチャンスでもあった。バズストの魂はもとの大きさになったといえた。そこで覚醒を促し、デッサの意識を塗りつぶして復活させようとリューミアイオールは考えたようだ。覚醒させるには、器であるデッサが強くなればいい」
強くなることと魂の覚醒にどんな繋がりがあるのだろうか。そのまま疑問を口に出す。
「肉体と精神は密接な関係にある。肉体が過去のバズストと似た状態まで至れば、それが刺激となって覚醒するはずだった。リューミアイオールは君が助かるために交渉しなくても、食われたくないのなら強くなれといった条件を出していただろう」
「どっちにしろ俺は冒険者にならないといけなかった?」
「そうだな。それがリューミアイオールの望みであり、弱い君には断ることなんてできなかっただろう」
それが助かる方法だとわかれば、一も二もなく頷いていた。それは断言できる。
「そうして君は可能なかぎり鍛えて強くなった。リューミアイオールは仕上げとして、このときのために作った疑似コアを使い、覚醒を促す」
「覚醒は成功したんでしょうか」
覚醒したのなら、今頃バズストが体を動かしている?
「いや失敗だ。いくつかリューミアイオールにも予想外のことが起きているんだ」
「それはなんでしょう」
「君とデッサと魂の欠片だ」
一つじゃなくて三つ? いろいろと予想外がありすぎないか。
「デッサが生贄になりたくなくて逃げたのが予想外。逃げたデッサのかわりに高月弥一が引っ張り出されたのも予想外。最後に魂の欠片は育てても欠片でしかないということ」
「詳しく説明してもらえると助かります」
「もちろんだ。魂の奥底へと逃げることができるなんてリューミアイオールは考えたこともなかっただろう。当たり前だ。魂は一人に一つ、それが普通だ。だがデッサにはもう一つバズストという魂があった。デッサ自身も気付いてなかったが、それに押し付けることができてしまった。ある意味、リューミアイオールが望んだ覚醒だったんだろう。しかしその魂が本来持っていたであろうバズストの記憶は多くが欠けていた。あったのは前世である高月弥一という男の記憶とバズストという男の欠片。これには原因がある。魔王封印に使われたのが、魂だけではなく、バズストという人間そのものだったからだ。一人の人間の魂、肉体、思い出といったものを代償として、魔王は封印されたんだ」
魂として見ればバズストと高月弥一は同じ記憶を持つ同一人物だ。それなら高月弥一の記憶も代償として持っていかれるのではと思い質問する。
そして記憶を持っていかれたのなら、高月弥一である俺がこの世界でデッサの代わりとして生きてきたのはおかしくないかと思ったのだ。いろいろと抜けているなら、日常生活を送るのも大変だったはずだ。
カーノーンさんは推測でしかないがと言って説明してくれる。肉体と密接な繋がりのあるバズストとしての記憶が主に代償として選ばれたのだろうと。
「それに高月弥一の記憶もいくらかは持っていかれている。だからバズストの記憶だけが都合よくなくなったわけじゃない」
高月弥一の両親の名前を憶えているかと聞かれて、当たり前だろうと返す。
二人の名前を口に出そうとして、できないことに気付く。
「できないだろう? わしらも高月弥一の記憶は見ることができるから名前がわからないことには気づいていたよ。そういったいろいろなものを代償にしたから、バズストをバズストたらしめるものがたらないという現状になっている」
「最初からバズスト復活は無理だった?」
「だろうな。復活したとしても、バズストの性質をもった見た目成人男性の赤子のようななにかになっていただろう」
リューミアイオールには残念な結果だ。
ここまで聞いてあれだけど、俺がここにいる理由はまだだよな。
「ここはどこで、俺はどうしてここにいるのか、それをまだ話していませんよね?」
確認するように聞くと、頷きが帰ってきた。
「前提を話しただけだからな。それでも長い説明になってしまった。どこかというと魂の中だ、デッサと魂の欠片が融合した魂だな。デッサがリューミアイオールに会う前までは区切られていたが、君が主体となってから融合しはじめて、今や完全に一体化している。たまに自身の内からなにかを強制されるようなそんな感覚があったと思う。それはわしら前世が声を投げかけていたからだ」
「ありましたね。最近はほぼありませんでしたけど」
「それは君が強くなってこちらの影響を受けにくくなったからだね。君が戦い始めたばかりの頃は隙だらけでこっちが干渉する余裕があったんだ」
「そうでしたか」
まだ納得できてはいないけど、まずは説明を優先してもらおう。
「君がここに来たのは、わしらが呼んだからだ。あのままだと意識を保って限界突破していて、リューミアイオールはバズストと再会できず落胆していただろう。落胆だけですめば御の字か」
バズストとしての意識が出てこなければ、失敗したと落胆するわな。
「呼ぶ理由があったんですよね?」
「うむ。デッサがやらかして、そのせいで君が死ぬことになりかねなかったからな」
「デッサ? 押し付けて逃げたデッサ?」
「ああ、体の本来の持ち主だな」
「なにをしたんです」
やらかしって言い方はあまり良い話ではなさそうだ。死ぬなら良い話でないのは当然か。
「欠片に残っていたバズストの情報を持っていってしまった」
「なんでそんなことを」
その行動の意味するところがわからない。
「彼は魂の奥底、すなわちここに来て外界のことを見ていた。そこにあるテレビで見ることができるのだよ」
さっきまでは過去を映していたけど、生配信も可能ってことか。
「あ、それも疑問だったんですよ。なんでテレビが?」
「高月弥一の情報もわしらは共有している。遠く離れたものを見るというのに適した形がテレビだったんだ」
「話をさらにそらすようで申し訳ないんですが、あなたは前世のようなものと聞いてますけど正体がよくわからないんですが。自分を示すのに複数形で話してますし」
「わしらは魂を入れられた者たちの残滓だ。リューミアイオールが魂の欠片を回収するときに、くっついてきた欠片たち。その集合体なのだよ。この姿をとっているのは、デッサの前に魂を入れられた者であり、一番意識がしっかりとしているからなのだよ。最初に魂を入れられた者はすでに自我はない」
説明の補強ということなのかテレビに文字が映し出される。
高月弥一→バズスト→カーノーンを含めた魂の欠片を入れられた何人もの人→デッサ(体の持ち主)→デッサ(高月弥一)といった感じでこれまでの流れが映っている。
前世のようなものとカーノーンさんが言ったのは、俺やバズストの魂の欠片が寄り添っただけで、彼らの魂そのものと一体化していたわけじゃなかったからなんだろう。
「なんとなく理解できたかな。続きをお願いします」
カーノーンさんは頷いて、話を再開する。
「君の行動を見ていたデッサは羨ましくなった。自分もああいったふうに活躍できたのではないか、美味しいものを食べられたのではないか、いろいろな人と交流できたのではないかと」
「自分勝手な意見だと思うんですが」
押し付けて逃げたくせに、羨むとかどうかと思う。
「彼はまだ若い。自らのあったかもしれない将来に希望を持つのは無理もないことだと思うよ。自分勝手という意見を否定する気もないがね」
「羨んだデッサはバズストの情報を持ち出してどうしようとしているんですか?」
「バズストの力があれば、肉体を取り戻すことができると思ったんだ」
「できるんです?」
「不可能ではない。ただし君と相対しなければならないが。わしらが呼ばなければ相対もできないから、あのままでは意味のない行動だった」
俺としては呼ばれなくてよかったと思うわけだけど。でもそのままだと死ぬかもとカーノーンさんは言ったんだよな。
「あなたたちは俺とデッサを相対させたかったんですかね」
「デッサに同情する思いがないわけではないが、君がバズストの情報を得るべきだと思った。バズストと同じ人格ということもあるが、必死に鍛えてきた君の頑張りが無駄になるのはしのびない。情報を得ることができれば、バズストの一部とはいえ取り込むことができて、リューミアイオールも納得できるはずだ。そうなれば失敗したと君を殺すようなこともなくなるだろう」
バズスト本人が復活するわけではないけど、バズストの記憶などを持っているから復活したという言い訳も可能、ということかな。
無理筋にも思える。
「失意のまま殺された可能性があったわけですね」
「覚醒をやり直すためにそうした可能性は高い」
すでに失敗しているから、今後何度も魂を入れて回収するということを繰り返していたのかもなー。
「助けられたというわけですね、ありがとうございます」
「わしらの声を聞いて、行動してくれたこともある。その礼だと思ってほしい。ここはどこで、なぜ呼んだかは理解できたと思う」
「はい」
「ではデッサがいるところを教えよう。そこに行って、デッサと会ってくるんだ。十中八九戦いになるだろうから注意するように」
「戦いって言っても素人のデッサに負けないと思いますけど」
「外界で戦えばそうだろう。しかしここは魂という特殊な場だ。肉体の強さよりも意志や経験が重視される。そしてバズストの情報を持っていったから経験は十分なものがある」
ゲームシナリオを駆け抜けたバズストの経験だもんな。たしかに手強そうだ。
でも戦うと聞いて心躍るものもある。戦闘狂というわけではなく、押し付けたデッサを一発殴りたかったのを思い出したのだ。
「まあ自身の経験ではないから、バズストそのものを相手するよりはましだろう。君も短期間とはいえ、激戦を駆け抜けてきて、魔物との戦闘経験もある、経験として不十分ではないだろうさ」
そうであってほしいね。
「デッサのところに行くには、まずこの家を出て、強い気配を探る。そして下り坂をイメージするんだ。あとはまっすぐ進めば、そこにデッサがいる」
「早速行ってきます。いろいろとありがとうございました」
「ああ、気を付けて。またあとで会おう」
あとで会うという部分を聞こうと思ったら、カーノーンさんも家も消えていた。
今立っている場所は夜空の下の草原。
周囲を見ると、いろいろな光景が蜃気楼のように見えていた。それらはうっすらと現れては消えていく。その中にはミストーレの光景や日本の光景もあり、まったく見たことのない光景もあった。
俺が見たことのないものは、カーノーンさんたちの人生で見てきたものなのかもしれない。
感想ありがとうございます
説明がわかりにくいかもしれない
リューミアイオールの目的はこなごなになったバズストの魂をもとに戻して復活
無色の魂と合体して魂が大きくなっただけで、バズストの存在や記憶は増えていないから復活は無理
封印に使われたのはバズストの記憶と肉体、バズスト前世の高月弥一の記憶はほぼ残っていたから、デッサのかわりに生活することができた
短くするとこんな感じ