210 バズスト 1
七十階に楽にいけるようになったから、俺の鍛練も捗る。
魔力循環四往復の方はまだまだ使い物にならないけど、強さ自体はこれまでのペースで上がっている。
ダンジョン内の異変以降は何事もなくダンジョンに集中できたのもよかったんだろう。
そしてそのときは来た。
夏の終わりもそろそろかという時期、いつものようにダンジョンで戦い、七十八階にいるアンガーバイソンというモンスターにとどめを刺したとき、成長限界に到達した感覚が湧いた。
ついに来たかと思っていると、次の瞬間にはリューミアイオールの目の前に転移させられていた。
場所は山の頂上らしかった。太陽の位置からだいたい午後一時から三時くらいだろうと思えた。
「……」
一年と半年には届かないくらいの期間、それだけの時間が流れて久々に見たリューミアイオールは以前よりも威圧感があった。
これは俺が強くなって、相手の力量を感じ取れるようになったからかもしれない。
あのときには感じられなかった力強さがより明確にわかって、彼我の差が理解できたから威圧感が増したのだろう。
同時にやはり綺麗という感想も生じる。
「ついに到達したな、人の限界点に」
「これ以上は大ダンジョンを踏破しないと無理ですね」
「そうだ。かつてそれをなしとげた人間はとても少ない。バズストとその仲間たち、それ以前にもいたらしいが記録には残っていない」
懐かしげに目を細めてリューミアイオールは語る。
遊黄竜が言うには心配しすぎることはないらしいけど、それでもなにを言ってくるのか不安だよ。
「以前お前は言った、美味い肉になると」
「言いました。少しでも生き延びたくて、条件を出してそれが認められた」
「ああ、認めた。そして認めたからには最上を目指してもらうつもりでいる」
この話の流れで最上というと大ダンジョンの踏破を目指せということか?
そんな考えをしている俺の前でリューミアイオールは尾で軽く地面を叩く。
すると地震が生じた。大きなものではない、体感で震度2くらいか。小動物が大きく慌てる様子を見せないくらいの小さなものだ。
なにがしたいのだろうと思っていると、俺とリューミアイオールの間の地面から紫に輝くシャボン玉のようなものが生じた。
「なんです、それ」
どこかで感じたことがある気配だ。でもどこだったか思い出せない。
「ダンジョンの疑似コア」
「あ、ダンジョンのコアの力と似ているのか」
言われたら中ダンジョンや小ダンジョンのコアとよく似た気配だとわかる。
「これはミストーレの大ダンジョンから長い年月をかけて、少しずつ力を奪い作った疑似コアだ」
リューミアイオールの感覚でも長い年月って数十年を容易に超える時間じゃないか?
今ここに取り出したということは、これを壊せってことなんだろう。
「これを壊して成長限界を引き上げろってことですか?」
「うむ」
「長い年月をかけて作ったのなら、なにかしらの目的があって作ったのでは?」
「目的にそった使い方とだけ答えておこう」
遊黄竜がなにか目的を持っていると言っていたけど、それなんだろうか。
俺に使わせることでなにになるのかさっぱりだけど、断れるわけがない。実力差的にも、まだ死なずにすむというありがたさ的にも。
「どうやれば壊せるんでしょう」
「触れればいい」
手を伸ばしながらついでに聞く。
「疑似コアって言ってますけど、本物となにか違いはあるんですか」
「本物は成長の制限が取り払われるらしいが、これはそうではないだろうな。すぐに成長限界に到達することはないだろうが、ダンジョン最奥あたりで成長限界がくるかもしれんな」
だいたいレベル25あたりかな。
本物を壊さずに成長限界を伸ばせるんだから、それだけでもありがたいアイテムなんだろう。ファードさんとかほしがる代物だろうね。
宝珠のようにも見えるアワに指先が触れる。次の瞬間、ダンジョンのコアを壊したときにように力が広がり、体全体にその力を浴びることになる。
いつもならこれで終わりだ。ダンジョンの外に放り出されるけど、すでに外だしそれはないだろう。
と思っていたら、強烈な眩暈が起きた。
魔力循環で感じるような気持ち悪さとはまた違った意識が閉じようとするもので、耐えようと試みたものの、抵抗できずに体から力が抜けていく。
疑似コアだからなにかしら異常が起きたと思っている俺の耳に、リューミアイオールの声が届く。
「ようやくだ。あとは起きるのを待つだけ」
長い期間を待ちわびて大きな期待が込められている、そんな感想を抱かせる発言を聞きながら俺の意識は暗転した。
◇
目が覚める。うつ伏せに寝ていたみたいでふかふかの絨毯が目に入ってきた。そのまま周りを見ると。木造建築の家の床に寝ていたみたいだとわかる。
そのまま視線を動かすと暖炉やテレビが目に入ってきて、半透明の老人が椅子に座ってお茶を飲んでいるのに気付く。
思わずびくっと体を震わせる。
「初めまして。会うのは二度目なんだけど、君の主観だとそうじゃないというのは不思議だね」
「?」
首を傾げることしかできない。
そんな俺を見て、半透明の老人は笑みを浮かべて手招きしてくる。
「警戒しないでいい。わしらはなにもできないからな。この体を見てもそれはわかるだろう?」
「いやよくわからない」
あと複数形なのもわからない。
わかるのは、正体不明ということ、敵意や害意がなさそうだということ。
「わしらは残滓でしかない。そんなわしらは話すことと少しの行動しかできぬのだよ。ここがどこで、どうして君がここにいるのか説明してあげよう」
ここがどこかは気になるし話を聞きたいな。
さっきは流したけど、テレビがあるのはどう考えてもおかしい。天井には電灯もあって、部屋を照らしている。
老人の対面に位置する椅子に座る。
紅茶がポットからカップに注がれて、目の前に置かれる。
「口に合うとよいのだが」
懐かしさを感じさせるそれに口をつけた俺に、微笑みを向けながら老人は話し出す。
「まずは自己紹介。わしはカーノーン。君の前世のようなものだ」
「前世」
俺自身がデッサの前世みたいなものだし、一応納得はできるかな。
「君は特殊なことになっていてね。全ての始まりはバズストにある」
「英雄と言われている彼ですか?」
「そうだ。そして君が最初に転生した者の名前だ」
うん? 俺が転生した? いやそれはデッサではないかと思うんだけど。
「デッサに転生したと思っただろう? それも正解なんだ」
「なにを言いたいのかよくわからないんですが」
「最初から話すからまずは静かに聞いてほしい」
頷くとカーノーンさんは話し出す。
同時にテレビに赤子が映った。
「日本で高月弥一が死んで、この世界のバズストに転生したのが最初だ。最初は彼も混乱したようだが、原因はわからないなりにこの世界に順応していった。そうしてこちらの家族と過ごしているうちに、聞き覚えのある単語を何度も聞くことになった。それは君も経験のあるゲームに出てきた名称だ」
求められたまま静かに聞いているのを見て、カーノーンさんは続ける。
カーノーンさんの話にそうようにテレビの映像も赤子から幼児、少年へと変わっていく。
「もしやと思ったバズストはゲームに出てきたものを中心に調べていった。するとどんどん符合する。彼はこの世界が自身の知るゲームそのものか、よく似た世界だと考えた。そして次に気になったのは時期だ。ゲームが舞台の時期と一致するなら、魔王や魔物が大暴れすることは確定している。それは避けたいと思ったのだが、さらなる調査でその時期だとわかってしまった」
ここまではいいかねと聞かれて、頷きを返す。
「幸運と言うべきか、ゲーム開始時期より少し前の時期で鍛錬をする余裕があった。彼は冒険者になると宣言して、家族や友人が魔物の被害にあっても助けられるように鍛えることにしたんだ」
俺とは違って小さい頃からこの世界で生きてきたなら、助けたい人たちはいるよな。
家族も含まれているってことはデッサとは違って、良好な関係を築けていたんだろう。
「彼はゲーム知識を生かして強くなっていき、ゲーム開始時期にはある程度の強さを得ていた。そして勇者が活躍を始める頃合いだなと、最初に勇者が問題を解決するはずの町に注目していた。その町は魔物に操られた町長の圧政を受けていて、その娘が魔物に操られている町長を見てしまい、始末しようと追われることになる。そこを助けて解決まで話が続く」
俺が知っている通りの流れで頷く。
「町の圧政が行われているという話は聞こえてきた。だがいつまでも解決されたという話が聞こえてこない。そこを飛ばして次の町に行ったのかと思ったバズストは次のイベントが発生する鉱山に行ってみたが、そこも暗い話題が流れていた」
テレビには二つの場所で話を聞いている青年のバズストが映っている。
「それらから勇者はいないと判断した?」
「まだ断言はできなかったが、その可能性があると考えた。彼は勇者のこなすイベントに関した町などの情報を集めつつ、勇者がいないために苦しんでいる人たちを助けていくことになる。なにが原因なのか、どうすれば解決するのかわかっているので、解決はとてもスムーズだった。勇者が動くよりも鮮やかに解決したと言ってもいいだろう」
「その流れで仲間が集まり、魔王討伐の筆頭になっていくという感じですか」
ゲームに出てきたキャラクターたちがテレビに映った。
「その通りだ。勇者がいないのであれば、一番活躍しているバズストたちに注目が集まるのは当然だろう。そんな彼は戦っていくうちに自分たちでは魔王を倒すのは難しいと考えた。まず勇者の武具が扱えない。対魔王武具と言っていいそれが使えないのは厳しいものがあった」
ゲーム内で最高の武具ってだけじゃなかったのか。
俺の考えを察したのかカーノーンさんは武具について説明してくれる。
「神が魔王と戦う人間のために作ったものだ。ただの武具ではないよ。魔王にたしかなダメージを与えることができ、魔王の攻撃をしっかりと防ぐ。そのための武具だ。優れた職人なら切れ味や頑丈さを超える武具を作ることができるかもしれない。しかし対魔王において、勇者の武具以上のものは存在しない」
「そうだったんですね。さすが神から授けられたものということか」
そんなものにとりついて駄目にしたあの魔物はある意味すごかったんだなー。
「バズストは自身や仲間がそれを使えないか試してみたが無理だった。そこで方針を変えた。時間を稼いで人間たちが自力で魔王を倒せるようになるか、勇者が現れるまで封印しようと」
「勇者は結局現れることはなかったですね」
「ああ、バズストの活躍がその芽を潰したのだからなんともいえんよ。さて封印を目指したバズストだが、多くの者の力を借りて目処をつけることができた。だが同時に普通の方法では無理だともわかった。魔王は強大で、封印に必要なものも相応に大きなものになった」
「それがバズストの命というわけですか」
「うむ。人類最高峰の強さを得たバズストがその命と肉体を封印のエネルギーとすることで、魔王の長期間封印を可能とした。それに反対したのが仲間たちやリューミアイオールといった友人たちだ」
「仲間はわかりますが、リューミアイオールも反対ですか」
「リューミアイオールとバズストはかなり親しい間柄だったのだよ。ゲームではただの討伐対象でしかなかったが、こちらでは魔王軍との戦いで協力を求めて、何度も話すうちに親交を深めていった。人間形態をとったリューミアイオールは幼女で、バズストと一緒にいると兄妹のようにも見えた。それだけ親しく見えたということだ」
人間形態になれるのかって思ったけど、遊黄竜も映像だけとはいえ人間の形をとっていたな。
同格の竜ができることを、若いとはいえリューミアイオールができないはずもないか。
感想と誤字指摘ありがとうございます