21 休日 前
決闘から五日が経過し、何事もなくダンジョン探索が続けられている。
決闘翌日は少しだけ怠さがあったものの動くことに問題はなかったので、ダンジョンに向かった。
初めて転移も経験した。自由落下するような気持ち悪さが一瞬だけあり、あっという間に五階に到着した。
以前と同じく一体だけでいる跳ね鳥を探して戦ったが、格上のベルンとの戦いのおかげか跳ね鳥の動きが遅く思えた。
一対一ならば予想外の一撃がなければ攻撃を受けることなく戦うことができた。
跳ね鳥の動きに慣れて、二体同時に戦えるようになるのを目標にして励み、今ではなんとか三体同時に戦えるようになっている。
そしてダンジョンから帰るとハスファが宿で待っている。
ハスファは三十分ほど雑談して、教会に帰っていく。その三十分の間に疲れた様子を見せたら休みを取らされるんだろう。
戦いを終えて帰ってきているんで毎日疲れてはいるんだけど、疲労困憊とまではいかないのでまだ休みを取らされてはいない。
といっても今日は休みをとる。この前は八日連続でダンジョンに行って休めと言われたから、五日行って一日休みという形にするつもりだ。
今日は休みだとハスファに伝えたら、安堵の表情になっていた。
以前の約束を果たすため朝からタナトスの家に向かう。
シーミンは留守かもしれないが、いつ帰ってくるか聞いて、その間にマッサージを受けに行ったり、ギルドでほかの冒険者と会話して時間を潰すつもりだ。
タナトスの家までくると、庭で子供たちが大人に見守られながら棒を振っていた。
敷地内に入ると彼らの視線が集まったから、軽く頭を下げて玄関前の鐘を鳴らす。
すぐにシーミンの母親らしき人が出てくる。
「おはようございます。シーミンはいますか?」
「おはよう。あの子は少し前にダンジョンの見回りに行ったわ」
今日も導師としての仕事だったか。
「礼はなにがいいかって聞いてたりします?」
「特にこれといったことは言ってなかったわね」
「まだ悩んでいるでしょうかね」
「ある意味そうでしょう」
その言い方だとシーミンがなにを望んでいるのか察していそうだな。
「もしかしてなにを願うかわかっていたりしますか?」
「十中八九これだろうなっていう予想はつくわね。違う可能性もあるから私からは話さないでおく」
「シーミンが自分で伝えたいかもしれませんしね。シーミンはいつころ帰ってくるんでしょうか。その時間にまた来ようと思いますが」
「だいたい昼を少し過ぎた頃かしら。今日は強くなるために深く潜るとか言っていなかったし」
「でしたら昼食を食べてからまた来ます」
「待っているわね」
別れを告げて、敷地から出る。
次はガルビオのところに行こうかな。
ガルビオの家の玄関が開いていたので、おはようと声をかけるとガルビオが出てくる。
「デッサか。今日もマッサージか?」
「そうだ。今ほかの客がいたりする? いるなら時間を潰してくるけど」
「大丈夫だ。入ってくれ」
施術室に入り、約束通り半額を支払ってベッドにうつ伏せになる。
「今日はどうしますか。全体を軽くか、もしくはどこかに集中するか」
「全体で頼む」
「わかりました」
以前と同じ順序でマッサージが行われていく。
マッサージをしながらガルビオが話しかけてくる。
「以前のマッサージの効果はどうでした? 翌日の体の調子は悪くなかったと思いますが」
「あー、あのあとトラブルがあってマッサージの効果を確認できなかったよ」
「トラブルですか?」
「格上の冒険者と決闘することになって、コテンパンにやられて、マッサージした意味がなかった」
「なんでそんなことに」
若干呆れをにじませた口調だ。振り返って顔を見たら呆れた表情になっているんだろう。
「知り合いのシスターが強引な冒険者にからまれてて、それを止めたら話の流れで決闘することになったんだ」
「コテンパンってことはやられたのでしょう? 決闘しても止められてなかったということでは?」
「いやあの冒険者はもうシスターに近寄ってくることはないそうだ。決闘の日から毎日会っていて、また絡まれたという話は聞いていない」
「え、なに? 絡まれるくらいには顔のいいシスターと毎日会っていたのか、羨ましい」
マッサージ師ではなく、ガルビオ個人としての感情が出ている。
「俺なんか師匠の店に行った以外は、若い女と話してないのに」
「毎日無茶していないか確認に来ているだけだぞ。使命感みたいなものだろうさ」
さすがに今後ずっと続くことはないと思う。三ヶ月もすれば満足してくれるんじゃないかなー。
「使命感でも羨ましいことにはかわりないんだ! 俺だって俺だって」
「おーい、マッサージが止まっているぞ」
「あ、すみません」
仕事中ということを思い出したようで口調が丁寧になる。
その後は真面目にやってくれたけど、少しだけ力が込められていて、羨ましいという気持ちはずっと持ち続けていたみたいだ。
マッサージが終わり、起き上がる。
「ありがとさん」
「いえ、今日はマッサージの効果を実感してもらいたいですね」
「俺もそう願うよ」
少し乱れた服を整えて、基礎化粧品はどうなったのか聞く。
「師匠に話は聞けたのか?」
「ある程度は。それで今の俺には難しそうだということがわかった」
「へー、なんでか聞いても大丈夫?」
「マッサージに使う化粧品の材料が手に入らないんだよ。少しは俺でも大丈夫だが、三つほど無理なものがあって作れない」
三つの材料どれもがダンジョンの中で手に入るものだそうだ。
どんなものかというと水と苔二種類。
「それくらいはダンジョンの外の品でかわりになりそうなもんだが」
「いや、無理だ。ただの水とかじゃないらしい。ダンジョンの影響を受けた水とかは外のものとは質が違うんだそうだ」
「そうなのか。それを持って帰ったらギルドで売れるのかもな」
今行けるところでそれらを見かけたことはあったかな。
「浅い階層のものだと品質が低くて使いものにならないそうだぞ。最低でも三十階から先のものが必要だと言っていた」
「今の俺だと無理だな」
「駆け出しには採取は無理で、頼むとしたら一人前よりも上の冒険者だ。そして俺にはそれらを雇い続ける金がない」
「とりあえず今は練習として自分が手に入るもので作ってみたらどうだ」
「それはすでにやっている。誰かに使わせて肌が荒れたら大変だから、自分で実験しているよ」
「その積み重ねが実るといいな」
「実らせるさ。そうしないと若い女に触れることができないっ」
ぐっと拳を握って力強く言う。
うん、この気合があればそうそう諦めることはなさそうだ。
「ほどほどに頑張れ」
「言われずとも。そしてお前みたいに若い女と接してみせる」
「俺にはお前みたいな下心はないんだが」
「本当にまったくないのか? それはありえないだろう。男だぞ? エロとは切り離せない。男はエロを求めるものだ」
「気持ちはまあわからんでもないけどさ。やらないといけないことがあってそっちに集中したいんだよ」
「エロより優先するものがあるなんて信じられねぇ」
「お前はエロに邁進しすぎだと思うんだけどな?」
ガルビオとの雑談を終えて、ゴーアヘッドに向かう。
顔見知りがいれば話しかけやすいなと思っていたら、センドルさんとプラーラさんがいた。
「こんにちは」
声をかけると笑顔を返してくれた。
「おお、元気そうだな」
「元気そうでよかったですー」
「二回ほど疲れることがありましたよ。冒険者に魔物の群れを押し付けられたり、ほかの冒険者と決闘したり」
「別れてそこまで日数がたってないのに、そんなハプニングがあったんだな」
「怪我とか大丈夫だったですかー」
どちらもぼこぼこにされたことを話す。
「防具のおかげで切り傷とかはなかったんですけど、ダメージは大きくて跳ね鳥の方は死にかけましたね」
「一大事じゃないか、よくまあこうして元気な姿でいられたもんだ」
「運が良かったですね。助けてもらえなかったら、ダンジョンで屍を晒していたでしょうし」
「跳ね鳥は早すぎるんじゃないのか?」
「そうですか? 一対一なら余裕が出てきたんですけど」
「本当にー? 強くなるペースが早いわねー」
センドルさんたちから見て早いのか。助かる情報だ。今のところは目的通りに動けているということだし。
「どんなふうに戦っているんだ?」
「護符とか魔力活性を使ってます」
「あー、なるほど。そこらへんを惜しみなく使えばやっていけるのか? もったいないって気もするが」
「魔力活性をよく知ってましたねー」
年上の冒険者にもした説明をすると、そういうこともあるかと納得した様子だ。
「まだ仲間はいないようだが、募集とかするつもりはないのか? 仲間がいれば跳ね鳥もなんとかやりすごせたと思うが」
「まだその気はないですね。たまになら一緒にダンジョンに入ってくれそうな人は一人いますけど」
「そういった知り合いができたのは喜ばしいことですー」
「導師としての仕事を優先するでしょうから、本当に時間が空いているときしか無理だと思いますが」
導師という単語に二人は目を丸くする。
「タナトスの一族と知り合いになったのか」
「それは予想外ですねー」
二人もそういった反応になるんだなぁ。
「跳ね鳥にぼこぼこにされたときに助けてくれたのが、仕事中の導師だったんですよ。そのお礼のため家に行ったときそんな感じのことを話しました」
「家にまで行ったか。お礼のためとはいえ怖かったろうに」
「ぜんぜん怖くなかったですよ。不思議なことに俺はほかの人たちのような怖いって感覚はしないんですよ」
二人はまた目を丸くして俺を見てくる。
「まったく感じないのー?」
「はい」
「それはすごいと言えばいいのか、とんでもなく鈍いと言えばいいのか」
「話してみたら普通の人たちだったんですけどね。雰囲気だけが異常なだけで、別に害のある人たちじゃないですよ?」
「その雰囲気が近寄りがたい主な原因なんだよなぁ」
「タナトスの一族が暴れたという話は聞いたことありませんー。だから危ない人たちではないと頭ではわかっているんですが、どうしても心が拒絶してしまいますー」
どうにかまとう雰囲気の問題がなくなればいいんだけど、難しいのだろうな。
センドルさんたちとはもう少し話して別れて、雑談できそうな冒険者を探してみようか。
そういった交流はセンドルさんたちとしてもお勧めすると応援された。
暇そうな冒険者に声をかけてみると、向こうは俺のことを知っていた。決闘のときに鍛錬場にいた冒険者だったようだ。
冒険者用の店や剣以外の武器の使い心地などに関して話してみたりして、そろそろ昼ということでギルドを出る。
初夏の野菜を使ったスープとパスタを食べて、腹ごなしに散歩してからタナトスの家にまた向かう。
玄関の鐘を鳴らすと子供たちが扉から数人顔を出す。
視線を合わせるように腰を屈ませて、話しかける。
「こんにちは、シーミンはいるかな?」
「うん、帰ってきてる」
「呼んでもらえるかい」
頷いた子供たちは家の奥へと小走りで向かい、すぐにシーミンがやってきた。
素直に出てきたということは、この前みたいに逃げる気はないってことだな。よかったよかった。
「こんにちは、お礼はなにがいいか聞きに来たよ。決めてある?」
「まだ決めてない」
「そっか、じゃあまた次の休みにでも聞きにこようか」
「えっと、その、話してみたらなにか思いつくかもしれないし、寄っていったらどう?」
「母親と思われる人から人見知りって聞いているけど大丈夫なのか? 無理に話すと緊張して疲れそうだが」
「いやそれは、大丈夫、だと思う」
本人的に勇気を出して誘ってきたのかもしれないし、寄っていこうか。
承諾するとシーミンはほっとした様子で先導する。
今日はリビングではなく、シーミンの部屋に向かうようだった。
シーミンの部屋はきちんと整理整頓された生活感のある部屋だ。かすかに花のような香りがするのは、香水をまいてあるからなのだろう。机にはちょっとした小物や花の入った一輪挿しが置かれていた。ほかに冒険者としての道具も棚に置かれている。
「椅子に座って待ってて。飲み物をとってくる」
そう言ってシーミンが部屋から出ようとすると、母親らしき人がトレイに水差しとコップを載せて入ってきた。
「飲み物を持ってきましたよ。この前はお茶も出さずにごめんなさいね。来客がとても珍しくて気が回らなかったの」
「母さん、ありがと」
シーミンに頷きを返し、俺にはごゆっくりと言ってから部屋を出て扉を閉める。
「どうぞ」
トレイからコップを取り、おずおずと俺に渡してくる。
礼を言ってから口に近づけると、かすかに柑橘類の香りがした。
水を一口飲んで、ベッドに座ったシーミンへと視線を向ける。
「ここ数日はどうだった? 俺の方は少し慌ただしかったけど」
「いつも通りの日々だった」
「いつも通りっていうと、ダンジョンの見回り?」
「それに加えて、鍛錬のために家族とダンジョンに入っていた」
「そろそろ中ダンジョンに挑みたいって言ってたし、三十五階から四十階で戦っている感じかな」
「うん、それくらい。デッサはなにがあったの? 慌ただしかったそうだけど」
前回会った翌日にハスファ関連であった出来事を話す。
負けたところまで話すと、呆れた視線を向けられる。
感想ありがとうございます