208 転移の柱 5
「魔力調整……魔力旋回……よし。魔力充填完了。いくわよ」
俺とホルストさんを一度見て頷いてから、ターゴさんはワンドをレッサーデーモンの群れへと向けた。
「大風刃乱舞!」
ヒュゴウッと強い風がレッサーデーモンたちへと吹いた。
風に触れたレッサーデーモンたちがなにかに押されたように体を揺らしよろける。
よく見ると血は流れていないけど体に切り傷がいくつもできていた。なかには致命傷を受けて魔晶の欠片へと変化したレッサーデーモンもいたけど、ほとんどのレッサーデーモンは傷を負っただけで戦闘意欲を失っていない。
「そろそろ風が吹き終わるわ」
よし、魔力循環。そして護符を破る。
風の音が小さくなり止まる前に、レッサーデーモンたちへと突っ込む。
こちらへと魔法の狙いを定めてくるレッサーデーモンの姿が見える。
踏み込みに力を込めて、ジャンプする。
それで狙いがズレたのか、俺の下を氷や岩が飛んでいった。
次弾が放たれる前に、レッサーデーモンの群れの中へと着地する。即座に回転斬りのように剣を振り抜いて、刃がレッサーデーモンを何体も切り裂いた。
レッサーデーモンたちは倒れ、少しだけ空間ができたが、ほかのレッサーデーモンたちはすぐに詰めてくる。
四方八方からレッサーデーモンの手や足が伸びてくる。中には俺の体に届くものある。痛打にはならず、ダメージを無視して剣を振っていく。
時間が流れて痛みとダメージが無視できないくらいに重なるのと比例して、レッサーデーモンの数は減っていく。
とにかく剣を振り続けていれば戦いは終わると考えて、体力を振り絞って暴れしていく。
「これで終わりっ」
最後の一体に剣を振り下ろして、荒く呼吸を繰り返す。周辺には魔晶の欠片が散らばっていた。これだけ倒せば、鍛錬としても十分な成果を得られただろう。
疲れた様子のホルストさんが近づいてくる。
「お疲れ。お前さんが目立つ形で暴れてくれたおかげで、こっちに来るレッサーデーモンが少なくなって助かった」
「お疲れ様です。少しでも楽になったのならよかったです」
「怪我の治療をした方がいいぞ。あちこち殴られたりしているからな」
そう言いながらホルストさんもポーションを自身に使う。
俺もポーチからポーションを取り出して、一口で飲む。体から痛みが消えていく。三往復のおかげで大怪我はしなかったけど、今日はもう同じことは無理だわ。
俺たちが治療をしている間に、パルジームさんが坂道を降りていく。ファードさんに声をかけているのが聞こえてきた。
返事はあるかと思っていると、ファードさんではない誰かの返事が聞こえた。
こちらにレッサーデーモンがいないことを確認しているようで、パルジームさんがいないと答えるとそれをファードさんに伝えていた。
「ターゴ、怪我人を運ぶのを手伝ってくれ! ホルストとデッサは休憩のついでに、モンスターが接近してこないか警戒を頼む!」
坂道の下からパルジームさんがターゴさんを呼ぶ。
ターゴさんは小走りで坂道を降りていく。
俺たちはその場に座って通路へと視線を向けて、レッサーデーモンがいないか見張る。
そうしているとパルジームさんたちが怪我人たちを抱えて坂道を上がってくる。
俺たちの近くに怪我人を寝かせると、再び坂道を降りていく。
血で体を汚した怪我人は意識がないようで死んだように眠っている。
次々と怪我人が運ばれてくる。意識がない人は五人、意識はあるけど歩くのも辛そうな人が二人。歩けるけれど疲れた表情のファードさんで調査に出た人は全員だそうだ。
「本当に助かった。ありがとう」
その場に座り、差し出された水筒から水を飲み一息ついたファードさんが礼を言う。よく見てみるとファードさんの武具や服にも切り傷や血が付着していた。
「なにがあったんですか?」
パルジームさんの質問に、ファードさんは語る。
「いろいろと偶然が重なったのだろうな。七十四階まではこれといった異常はなかったんだ」
「モンスターの移動もなかったんですか?」
ターゴさんの質問にファードさんは頷く。
「移動はしていたかもしれないが、極少数で遭遇しなかったんだろう。遭遇できていれば、七十五階の奇襲も防ぐことができかもしれん。七十五階が煙で満ちているのはいつものことだが、ハインドウルフといった奇襲の得意なものが潜んでいることに気付けなかった。しかも八十三階にいるデーモンも少ないながらいたんだ」
「かなり先のモンスターがいたのですね」
そこまで先のモンスターがいたということに俺たちは顔を顰めた。
「ハインドウルフが煙の中に隠れていると気づいたときには、向こうは準備万端だった。奇襲を受けて、劣化転移板を入れたリュックが破れて、その場に中身が散らばった。そのときにハインドウルフが偶然劣化転移板を踏み砕いて歩いて帰るしかなくなった」
本当に偶然が重なったんだな。よりによって劣化転移板を入れたリュックが破れて、それが破壊されるとか不運が過ぎる。
さすがに帰還手段を潰すために狙ったわけじゃないだろう。
「ハインドウルフの奇襲を退けて、異変に気付いて帰還を選んで帰ろうとしたんだが、さっきも言ったように移動してきていたデーモンたちの攻撃を受けて被害が増した。それでもどうにか七十四階への道まで戻ってきたら、レッサーデーモンたちの魔法で足止めされることになった。どうやってかデーモンがレッサーデーモンたちに指示をだしたのだろう。七十五階のモンスターとレッサーデーモンの魔法で被害を大きくしながら、どうにかチャンスを待っていたわけだ」
「レッサーデーモンたちを強行突破しようとは思わなかったのですか?」
パルジームさんの質問にファードさんは首を横に振る。
「動けない怪我人が半数以上で、彼らの守りもあって無茶はできなかったんだ。見捨てるならなんとか帰ることはできたが、それはさすがにな」
動けない人をかついで、レッサーデーモンの放つ弾幕のような魔法を突破も難しいだろうしなぁ。
「よくチャンスを待つという選択がとれましたね」
「帰りが遅いと探しにくるだろうとわかっていたからな。トップが行方不明になって放置はせんだろう」
「そりゃそうですね」
「わしらに起きたことはこんな感じだ。さていつまでもここで話すのも落ち着かない。怪我人も地上へと運びたいしな。劣化転移板で陣地に帰ろう」
わかりましたとパルジームさんが頷いて、劣化転移板に魔力を流し込む。
一瞬暗転して、七十階に作った転移区画に出た。
すぐにファードさんは指示を出し始める。
「パルジームはこのまま地上へと怪我人を運んで、治療の手配を頼む」
「わかりました。ファードさんはどうするんですか」
「ここにいる者たちに調査結果を話して、その後町長のところに説明しにいく」
ファードさんは転送屋の職員に話しかけ、転移を頼む。
すぐに怪我人たちはパルジームさんともう一人の頂点会メンバーと一緒に地上へと転移されていった。
「デッサとホルストは地上かテントに戻って休んでくれ。その間に説明をしておく。十分休んだら、警戒を続けてほしいのだが頼めるか? もしかするとデーモンといった何階も下の魔物がここまで上がってくるかもしれない」
俺たちはわかったと返して、使っているテントに戻る。
ファードさんとターゴさんは現状の説明をするため、人を集めようと声をかけていた。
テントの中で武具を脱いで、ひと眠りしようと横になる。そのまま目を閉じていればいつのまにか眠っていた。
どれくらい時間が経過したのかわからないけど、目が覚める。
テントの外から特に大騒ぎする声などは聞こえてこないので、強いモンスターが上がってきたということはなさそうだ。
武具を身に着けて、食事をとるついでに寝ている間に起きたことを聞こうと、休憩中の冒険者に話しかける。
「ちょっといいですか」
「ん? なんだ?」
「ファードさんたちが戻って来て、それからテントで休憩していたんですけど、あれから何時間くらい経過しました?」
「ええと……四時間くらいだと思う」
それくらいか、出発する前が昼前くらいで、半日くらいかけて七十五階に行ったはずだから、今は早朝というにもまだ早い時間帯かな。
ずっとダンジョンにいると時間経過がわかりづらいわ。
「その四時間の間に、なにかトラブルが起きたり、ダンジョンがこんなことになった事情とかわかりました?」
「ハインドウルフが一体ここまできたのは驚いたが、それくらいだな。事情はまださっぱりだ。そこらへんの情報を聞くためにファードさんが町長のところに行っている」
「進展なしってことですね。ありがとうございます」
礼を言って食事をとり始める。食事を終えると警戒に加わった。
二日間警戒を続けて、三日目に変化が起きる。
モンスターの動きが静かになったのだ。これまで陣地に向かってきていたモンスターが減り、モンスターの種類も赤銅ムカデのみになった。
変化が収まったのかと、戻ってきていたファードさんたちと話し合い、一度七十階を皆で探索してみることにする。
すみずみまで探して、ほかの階のモンスターと遭遇することもあったが、その数は少なかった。
一日置いて、また探索してみて赤銅ムカデしかいなければ変化は落ち着いたと判断しようということになる。
そして再探索の結果、赤銅ムカデとしか戦闘が起きなかったことで、変化は落ち着いたと皆が認めた。
これでまた元通り、とはいかなかった。
七十階は皆でモンスターを倒してまわったから通常状態に戻った。けれども七十階から先には増加はしていないものの、まだほかの階のモンスターが滞在しているだろうと簡単に想像できた。
それらを潰して、通常の状態に戻そうということになり、賛成と反対の意見がでる。反対というのは相応しくない言い方だろう。実力不足で先に進めない人たちが、同行に躊躇いを見せたのだ。
ファードさんも無理強いするつもりはなく、行けるところまででよいということになる。
そうして俺は三日同行し、七十四階までの掃討戦に付き合い、ルポゼに帰ることになる。ファードさんたちはまだ掃討戦を続けるようだ。
感想ありがとうございます