206 転移の柱 3
「何事?」
寝ていたところをテントの外の騒がしさで起こされる。
今が何時かはわからないな。寝足りないということはないし、深夜ではなさそうだ。
体を起こして、軽く体を解してテントから出る。
「戦闘が起きてる?」
三つの出入口全てで警戒に当たっていた冒険者たちが戦っていた。
「すまないが、手伝ってほしいっ」
戦闘を見ていた俺に慌てた様子の冒険者が声をかけてくる。
「手伝うのはいいんですが、なにがあったんですか? 起きたばかりでなにが起きたのかさっぱりなんです」
「ああ、寝ていたのか。それなら無理もない。少し前のことだ。地震が起きた。地震は小さなものだったが、それに驚いたのかモンスターたちが騒がしくなった」
「地震? ダンジョン内で地震とか聞いたことがないんですが」
「俺もだ。さあさ、事情はわかっただろう。手伝ってくれ。次から次にモンスターが押し寄せてくるんだ」
武具を身に着けるからと断りを入れて、テントに入る。
しっかりと武具を身に着けて、緩みの確認もしてテントを出て、三つの出入口を見る。
一番苦戦してそうなところはどこかと確認して、どこもそう変わらない状況だと判断する。
「どこでもいいから加勢するか」
目についたところへと小走りで向かいつつ、魔力循環一往復を使う。
邪魔にならないような位置を探す。
「ないみたいだ」
だったらと本格的に走って、冒険者たちを飛び越える。
周りにモンスターしかいない場所なら好きに暴れられると、通路に集まった赤銅ムカデを斬り捨てて、通路の向こうからさらに来ようとしている赤銅ムカデの方へ進み倒していく。
あそこにじっとしていると魔法が飛んできて巻き込まれるかもしれなかったのだ。
魔力循環の効果が切れるまで戦い、出入口に戻るとそこの戦いも終わっていた。
「お疲れ様。余裕があるならこのまま見張ってくれないか。その間に怪我人の治療をするから」
「わかりました」
頷くと礼を言われて、怪我人が運ばれていく。
通路に視線を向けたまま見張りに残ったもう一人の冒険者に話しかける。
「地震があったらしいですね」
「ああ、小さなものだけどな」
「ダンジョンで地震って経験あります?」
「ない。小ダンジョンとかを踏破したときは揺れることがあるが、そういった揺れとは違った」
あれは揺れというより、投げだされるとかそんな感じだもんな。
「だとするとダンジョンに影響が出るくらい外で大きな地震が起きたとか」
「ダンジョンそのものに異変が起きたと思ったが、その可能性もあるな。誰か外に出たやつはいるだろうか」
気にするように転移の柱へと視線を向けた。
「気になるなら行ってきていいですよ。俺も気になるし、今のところはモンスターがやってくる気配もありませんし」
「それじゃ少し外させてもらう」
「ついでにパンを一つもらってきてもらえますか」
わかったと返事をした冒険者は小走りで転移の柱へと向かう。
少しだけ目の前の通路から目を離して、ほか二つの通路を見る。あちらも今は落ち着いているみたいだ。
そういえばファードさんの姿が見えないけど、もう出発しているのか?
地上に確認に向かった可能性もあるか。
そんなことを考えつつ警戒を続け、一体だけやってきた赤銅ムカデを斬り捨てていると話を聞きに行った冒険者が戻ってきた。
「戻ったぞ。地上では地震は起きていないということだった。ダンジョンだけで起きた地震みたいだな」
言いながらパンと水筒を差し出してくる。
「ダンジョンだけですか。嫌な感じしかしませんね」
俺が顔を顰めると、男も同じように顔を顰め頷いた。
「ああ、なにが起ころうとしているのか。それともなにか起きてしまったのか」
「この階以外のダンジョンの様子とかは聞けました?」
「朝早いから、まだまだ人が少なくて情報は入ってきていないみたいだな」
「そうですか。しばらく警戒態勢が続きますかね」
「続くだろうな。鍛錬どころではなくなった」
「モンスターが騒ぐ以上のことが起きないといいんですけどね」
「以前みたいにモンスターが外に出るなんてことも覚悟していた方がいいのかもな」
「あのときって地震が起きたんでしたっけ? 俺はあのとき外にいたんで知らないんですよ」
「俺も外だったからなぁ。聞いた話ではそんなことはなかったみたいだぞ」
話していると治療を終えた冒険者たちが警戒に加わってくる。
「異常は?」
「今のところ最初の騒ぎ以外にないな。だからといって油断はできないが」
「そうだな。まだまだモンスターはいるだろうし、次の襲撃があってもおかしくない」
「と言っている間に、近づいてきているみたいですよ」
俺の言葉に皆の表情が引き締まり、武器を抜く。
通路の先に数体の赤銅ムカデが見えた。
それを倒して、また警戒して、休憩のため交代というのを昼前まで繰り返す。
異変が起きたのは俺が昼食をとっていたときだ。
「熊だ! 熊が出たぞ!」
俺のほかにも昼食をとっていた冒険者たちが声のした方角を見る。
そちらは七十一階に続く坂道がある通路だ。
「イグズベアがこっちに?」
「違う階のモンスターも出るようになったのか?」
この変化はきっとここだけじゃないだろう。ほかの階でも違うモンスターが出るようになったはず。
それがどの程度の変化なのか。上下一階分のモンスターがでるならまだいい。いやこれまでにない組合せは、どんな変化を起こすかわからないから、気軽に考えられないか。それでもまだ対応はしやすいはず。これが五階分のモンスターが出るようになったら事故が多発しそうだ。適正階の五階先とかうっかり遭遇したら死ねるぞ。
食事と休憩を終えて、受付に向かう。
「ちょっといいですか。警戒から外れても大丈夫か聞きたいんですが」
「なにか急用でもできました?」
少しだけ困ったといったふうに聞き返される。
「いえ、七十階か七十一階をうろついてみたいと思いまして。今起きている異変はイグズベアが出現したことだけですが、もっとほかにも起きているかもしれないと思い、確認したいんですよ」
「なるほど。それなら行かなくても大丈夫ですよ。ファードさんたちが調査に出ています」
姿を見ないと思っていたら、すでに調査をしていたんだな。
「じゃあ必要ないですね。警戒をしている冒険者はこのまま警戒を続けるんですか? それとも自由に鍛錬を行ったり、地上に帰ってもいいんですか?」
「そこらへんの指示はでていません。なので自由に動いていいのですが、せめてファードさんたちが帰ってくるまで警戒を続けてほしいです」
「ファードさんはいつ出発して、いつ戻ってくると言ってました?」
長期間ここに拘束はされないと思うけど、どれくらいの時間警戒を続ければいいのか知りたい。
「出たのは地震が起きて、少ししてからですね。まだ半日は経過していません。いつ帰ってくるというのは聞いていません」
「地下と地上どちらに進みました?」
「地下ですね」
「調査に行ったメンバーって、八十階を目指すつもりのメンバーだったんですか?」
それなら想定外のモンスターが出てもなんとかなりそうだけど。
「ええ、そうですね」
「そうですか」
それなら待っているだけで大丈夫そうだ。
情報に礼を言い、通路を警戒している人たちに声をかけて、交代する。
そうして時間が流れて、夕食の時間になる。
この時間になってもファードさんたちは戻ってこなかった。
責任者のファードさんがいつまでも戻ってこないので、頂点会のメンバーは焦った様子を見せていた。
頂点会のメンバーではない俺たちは交代で警戒と休憩を続けている。
「食事と休憩の途中で申し訳ありませんが、聞いてください」
頂点会のメンバーがやってきて、俺たちに声をかける。
注目が集まったのを見て、頂点会のメンバーは続ける。
「半日以上たっても長を含めた調査隊が帰ってきません。このことからなにかトラブルが起きていると考えました。劣化転移板を持っていっているので、それが使えないなにかしらのトラブルです。そこで救援を出すことに決めました。救援と引き続きの警戒にご助力願いたい」
「どちらを選ぶのかは強制なのか?」
「いえ、希望で決めたいと考えています」
質問した冒険者がほっとした表情を浮かべた。
「正直、ファード殿たちがトラブっているところに行ける自信がなくてな」
それに俺もだと同意する声が次々と上がった。
「そうなんですよね。うちでも尻込みする声があって。行くという人もいたんですが、実力不足で周囲に止められています」
グルウさんとミナが立候補したんだろうな。
誰か立候補するかなと思っていると、条件付けで行ってもいいという人がいた。
その人は七十三階まで行くことができていて、そこまでなら同行者がいるなら行ってもいいということだった。
「わかりました。ほかに立候補はいますか」
「俺もその条件なら行ってもいいですよ。七十三階くらいまでなら俺も行けますから」
ファードさんたちのことが気になるし立候補する。
「助かります。うちからも一人か二人出せるということなので、三人から四人で大丈夫でしょうか」
俺と立候補した冒険者は顔を見合わせる。
「どう思う?」
「しっかりと情報と物資をもらえるなら大丈夫じゃないでしょうか。それと知っているかもしれませんが俺は単独行動がメインなので、団体行動に必要な知識が少ないと思ってください」
「ああ、そうだったな。とりあえず顔合わせして、戦い方や性格なんかの把握をしたい。それで共に行動するのが難しいと判断したら、この話はなしということでいいだろうか」
「わかりました。すぐに顔合わせをしましょう。食事を終えたら受付に来てください」
頂点会のメンバーは去っていく。
俺たちは食事を終えて、受付に向かう。そのときに軽く自己紹介して、ホルストという名前とわかった。
小さいがギルドを作っていて、普段は所属するギルドメンバーの育成をしているそうだ。
受付にいた頂点会のメンバーは話を聞いていたようで、すぐに人を呼んでくると言ってその場を離れる。
戻ってくると、パルジームさんと三十歳過ぎの女冒険者が一緒にいた。
女冒険者はマントにウィッチハット、手にはワンドを持っている。
「パルジームさんは引退したんじゃ?」
思わず聞くと、頷きが返ってくる。
「戦闘は期待しないでもらいたい。今の俺にできるのは自衛のために逃げることと、気配感知という補佐だ。八十階まで行った経験があるから、補佐ならば問題ないと行くことにしたんだよ。戦力の無い斥候として同行する予定だ」
「戦力がないということはかばう必要があるのか?」
ホルストさんが聞く。
「ない。魔力循環とかも使えるし、回避なら問題ないのだよ。さっきも言ったが八十階まで行ったことがあり、そこまでのモンスターとの戦闘経験もある。どういった動きをするのかしっかり覚えている」
「それなら心配はないか。そっちの冒険者はどういった戦いをするんだ? 俺とデッサは前衛だ」
「私の名前はターゴ、魔法中心よ。少しは体術の心得もあるけど、メインではないわ。使う魔法は風。攻撃も守りも補佐も一通り。八十階手前まで行った経験がある」
「戦い方などを把握して、行くことを決めると聞いているが、どうだね?」
「俺は問題ないと思うが」
ホルストさんがこちらを見てくる。それに頷きを返す。
「行けるようだ。出発前にもう一度言っておくが、八十階までは無理だ。無理をしても七十五階が限度だろう。そこは承知してもらいたい」
「うむ、聞いている。こちらとしても急造チームで八十階まで行けるとは思っていない」
意思の統一ができてよかったとホルストさんはほっとした表情を浮かべている。
「食料やポーションや護符といったそろえたものの説明とモンスターの説明をしてから出発しようと思うが、いいかな?」
「その前にリーダーを決めておこう。俺は、年上で八十階まで行ったパルジームさんでいいと思う」
俺とターゴさんは異論なしと続いた。
戦闘から距離をとって皆に指示を出せる立ち位置だし、経験もあるから問題ないと思う。
「じゃあ俺がこのチームのリーダーとして動かせてもらう」
そう言ってから準備していた物資を説明しながら、四人で分けていく。
分配が終わり、モンスターの説明を始める。
七十三階にはランスビートル、七十四階にはレッサーデーモン、七十五階にはファントムタートル、七十六階にはハインドウルフが出てくるようだ。
行くのは最大で七十五階までだけど、階層を越えてモンスターが現れるようになっているので七十六階に出てくるハインドウルフも説明したということだった。
「ランスビートルは角が鋭い巨大カブトムシ。魔法の効果を減衰させることができる。火が弱点だ。レッサーデーモンは黒い人型、大人くらいの背の高さだな。魔法が得意で、身体能力が優れているので接近戦もできる。ファントムタートルは四人用のテーブルくらいの大きさの亀だ。背から幻影を見せる煙を出す。ハインドウルフは大きめの犬サイズで、奇襲を得意とする」
「ファントムタートルとハインドウルフが組んだら大変なやつじゃないか?」
ホルストさんが言い、パルジームさんが頷いた。
「可能性の一つとして。ファードさんたちは奇襲を受けて動けなくなっていると考えた。そのときに劣化転移板が破損したかもしれない」
劣化転移板が壊れたか。それなら戻ってこられないのも理解できるかな。
「ファードさんが引き際を見誤るとは思えないから、トラブルがあるとすれば劣化転移板の破損くらいだと思うのよ」
「有力というだけで、ほかに原因があるかもしれないから、そういったこともあると頭に入れておいてほしい」
ホルストさんと一緒にわかったと返す。
戦闘は避ける方針だとホルストさんは最後に言って、出発することになった。
感想と誤字指摘ありがとうございます