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205 転移の柱 2

「通路の警戒はそのまま! 設営で手の空いた者は荷物の運び込みをやるぞ!」


 ファードさんの指示で何人かが転移区画に移動し、転送屋の従業員と一緒に消えた。そして十分ほどで荷物と一緒に戻ってくる。

 きちんと転移できることに、一緒に警戒していた冒険者が安堵の溜息を吐いていた。

 荷物の運び込みが終わるまで、俺たちは警戒を続ける。

 

「交代だ」


 設営を終えて手が空いた冒険者が声をかけてくる。

 

「ファードさんから連絡だ。今後はこういった警戒には報酬を払う。希望者がいるなら受付にその旨を伝えるようにということだ」

「希望者っているんですかね? 鍛錬がメインの人がほとんどで、拘束される警戒勤務を希望する人は少ないのでは?」

「ここで戦うには少し力が足りないが、経験者と一緒に戦って強くなろうと考える奴がいる。そういう奴らをフォローしようと思う奴もいて、そういった奴らが警戒ついでに経験と金稼ぎも兼ねて受ける。だからなんだかんだ人手が足りなくなるといったことはないようだぞ」

「へー」


 助け合いの精神かな。

 警戒を交代し、今後の説明を受けておけと言われて受付に向かう。

 俺たちのほかにも警戒組が集まって、受付にいた若手の冒険者が説明を始める。


「まずは警戒お疲れさまでした。見てわかるように設営は無事終わりました。これからこの陣地は当分の間、宿泊施設として機能します」

「先に費用を払っているから、改めて金を払う必要はないんだよな?」


 誰かが質問して受付は頷く。


「飲み食いと寝床と軽い治療は無料です。ただし重傷の場合は別途費用が必要になります。護符などの購入と武具の修理もできますが、それも有料です」

「それ以外になにができる?」

「臨時のパーティーメンバー紹介と仕事の紹介です。ギルドほどしっかりとした紹介はできないので、そのへんはご注意ください」


 紹介できる仕事の内容は、ここの警備と水や植物の採取、七十階以前で指導を求める人の紹介といったものだそうだ。


「転移は有料なのか?」

「ここと地上の行き来だけなら無料です。ほかの階に行く場合は有料ですね」

「ここで寝泊まりする必要はないというわけか」

「そうなります。実際鍛錬して宿に帰る人も珍しくないそうです。食事もここで作られるものより地上の方が美味しいと食べに行く人もいるみたいですね」


 なるほどなー、ここに泊まり込むつもりでいたけど帰っても問題なさそうだ。

 貴重品の管理は各自でしっかりやってくれという注意もあった。ここで鍛錬する人がお金に困ることはそうそうないが、貴重な魔法道具の盗難は起こりうるため、肌身離さずにいた方がいいということだった。

 質問はこれくらいかなと思っているとファードさんの予定を聞く人がいた。


「ファードさんは頂点会の上位陣と八十階以上を目指すと言っていました」

「さすがだな」

 

 本当に。俺もこの機会にできるだけ先に進みたいものだ。

 説明はこれくらいで、あとは自由に行動ということになる。

 警戒組は散っていき、俺は一つ気になったのでその場に残る。


「ここで売られている護符といった魔法道具の質はどうなっているんでしょう」

「護符は上質品から普通のものまで、道具は品数が豊富とはいえませんね。必要なものがあれば地上に帰った方がいいでしょう」

「劣化転移板は売ってます?」

「一人三つまでですが売っています」


 三つまででもあれば便利だし、買っておこうかな。

 受付に礼を言って、俺も離れる。

 とりあえずは焔猫相手に軽く体を動かしてこよう。劣化転移板を買うお金も稼ぎたいし。

 いつものように寝泊まりに必要な荷物がないので身軽でダンジョンを進み、七十二階で戦っていく。

 日頃よりも冒険者の数が多いかもと思ったけど、移動の疲労を抜くためか、それともまずは七十階で体を慣らすためか、冒険者の気配は多くなかった。

 魔力循環一往復も使って、三時間ほど休憩を入れつつ戦い、お腹が空いたので七十階まで走って戻る。


「さてルポゼに帰るか、泊まるか。しっかり休めるか確かめるため一回くらいは泊まろうかな」


 寝泊まりするテントは好きに使っていいそうだ。だいたい五人で使うことができて、満室なら赤い札がかかっているそうだ。

 ずらりと並ぶテントを見ると、満室になっているテントはそこまで多くない。

 適当に空いているところに入るかと、中を覗く。

 誰もいないテントがあり、そこに入る。寝具はペラペラの毛布だけだ。それが畳まれてテントの端に置かれていた。

 毛布を一つとって敷いて、荷物を置く。モンスターを警戒しなくていいから、簡素な寝床でも疲労回復はいつも以上だろうな。

 あとはご飯がどれくらいの味かだなぁ。

 夕飯は肉団子と豆のスープとパンだった。漂ってくる匂いは、普通かな。ただし量が用意されているからおかわりに制限はなさそうだ。

 不味くはないそれをおかわりして、テントに戻る。体をふくためにタオルを持って、陣地としている広間の端に向かう。そこの壁から水が流れ出していて、体を洗うためのしきりもあるのだ。

 ささっと洗いテントに戻ろうとすると声をかけられる。魔力循環の指導会のときに見た顔だ。

 あとはもう寝るくらいしか予定はないし、交流するのもありだな。

 一人で無茶していないかといった心配をされつつ、魔力循環について話したりして時間が流れていく。

 そうして時間を知らせる鐘が鳴り、そろそろ寝てもいい頃合いだろうと思ってテントに戻る。


 ◇


 深夜のミストーレ。空き家に身を潜めていた男が周囲を気にしながらそこから出てくる。

 以前転送屋の前で騒いでいた者の一人だ。

 仲間たちの身を賭した協力もあって、一人だけ逃げ出すことができたのだ。

 

(まだ死ぬわけにはいかない。お役に立てていないのだから。アンクレイン様、任された役目果たしてみせます。そして俺の命と成果を糧に、人間とモンスターと魔物が共存できる世界を生み出してください)


 男の思いは本物だった。魔物と交流し、会話できることを知り、モンスターとも共に過ごすことができた。その体験で、なにもかもが仲良く平穏に暮らせる世界を夢見たのだ。

 男を導いた魔物の上司だというアンクレインに祈りを捧げて、男は夜の町を移動していく。

 目指す先にはダンジョンの入口があった。

 できるだけ音を立てずに歩き、物音が聞こえたら物陰でじっと息を殺す。住民の殆どは眠っていて、起きているのは見回りの兵や冒険者だ。

 兵たちに捕まらないためにも、慎重に慎重を重ねてダンジョン入口を目指す。

 暗く人がほぼいないおかげで誰にも見つかることなく、入口の近くまで到着する。


(見張りがいるか)


 以前のモンスター騒動以降に置かれた見張りが、今日もダンジョン入口を見張っていた。

 男はどうするかと考えつつ観察する。交代でもしてくれるか、眠そうであればダンジョンに入ることができる。

 そのまま一時間ほど観察を続けて、男は隙を見いだせないでいた。

 見張りたちも以前の騒動で出た被害はしっかり覚えていて、ダンジョンに対して気を抜くことはないのだ。

 

(どうすべきか。できるだけ奥に行った方がいいとは聞いている。しかし浅い部分でも効果は発揮されるとも聞いている。幸いにして今はまだ見つかっていないが、この幸運がいつまで続くかわからない。朝になればさらに見つかりやすくなる。暗いうちに動いた方がいいだろうな)


 男はどうにかして隙ができないか観察を続けて、夜明けが迫ることに焦りを覚える。

 刻々と時間が過ぎて、もう夜明けまで時間がないという頃合いに、見張りたちが動いた。

 

(交代の時間、だといいが。これがチャンスと考えて動くとしよう)


 見張りの意識がダンジョンからそれているのを見て、こそこそと物陰から物陰へと移動していく。

 幸いにして、見張りたちも徹夜の疲れがあるのか男の動きに気付くことはなかった。

 そうしてダンジョン入口まであと五十メートルもないところまできて、見張りが男に気付いた。

 今からダンジョンに行くのかと首を傾げる見張りに、動きが怪しくないかと別の見張りが言う。

 ダンジョンに入りたいなら、明かりをつけてもっと堂々とすればいい。この時間帯に入る者は珍しいがいないわけではない。

 一応確認してみるかと見張りたちがランタンを片手に持って、男に向かって歩き出す。

 それを察した男はこれまでの慎重さをかなぐり捨てて、入口へと走り出した。

 さらにおかしいと思った見張りたちも駆け足で追う。

 

「待て!」


 見張りたちの声を背に男は全力で走りながら、瓦礫を砕いて作った石のナイフを懐から取り出す。

 男はダンジョンに駆け込んで、上着をめくって腹を出す。腹にはなにかの魔法陣が入れ墨で刻まれていた。

 

「より良き未来のためにっ」


 歯を食いしばった男は腹へと勢いよく手製の石ナイフを突き刺した。

 激痛が走り、叫び声を上げて、血を流し男は倒れ込んだ。

 突然の自殺行為に、追っていた見張りたちがぎょっと驚いた顔で足を止める。

 流れた血は腹の魔法陣に触れて、赤黒い光を放つ。

 その次の瞬間には、倒れた男の体が砕け散った。

 散らばる骨と血と肉、そして異臭に見張りたちは顔を顰めて後ずさる。

 なにがなんだかと疑問を抱いている見張りたちの視線の先で、状況はまだ変化していた。

 飛び散っていた肉片などが、ほのかに赤い光を発してダンジョンに溶け込んでいった。


「……え?」「なくなった?」「俺の目にもそう見える」


 男がいたところをくまなく探す。肉や骨や血は跡形もなく消え去っていた。凄惨な死があったとは思えないほど、いつも通りの状況だった。


「明らかに尋常なことじゃない。誰かこんな状況を見聞きしたことはあるか?」


 ないと否定の言葉が返ってくる。


「町長に知らせよう。ダンジョンになにか起きるかもしれない」

「それがいい。ついでに見張りも強化すべきだ」

「一応ダンジョン内に変化が起きていないか調査もした方がいいんじゃないか?」


 そうしようと一人が報告のためダンジョンを出て、残りはダンジョンの調査を開始する。

 少しの異変も見逃さないように血肉が飛び散った範囲を調べたあとは、ダンジョンの奥へと足を進めていった。


 ミストーレから遠く離れた砂漠の巨石群。

 暗い部屋でソファに座り目を閉じていたアンクレインが、そのままわずかに顔をミストーレのある方向へと向けた。


「魔教の間抜けどもに施したしかけが動いたわね。以前とそう変わらないしかけだし嫌がらせにしかならないでしょうけど、これで戦力が少しでも減ってくれれば。ついでだしほかの大ダンジョンも動かしましょう。前哨戦といったところかしらね、それとも前祝い? こちらの準備は整ってきているわよ。我らの王の復活は近い。そちらの対策は邪魔してきた。そんな状態で、あなたたちはどこまで抗えるかしら」


 アンクレインの口もとがわずかに笑みをかたどる。

感想と誤字指摘ありがとうございます

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― 新着の感想 ―
[一言] うわあ、碌でもない組織だとは思ってたけども完全に魔物側の尖兵に仕立て上げられてるねえ またあの時の悲劇再びになってしまうのか……?
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