203 情報交換
詐欺師の件がひと段落して数日経過し、ダンジョンでの泊りがけの鍛練を終えて転送屋から出る。
すると転送屋の前が騒がしかった。
「我々はモンスター虐殺に反対するものである! モンスターも我らと同じく世界の一部、神の子であり、儲けのために殺すことは神の怒りに触れることである! 冒険者たちよ、モンスターの殺しを今すぐやめろ! 商人たちよ、モンスターを殺して得たものを買い取り売ることをやめよ! 我らの言葉を受け入れるのだ! でなければ神の怒りが降り注ぐであろう!」
……なんだあれ。
日本でも野生動物を駆除に反対する人はいたけど、似たようなものか?
俺のように周囲の人たちも立ち止まり耳を傾けている。でもその表情には歓迎といったものはなく、戸惑いや嫌悪といったものばかりだ。
人々が遠巻きにしていると、兵たちが駆けつけてきた。
「往来でなにをしている! 今すぐ騒ぐのをやめろ!」
「お前たちこそ邪魔をするな! モンスターは我らの同類なのだ! 以前ここに魔物が現れたと聞いた。モンスターの守護のためだろう。我らもそれに続くのだ!」
「なに馬鹿を言っている! これ以上騒ぐのなら捕縛するぞ」
「そのような脅しに屈する我らではない!」
騒いでいる人たちが止める様子を見せないため、兵たちはロープで縛っていく。
縛られる間も騒いでいたけど、猿ぐつわをかまされて運ばれていった。
なんだったんだあれと思いつつルポゼに帰ると、ロゾットさんにニルたちが部屋を取っていると知らされた。
「以前一度来た男で間違いない?」
「はい。間違いありません」
なんでここに部屋を取るんだろ。町長の屋敷に泊まればいいのに。
首を傾げながら部屋に戻る。部屋の前でハスファとメインスが待っていた。メインスはこうしてたまにルポゼを訪れるようになっている。タナトスの方にもハスファと一緒に行っているらしい。
武具を脱いで、ハスファの診察を受ける。
「今日も疲れ以外に異常なしですね」
「先に進まず戦い慣れた相手と戦っていたからね」
今回はイグズベアとばかり戦っていたのだ。前回の戦闘経験が生きたおかげで、護符のみで戦い抜くことができた。
帰る今日は劣化転移板を買うお金のために、魔力循環を使って七十一階のイグズベアを狩りつくす勢いで暴れてきた。
「どんなモンスターがいたの?」
「熊。熊のモンスターとして上から二番目くらい」
「私のような一般人からすればただの熊でも怖いのに、そんなに上のモンスターとかどれくらい強いのかさっぱりです」
「冒険者として中堅くらいになったパーティが全力で戦うくらいか」
中堅くらいだと六十階で進むのを止めるし、レベルも相応だろう。そんな彼らが十階上のモンスターと戦うなら油断はできない。
「中堅でそんな感じとすると、私についてきた護衛も苦戦するわね」
「かもしれない。ビッフェルさんたちには悪いけど、強者特有の雰囲気とかが感じられなかった。イグズベアを相手すると厳しいものがあると思う」
「魔王が復活するという話だし、教会の戦力も鍛えた方がいいかしらね。魔物がそのイグズベアよりも弱いってことはありえないし」
せっかく大ダンジョンのある都市に来ているんだし、鍛錬はやっておいた方がいいと思う。
メインスの言うように魔王が復活したら、いやでもあちこち荒れるだろうし、そのときのため鍛錬はやっておいて損はないだろう。
「そういった強いモンスターがいるのに、まだまだダンジョンは続くんですよね。最奥のモンスターはどれくらい強いんでしょうか」
「さて想像もできないよ」
ゲームだと最奥に行く必要があるから知っているんだけど、この世界だと知っている方がおかしいからとぼけるしかない。英雄が大ダンジョンを一つ突破したのは知っているけど、そこがゲームで突破したところと同じかは知らないし、迂闊に知っていることを話すわけにはいかない。
秘の一族の設定を持ち出しても、最奥の情報は誤魔化しようがないだろうし。
どの大ダンジョンも最奥にはリューミアイオールや遊黄竜よりワンランク下の竜がいるのは確定している。あとはそれぞれのダンジョンで違いがある。
俺がゲームで突破した大ダンジョンだと、九十階から九十九階にはゴールドアイズレオとか死影獣とか四つ腕オーガといったモンスターがいた。
どれもレベル二十では負けるモンスターたちだ。
「英雄たちが残した記録だと、花の化け物や大きな鉄人形がいたらしいわ」
フルールファムとアイアンゴーレムかな。たしかそんなモンスターを設定で見たことがある。
「花の方はわかりませんが、鉄の塊が町で大暴れするととんでもない被害が出そうです。以前モンスターが暴れましたが、あれ以上の被害が出るのでしょうね」
「確実に出るだろうね。冒険者のトップでも被害を出しながら戦って、それでも勝てるかどうかっていうモンスターだろうし」
倒せても多くの建物が瓦礫へと変化して、死者も大勢でているのは簡単に想像できるな。
今の俺だとアイアンゴーレムもフルールファムも三往復を使ってもかなり難しそうだ。四往復を使えるなら勝ち目がありそうだけど、確実に武器が駄目になるなー。
「そんなモンスターが出てこなくてよかったです」
「本当にラッキーだったよ」
モンスターを引っ張り出したのは魔物の仕業だっけ? さすがに魔物でも最奥までは干渉できなかったのかもな。
そんなモンスターが暴れても、転送屋の前で騒いでいた人たちは殺すなって言うんだろうか。
話していると扉がノックされる。
扉を開けるとニルがいた。
「帰ってきたと聞いたんで会いに来たんだけどお客さんが……神託司教?」
ニルの視線がメインスに向けられ、目を丸くしている。
王族なら教会本山のお偉いさんと面識があってもおかしくないよな。
「入る?」
「ああ、そうさせてもらおう」
ニルの背後にはオルドさんもいて、知らない女もいた。金の長髪をポニーテールにしている。ニルと近い年齢で、鍛えられた雰囲気だ。
その人のことはちょっと気になるけど、まずは椅子が足りないからとってこよう。
部屋を出て、すぐに戻る。
「お待たせ」
持ってきた椅子にニルたちが座る。
「互いに挨拶はしたのかな」
「ああ、すませた」
「すませたわ」
それなら今回は前置きなしでいいか。今日はどんな用事で来たのか尋ねる。
「遊黄竜の件で詳細を聞きたくて来たんだ。父から頼まれたんだよ」
「へー、詳細かー。向こうに到着してから準備とかして上陸した流れを話せばいいのかな」
「そうだね。お願いするよ」
港町の様子やギルドの依頼を受けて、調査隊に加わったこと。ロッデスがいたこと。上陸して森から出られなくなったこと。先に調査に来ていた人と合流したこと。魔物と戦ったことを話していった。シャルモスの残党についてもついでに話す。
ニルと一緒にいる女はそこらへんの話をニルからまったく聞いていなかったらしく、呆気にとられた表情になっていた。
「遊黄竜が魔王に関して話したのか」
「うん」
「これはいよいよ復活が迫ってきていると見ていいのかもしれない」
「ニル? 魔王復活とか本気にしているの?」
困惑した表情で女がニルに声をかける。
「ディアノ、君が一緒に来ると言ったとき信じられないような話を聞くことになると言っただろう? これがその一つだ。魔王復活は教会も把握していることだ。そうですよね、メインス神託司教候補」
「今は私人としてここにいるから、メインスだけでいい。あと魔王復活に関しては本山も把握していると断言する」
「……とんでもない話だわ」
「今からでも帰っていいんだぞ」
「いやついていく。あの言葉に偽りはない」
そう答えるディアノの目に熱いものが揺らいだ気がした。色恋のようでいて、また別のなにかのようにも思える。
「話を中断してごめんなさい。続けて」
「ええと、ああそうだ。魔物がどうして竜の力と必要としたのか聞きたかったんだ」
その疑問には首を振ってわからないと返す。
「あの鶏の魔物はそこらへん話さなかったから」
「なにかヒントになるようなことは言ってなかった?」
「ないね。アンクレインという魔物に繋がるってことくらいしかわからん。それの居場所はわかっているけど、行くのは難しいだろうし」
場所を聞かれたんで、西の大砂漠の巨石群だと返す。
「おそらくシャルモスの残党もそこを目指しているはず。アンクレインに恨みがあるということらしいし」
「残党と一時的に協力することも考えた方がいいかもな」
「やっていることが外道と言っていいし、協力なんてできるのかな」
「外道なのかもしれないけど、それ以上に魔王復活に関わってそうな魔物を放置するのはまずいだろう。恨みがあるなら執念でなにかしらの情報を得ているかもしれないし、接触も考える」
清濁併せ吞むというやつなのかなー。緊急事態だから手段を選んでいられないだけかもしれない。
「話を遊黄竜のものに戻そうか。鶏の魔物の強さはどれくらいだった?」
「魔力循環二往復を使える人が何人もいたら、被害を出しつつ倒せるという感じかな」
あの場には二往復が安定しないロッデスと俺くらいしか使い手がいなかったけど、俺たちのかわりに頂点会がいてもなんとかなったと思う。
「カルシーンと比べると?」
「やや下かな」
カルシーンほどの強さはなかったはず。といっても俺の主観だからなぁ。
「間違っている可能性もある。そこんとこ知りたいならロッデスさんにも話を聞いたらいいよ」
「そうしよう。例年よりも早くこっちにくることになるだろうし。それに合わせて俺か騎士をミストーレに動かせばいい」
「早くくんの?」
「父からの手紙で、素質のある人をさらに鍛えるつもりだと書かれていた。魔王復活に備えた行動の一つだな。鍛えるなら大ダンジョンが適していて、ここに大会よりも前に強者たちが集まることになる」
「なるほど」
「他人事のように返事したけど、無関係じゃないぞ」
「え、無関係だと思うんだけど」
神託関連には関わらないって言ってあるし。
「強者が集まるということは、それらが所属しているギルドメンバーも同行してくる可能性が高い。人が増えたら宿屋は稼ぎ時だろう」
「あ、そっちね。俺も強者としてその集まりに加われって言われるかと。たしかに稼ぎ時だわな。正確な時期は?」
「そこまでは手紙に書かれていなかった。でも大会一ヶ月前とかはないだろう。もっと早い」
「大会は秋で今は夏になったばかり……あと一ヶ月くらい?」
おおよその時期を算出して聞く。
「すでに手紙は出しているだろうから、その前に来てもおかしくはないだろうさ」
「その手紙って国内にだけ出したのかしら」
静かに話を聞いていたメインスが質問する。
「おそらく。周辺国の冒険者を他国の王が動かすことはできないから。でも周辺国の王族に魔王関連の情報を流す際に、俺たちはこう動くと知らせることはありえるし、その結果その国の冒険者がミストーレに集まることはありえる」
「うちも鍛錬を本格化した方がいいかもしれない」
さっき言っていたやつか。対魔物という以外にも、自陣の戦力上昇も見込んでいるのかな。他国が動いて教会だけ動かないと、置いてけぼりにされるだろうし。
「遊黄竜に関してはこれくらいか」
「今度はこっちからいい?」
なんだと聞いてくるニルに、ディアノさんはどういった人なのかと聞く。
「あー、修行先の娘さんだ。ついてきたいと言って行動を共にしている」
「サロートさんと交代した人かと思ったけど違ったんだ。じゃあサロートさんは?」
「ペクテアが夏に仕事で他国に行くって話したろ。その護衛として俺から離れているんだ」
「そっか。ニルは仕事せずに修行してていいのか?」
「死黒竜に会いに行って不甲斐ない結果に終わったから、鍛え直したいと思ったんだよ。同じ武器を使う強い人に会いに行って、技術の指導を受けた。そのあとは大ダンジョンで戦って地力を上げるつもりだったな」
「なるほど。それにしても不甲斐ないって……泣きわめきでもした?」
冗談めかして聞くと、ニルは苦笑して首を振る。
「さすがにそこまでじゃない。ただ動けなかった。そして見られただけで消耗がすごかった。デッサはよくあれと話せたね」
「必死だったから。いやほんとどうにかしないといけない状況だったよ」
「死黒竜はそこまでのものだったの?」
メインスが聞いてきて、俺とニルは頷く。
「すごく綺麗だけど、同時にとても怖い。存在感がありすぎる」
「じっとして動かず気配も消していたら、歴史に名を残す芸術家が作った像に見えなくもないけど、楽しむ余裕なんて正直ないだろう。一般人なら一目見て気絶してもおかしくない」
「デッサは遊黄竜も見たんでしょ? あっちは怖くなかったの?」
首を横に振る。
「存在感はあるけど、恐怖はなかったね。ほかの人も緊張はしても恐怖を抱いている様子はなかった。こっちに敵意を向けていなかったからじゃないかと思う。死黒竜は会話するのも大変だったけど、遊黄竜はそうでもなかった。背中を移動しても消耗とかしなかった」
「死黒竜は同じ場いるだけで体力をもっていかれるからなぁ」
わかると俺も頷き同意する。最初の一言を発するのにえらく苦労したもんだ。
「じゃあ次の質問。なんでルポゼに部屋をとったんだ。町長のところに行けば部屋を準備してくれるだろうに」
「鍛錬に集中したいんだ。町長の家だと公人としてふるまわないといけなくなる。公人としては怪我とかあまりするわけにはいかないからね。それは鍛錬がやりづらい」
「一応言っておくけど、ここは貴人に対応できる宿じゃないからね」
「わかっているさ、普通の対応でいい。ほかに聞きたいことはあるかな」
特にはないかな、いやあの騒いでいた人たちのこと知っているかもしれない。
転送屋の前で見たことを話す。
「あの人たちってなんだったか知ってる?」
「魔教がいたのか。デッサが知らないのは意外だな」
魔教? 初めて聞いた。ゲームの知識にもデッサの記憶にもそんなものはない。
不思議そうなのは俺とディアノさんだけだ。教会組と王族組は知っているみたいだ。
メインスが説明のためか口を開く。
「魔教というのは、モンスターや魔物との共存を主張する集団。一般人ならそんな主張は受け入れられないけど、ごくまれに共感する人もいるみたい。魔物が出現したという情報を掴んで、聖地のような感覚でやってきたと思う」
「魔物はともかくモンスターと共存は無理じゃないかな」
「魔物は?」
全員の注目が集まる。
「魔物との共存も無理じゃないかって思うのだけど」
「基本的には無理。でも趣味や活動方針が合致すると一定期間一緒にいることは可能らしいよ」
ゲームに出てくる書物に書かれていたことだ。
「そんな話は初めて聞いた」
「俺が知っている話としては二つ。人間を研究対象として興味を持った魔物が人間と十五年くらい共に過ごしたと言う話。その人間は魔物が村から赤子を攫って成長を観察したそうだ。虐待とかせずに普通に育てたみたいだ。もう一つは魔法の研究という共通の目的があって、人間の視点と魔物の視点の両方から見て、共同研究していたそうだ」
二つとも魔物が人間に利用価値を認めて、接触したということなんだろう。普通は殺害対象でしかない。
「本当にそんなことが?」
「大昔の出来事だそうだよ。本当だと示すことができる証拠はだせないけどね」
「本当だとしたらかなり特殊な例なんだろうな」
半信半疑といった表情でニルが言う。
それには俺も頷き、ほかの人たちも同じように頷いた。
「魔教はそういった例をもっと知っているから共存できると言っているのでしょうか」
ハスファが困惑しつつ言い、メインスが首を振る。
「どうなのでしょうね。魔教も謎な組織だから、深い部分はさっぱり。詳細を知ろうと捕まえても、その信者とかは死んでしまうそうよ」
「自殺?」
「そこがわからない。いつのまにか死んでいるみたい」
「情報がばれないように呪いをかけられているとか」
「その可能性もあるわね」
情報がないから、どんな可能性もありうるんだなー。
夕飯の時間だと知らせる鐘が廊下から聞こえてくる。
「それじゃそろそろ解散ということで。腹減ったし、ダンジョンの泊まり込みから帰ってきたばかりでゆっくりしたいんだ」
「疲れているところすまなかった。夜に話せるか? 難しい話じゃなくて俺がミストーレを出発してから、デッサがなにをしていたのか聞きたいんだ」
「わかったよ」
それぞれ椅子から立ち上がり、部屋から出ていく。
最後にメインスが残り、俺の耳元に口を寄せる。
「共存に関しては、秘の一族の情報かしら」
「なんで秘の一族のことを」
あ、シャンガラで秘の一族について話したからそこからの情報で知っていたのか。
「まあ、そんなところ」
「メインス様?」
ハスファに呼ばれて、メインスは離れていく。
俺も部屋から出て、ハスファとメインスを見送ってから食堂に向かう。
メインスが秘の一族について知っていたということは、この国の王族だけじゃなくて、教会もでまかせを知ったということか。見つからないものを探しているのかな。
食事をすませ、風呂に入りに行き、帰ってきてからのんびりとしていると扉がノックされる。
私服のニルだけが立っていて、招き入れる。
互いになにをしていたのか話して夜を過ごした。
感想と誤字指摘ありがとうございます