202 売り込み 4
教会の敷地内に入り、歩いていた修道士に声をかける。
「用事をお願いしたい。少し前、ここに連行されてきた人たちがいるでしょう? それの仲間と思われる人を捕まえたんで、教会の兵に連絡をとって受け渡したい。申し訳ないけど、知らせてもらえないかな」
「わかりました。すぐに知らせてきます」
修道士が走っていき、十分もたたずにメインスの護衛がやってきた。
「あれらの仲間というのは、そいつらか?」
頷いて、捕まえたときの状況を話す。
護衛はたしかに無関係ではなさそうだと納得した様子を見せて、兵に頼んでそのまま修道士を案内につけて教会の奥へと連行してもらう。
「あなたは一緒に行かないんですか?」
「ちょうどいい機会だから君と少し話したかった」
「そうですか。なにか聞きたいことでもあるんでしょうか」
「その前に自己紹介をしておこうか。ビッフェルという名で、メインスの従兄だ」
「ああ、メインス様の話に出てきた兄のような人とはあなたのことですか」
「間違いないだろう。俺以外に兄の立場の人間はいないしな」
「護衛として教会本山から同行したのは、住み慣れた場所を離れることを心配したからですかね」
「そんなところだ。それで話というのはあの子に関したことになる。あの子が君と関わりを深めようとしているのは気付いているかな」
「なんとなく」
タナトスとかの会話で、それに近いこと言っていたよな。俺が神託に関わるからというのはわかるけど、ある程度繋がりを持っておくだけでいいと思う。関わりを深める意味はなんだろうな。
「関わりを深める理由に心当たりは?」
首を横に振る。
「ありませんよ。神託関連なのかなって予想するくらいです」
「まあ、当たりといえば当たりか。メインスのことはどう思っている?」
「これといって特別にどう思うとかはないですかねー。タナトスに関わってあの感想はすごいと思いましたが」
「特別な感情はないということでいいのかな」
「特別って? 具体的にはどういったことです?」
聞き返すとビッフェルさんは止まる。悩んだ様子だ。
そのまま一分二分と時間が流れる。ずいぶん悩むな、そんなに言いづらいことなのか。
特別な感情がどうこうと聞かれたときに、指し示しそうな思いってなんだろう。
好意、嫌悪、殺意、こんなところ? 殺意はさすがにないだろうし、好意と嫌悪が該当するんだろうか。
「あの、言いづらいことなら言わなくていいんで、もう帰っていいですか」
「ん、ああ、こちらから引き留めたというのに、放置してすまない」
頭を下げてくるビッフェルさんに別れを告げて、ルポゼに帰る。
屋内に入ると夕食の香りが漂っていた。
俺も食べようと食堂に入る。
「オーナー、遅かったな? なにかあったのか」
「教会に行くとき、商人の仲間らしき奴らにつけられているのに気づいたんだ。その人らをおびき寄せて気絶させて教会に渡してきたから少し帰りが遅れた」
宿泊客はなるほどと頷いて、怪我の有無を聞いてくる。ないと返すとほっとした表情を浮かべた。
「まだ仲間がいるかもしれないし、もう少し警戒しておこうか」
「迷惑をおかけします」
「オーナーが謝ることじゃないだろう。詐欺師たちが悪いんだ」
そうだそうだとほかの客も同意する。
そう言ってもらえると助かるな。
礼を言い、セッターさんから受け取った夕食をもってテーブルに着く。
◇
去っていくデッサを見送り、ビッフェルは溜息を吐く。
先ほどの質問になんと答えればよかったのか、まだ悩んでいた。
すぐに返そうとした言葉は「恋愛感情」だった。しかしそれを口にするとそれをきっかけにして、デッサが意識してしまうのではと思ってしまった。
教会の関係者として考えるならば意識してくれるのは助かる話だった。上層部からもそう望まれているのだから、勧めるべきだったのだろう。
だが兄貴分としてだと妹分におかしな男が近づくのはどうにも了承しかねる思いだった。
これまで大事にしてきた妹が嫁ぐなら、ちゃんと任せられる相手がよかった。
デッサが悪いとは言わない。単純に接した時間が短すぎて相応しいのか判断できないし、妹の幸せを願うなら政略結婚じみたことも避けたかった。
教会関係者と兄としての気持ちに揺れて、ビッフェルは無言になってしまったのだった。
「戻るか」
自分が悩んでも仕方のないことだと溜息を吐いて、メインスのいる尋問室近くの待機部屋に向かう。
「おかえりなさい、戦士ビッフェル。戻ってくるのに少し時間がかかりましたけど、どうしてです?」
「少しばかり彼と話していました」
「なにを話してきたのでしょう」
ビッフェルはメインスの表情に公人ではなく私人としての興味の感情を見つけた。
「特別なことではありませんよ。どこでどのように捕まえたのかといったことを聞いただけです」
「そうですか」
「こちらはなにか進展はありましたか?」
ビッフェルがここを離れたときは、商人は詐欺を否定していた。その一方で商人の護衛たちは無言を貫いている。
メインスたちは尋問を進めながら似顔絵を作り、町の兵の協力も得て、彼らの宿を探し始めていた。そこになにかしらの情報があることを期待したのだ。
「護衛たちがなにも話さないということに違和感があります。商人のように勘違いだと言わず、なぜ黙るのか」
ビッフェルの発言を聞いてメインスは少し考えて口を開く。
「少しの言動でもなにかしらに繋がり、それがばれることを恐れている? もしくはこっちがあちらを捕まえる材料が不足していると考え、時間が流れることで解放されることを狙っている? そうだとすると……商人は詐欺を否認している。護衛は黙秘している。ということは両者は別々の事情を抱えているかも?」
単純に教会関係者を嫌って黙っているだけとも一瞬考えたが、護衛全員がそうだというには無理があるかもと口には出さなかった。
「そこをついてみるように尋問している者たちに話してみましょうか。護衛の事情に巻き込まれたとわかれば、商人が口をわるかもしれません」
「お願いします」
ビッフェルは待機室から出て、商人が尋問を受けている部屋をノックする。
顔を出した男に外に出てもらい、メインスと話したことを伝えた。
「彼らは別々ですか、わかりました。それとなく話題に出してみます」
「頼んだ」
尋問は夜遅くまで行われ、メインスたちは途中で部屋に戻った。
そして翌朝に報告書を受け取り、朝食後に本山組で読む。報告書には本人からの証言だけではなく、彼らが使っていた宿から押収したものから得た情報も書かれていた。
読んだものをテーブルに置いて、メインスは疑問を表情に出す。
「商人の方はどこかの犯罪組織の末端だと示す手紙があり、護衛たちも同じく。どうして尋問への対応に違いがあるのでしょうね?」
「なぜでしょうね」
護衛や世話役も首を傾げる。
その答えがわかったのは、これらの情報を町と共有したあとだ。
犯罪組織の情報を町が持っていて、それらを照らし合わせて行動が把握できた。
◇
詐欺師を捕まえて数日経過し、ダンジョンから帰ってくるとハスファとメインスがルポゼにいた。
「待ってたよー」
「なにか用事?」
「詐欺師に関した情報を伝えに来たの」
なるほど頷きかけて、ハスファに書類を持たせればいいのではと思い聞く。
「何度か言ったけど交流の機会を大事にしたいからね」
さあ中に入ろうと言ってメインスは扉を開いて、真っ先に入っていった。
ハスファは苦笑し俺のあとに部屋に入り、扉を閉める。
「とりあえず、先にハスファの用事をすませるといいよ」
「メインス様が先じゃなくていいんですか?」
「いいよいいよ。体調確認しないと落ち着かないでしょ?」
ハスファは礼を言ってから、いつものように俺の体調確認をしていく。
「疲れ以外に異常はありませんね」
「いつもと変わらない鍛錬だったしね」
確認を終えて、俺とハスファは椅子に座る。
「さて話していきましょうか。まずはなにから聞きたいとか希望はある?」
「なにからと言われても、俺に関係しているのはあの商人が詐欺師かどうかじゃないか。ほかに事情があっても俺には無関係だと思うけど」
「そうとも言えないような。まず商人は詐欺師だったわ。犯罪組織に所属していてね、その末端として働いていたの。その組織はこの国と私たちの国の国境に本拠地があって、それを両国が協力して約一年前に潰したというわけね」
隣国の野菜を持ってきたのは、もとからこっちとあっちを行き来して食べ物の違いを知っていて、詐欺にちょうどいいと考えついたからかな。
「まだ活動しているということは完全には潰しきれなかったということか」
「そうね。トップは捕まえたけど、幹部を三人くらい逃がしたみたい。その幹部が組織再建のため資金集めを始めていた。殺人強盗詐欺恐喝といったものを両国のあちこちでやらかしていたみたいね」
「今回商人を捕まえたことで、再建を指揮している奴らを捕まえることは可能?」
メインスは残念そうに首を振る。
「末端には新しい拠点の位置を教えていないらしくて。でも資金の受け渡し場所はわかったから、そこに来る関係者を捕まえるため国がまた動くわ」
「そりゃよかった。殺人までやっているなら凶悪な奴らだし、さっさとなくなった方がいい」
「そう思うわ。それで続きなんだけど、商人と護衛は一緒に行動していたけど、命令系統というのしら? 上司は別々だった」
「というと?」
「同じ組織に所属していたんだけどね。別の派閥から命令を受けて行動していたの。だから尋問のとき商人は詐欺師じゃないと誤魔化し続けて、護衛の方は黙ったままという対応の違いを見せていたわ。捕まったときの対応が、派閥で違っていたみたいね。組織が潰れて、混乱がまだ収まっていないからこそのつめの甘さなのかもしれない」
「なるほどねー。そこだけじゃなくほかにも甘い部分はあったのかもしれないな」
資金不足で強い人を雇えなかったとかいろいろとありそうだ。
「かもね。商人たちの立ち位置的な話はここまでとして、次にルポゼを詐欺の対象に選んだ理由を話すわ」
ここが営業開始したばかりで狙い目だからじゃないのかってロゾットさんと話したけど、別の理由があるのかねぇ。
「ここを狙うようにという意見があったそうね。損失を与えたい、できるなら建物を破壊してほしいと言っていたみたい。あなた営業開始する際に恨みでも買った?」
「破壊とは穏やかではありませんね」
ハスファが目を丸くしている。俺も同じ気持ちだ。
「恨みと言われても、心当たりがまったくないんだけど。ここの経営権や土地を無理矢理奪うとかやってないし、お金の支払いを渋ったわけでもない」
「あなたが恨みを買っていないとすると、ここ自体になにかしらの思い入れがある人かしら」
「あ、それなら思い当たる人がいる」
ルーヘンとレスタの両親だ。
「壊すように言った人の特徴はわかる?」
「聞いているわ」
少し待ってもらい、ルーヘンかレスタのどちらかを呼びに行く。
従業員に声をかけて、二人がどこにいるか聞く。二人とも取り込んだ洗濯物を各部屋に運んでいるそうだ。
「ルーヘンとレスタちょっといいか」
「はい、なんでしょう」
二人は洗濯物を畳んでいた手を止めて、こっちを見てくる。
「両親の件で聞きたいことがある。悪い情報だけれどついてきてほしい」
「悪い話なら妹に聞かせるのは避けたいですね。俺が行きましょう」
「一応言っておくと訃報じゃないから」
「その可能性が高いと思っていましたが、違ったんですね」
少しだけ二人はほっとした様子を見せる。別れた親とはいえ、死んだという話は堪えるものがあるのだろう。
ルーヘンと一緒に部屋に戻る。
「息子を連れてきた。改めて特徴を頼む」
頷いたメインスはここを狙うように言ったという男の特徴を話していく。
「断言ではできませんが、父だと思います。その父がなにをしたんでしょうか」
「この前詐欺師が来たことは話しただろ。その詐欺師にここを狙うように言ったのがその男だそうだ」
「そう、ですか。再開したと知られたんですね」
残念そうに溜息を吐いた。再開したことを知られたことが残念なのか、相変わらずここを潰そうとしたことが残念なのか、どちらなんだろう。
「父と詐欺師はどういった関係なのでしょうか」
「行き場をなくしていたところを、詐欺師たちが拾ったらしいわ」
ここのことは詐欺師たちに頼んで探ってもらったんだろうか。
「一緒にいるなら国が動いたとき一緒に捕まるな」
「そうでしょうね」
「それがいいと思います。ここはすでに父のものでも俺たちのものでもありません。恨みをぶつけるのは筋違いです。無関係の場所に迷惑をかけたのだからちゃんと罰せられるべきです」
さすがに助けを求めるようなことは言わないか。
「父の行く末が知れたことはよかったです。母も一緒にいるのでしょう。まっとうになっていてほしかったですが、その結果を選んだのはあの人たち自身。やらかしたことの償いはしてもらいましょう」
硬い表情で仕事に戻りますと言ってルーヘンは部屋から出ていった。
「ルーヘンの両親はどういった罰になると思う」
「鉱山に死ぬまで放り込むか、ほかの人たちと一緒に処刑のどちらかだと思う。殺人とかやらかしている人たちと一緒にいるんだから、重い罰を受けるのは確定」
「そっか」
ここから離れたんだからきれいさっぱり、ここのことを忘れて生きたらよかったのにな。
まあ恨みつらみは、そう簡単には忘れられないってのも理解できる。俺もリューミアイオールに苦労させられているし。でも同情する気はさらさらない。
「詐欺師に関連したことで、俺に知らせることはほかにある?」
「もうないかな。あとはここ以外にも被害者がいたとかくらい」
「その人たちは気付いてたのかな」
「気付いた人も気付かなかった人もいるようよ」
被害を防げたのはいいことだな。
詐欺師の話は終わり、少しだけ雑談をしてメインスとハスファは帰っていった。
思わぬ形でルーヘンの親たちが関わってきて、その結末もほぼ決まった。
ルポゼの問題はこれで終わるといいなと思ったけど、最後の問題が残ってたわ。
俺がリューミアイオール関連で死んでしまうと、経営が厳しくなる。まだ赤字で目を離すのは不安があるのだ。もう少し経営が上向くと儲けは少ないけど安定しそうなんだけど。
遊黄竜は心配しすぎることはないとか言っていたけど、俺が帰ってこれないという最悪は想定して、なんとかルーヘンたちだけでやっていけるように考えておかないと駄目かもしれないな。
感想ありがとうございます