200 売り込み 2
タナトスの家を目指して歩きながら、話題の一つとして思いついたことをメインスに聞く。
「メインスの国にはチックリーフとリリッキって食材があるんだろ?」
「あるわね。そういえばこっちだと見かけないけど」
「こっちにはないからな。ハスファも知らないよね」
「はい。視察に来た人たちが話していたような気がしますが、この国では聞きません」
そうだったんだと意外そうなメインスは頷きつつ、その二つがどうしたのかと聞き返してくる。
「宿にその二つを売り込みに来た商人がいるんだ。質がいいらしいけどさ、俺たちはそれについて知らないから質の良さとかわからなくてな。どういったものが質が良いとされているのか知らないか」
「農業や料理はやらないので判断できない」
「そっかー」
隣国の出身者ならわかると思ったけど無理だったか。
「でも食べてみたらわかると思う。本山で私たちに出されるものは良い食材ばかりだから、いつもと近い味なら質が同じってことでしょ。作られた料理を食べるためにタナトスの次はデッサの宿に行きましょ」
「以前から来るとか言っていたし、こっちにとっては助かる話だけど、積極的に絡んでくるな」
「前も言ったけど交流の機会は逃さないようにしているのよ。それにしてもうちの国の食材かー、夏場だし鮮度を保つのが大変でしょうね。その分もあって売値が高くなりそう」
「値段はこの国の良いものより少しだけ高かったかな」
具体的な金額を伝える。それくらいかと納得した様子だ。
ここしばらくチックリーフとかを食べていないので楽しみだと、メインスは鼻歌を歌いそうな雰囲気をまとった。
タナトスの家の前まで来ると、メインスはこういった感じなのかとこくりとつばを飲む。
「駄目そうならここで帰るのもありじゃない?」
「たしかに雰囲気がいいとはいえないけど、帰る理由にはならないわ。話してみたいという思いは本当なんだから」
そういうことならと遠慮なく玄関から声をかける。
出てきたシーミンの母親は、見慣れない人物に首を傾げた。
「二人ともいらっしゃい。シーミンはまだだけど、そう時間をかけず帰ってくると思うわ。中で待ってる?」
「そうします」
ハスファも頷いている。
屋内に通されて、リビングで水を出される。
「それでそちらはどなた? あなたたちが連れてきたのだし、おかしな人ではないのだと思うけど」
俺たちが一口水を飲んで落ち着いたのを見て、母親が聞いてくる。
「ハスファの上司です。一度タナトスと話してみたかったとか」
「同じくらいの年齢に見えるけど、すごいのね」
本山所属でさらに上の人と伝えていいのかわからなかったんで、誤魔化したら納得してくれた。でもなにを聞かれるのかと若干表情が硬くなっている。
「メインスと言います」
まずは名乗って一礼する。
年上への敬意を感じさせる程度の改まった口調で、会話が始まる。
会話が進むにつれて母親の表情から硬さが抜けていった。会話の内容は、タナトスの仕事や毎日の料理といったもので、タナトスを非難するようなものではなかった。
そのまま会話がおかしな方向に進むことなく、シーミンが帰ってくる。
俺たちを見て笑みを浮かべたシーミンは、メインスを見て首を傾げる。
誰なのかと母親と同じことを聞いてきたから、同じような説明をする。
「私はこのまま話しているので、三人は自由にどうぞ」
メインスはそう言って母親との会話に戻る。
それならシーミンの部屋に移動するかということになり、移動してベッドや椅子に座る。
「彼女は以前デッサの話に出てきた本山から来たっていう人でいいの?」
「あってる」
「うちの話を聞いてどうしたいの」
「なにかするということはないはずです。ただ好奇心のままに話していると思いますよ」
「あの人から嫌な気配はなかったから、好奇心と言われたら納得はできるかな」
シーミンの勘に引っかかることはなかったのか。
それならなにか裏はないと思っていいんだろう。
「どうしてうちに来たんだろ」
「今日ここに来る予定はなかったんです。いつものように食べ歩きを目的としていたんですが、デッサさんと会ってここに同行するという流れになったんです。前からタナトスと話してみたかったと言っていましたから、ちょうどよい機会と思ったかもしれません」
「デッサが原因?」
「まあそういうことになるかな」
でも切っ掛けは作ったけど、あそこで出会ったの偶然だからなぁ。
シーミンもそれはわかっているようで、溜息を一つ吐いただけで話を進める。
ここ最近のことについて話して二十分ほど時間が流れ、扉がノックされる。
話を終えたメインスがこっちに来たのだ。
「お邪魔します」
「どうぞ」
困惑した感じでシーミンは招き入れた。
そんな様子を気にしたハスファがどうしたのかと聞く。
「……この人の反応がこれまでにない感じだから」
「どんな反応なの?」
メインスが興味を惹かれたように聞く。
「私たちの雰囲気に嫌なものを感じている。それはほかの人と同じ。でもそれを気にしてない感じといえばいいのか。いや違う、気にしてはいるけど平気なのかな。初めて会ったときのデッサも気にしていなかったけど、それとはまた違う感じ」
「嫌な雰囲気に慣れているから平気とかそういった反応なんだろうか」
シーミンの説明を受けて俺が感じたことを言うと、こくこくとシーミンは頷く。
「その説明には納得できるものがある」
そう言うメインスにハスファは「納得できるものがあるのですか」と不思議そうに聞き返す。
「タナトスのまとう雰囲気とは違うけど、本山でも利益に絡んで嫌な気配を放つ人はいるのよ。なにか考えを秘めて近づいてきて、迂闊に関わると痛い目を見る。それらと比べると、雰囲気だけで害のないタナトスの人たちは可愛いものだわ」
「その評価は初めて」
「でも納得できる。雰囲気以外は善良な人たちだからな」
ハスファが同意だと頷いた。
「各王家がタナトスへの支援を止めないのは、そこらへんも関係しているんでしょうね。雰囲気だけで、おかしな考えは持っていない人たちだから安心して活動を支援できると」
「王族とか大貴族とかいろいろな重くねばついた思惑が絡んだ人間関係を築いてそうだし、それと比べると大したことないと思っているのか」
「予想に過ぎないけどね。当たっているなら国のトップ辺りは、タナトスと普通に接することができるのかも」
もしもニルがタナトスと接する機会があったとしたら、わりと平気な顔で接していたのかもなー。
その機会がどうやったら訪れるのかわからんが。
「そんなわけであなたに思うところはないわ。だからお話ししましょ」
「う、うん」
戸惑ったままシーミンは頷いた。
「その様子だと軽快な会話は無理そうだし、質問に答えていく感じにしない?」
こくりとシーミンは頷いた。
「私は教会本山から来たメインス、あなたのお名前は?」
「シーミン」
自己紹介から始まり、趣味や仕事といったシーミン個人に関する質問が続く。
シーミンも質問に答えていくうちに、戸惑いがなくなっていく。
「これで最後の質問にしましょうか。デッサのことはどう思っている?」
「大事な友達。話したりするのが楽しい。困っていれば助けたい。無茶をしているのは心配。もちろんハスファも大事な友達」
「ありがとう。私にとっても大事な友達ですよ」
ハスファが嬉しそうに礼を言う。
「私とも友達になってくれると嬉しいわ」
「なにか考えてる?」
単純に友情を求めたわけではないとシーミンは勘で見抜いたようだ。
指摘されてメインスは、ほんの少し気まずそうな表情になった。
「互いに今後もデッサと関わっていくことになるだろうし、その過程で頻繁かどうかはわからないけどまた会うでしょう。敵対すればデッサに悪印象を持たれることになるだろうから避けたい。だからデッサの友人とは親しくしておきたいと思っているわね」
「うん、わかった。よろしく」
打算ありきとしても受け入れるのか。
「いいんですか、シーミン」
「デッサのついでだとしても親しくしたいという部分は本音みたいだったし、嫌われたくないというのも本音。それらを踏まえてまあいいかなって」
「高い洞察力や豊富な対人関係の経験でこっちの考えを見抜いてくる人はいるけど、勘で見抜いてくる人とは初めて会ったわ。シーミンが私のような人は初めてだって言っていたけど、私もあなたのような人は初めてよ」
互いに初めて同士ねと苦笑しつつメインスは握手のため手を伸ばし、シーミンは握り返した。
タナトスの家から出て、ルポゼに向かう。
「友達になりたいとこちらから言い出してあれだけど、なにか隠しごとがあったらシーミンと会うのは避けたいわねぇ」
言いながらメインスは苦笑を浮かべた。
強くなったことで以前よりも勘が鋭くなっているみたいだし、隠し事がある人は大変だな。
俺も無茶を止められない理由は伏せているけど、シーミンが聞きたいと言えば話すし気楽なもんだ。
「誰しも隠し事の一つや二つはあるでしょうし、そこはシーミンもわかっていると思いますよ。隠し事をしているのはばれますが、なにを隠しているのかはわからないし、そこまで大きな問題にはならないのではないでしょうか」
ハスファのフォローを聞いてもメインスの表情に変化はない。
「会話の前後の内容でなにを隠したいのか予想できそうだけど」
「これまでの付き合いで、隠し事をしていると軽く追及されることはありましたが、伏せておきたいと伝えるとそれ以上追及はしてきません。それでいいと思いますが」
「下心のある私としては過剰に反応しちゃうのよね」
困った困ったとメインスは笑う。
「最初に隠し事があると伝えてから話すとかしたらどうよ」
「どうすればいいかわからないし、そうしましょうか。二人は隠し事したい場合はどうしているの」
「俺はどうせばれるしほとんど話しているよ。隠したいことは伝えないと言ってある」
「私は隠しておきたいことといえば、誕生日プレゼントの内容とかそういったものですし、ばれてもいいと思って深刻には考えていませんね」
ハスファは以前タナトスに少し壁があるとか言っていたけど、それはわざわざ口に出さずとも伝わってそうだし、今はその壁も薄くなってそうだ。
そんな状態だから深刻ではないんだろうな。
シーミンのことから別のことに話題が移り、そのうちルポゼに到着する。
「おかえりなさい。そしていらっしゃいませ」
「ただいま」
従業員に返して、食堂に向かう。
「セッター、あの食材はもう使った?」
カウンター越しにセッターに聞く。
セッターとフリンクは夕食の下ごしらえをしている最中だ。
その作業の手を止めずにセッターは作っている最中だと言う。
「チックリーフはあまり手を加えずサラダに、リリッキはグラタンのつもりでいます。リリッキの方はまだ変更できますがどうします?」
「変更しなくていいよ。サラダはすぐにできる?」
「ええ、あとは薄味のドレッシングをかけるだけです」
「悪いけどすぐに出してくれないか。実はこの人が隣国出身でね、チックリーフを食べたことがあるって言うんで質の確認をしてもらおうと思っている」
「それは助かる話です。きりのいいところまでやってしまうので少しだけお待ちを」
「あ、一枚だけ先に食べさせてもらっていいかな」
メインスの頼みにセッターは頷いて、チックリーフを差し出す。
受け取ったメインスはポイっと口の中にそれを放り込んだ。
ふと思ったんけど、メインスって毒見とか必要な立場じゃないか? いやでも食べ歩きしていたみたいだし、そこら辺は気にしなくていいんだろうか。
俺が考えている間にメインスはチックリーフを咀嚼し飲み込んだ。
「不味いわけじゃないんだけど、私が普段食べていたものと比べて味が落ちるわね」
「輸送している間に質が落ちたとか」
「そうなのかしら。もしこれに値段をつけるとしたら、輸送費はひとまずおいておくとして、市場にありふれた品質のものと同じ値段をつけるわよ」
「あの商人は質がとても良いものを持ってきたと言ったんだよな」
「私の味覚だととても良いものとは言えないわね」
なるほど。食べ慣れたものとは外れていると。
「セッターは味見してみた?」
「しました」
「知らない素材だから品質はわからないということだったよな」
「そうですね」
「だったら日数が経過して劣化しているかどうかという面では判断できたりしない?」
そう聞くとセッターは一枚チックリーフを手に取る。
「こうして見たかぎりでは少しは劣化している部分もあるかと。若干しなびた感じがありますし。しかし食べられないわけでありません。十分に食べられる状態を維持しています。そういった面で見ると、味への影響は大きいものではないと思います」
ありがとうと伝えて、メインスに顔を向ける。
「もし収穫したばかりのこれを味見したら高品質といえる味だと思う?」
「ないわね。断言していい。一般的な質。外にいる護衛にも味見してもらったら同じことを言うんじゃないかしら」
護衛ってなんだろうかと料理人二人が首を傾げている。
「サラダを食べてもらうか」
「それじゃ一人呼んでくるわ」
メインスは食堂から出ていく。
感想と誤字指摘ありがとうございます