2 締め切りありのスタート 後
この世界にはレベルって概念はなさそうだけど、ゲームだとレベルはあった。
レベルが上がると、リューミアイオールが求めた三つのステータスが上がる。だからゲームと同じようにモンスターを倒していけば、強くなれるはずだ。村に来たことがある冒険者も魔物を倒せば強くなると言っていた。
ただダンジョンのコアを一度壊さないと駄目かな。
デッサの記憶を探ると、ダンジョンがあるのは確定だ。ゲームと同じくダンジョンの最下階や最上階にコアがあるのだろう。
ゲームだと一般人のレベルの限界は3だった。どれだけモンスターと戦っても、それ以上レベルを上げるのは無理だ。
ダンジョンコアを壊して、コアが持っていたエネルギーを浴びることで限界が引き上げられる。
んでもって、普通に暮らしていればレベルは十二歳くらいで一つ上がるらしい。
だから俺はレベル2になっていると仮定すると、リューミアイオールが求める強さを達成するにはダンジョンのコアを壊す必要がある。
壊すコアは小ダンジョンでいいはずだ。ダンジョンには小から大の三種類があって、ゲームだとまずは小ダンジョンのコアの力を浴びて、次に中ダンジョンで限界を上げていくという順序でやっていかなければ、体に支障が出るとなっていた。
幸い小ダンジョンは壊しても壊してもあちこちに出現するそうだから、小ダンジョンが見つからずに期限が迫ることはない。
だが俺にできるんだろうか? ゲームの主人公は楽に突破していたけど、選ばれた勇者だからこそ突破できたんだと思う。
「だがやるしかない。死なないため、無茶を通すしかない」
思わず考えが零れ落ちた。
そうだやるしかないんだ。足を止めたらそこで死ぬ。そして俺はまだ死にたくない。死の痛みなんぞ、また経験してたまるか。だったら無茶でもなんでもやるしかない。
その無茶を通すには今のなにも持っていない状態は駄目だ。
「お願いというか聞きたいことがあるんですが」
「なんだ?」
「ここらへんに落ちているものを拾ってもいいですか?」
落ちている武具はどれもぼろいけど、まだ使えるものがあるかもしれない。
それにゲームだとドラゴンの力を浴びた石とか植物はそれなりに高値で売れたはずだ。
生贄のはずの俺が村に戻ったところで、山に追い返されるだけ。このままだとなにも持たずに鍛錬開始になる。サバイバル能力はたいして高くないから、そこらに生えている植物を食べて生きていくのも限度があるだろうし、金はどうにかして手に入れたい。
「私には必要ないものだ、好きにするといい」
「ありがとうございますっ」
リューミアイオールは、用件は終わったと翼を動かして空中に飛び上がり山頂へと帰っていった。
翼が起こした風がやんで、静かになる。
威圧感のすごい生物がいなくなって、体から力が抜ける。
「……ロープを切ろう」
その場に寝転べばすぐに眠れる気がするが、そんな時間を無駄にすることはしたくない。
ぴょんぴょん飛び跳ねて、折れた剣のそばに行き、拾い上げる。
のざらしだったせいで、錆ばかりだ。ロープに刃を当てて引くと、ぼろぼろと刃が砕けていく。
「これは駄目だな。ほかの剣はどうだ」
どれも駄目になっているものばかりだ。
鎧も錆びていて、持っていくことはできないだろう。そういった鎧の中には、斬り裂かれたものもあった。リューミアイオールの爪で裂かれたんだろうな。
探していくと錆びてはいるもののまだましと思えるナイフがあり、それでロープを切る。
「これでよし。まだ使えそうなものがあるといいんだけど」
時間をかけて丁寧に調べていく。
ロープを切ったナイフ以外の武具は全滅だった。弱っちい俺の蹴りで砕ける武具は役に立たないだろう。
ほかにあったのは皮の水筒や服らしきぼろ布やランタンといったものだ。そのどれもが長い年月で駄目になっていた。
使えるものもあった。硬貨だ。銅貨や銀貨や金貨があったのだ。大きな銅貨、小さな銅貨、大きな銀貨、小さな銀貨、金貨の五種類だ。
金の管理は親がしていたから、記憶を取り戻す前の俺はそれらをちらっとしか見たことがない。
親が使っていたのは銅貨や銀貨だ。金貨はなかった。うちが貧乏だったからなのか、農村では使われないのかわからない。それにその硬貨と拾った硬貨が同じなのかもわからない。
時代の移り変わりで、硬貨の種類も変わっていくのは日本でも海外でも一緒だった。この世界でも同じだったら、拾ったものを使うことができないかもしれない。
といっても銀や金は価値ある金属だろうから、売れるかもしれない。
でも俺みたいな農民の子が金貨を持っていると怪しまれる可能性もある。使うなら銅貨や銀貨だろうな。
というかゲームだと硬貨はわけられずに、コルベという単位の金貨っぽいもので統一されていた。
金儲けを主軸に置いたゲームというわけじゃなかったから、統一していたんだろうな。
硬貨以外にも使えそうなものはあった。大きな巾着だ。汚れていて、ほつれもあるものの、まだまだ使えそうだ。なんらかの魔法でもかけて長期間使えるようにしていたんだろう。持ち主に感謝だ。
さらには火の魔属道具もあった。正式名称は属性魔法発動用具だったはず。魔法を使うために必要な道具とわかっていればいいので、正式名称で言う人は村にいなかった。
見かけは紙タバコサイズの棒だ。これも金属製だけど、巾着の中にあった木箱の中でさらに布と油紙に包まれていたおかげで錆が少なかった。はがれているけど、なにか描かれていた跡のようなものが見える。ここまで手をかけているなら竜退治のあと誰かにプレゼントするつもりだったのかもしれない。
「使えるものがあるだけラッキーだったな。ありがたやありがたや」
ちらばる人骨に手を合わせて感謝を告げる。
巾着にタオル代わりに使えるかもしれないぼろ布とそれに包んだ硬貨と火の魔属道具を入れる。
「あとは竜の力を浴びた石があればいいんだけど」
周囲を見てもそれらしきものはない。
ゲームだと緑がかった石だったはず。
「リューミアイオールが常にいるところじゃないと見つからないのかもな」
もう少し探して見つからなければここから移動するか。いつまでもここにいるわけにもいかないし。
三十分ほどかけてあちこち探し、リューミアイオールが座っていたところで、二つ見つかった。巨峰サイズの石でゲームで見たほど濃い緑色じゃない。
「力を浴びる時間が短かったから質が良くないって感じなんだろう」
質が低くても見つかっただけラッキーと思いつつ、巾着に竜の石を入れる。
その巾着を背負って、どこに向かおうか考える。
来た道を戻るのは当然なし、村人が見張っていたら殴る蹴るだけじゃすまないだろう。
となると反対の北へ進む感じかな。
「たしか村の人が北の方にダンジョン都市があるとか言ってたはず」
冒険者としてそこでダンジョンに潜ってレベル上げ、小ダンジョンに潜ってコア破壊、さらにレベル上げ。当面の目的はそんな感じかな。
一般人のレベル上がるペースってどんなものなんだろうな。ゲームの主人公と同じとは思わない方がいいか。
◇
移動を始めたデッサの気配を感じ取り、リューミアイオールは出発したかと移動している方向を見る。その視線には餌とみなすような感情はこもっておらず、親しげなものがあった。
今のリューミアイオールはドラゴンの姿ではなく人間の女の姿をとっている。臙脂色の飾り気のないドレスと髪が緩く吹く風に揺れる。
膝まで届く、光を全て吸収する漆黒の癖のない髪。黄金色の切れ長の目。褐色の肌。百八十センチに届こうかという長身。
整った顔で、誰もが美人と判断するだろう。しかし頭部から生えた二本の銀の角と超常的な気配が人間ではないと示す。
「勘違いはあるだろうが、あっちから強くなると言ってきたのは運が良かった」
リューミアイオールはもともと生贄を食べていたわけではかなかった。
とある目的があって数百年前にこの山に陣取り、その後麓に村ができた。
その村の人間が雇ったのか、討伐に何人もの冒険者がやってきたが、ことごとく返り討ちにしてきた。
強いということが知られると、やってくる冒険者の数は減り、村人はリューミアイオールの怒りを鎮めようと考えたのか生贄を差し出してきた。
近寄ってこなければ生贄などいらなかったのだが、干渉されないために生贄を受け入れることにした。
最初の生贄に『十年に一度生贄を寄越せ。山の中腹から上に入ってくるな』と伝言を持たせて帰らせ、用件を伝えた。
村人はそれを守り、十年に一度生贄を寄越すようになり、山の麓をうろつくだけでそれ以上登ってくることはなくなった。
生贄はそばに置いていても邪魔なので、生贄だったということを喋れないように呪いをかけて、かなり遠くへと転移させた。
そこから先は生贄たちの運次第だろう。興味がなかったのでどういった人生を送ったのか知らない。
「危機感があれば、中途半端で止まることなく、どこまでも強くなってくれるだろう。今はまだ記憶を取り戻していないが、強くなれば戻るはずだ。そのときが楽しみだ、愛しき友人よ」
再会を楽しみにしていた友人が自身を怖がり土下座してくるのは、なんともいえない空しいものがあったが、記憶さえ取り戻せばまた以前のようなやりとりができるとリューミアイオールは期待している。
そのときが楽しみであり、デッサの頑張りを望む。
「再会まで長かった。あともう少しの辛抱だ」
久々に名を呼んでもらえて嬉しかった。いつか完全に記憶を取り戻して、自身へと呼びかけてもらいたい。
頑張れよと小さく声援を送る。
その声はデッサには聞こえていないはずだ。だがなにか語りかけられたような気がして、不思議そうに周囲を見ていた。
◇
人よ、獣人よ、草人よ。我らの子らよ。気付いているか。
かつて英雄が封じた魔王の復活が迫っている。
魔物の配下たちは気付いている。主の復活を待ちわびている。再び付き従う準備も整いつつある。
英雄は物語の中にのみ存在し、勇者はもう生まれ得ぬ。
英雄が遺した備えの言葉は物語の一部として残り、戯曲として人々を楽しませるのみ。
我らは助けにならぬ。人も魔物も我らの子ゆえに、どちらかに肩入れはしない。
しかしながら問われればわずかに答えよう。
危機から逃れたければ、竜に呪われし者を探せ。
しかしその者は竜の庇護を受けし者でもある。
迂闊に触れれば、火傷ですまないとしれ。
かつてと同じ道をたどれば、火が、嵐が、山が、お前たちを襲うであろう。
我らの子らよ、お前たちの行く末はいかなるものか。
我らは遠く遠くの果てにて見届ける。
お前たちはすでに独り立ちしたのだから、我らは見守るのみだ。