199 売り込み 1
魔力循環の指導のあと、ダンジョンに泊まり込んで七十階で鍛錬を行った。
七十階には赤銅ムカデというモンスターがいた。全長五メートル前後の硬い殻を持ったムカデで、毒液を吐き出す。動きは素早く、地面だけじゃなくて床や天井も自在に動き回っていた。
全身どこも硬いんだけど、節の隙間や体の裏は比較的柔らかい。火の魔法に耐性がないので、火の付与する護符を使うのもあり。
まずは魔力循環と付与の護符を使って戦ってみた。その状態ならなんの問題もなくゴリ押しできたので、動きを確認したあとは護符のみで戦っていく。
鶏の魔物を倒して少しだけど地力が上がっているので、七十階は苦労しなかった。不注意で毒を受けることに気を付けていればよく、七十一階の観察をしてみようと、見つけていた下り坂を下りてみる。
七十階への坂から離れないように周辺を見てまわる。
少しして、遠目に二体でいる熊を発見した。体毛は黒っぽい茶色。手と足の毛は赤黒くなっていて、額に短いが一本角が見える。大きさはテレビやネットで見たヒグマと同じだった。
(イグズベアかな)
ゲーム知識から該当するモンスターを引き出す。
熊のモンスターでは上から二番目だ。特殊な攻撃はしないけど、高い身体能力から繰り出される攻撃はレベル二十の勇者だとあなどれないものがあった。高めの攻撃力に反比例するように防御力は低めに設定されていたはずだ。数値的には赤銅ムカデよりは柔らかい。弱点はなしだ。
(泊まり込んで疲れはあるけど、三回くらいは二往復の魔力循環を使う余裕はある。赤銅ムカデに苦戦しなかったし、そこまで大きな差はないはず。やってみるか)
本格的に戦うのは次回。今日は偵察と決める。
こそこそと少しずつ近づいて、あの二体の近くにほかの熊がいないか探る。
足音などは聞こえてこず、やれると判断。
魔力循環を発動させて、いっきに接近する。
俺に気付いて、こちらを見てきたイグズベアの腹を斬りつけて、もう一体にも攻撃しようと視線を移す。
攻撃を受けたイグズベアは痛がるよりも攻撃を優先したようで、俺へと攻撃をしかけていた。それに反応が遅れて、殴り飛ばされる。
「いたた」
魔力循環のおかげで動けなくなるほどじゃないけど、ダメージが体の芯に響く。
「これは素の状態で受けるとやばいやつだな」
血の気の多さというのか、戦闘への意欲と攻撃力の高さを実感して、戦闘を再開する。
今度は目を離すようなことはなく二体と戦い、短時間で終わらせる。
「防御力の低さも確認終わり」
周辺の警戒をしつつ、ポーションでダメージを癒す。
「もう一回なら戦えるけど、どうしようか」
少し考えて、帰り道で遭遇したら戦ってみることにして上がり坂を目指す。
その一歩目でいやと首を横に振る。楽な方へ思考が傾いている。
「少しでも早く鍛えるためにはここで戦っておかないと駄目か。魔力循環はいつでも逃げられるための保険として考えて、護符を使って戦っていこう」
方向転換し、迷わないように道を覚えつつイグズベアを探していく。
このあとイグズベアと三戦してから七十階に戻り、魔力循環を使って走って六十階を目指す。
転移で地上に戻り、今回も疲れたと思いながらルポゼに帰る。
「ただいま」
「おかえりなさい」
玄関を掃除していたフェーンに声をかけて屋内に入ろうとすると、フェーンが来客ですよと教えてくれた。
「誰か知っている人?」
「知らない人だと思います。なにか商売関連で来ているみたいです」
「商売か」
部屋に戻る前に、事務室に寄ってみるとロゾットさんとセッターさんと知らない誰かが話していた。
テーブルに二種類の植物が置かれている。どちらも見たことがないものだ。分厚い葉っぱみたいなものとカシューナッツを大きくしたものだ。
「ああ、オーナー。おかえりなさい。ちょうどよかった」
俺をオーナーと呼んだことで、客が驚いた顔になっている。若くて驚いたんだろうとスルーした。
「ただいま。そちらは?」
「食材の売り込みに来た商人ですね。定期的にこの二つを買わないかという話です」
「セッターたちが買いに行っているところで問題ないと思うけど。セッターはどう思う。質が良いなら買ってもいいと思うよ」
「見たことがない食材だから、質も味も使ってみないことにはわかりませんね」
見た目だけだと質がどうこうは俺にはわからんな。
「これはどういったもので、どこで取れるものなんですか」
「はい。どちらも大陸中央で採れるものです。質もとても良いものを選んできました」
葉っぱの方はチックリーフというようで、甘さとほのかな酸味があるそうだ。カシューナッツの方はリリッキという名前でカボチャの一種のようだ。
「チックリーフはほかの野菜と一緒に潰してスープにしてもいいですし、すりつぶした果物と一緒に飲み物にしてもいいです。そのままサラダでも大丈夫です。リリッキはかぼちゃと同じ調理法で大丈夫です。カボチャよりも柔らかいので調理しやすいでしょう」
「なるほど。値段はいくらくらいですか」
商人はそれぞれ一セットの値段とまとめて仕入れてもらったときの値段を口にする。
「セッター、いつも買っているものと比べて値段はどう?」
「少し高めですかね」
「遠くから運んでいるんだろうし、その費用も上乗せされるから高めになるのはまあ理解できる。遠くからということは道中ハプニングが起きる可能性も増えると思うけど、定期的に運んでくることはできるんですかね」
「きちんと護衛を雇い運ぶようにしてますから、よほどのことがなければ大丈夫かと」
「そうですか……とりあえず一食分だけ買って味を確かめてみないことには決められんと思う。二人はどう思う」
ロゾットさんとセッターさんは頷き合い、同意した様子を見せる。
とりあえず三人分くらいの量を買い、続きはまた後日ということになった。
商人が帰り、セッターさんは購入したものを持って食堂へ戻っていった。夕食と一緒にこれを使った料理を作ると言っていた。
ロゾットさんは留守中の確認書類を準備するということで、俺は一度自室に戻る。
着替えて、事務室に戻ってくると書類を渡される前にあの商人についての話があるということだった。
「ここを営業開始する前に指導担当の方から聞いた話なのですが、詐欺に注意しろということでした」
「詐欺ですか」
「はい。店を開いたばかりの頃だと、いろいろと入用でそこを狙って詐欺師がくると。幸いオーナーはお金に余裕があり、売り込みが来る前に自分で揃えたので入り込む隙を与えなかったようで、これまで売り込みがほぼ来ませんでした」
「ああ、たまにそういったのが来たとは聞いてたっけ」
「すでに揃えてあるものを売りに来て簡単に断ることができたので、詳しくは伝えませんでしたね」
「今後もそんな感じでいいよ。でも今回こうして話題にしたということは詐欺師と判断したのかな」
「これまでと違い、断るかどうか迷ったことですからね。定期購入を受けることになるかもしれず、伝えておこうと思いました」
「詐欺師じゃない可能性もあるんだろうけど、詐欺師だとしたらどういった詐欺をしかけてくるんだろう」
そうですねとロゾットさんは考え込む。
「……品質の詐欺ですかね。近場で採取できるものではないため、品質の確認ができません。普通の品を高級品として売ってこようとしているかもしれません。もしくは最初だけ高級品でのちのち品質が落ちたもの送ってきたり」
そういった話は聞いたことがあるな。芋づる式に思い出してきた。
「疑いすぎかもしれないけど、あの商人が盗人の仲間で宿内部の構造を探って盗みに入ろうとしている可能性もあるな」
「盗人が長い期間かけて強盗に及んだ話は私も聞いたことがありますね。一応そういった探るような仕草は見せなかったと思います」
盗人の視線がどういったものかわからないので、情報を持ち帰った可能性はあるとロゾットさんは付け加えた。
「もしもの話だから警戒しようにも動きようがないんだよな」
「そうですね。ほかの者たちにはこのことを伝えますか?」
「ルーヘンとレスタには伝えておいて。疑いすぎかもということもちゃんとね」
「わかりました」
売り込みに関してはここまでにして、留守中の書類の確認をしてから水を入れた桶を持って部屋に戻る。体をふいたあとマッサージを受けるためにルポゼを出た。
一時間ほど寝落ちしながらマッサージを受けて、少し遅めの昼食を食べてベンチでまったりする。
このあとはタナトスのところに行こうと思っていると、誰かと道を歩いているハスファの姿が見えた。休日なのかハスファは私服だ。
声をかけようかなと思ったけど、友達と一緒ならやめとくかなと思っていたら、その友達らしき人が俺の方を指差す。
その友達は変装したメインスだ。服装はオーバーオールと長袖シャツ。長い髪はまとめているようでニット帽の中に入れられている。かけている丸眼鏡は度が入っていないみたいだった。
二人の周囲を見てみると、離れたところに護衛らしき人の姿もある。
「こんにちは」
「こんちゃー」
前者がハスファで、後者がメインスだ。ずいぶんと軽い感じの挨拶だった。
「こんにちは」
「こんなところでなにしてんです?」
「食休みだけど、なんか軽いな」
軽さにつられて、こっちも言葉遣いが普通になる。
顔はメインスで間違いないんだけど、まとう雰囲気も厳かなものは欠片もなく本当にメインスなのかと疑問を抱いて、ハスファを見る。
俺がなにを言いたいのか察したようで頷いた。
「メインスで間違いありませんよ。公私ははっきりとわけるという考えのようでして、仕事が終わった夜とか休日はこういった雰囲気です」
休日だから呼び捨てで呼んでくれと頼まれたっぽいな。
「常に真面目な雰囲気でなんていられないわ。気を抜く時間は必要なことですよ」
「はっきりとしすぎて戸惑ったんですけどね」
「戸惑うだけですむんだからありがたい話よ? 本山だと高位職のイメージを壊すって嫌われているもの。真面目に仕事をやっているんだから、プライベートは自由にさせてもらいたいもんだわ」
メインスの言いたいことも、本山の言いたいことも、どっちもわからないでもないな。
「あなたが仕事状態の私を好むならそれを演じてもいいのですけど?」
一瞬にして雰囲気がシフター服を着ていたときと同じものになる。
「いまさら取り繕われてもね」
信者たちを安心させるために演じているんだろうなとはわかるけどさ。
演じるなら最後までしっかりとやり遂げてほしかったかな。演じているとわかった時点で、ありがたさとかは感じられないよ。
俺の返答にメインスはふっと笑みを浮かべ、雰囲気が霧散する。
「じゃあこのままね。このあとはなにか予定ある? なかったら一緒に散歩でもどう?」
「タナトスのところに行くつもりだから、散歩は無理だ」
「タナトスに。なるほど……ついていきますか。ハスファは大丈夫?」
「私はタナトスの友達がいるんで大丈夫ですが、メインスこそ大丈夫ですか?」
「一般的にタナトスは好かれてはないからな。無理して行っても互いに気分が悪くなるだけだろ」
言外にやめとけという意味を込めてメインスを見る。
「一度は直接話してみたい人たちだったのでちょうどいい機会。一目見て無理そうならさっさと退散するわ」
「ハスファ、どう思う? タナトスの人たちはそんな対応に傷つきそうかな」
「ある意味慣れた対応でしょうから、大きくショックを受けることはなく、すぐに忘れるようにすると思います」
「うーん……フォローとしてまた差し入れをすれば大丈夫かな」
「差し入れが必要なら私個人の財布から出すわよ。私が原因の問題なんだから当然」
なにか買っていくかと聞いてくるメインスに、まだ必要ないだろうと言ってベンチから立ち上がる。
「それよりも護衛に一応行き先は言っておいた方がいいんじゃない?」
「危険な場所に行くわけじゃないから大丈夫とは思うんだけど、まあいいでしょ」
メインスは護衛のところに小走りで向かい、話しかけた。
護衛たちは特に反応を見せず承諾した様子だ。もしかするとメインスのこういった動きは珍しいものではないのかもしれない。
「さあ行きましょ」
戻ってきたメインスに促されて、俺たちはタナトスの家に向かう。
感想と誤字指摘ありがとうございます