196 魔力循環説明会 2
説明会の誘いを受けてから当日まで休暇と鍛錬で過ごす。
ハスファはたびたびメインスに付き添う形で教会の仕事をしていたらしく、ちょっと愚痴が出ていた。愚痴の全てを吐き出さずに何度か口を噤むことがあったんで、なにかしら話せないことがあったみたいだった。
愚痴の内容から察するに、嫌なことをさせられているわけではなく、司教候補というイメージから離れた行動をとり振り回されるから疲れているっぽい。
愚痴をこぼしても付き添いを止めていないことから、メインスと一緒にいるのが大きなストレスというわけでもなさそうだった。
吐き出せる分は吐き出しているから、その分ストレスも減っているのかもしれない。
愚痴を聞いたり、一緒に美味しいものを食べに行ったりしているうちに、指導会当日がやってくる。
従業員に見送られて、ルポゼから出る。
ゴーアヘッドと頂点会のどちらに行こうか少しだけ考えて、近いゴーアヘッドに行くことにする。
建物に入り、入口近くにいる職員に話しかける。
「おはようございます。今日予定されている指導会に参加するんですが、どこに行けばいいんでしょうか」
「少々お待ちください」
そう言って職員は事務エリアに入っていき、封筒を持って戻ってくる。
「これを向こうにいる職員に渡してください。場所は町から南東にまっすぐです。昼食は向こうで準備されているので準備するのは武具のみで大丈夫です」
「わかりました」
封筒を持って、建物から出る。
ゴーアヘッドからは誰が参加するんだろうなと思いつつ町からも出て、教えてもらった方角に真っすぐ進んでいく。
徒歩二十分ほど、夏の草原を歩いていると人が集まっている場所に到着した。
誰か顔見知りいるかなと思っていると、職員から声をかけられる。
「失礼ですが、参加者でしょうか? 今日の集まりは参加資格を持っていないと参加できない決まりとなっています」
「これを渡せと言われています」
受け取っていた封筒を職員に渡す。
内容を確認した職員は少し驚いた顔をして、封筒を返してくる。
「確認しました。向こうに臨時の調理場があるのが見えますか? あそこにいる職員にもう一度封筒を渡してください」
了解したと返して、その場から離れる。
周囲を見ているとちらほらと見知った顔がいた。ベルンだったり、フリーダムの二人だったりだ。ほかに名前は知らないけどマッサージ屋でみかける顔もある。
調理場の近くにいる職員に封筒を渡す。確認して頷いた職員は指差しながら口を開く。
「指導側の人はあちらに集まっているので、開始まであそこで待機をお願いします」
そこには頂点会の面々が集まっていた。あとなんかメインスとハスファと護衛もいる。
手紙には参加者じゃなくて指導側だと書かれていたんだろう。それであの職員は若いのにと驚いたと思われる。
頂点会の面々に挨拶して、ハスファたちに近づく。こっちに来いといった圧を感じさせる笑みをメインスが浮かべているように思えたからだ。
「おはようございます」
二人から挨拶が返ってくる。
「こんなところでなにしているんですか。ハスファは連れだされたってわかるけど」
「この町のトップ層が集まると聞きました。大ダンジョンに挑む冒険者たちのトップは、どれくらいの強さなのか見物したいと思ったのですよ。ちゃんとギルドや町に許可はもらっています」
「教会が冒険者の実力を測りに来たんですか」
メインスはちょいちょいと手招きして俺の耳を近づけさせる。
「魔王関連で冒険者の力を借りることになります。そのときのため実力の把握はしっかりとしておかないといけないんです。実力不足の冒険者を魔物にぶつけることになったら大変ですから」
「そういった理由ならわからないでもないですけど、ハスファを連れてくることはなかったと思いますが」
「あなたと会うことになりますし、スムーズな交流のためにはハスファがいてくれた方が助かります」
お疲れ様とハスファに言うと、苦笑が返ってきた。
開始までまだ時間はあるし適当に話題を振ってみようか。
「答えられないなら答えなくてもいいんですけど、教会の戦力的なトップと冒険者のトップはどちらの方が強いんですかね」
「ここに来るまでは、大きな差はないと思っていました。鍛えるにしても限界があるでしょう? そこから先はセンスや経験の領域です。教会の戦力も冒険者もしっかりと自己鍛錬をしているでしょうから、差が開くことはないと思っていました」
「今は違うんですか?」
「明確に違いますね。総力という意味なら差は大きくはないと今も思っています。ですがトップの差は魔力循環によって広がっています。三往復でしたっけ? それを使える人は教会の戦力にはいないでしょうね」
「いないんですか」
「戦闘部署に長く在籍しても、ずっと鍛え続けるということはなく指導教官やこれまでの経験を生かして参謀という役割に移っていきます」
でしょう? とメインスは護衛に問いかける。
護衛は頷きを返した。
「戦いから距離をとって補佐に回るため、練度も維持が精一杯ですな。そのため三往復に耐えうるほど魔力活性を鍛えた者はいないでしょう。今後は変わっていくかもしれませんが」
「ということで現状冒険者の方が上でしょう」
「経験と技術を考えないで身体能力だけで見ると、三往復が使える俺に勝てる人がいない?」
「そうなりますね。三往復だけで考えると、人間でもトップということですね」
「遠いところまできたもんだ」
そしてそれでもリューミアイオールに一矢報いるにはまだ足りないという事実。
話しているうちに時間が経過し、一時間ほどで百人に近い人数が集まった。
ミストーレのトップ層が集まったということで、見る人が見れば壮観なんだろう。ベルンもここにいるということはこの一年でかなり頑張ったんだな。
この集まりのさらに外側に頂点会のメンバーたちが立っている。興味本位で近づいてくる者を止めるためだそうだ。
開始時刻となり、ドーンと銅鑼が慣らされて、台座に職員が上がる。俺もハスファたちから離れて、ファードさんたちの近くに移動する。
「お待たせしました。これより特別指導会を始めさせていただきます」
参加者がちゃんと集中していることを確認して職員は続ける。
「皆様にお声をかけさせていただいたときにも説明しましたが、今日披露する技術は国家主導のもの。そのためこの場にいない者に教えたと判明した場合は罰則がくだります。そのところご了承していただくことを再度申し上げます」
よろしいですねと職員が念を押し、どのような罰則がくだされるのかという質問の声が上がる。
ひとまずは罰金もしくは冒険者活動の制限だと職員は言う。その後その技術を使った被害が出た場合は、鉱山行きといった厳罰がくだされるだろうと追加された。
「では次に話を進めます。今日披露される技術は魔力活性の先です。過剰活性とは違うと先に言っておきます」
どよめきが起こる。そしてそんなものが本当にあるのかと質問が出た。
「あります。昨年に発案され開発されたものです。ある程度の準備期間をへて、頂点会の面々や騎士たちやロッデスといった大会優勝者やタナトスの一族は習得しています」
タナトスの名前が出て、冒険者たちの中になぜと首を傾げた者がいる。俺との繋がりを知らないから唐突に名前が出てきたと思ったんだろう。メインスはなにかを確認するようにハスファに小声で話しかけている。
どういったものなのか知りたいという声が出て、職員は頷く。
「魔力活性は皆さん習得していますね? 魔力活性で活性化した魔力を増幅道具に流し込み、増加させて体内に戻す。こういったもので、魔力循環と呼ばれているものです」
「それでどれくらい強化されるんだ」
「一往復だと過剰活性には届かないくらいですが、そのかわり過剰活性のようにデメリットがありません」
それなら便利なのだろうなと言う声がでているが、秘密にする必要がある技術なのだろうかと疑問の声も出た。
「続きがありまして、増幅させて体内に戻したものを活性化させて、また増幅道具に流し込むといったことが可能なのです。一往復では過剰活性に届きませんが、二往復すれば超えます」
「デメリットなく、過剰活性以上の強さを得られるのか! そんな強力なしろものなら国が主導で動くのも理解できる」
「話を続けます。デメリットがないと言いましたが、それはちゃんと習得した場合です。習得するまでは体調不良に襲われることになります。これはのちほど実践してみるとよくわかることでしょう。この体調不良を原因として、教える人を限らせているという面もあります。駆け出しが使おうとすると、確実に動けなくなってモンスターに殺されることになりますからね。この技術の根幹は魔力活性であり、魔力活性を使いこなしている必要があるのです。例外はありますが、それに該当する人はほぼいないでしょう。ここまででなにか質問はありますか」
職員が聞くと、体調不良とはどういった症状が起こるのかという質問やどれくらい魔力活性に精通している必要があるのかという質問が出る。
それに対して職員が答えて、さらなる質問がでないとわかると増幅道具の配布を行うことになる。
今日は一往復だけなので、必要最低限の質の増幅道具が準備されているようだ。
「まだ始めないでください。頂点会の面々がフォローのため近くにいきます」
俺の近くにいた頂点会のメンバーが冒険者たちの方へと歩いて行く。
ここには俺とファードさんだけになった。
冒険者たちはある程度の距離をとるように広がる。
「まずは頂点会が手本を見せるので、よく見ていてください。それでは魔力循環をお願いします」
職員の声に従い、ミナやグルウさんたちが魔力循環を使う。ふらつく様子もなく、一往復は無事習得できたと言っていい状態だった。
力強さが増したのを感じ取ったらしく、おおーと感心した声があちこちから聞こえてくる。
「これが魔力循環です。質の悪い増幅道具では一往復しかできませんから注意してください。それ以上は壊れます。では皆さんも試しに魔力循環をやってみてください」
早速、冒険者たちは魔力活性を行っていく。増幅道具に流し込むというところまではスムーズだが、その魔力を体内に戻すということに苦戦している人もいる。
成功した人たちは皆顔を顰めていた。少しだけ顔を顰めた人もいれば、その場に座り込んだ人もいる。
「一往復した人たちはわかると思いますが、気分が悪くなります。これは魔力活性をどれだけ鍛えたかによって程度に差が出てきます。また今後魔力循環を使っていけば気分の悪さが小さくなっていくことでしょう。これは頂点会といった習得した人たちの証言です。詳細はお近くの頂点会メンバーに聞いてください」
職員は全員が魔力循環を体験するまで待ち、フォローの頂点会の面々から全員体験したと合図をもらってまた話し出す。
「全員体験したということで、話を続けます。実感できたように鍛えている皆様でも慣れていないと体に負担がかかる技術です。駆け出しには使いこなせないと理解できたと思いますので、知りたいと言ってきても話さないでください。その判断が駆け出しを殺すことに繋がります」
冒険者たちは理解できたと頷く。
「また使いこなせるとこれまで以上の強さを得られる技術なため、犯罪に使われると厄介です。そのため駆け出し以外にも口外禁止と再度伝えておきます。仲間や知り合いに魔力循環を伝えたいときは、大きな町の役所や兵の詰所である程度の調査を受けてください。皆さんをこうして集めるときも、身辺調査をさせていただきました」
ロッデスよりも開示が遅かったのは人が多くて身辺調査に時間がかかったからかもしれないな。
「では説明と実践が終わりましたので、ここからは手本といきましょう。中央を空けてください。そこに手本となる二人が移動します」
冒険者たちが端に避けていき、俺とファードさんは中央に移動するように指示された。
感想と誤字脱字指摘ありがとうございます