195 魔力循環説明会 1
教会のお偉いさんと話して、その後は接触もなくダンジョンでの鍛錬に戻った。
隠密が得意な人が隠れて観察とかしているかもしれないけど、俺は気付けてないしいないも同然だろう。
竜の血を混ぜた薬はその日のうちに飲んだ。すぐに魔力循環を使わず、一日置いてから三往復と四往復を寝る前に試してみた。
三往復に関しては負担がゼロになった。四往復は使い物にならないことに変わりないけれど、負担はだいぶ軽くなった。これなら毎日寝る前に使って、負担に慣れていくことができそうだった。
預けてあった剣を受け取ったあと、ダンジョンに泊まり込むことにして、一人で六十九階まで進んでみる。
戦い慣れていることもあってゴドスパダーたちに苦戦することはなく、警戒しながらの浅い睡眠でもなんとか活動できた。
これなら次は七十階に行けるだろうと疲労した体でダンジョンから出る。
(魔晶の欠片はどうしようかな。使っていない予備が金庫の中にあるし、持ち帰らなくてもいいか)
ここ最近は宿設備のためにずっと持ち帰っていたから、当分は蓄える必要がないくらいの量があった。
今回は売ってしまおうと、ゴーアヘッドに向かう。
建物に入りカウンターに向かうと、事務エリアで作業していた職員がカウンターの奥から出てくる。
「お話があるのですが、お時間よろしいでしょうか」
「いいけど、先に魔晶の欠片を売りたい」
「わかりました。待っていますね」
職員は並んでいる人たちの邪魔にならないように離れていく。
職員に話しかけられた俺を見て、年下の冒険者が首を傾げて先輩らしき人に聞いている。駆け出しのようで最近冒険者になったみたいだ。
ふんふんと頷いていたその冒険者はドン引きしたリアクションを見せた。
聞こえてきた会話で、一人でダンジョンに入っていると話したとわかる。
あんな無茶はするなよと締めくくられて、はいと素直に頷いていたからあの冒険者は長生きするかもしれない。
そんなふうに新人教育の教材にされていると、俺の番が回ってきた。
全部売るとだいたい金貨四枚になった。それを半分はポケットへ、もう半分はギルドに預けて待っていた職員の方に向かう。
「お待たせしました」
「いえ。ではついてきてください」
先導されて、個室に入る。
「お時間をいただきありがとうございます」
「少しくらいなら問題ありませんよ。それで用件はどのようなものですか」
「はい。ご存知だと思いますが魔力活性の先が開発されました。その開示をゴーアヘッドとカンパニアの上位陣、ほか有望な冒険者に行うことになりました」
ロッデスのところには開示されていたのに、こっちは遅めなんだな。
俺がうんうんと頷いていることから、話を進めて問題ないと判断したらしい職員が続ける。
「その説明会兼指導会に参加してもらいたいというのが今回のお話です。もちろん説明を受ける側ではなく、説明をする側です」
「説明と指導は頂点会に任せたら問題ないと思うんですけど」
頂点会が魔力循環の鍛練を始めてそこそこ時間が経過している。説明とかはもう慣れたものだろ。
「ファード殿からの推薦でして。魔力循環の使い手としては自分と並ぶ最高峰だから呼ぶべきだと」
「そういうことですか。長期間拘束されるのは遠慮したいんですが」
「説明などは頂点会の方々が主導で行うそうなので、長期間の拘束はないと思われます」
「ここで決めなくていいのなら、頂点会に行って話を聞いてこようと思います。それで問題ありませんか?」
「はい。かまいませんよ。ただどういった結論を出したか、こっちにも教えていただけるとありがたいです」
「わかりました。そのときは職員なら誰でもいいのでしょうか」
「そうですね……封筒を準備しますので、それに結論を書いて受付に渡してください」
重要書類の印を入れておくので、渡した受付から幹部やギルド長に届けられるそうだ。
一度個室から職員が出ていき、すぐに戻ってきた。
封筒と白紙を受け取って、ギルドから出る。
その足で頂点会に向かう。通い慣れた感じがしてきた敷地内に足を踏み入れ、玄関の呼び鈴を鳴らす。
出てきた人に名乗ってからファードさんに用件があると伝える。
話が通っていたようで、室内トレーニングルームに案内された。
中に入るとファードさんがタオルで汗をふいていた。集中するためだろうか、ファードさん以外に誰もいなかった。
「よく来たな。ここのところ会っていなかったが、元気だったか?」
「元気にやっていましたよ。今日はダンジョンの泊まり込みから帰ってきたばかりなので少し疲れていますけどね」
「どこまで行っているんだ?」
「六十九階までなら一人で行けていますね。近々七十階に挑戦しようと思っています」
「そこまで来たか。うちと一緒にダンジョンでの鍛錬をしようという話が現実味を帯びてきたな」
「そうですね。まだまだ七十階周辺に慣れていないのでもう少し先の話になりそうですが、そのときはよろしくお願いいたします」
ファードさんは頷き、水を飲んでから本題に入る。
「今日来たのはどうしてだ?」
「近々魔力循環の説明会があると聞きまして、それについて詳細を聞きたかったんです。俺も参加させたいという話になっているみたいですが、長期の拘束は遠慮したいなと」
「俺たちは手本を見せるくらいだから、一日ですむぞ。指導はパルジームといった者たちがやることになっている。すでに習得している者たちは地力を伸ばせるように手配している」
「それなら参加してもいいですね。いつの予定か決まっていますか?」
「七日後だな。魔力循環のことを秘密にするため町から離れる。当日の朝にここかゴーアヘッドに行ってくれ」
「わかりました。予定を空けておきます」
「頼んだ。当日は模擬戦もする予定だが、問題ないか?」
「問題ありません」
特に戦い方を隠しているわけでもないし、見られてもかまわない。
「用件はこれで終わりだが、ほかにも伝えておくことがある」
「なんでしょう?」
良い知らせかな悪い知らせかな。
「劣化転移板が販売されることになった」
「完成したんですね」
これでダンジョンの帰りが少しは楽になるはず。
「うむ。十階移動とフロア移動の二種類だ」
「フロア移動ですか?」
「十階移動はデッサが発案したものだから説明は必要ないと思うがどうだ?」
頷きたいところだけど、仕様変更されていたりするかもしれないからちゃんと聞こう。
値段は金貨五枚と十枚。値段の違いは、転移できる人数の違いだ。金貨五枚は三人、金貨十枚は十五人。まだ研究中なので、将来的に両方とももう少し値段が下がるそうだ。
安くはないが、転移板の百枚に比べたらまだ購入しやすい値段だろう。
「フロア移動の方は十階移動のものを作っているときにできた失敗作だそうだ」
「売りに出すってことは有用と認められたんですよね。どんな効果なんでしょうか」
「緊急避難ができるものだな。たとえば六十階で使えば、六十階のどこか別のところに転移するんだ」
「ああ、たしかに緊急避難だ。モンスターに囲まれた経験があるから便利だとわかります」
「わしも便利だと思う。ただし欠点もあってな。転移の柱の効果が及ぶ範囲内でしか使えないらしい。だから現状六十階までだな」
「どこでも使えたらよかったのに。でもこれで冒険者の死者数が減りますか」
「ちゃんと購入すればだがな。ポーション購入をケチるように、フロア移動の方もケチる者が出てくるだろう。そういった者は自業自得でしかない」
「ですね」
モンスターのいる危ない場所なんだから、危機意識はちゃんともたないと駄目だろう。
無茶している俺が言えたことじゃないけどね!
「値段は一枚大銀貨五枚。五人まで転移できるみたいだ」
十階移動の劣化転移板が粘土板なのに対し、フロア移動の方は木板らしい。
「駆け出しにとっては高い買い物ですけど、一人前になればそうでもないですね。ポーションのように使用期限はあるんでしょうか。転移板はそういったことはないみたいですけど」
「フロア移動も劣化転移板もそういったものはない。ただし破損に注意が必要だ」
破損したものは発動しないそうだ。中途半端に発動してしまうよりはましだろう。破損した状態で発動すると、壁や床の中に放り出されるなんてことになったら怖いものな。
「購入は転送屋に行けばいいんですか。それとも店に卸されます?」
「転送屋でも売るし、店にも卸すそうだ」
「どこでも買えるのはありがたい」
「そうだな。俺から伝えることはこれくらいだ。そっちはなにかあるか? ここしばらくなにをしていたのかも聞きたいんだが」
「鍛錬と遠出ですね。東の海で遊黄竜が暴れているって話は聞きました?」
「ああ、噂として聞いたな。カンパニアのミラスが物流を気にしていたよ」
「遊黄竜の問題は解決しましたよ。俺も向こうに行って問題解決に参加しました」
「なにがあったんだ」
魔物がいて、竜の力を奪おうとしていたと簡単に話す。
「アンクレインという魔物に従っていたようでした。向こうにはロッデスさんも依頼で来ていました」
「ロッデスもか。元気だったかね?」
「はい。あっちもファードさんが元気か気にしていましたよ。それと魔力循環を使っていました」
「あやつなら国から教わってもおかしくないな。どれくらい使えるかは話さなくていい。次の大会で確かめる」
「わかりました。あとは遊黄竜が魔王の復活はそう遠くないと言っていましたね」
魔王について話してもファードさんに動揺した様子はない。
「魔王復活か。神託でもそれについて語られたと聞いたことがある」
「神託の内容を知っているんですか?」
「全容は聞いていない。大会の後に国から使いが来て、神託に魔王復活が語られていると聞いたくらいだ。大会のように魔物の動きが活発化するかもしれない、だから実力をつけて対応できるようにしておいてくれと頼まれた。今回の指導会もそれに関連している。デッサは神託の内容を知っているのか?」
「ええ、ニルから聞きました」
「そうか」
王族から聞いたということで、深く聞くことは避けた様子だった。
「遊黄竜関連でほかになにか話していないことは?」
「遊黄竜の力を借りて負担なしで魔力循環の四往復を使ったり、報酬の血を使った薬で魔力循環の軽減ができたという感じですかね」
「四往復か。増幅道具は四往復に耐えきれたのだろうか」
「耐えましたね。ひびが入ったりもしていませんから、四往復も大丈夫なんでしょう。ファードさんは四往復を試したことありますか」
ファードさんは首を横に振った。
「ないな。おそらく使えないだろうし、今から使えるように鍛錬しても数年単位の時間を必要としそうだ。それなら技を極める方が有意義だと考えているよ。デッサは竜の力なしでも使えるのかな」
「無理ですね。今は四往復を使ってものろのろと動くのが精一杯です。戦闘に使えるようになるにはまだまだ時間がかかりそうです」
「遊黄竜の血を使った薬を飲んでもそれなのか」
「これでもかなり軽減されていますよ。薬を飲む前にも挑戦はしていたんですが、意識はあってもベッドから動けませんでしたし」
「体質的に有利なデッサでそれか。やはり四往復に挑戦するより技だな」
握りしめた自身の拳を見て、ファードさんは頷く。
聞きたいことは聞き終えたので帰ると伝えると、ファードさんも鍛錬に戻るようだ。
相変わらず楽しげな様子で構えをとるファードさんに別れを告げて、トレーニングルームから出る。
帰りに道具屋に寄って、劣化転移板が入荷しているか聞いてみると、それを知っていることに驚かれたあと、まだだと返された。今作っているところで入荷はもう少し先になるそうだ。
予約できるみたいなので、半額払って予約しておく。
ゴーアヘッドに戻って、参加の旨を書いた紙を入れた封筒を受付に渡して、ルポゼに帰る。
感想ありがとうございます