193 教会と残党 前
デッサたちが部屋を出ていき、メインスはデッサたちを案内してきた男に話しかけられる。
「話しすぎじゃないですか」
「そうでしょうか。私はそう思いませんよ、ブラザークンス」
「上層部からの受けが悪いといったことまで話す必要はなかったと思います」
「隠すようなことではないでしょう? それに今後の付き合いで話していたでしょうから、そのときか今日かの違いです」
「なにごともなく帰るかもしれないじゃないですか」
「司教たちにその気はないと思いますが」
メインスが今後も滞在する予定だと示される会話に、夜主長たちが慌てることはない。事前に聞いていたのだ。
「その気があるなら彼と結婚してこいとは言いませんよ」
教会の本山で今回のことを聞いたとき、メインスは司教たちにデッサを落としてこいと言われたのだ。
冒険者を引き込む策としてお金、地位、女の三つが使われることがあり、司教たちは扱いづらいメインスを利用することにしたのだ。
年が近く顔も整っているため、差し出せば揺らがないはずはないと思い、一度絆されれば、なんとかなると考えた。
冒険者のもとへと厄介払いというわけではない。扱いづらくはあるが、教会に反抗しているわけではないし、仕事は真面目にやっていてそこの評価はまっとうなものだ。
教会の業務から外れて問題なく、神託に語られる存在へ近づけても問題ない格の人物と判断されて送り出された。
メインスが司教となる予定であれば、現司教の子や孫が送り込まれていただろう。
「メインス様は彼をどう思ったのですかな」
天主長が聞く。
「そうですね……善性の人間であり、嫁ぐのもありとは思いましたよ。悪い扱いはされないでしょう。向こうにその気はなさそうですけど」
「あの会話でその気がないとわかりましたか」
「あの会話だけではないですね。この国から送られてきた情報で現状その余裕はないだろうとわかっています」
「そこらへんの情報は我らは知らないのですが、聞いても大丈夫なことでしょうか」
「広めなければ。特にシスターハスファには秘密です」
「あの子にですか?」
夜主長が首を傾げる。
「デッサ様がシスターハスファには伏せているようです。だから話しては駄目ということです」
今回の件で竜に呪われたということはハスファに知られたが、その呪いの内容までは知られていないのだ。
メインスは、国から聞いたデッサが呪われた事情を天主長たちに話す。
「生贄という話にも驚きますが、そんな交渉をよくしたものだと驚かされますね」
「生きたいという思いが強かったのでしょう。今も生きるため強くなろうとしていて、教会への協力や結婚など考える暇などないでしょう。ほかの誰かよりも自身を大事にするという状況なのだと思います」
「彼一人の命で多くが救われるとしても、自身を優先するのだろうか」
クンスが言う。
「己の命を犠牲としてなにかを救おうとする姿は美しいものですが、己の意思で成し遂げようとするならともかく、強制させるものではありませんよ」
「強制させる気は」
「本当に? 少しでもそう思わなかった兄さん?」
候補ではなく、妹分として問いかけられクンスは隠しごとなどできず「思った」と顔をそらし答えた。
「多くの救われる人が生きているように、彼もまた生きています。その命は犠牲として使い捨てて良いものではありません」
「彼自身が救われることで、多くの人が死んだとしてもですか」
「教会抜きの私個人としては、たった一人の命を捨てて救われることになんの意味があるのかと思うよ。皆が努力し掴み取る平和でなければ、軽く思ってしまうのでないかしら? 英雄の遺した言葉が現在ではただのおとぎ話になってしまっているように」
こういったことを言えてしまうところが教会上層部に受けが悪い要因の一つだ。
教会としては一人の命で多くが救われることを是とする。
その考えに同調せずに、自身の言いたいことを言う。毎回そんな態度ではないものの、司教候補という立場の人間がたまにでも発言するだけで和を乱すことになりかねないのだ。
クンスは英雄を例に出されて、なにも言えずに口を閉じる。
かわりというか気になったことを聞くように天主長が口を開く。
「今後彼とはどう接していくおつもりですか」
「ひとまずは友人になろうと思います。教会は関係なく、個人として。教会が望むような関係になるにしても、少しずつ関係を深めて行く方がいいでしょう」
「一つ心配なことがあります。お聞きしても?」
夜主長が質問の許可を求める。
それにメインスは頷きを返す。
「教会で今一番デッサ君と距離が近いのはハスファです。あの子が政治的に利用されたりはしないでしょうか」
「可能性はゼロではないでしょうね。しかし彼女は一介のシスター。教会から離れようと思えばいつでもできます。どうして教会から離れたのか、興味などを持って探ろうとする人はいるでしょうし、利用されようとしたという事実に運良くもしくは運悪く到達できる人もいるかもしれません。その情報をきっかけに教会の内情を探られるかもしれません。そのような教会の弱味となりえる存在を利用しようと考える人は多くはありませんし、この国も守るでしょう」
教会も長く続いた組織だ。後ろ暗い部分もゼロではない。探られたくないところに繋がってしまうような迂闊な行動はしないはずだとメインスは考える。
「国が?」
「ええ、シスターハスファになにかあってデッサ様が不機嫌になり、それが死黒竜を動かすことになれば被害を受けるのはこの国。魔王復活が近づいている状態で、余計な騒動など起きてほしくない国が守りを固めています」
「すでに動いていると?」
「ええ、そう聞いていますよ」
そうですかと夜主長はほっとした様子を見せる。彼個人としてはハスファが利用されることは拒否したい思いがあるのだろう。
「デッサ様と接するため何度もシスターハスファをお借りしますが、守られているので安心してください」
「ハスファを連れ回すのは勘弁してあげてください、と言いたいのですけど」
メインスを前にしてガチガチに緊張しているところを夜主長は見ていたのだ。それを見て、今後も当分は緊張が解けそうにないと予想している。
「慣れてもらいましょう。私だってただの人間なのですから。それにデッサ様と仲良くできている彼女なら可能だと思いますよ」
「彼とは神託に語られていると知らないうちから付き合いがあったわけですし、メインス様とは違うでしょうに」
「なんとかなると思いますけどね。本当に無理ならわずかにでも表情にでるものですよ。しかし彼女は緊張しただけです。厭う雰囲気はありませんでしたし、隠してもいませんでした」
そういった腹芸は見慣れている。権力争い関連であれこれと見てきているのだ。
「まあ連れ回すと言っても毎日ではありませんしね」
「あの子の休みを増やしてあげましょう」
緊張を癒せる時間を増やしてなんとか対応してくれと夜主長は心の中でハスファに声援を送る。
◇
早朝に港町を出たガイセンたちは疲れた体を押して北を目指す。
三人は逃げ出したわけではなかった。デッサが怪しんだことに気付いてすらいなかった。ならばなぜ報酬ももらわずに町を出たのかというと、一刻も早く本拠地に帰りたかったのだ。
アンクレインの情報も持ち帰りたかったが、本命は竜の血だ。
大きめの村に到着した三人は北行きの馬車を探す。それに乗り込み、体を休めるため目を閉じる。
港町でも馬車を探したが、目的地に行く馬車はなかったのだ。
馬車に揺られながら浸食のダメージを抜きつつ国を越えた。港町から十五日ほどでカルガントの大都市の一つに到着し、とある酒場に入る。
「悪いね、まだ準備中だ……ああ、お前たちか」
客だと勘違いした店主がおかえりと告げる。
それにガイセンはただいまと返して「今回はどこだ」と聞く。
「ほらよ」
メモと酒瓶を店主が放り投げ、ルーバスが受け取った。メモを確認し、破ってゴミ箱に捨てた。
「急いでいるからすぐに戻る。また今度ゆっくり飲みにくるよ」
「おう、土産話を楽しみにしている」
三人は酒場を出て、ルーバスの案内で住宅街のなんの変哲もない家の扉をノックする。
出てきた家主の男に酒瓶を見せる。
「土産のウィスキーだ。ライ麦のいいやつだぞ」
「おお、それはありがたい。中に入ってくれ」
家主は三人を歓迎する様子を見せて、屋内に入れる。
三人は瓶を男に渡して、地下室の隠し扉からさらに地下へと進む。
季節ごとに本拠地へと繋がる隠し扉が変更される。あの酒場で場所を知ることができて、合言葉代わりの酒をもらうことができるのだ。
この都市に本拠地へと繋がる隠し扉は十カ所以上あり、指定されなければ魔法仕掛けで閉じられびくともしないようになっている。
シャルモスの残党はこの都市が発展している最中に入り込み、一般人として溶け込みながら本拠地を作っていた。
役場の人間にもシャルモスの残党はいて、兵の見回りの情報なども仲間に回している。改修工事の情報も利用して隠し通路を増やしたりもしている。そういった情報のおかげで、長いことばれずに潜んできたのだ。
大きな音がでるような実験や鍛錬は、人里離れた奥地に作っている実験場で行うようにしていて、こちらは薬品製作や品物保管や情報管理などに使われている。
三人は地下通路の行き止まりにある頑丈な扉を一定のリズムでノックする。
ガコンと音がして、扉が開く。
扉を開けた四十歳ほどの男に、三人は頭を下げた。
「ただいま戻りました。遊黄竜の任務を受けたガイセン、ルーバス、ミミスです。ジートルム宰相に急ぎ伝えたいことがあります。面会許可をいただけないでしょうか」
「なにを伝えたいんだ?」
「アンクレインの行方です」
「なんだと?」
続きを聞こうとした男は思いとどまる。重要な情報なのでジートルムにすぐに知らせるべきだと判断したのだ。
三人の早とちりかもしれないが、それを判断するのもジートルムだろうと考え、男は三人と一緒に早足でジートルムのいる部屋に向かう。
外で待っていろと言い男だけで部屋に入る。すぐに男は出てきて、三人に入るように言ってきた。
部屋の中にはいくつも棚があり、書類や本が収められている。それに囲まれ初老の男が机で書類仕事をしていた。
男は部屋の隅に移動し、三人は初老の男ジートルムを見る。
五十歳を過ぎた男で、黒髪の中に白髪も見える。眼鏡をかけていて、厳格そうな顔つきだ。
「アンクレインの行方がわかったそうだが」
「はい。それ以外にも重要なものを運んできました」
三人を代表し、ガイセンが答える。
「そちらも気になるが、まずは行方の方を聞きたい」
「大砂漠にいると。砂嵐に守られた巨石群が本拠地なのだと聞きました」
それを聞いてジートルムは棚を漁る。
机に広げられたそれは地図だ。端の方にはクッパラオという文字が刻まれていた。
「大砂漠と呼ばれるくらいに大きな砂漠は、クッパラオ国の砂漠だろうな。いまだに人が足を踏み入れていない場所があるらしい」
砂漠という文字をジートルムは指差す。
クッパラオ国の西部の多くが砂漠であり、砂漠の端には町やオアシスの名前が書かれている。だが中央の情報は無いようで空白だ。
「そこに巨石群があるのでしょうか」
「巨石群に関してはわからんが、確認のため人を派遣した方がいいな」
「すぐに確認できるといいのですが」
「難しいだろうな。ある程度の時間は必要とするだろう。焦らず確実に情報を求めよう」
地図はそのままにジートルムはガイセンたちに顔を向ける。
「アンクレイン以外にも話すことがあるようだが、なにがあった」
ガイセンはどこから話そうか少しだけ悩み、最初から話すことに決めた。
「俺たちは遊黄竜の異変調査を命じられて向かったのです」
「ああ、たしかに指示を出したな。お前たちが担当だったか。ご苦労」
「ありがとうございます」
港町に到着し、沖の遊黄竜を確認したことから、情報を集めてギルドの調査に参加すると決めたこと、遊黄竜の背に上陸したこと、魔物と戦ったこと、そこでアンクレインの情報を得たことを話す。
「ほう、いろいろと興味深い話だな。まずは魔物討伐の労をねぎらおう。ろくに休まず帰ってきたようだ、しばらく休養するがいい。金ものちほど渡すように手配する」
三人がありがとうございますと頭を下げたのを見て、ジートルムは続ける。
「デッサという名前は聞いたことがある。カルベスが気になると言っていた者の名前だ。衝突もしたみたいだな」
「彼はうちと関わりがあったのですか」
「そのようだな。もしかするとお前たちの言動で、我らのことを察したかもしれない」
「そうかもしれません。我々は彼のことを知らなかったので、こちらのことを特に隠そうとしていませんでしたから」
「我らがアンクレインの情報を得たということも国に知られたかもしれない。クッパラオでの活動は派手にやると邪魔が入るかもしれんな」
「注意が足りず申し訳ございません」
三人が詫びるように表情を変える。
「彼の情報を組織で共有していなかったのだから、注意もなにもない。次から気をつければいいだけだ。しかし討伐は名の知られたロッデスではなく、デッサが決定打となったか」
「はい、間違いありません。その身で攻撃魔法を受けるなど無茶をしていました」
「たしかに無茶な行為だが、それだけで倒せるほど魔物は弱くはない。カルベスも言っていたが、我らとは違った強化方法を知っているのだろうな。興味深い。どのようなものか知っているか?」
「奥の手とは聞きましたが、戦闘に集中していて詳細を聞く余裕はありませんでした」
「そうか、無理もないな。ほかの者たちに命じて、情報を集めさせよう。デッサとロッデスという関わりの薄い者たちが使っていたということは、どこかの流派の独自技術ではないだろう。上位冒険者にのみ知らされる技術かもしれんな」
「知ることができる立場の仲間はいるのでしょうか」
「うちもギルドを作らせてはいるが、我らのフォローができるように活動は目立ちすぎないようにと言っているからな。功績が足りず重要技術が流れてくるかわからん。無理かもしれないが、それとなく探るように指示を出しておこう」
ジートルムはメモにデッサと強化技術のことを書き込む。
「さて最後だ。運んできたものがあるようだが」
頷いたガイセンはハンカチを取り出し、それを広げる。そこに三人がもらった竜の血の欠片が乗っていた。ルーバスとミミスも遊黄竜の背から持ち出した植物と土を見せる。
ジートルムはそれらを見て、なんだろうかと首を傾げて説明を求める。
「遊黄竜から報酬としてもらった竜の血の欠片です。植物と土の方は竜の力を受けて変異したものです」
「ほう」
ジートルムは目を丸くして、竜の血に注目する。
「かねてから我らシャルモスは質の良い素材を求めていました。これも役立つはずだと思い、急いで持ち帰ってきました」
「たしかに最上の代物だ。我らが探し手に入れてきたものの中でこれ以上のものはない。いいぞ、これならばもしや!」
よほど興奮したのか、上気して表情の赤みが増している。
ジートルムは慎重にハンカチを受け取って、扉へと向かい、ドアノブに手をかけて振り返る。
「三人ともついてこい」
早足のジートルムにガイセンたちはついていく。
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