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192 来訪客 後

 俺と少女の前に紅茶の入ったカップが置かれる。

 上がる湯気を見ていると、少女が話し出す。


「本日は訪問していただきありがとうございます。私はメインスと申します。司教候補の一人として教会で働いています」

「ご丁寧にどうも。デッサと言います」


 俺のことは知ってそうだけど名乗り返す。

 司教か、教会の地位は詳しくないけどここの教会のトップたちより上なのは確実っぽいな。どういった地位なのか、あとでハスファに聞いてみよう。

 メインスは続ける。


「まずは私たちの目的を話しましょう」

「神託が関係しているのだろうとはわかりますが、詳しいことはわからないのでお願います」


 神託と俺が口に出したことで、わずかにメインスの動きが止まったが、すぐに口が動く。


「はい。神託ですね。ご存知でしたか。内容まで把握しておられるのですか」

「竜に呪われ庇護された者を探せといったことくらいです」


 あ、ちょっとまずいか? ハスファに顔を向けると案の定驚いていた。

 ハスファに伏せていたことだったわ。今からでも外に出てもらおうと思ったが、呪いの内容を話さないようにすればいいかと、不思議そうなメインスに続けてもらう。


「どのような神託だったのか一度お伝えしましょう」


 メインスはすぅっと息を吸って、歌うように神託を語っていく。

 それを聞いて気になった部分は、勇者は生まれないと断言されたこと、神々は助けないと断言したことの二つだ。

 神がそう言うってことは、奇跡が起きても勇者が再び世に現れることはないんだろう。

 神々の助けがないのも意外だった。でも魔物も子とみなしているなら、兄弟喧嘩にわざわざ親が出ていくことはないという考えなんだろう。

 あと竜に呪われた者がなにをするのかはやっぱり語られていないんだな。


「こういった内容になっています。気になることはありまして?」

「勇者がもう生まれないと断言されたこと、神の助けが期待できないこと。この二つに関して教会はどう考えているのか聞いてみたいですね」

「勇者とはかつて存在し、もう数百年現れていない存在。教会の書庫には存在したと示す記録がありますが、現状出現しない理由もあたりをつけています。英雄のせいと言ってしまうと問題がありますが、今はあえてそう言ってしまいましょう」


 タランホスの村長も同じように言っていたな。

 メインスが話す、勇者誕生の条件は俺の知っているものと同じものだった。


「英雄が魔王を封じたとき勇者は現れませんでした。民の思いを力とする勇者にとって活躍しなかったことはマイナスです。今後も勇者の力に頼るなら教会は勇者を推していかなければならなかったのでしょう。しかしなんの活躍もしていない者を推せば、民からなぜ英雄ではなくそちらを推すのかと疑問を抱かれて、教会から離れる者も出てきたことでしょう。教会は英雄を選んだのです。保身でもありますし、その身を賭して魔王を封じてくれた彼に報いるためにも」


 驚いた。保身と言い切ったよ。

 そんな俺の表情を見て、メインスはクスリと笑う。


「保身とまで言う人は少ないでしょうけど、同じように考えている教会のトップはいることでしょうね。次に神の助けがないことでしたね。こちらは簡単です。神を信じています。独り立ちしたと認めて、見守ると仰られるということは、我らならばなんとかなると思ってくださるということなのでしょう。その思いを信じて、乗り越えようというのが教会の考えです」

「なるほど。理解できるとは言えませんが、納得はしました」


 教会に属していないということもあるし、日本人的感覚から神に対する思いの違いもある。だから理解は無理だった。


「逆に質問をよろしいでしょうか」

「どうぞ」

「神託にあなたが語られたこと。それについてどう思っているのかお聞かせ願えないでしょうか」


 ちょっとした疑問が湧いたけど、今は質問に答えよう。


「怒るかもしれないと前置きしておきますね」


 メインスは頷いた。ハスファに話したことと同じことを言うだけなんだけど。


「神託なんて関わっている暇はない。スルーという方向で動くつもりですよ」

「そうですか」


 メインスとハスファ以外はわずかに顔を顰めた。

 ハスファはすでに聞いているから反応がなくて当然だけど、メインスも似た感じというのは意外だな。

 さっき抱いた疑問の答えが出たかな。答え合わせとして聞いてみよう。


「教会が俺のことを知ったのは、この国の王族が知らせたからですか?」

「はい。この国の王から見つかったと連絡が入りました」


 そのときに俺の神託に対するスタンスも知らせたんだろう。だからメインスは特別怒る様子を見せなかった。

 俺に神託について聞いたのは再確認なんだろうか。


「その連絡ってどこまで広まったのかわかりますか」

「教会のトップで止まっていますよ。各国へは今回の接触をもって、知らせるかどうか決めるという話になっています」

「各国の王には伝わっているかなと思っていました」

「下手をすれば死黒竜が動くのです。どんな被害が生じるかわからないため、慎重になりますよ」


 この場合リューミアイオールが動くのはご飯を横取りされるからなんだろうか。それともただ横やりを入れられるのが嫌だからだろうか。


「今日はどういった考えで接触してきたんですかね。俺の考えは国から伝わっているでしょうし、その確認だけですか?」

「自分たちで直接確認したかったからですね。ほかにも魔王関連で協力を願いに。しかし神託には関わらないということなので、そちらは無理強いしないでおきます」

「メインス様、よろしいのですか?」


 思わずといった感じで、俺を案内してきた男が聞く。


「いいのですよ。無理強いすることで死黒竜の機嫌を損なう可能性がありますし、これまでの行動ですでに我らの力になっているともいえます」

「彼がすでに教会になにかをした?」

「教会というより人間に対してですが、いくつか常人にはできないことを」


 なにを知っているんだろう。魔力循環だけじゃない口ぶりだ。


「なにを知っているんです?」

「大会での魔物との戦い、魔力循環開発、魔法使いに関した技術、劣化転移板提案。そしてここからはるか南の国、そこで魔物を単独討伐したでしょう?」

「シャンガラのことも把握していたんですか」

「あそこにも教会はありますからね? 大きな出来事は本山に伝わりますよ」


 いろいろと知られているみたいだけど、シムコルダーと遊黄竜のことは知られていないんだな。遊黄竜の方は時間の問題だろうけど。

 ファルマジスの件についても把握していそうだけど、確かめようがないから口に出さなかったのかもしれない。


「今回もどこかでなにかをしてきたようです。聞いてみたいですね」


 隠したところで意味はないだろうし話そう。またハスファが呆れるかなー。

 いろいろと省略して話す。リューミアイオールからの指示で、東の海にいた遊黄竜に関わったこと。その背にいた魔物をロッデスたちと協力して倒したこと。

 ガイセンさんたちのことも一応伝えておいた。国から情報が渡されるだろうから、詳細は話さなかったけど。


「遊黄竜のことは噂で聞きましたね。魔物が関わっていて、もう解決したことは把握していませんでしたが」

「つい最近のことだから把握できてなくても仕方ないと思いますよ」

「そうですか。大きな出来事だからそう遠くなく情報は広がるでしょうね。関係者が目の前にいるのですから、聞けることは聞きましょう。なにがあったのか詳細を教えていただけないでしょうか」

「かまいませんよ」


 港町に到着して雰囲気が暗かったことや住民の様子を話す。続いてギルドから依頼を受けて、調査隊に加わったこと。組む人たちと交流して、船で遊黄竜の背に乗ったこと。森から出られなかったこと、先に調査に出た人たちと合流したこと。彼らの協力と遊黄竜の助言で、魔物の企てを阻止して討伐したこと。アンクレインの本拠地、魔王復活に関して聞いたことを話す。

 メインスたちが一番反応したのは魔王の部分だった。


「魔物が竜の力や血肉を回収していたと」

「そうですね。目的はわかりませんが、アンクレインという魔物の指示で動いていたのは確実なようです」

「聞き覚えがありますね。英雄がいた時代に存在していた魔物と聞いています」

「俺も同じように聞いたことがあります」

「居場所が大砂漠の巨石群。行くのがかなり難しそうで、ちょっと確かめようがないですね。そして竜も魔王に関して口にしましたか」

「はい、聞き間違いなどではありません。近いうちに復活するだろうと、それに備えておけと」

「復活の阻止をしたいものですが、どこに封印があるかもわかっていない状況ではそれも難しいでしょうね。できることは竜の言うように備えること」

「封印の場所って英雄が魔王と戦ったところじゃないんですか?」


 てっきりゲームでの最終決戦場所だと思っていた。戦う場所がゲームとは違ったのかな。


「最初はそこにあったと記録に残っています。その後人知れず別のところに移されたようです。魔物から隠すためだとか」


 どこに移したという情報はシャルモスの王城書庫にあったそうだが、滅びた際のあれこれで失われたそうだ。

 残党たちは把握していたりしないだろうか。


「移動できるような封印だったんですね」

「高さ三メートル未満のモノリスだそうですよ。重さはわかりませんが、運ぼうと思えばできるのでしょうね」

「たしかにそのくらいの大きさなら動かせそうですね」

「さて聞きたいことは聞けました。ここからは日頃どういったふうに暮らしているのか、聞いてみたいのですけどよろしいでしょうか」


 そんなこと聞いてどうするんだろう。まあいいや適当というか、答えづらいことは簡潔に返せばいいか。

 ダンジョンでのこと、食生活、趣味、そういったことを聞かれて答えていく。深く突っ込んでくることはなかったから、なにを隠すのかとか考えずにすんだ。ぶっちゃけハスファに聞けばわかることばかりだった。

 ちらりとハスファを見ると不思議そうな顔だ。たぶん事前に聞いていたことをまた聞いて不思議がっているのだと思う。

 俺の視線がハスファに向いたことで、メインスは頷く。

 

「シスターハスファにも聞いていますよ。しかし本人からも聞いてみたいと思ったんです」

「なぜですか。私生活に関することは、教会には無関係だと思います」

「自分たちの目と耳で確かめることが大切ということ以外に、恩を売るところがないか探すためですかね。神託は教会にとって絶対です。神託関連で困ったことがあったとき、恩を売っておけばなにかしらの協力を得られると考えました。シスターハスファから聞いたあなたの性格やあなたと話して把握した性格、その両方から考えて受けた恩は無碍にしないと思いましたので」

「そうかな?」

「私はそう思いますよ」


 ハスファが同意するように頷いている。

 自分じゃよくわからないな。

 首を傾げた俺にメインスは「そういったことは自分自身ではわかりにくいのでしょう」と言ってくる。


「こちらから聞いてばかりでは尋問されている気分にもなりそうですし、なにか質問があれば答えますよ」

「特に聞きたいことはないんですけど」

「なんでも答えるとは言いませんけど、答えられるものは答えますし、とりあえず質問してみてはいかがでしょう」

「そうですね……司教って若くてなれるものなんですか?」


 思いついたのはこれくらいだ。プライベートな質問をしていいのかわからないし、積極的に聞きたいとも思わない。


「私が若いからそう思ったのでしょうか」

「そうですね」

「なるほど。まずは司教について説明しましょうか。司教は教会のトップで、三人から五人います。その中で一番年上がまとめ役として動きます。だから教会で一番上というのは年長の司教ですね。司教の役割は教会の運営方針決定という以外に、神託を聞くというものもあります。神託は教会関係者ならば全員聞けるというものではありません。聞ける人と聞けない人がいます。そして聞ける人でもただの音として聞くのか、はっきりとした声として聞くのかという違いもあります。はっきりとした声で聞ける人は少なく、常に確保しておきたい人材であり、誰にも利用されないようにと司教候補という扱いになります。その立場ならば貴族でも気軽に呼び出すことはできません。そういう理由で私がこの年齢で司教候補となっているわけです。質問の若くて司教になれるかどうかですが、現在の司教たちが引退すれば私たち候補から選ばれる可能性はあります」


 なるほどなー、保護という理由もあるんだな。


「と言っても私が選ばれることはありませんが」

「そうなんですか?」

「上層部からの受けが悪いですからね」

「受けがどうとかで選定条件を決めていいんですかね」

「選ぶのも選ばれるのも人間です。どうしても感情は入ってきますよ。選ばれない理由があまりに理不尽ならば問題ですが、私は納得していますから」


 これまでの会話でメインスに問題があるようには思えないんだけど。そう思いながらじっと見ると、微笑みでスルーされる。

 教会のある町とかの様子を聞いているうちに日がかなり傾いて、そろそろ終わりましょうとメインスが提案してくる。

 こちらとしても話すことがそろそろなくなってきたし、ちょうどいいタイミングだったでその提案にのる。

 夜主長がハスファに送るように言い、一緒に応接室から出る。

 部屋からある程度離れて、ハスファは大きく溜息を吐いた。


「緊張しました」

「候補とはいえ偉い人みたいだしね」

「司教候補なんて人がこんなところにやってくることはないんですよ。本山の司祭が視察に来ることがあるくらいです」

「そうなんだ」

「その司祭とも私が会うことはありませんしね。司教候補と顔を合わせるなんて、光栄と思う前になにか粗相しないか緊張しました」

「そんな調子で俺のことを話したの? なにかおかしなこと言ったんじゃ」

「言ってない、とは言い切れないんですよねぇ。本当に緊張で頭が真っ白になったときとかありますから」

「一応質問に変わったものはなかったし、あっちもこれはおかしいなというものは排除していたんじゃないかな」


 そうだといいのですがとハスファは溜息を吐いた。


「あの人たちは確認を終えたし帰るだろ。もう少し我慢したらまたいつもの日常に戻るだろうさ」

「司教候補たちを前にして我慢という言い方は失礼な行為にあたると思うんですが、否定もできません」

「普通はただのシスターが対応しないだろうしね」

「本当ですよ。あなたと関わると驚くことが多いです」


 困ったものだと笑いながらツンツンと頬を突いてくる。


「驚くといえば竜に呪われているということなんですが」

「話さなかった部分だ。聞かないということを選択したから話すつもりはないよ。それとも聞く?」

「悩みます、気になりますからね。ですが聞かないでおきます。止めたいですからね」

「わかったよ。伏せてたままでいる」


 ハスファに教会入口まで送ってもらい、そこで別れる。

感想と誤字指摘ありがとうございます

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― 新着の感想 ―
[一言] これで教会からの接触が最後になるならいいんですがねー にしてもハスファに事情の一部がバレちゃったかあ その辺は多少気を使って欲しかったですね
[一言] デッサがハスファとそれなり以上に親交がある時点で、教会上層部からのお願い程度でも脅迫紛いになると思うんだよなぁ……。リューミアイオールさん?教会への軽い警告として本山を壊滅させるとかどうです…
[一言] 神様も勇者を作らない?って神託で言う位ならばデッサの事も言わないで欲しいものだよね。
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