191 来訪客 前
見慣れた草原に出現し、離れたところに見えるミストーレへと歩き出す。
わりと時間かかるかと思ったけど、終わってみれば十日も向こうにいなかったな。手製のパラシュートを使うっていう無茶をしないですんだのもよかった。
ルポゼに帰る前に武具店やクーデルタ工房に行こう。
そう思いつつ町に入り、武具店で魔製服も含めた防具一式をメンテナンスに出す。
急ぎで頼んだから割高だったけど、今回の報酬があるからまったく懐が痛まなかった。
次にクーデルタ工房に行き、工房主に剣を渡す。鞘から抜いた刃を見て、顔をしかめる。
「これはなにをしたんだ?」
雷の魔法を受けた際にできた電撃の跡が見慣れないものだったらしい。
威力を上げるために雷の魔法を受けたと正直に話すと、理解しかねると溜息を吐かれた。
「もっと穏便な方法があっただろう? 属性付与の魔法があることくらい俺だって知っているぞ」
「それじゃ威力が足りそうになかったんですよ。だから手荒い方法に頼ったんです」
「六十階を超えたところに行っているんだろう? そんなお前が正常じゃない手段に頼らないといけないってなにと戦ったんだ。まさか魔物とは言わないよな」
「当たりです。魔物と遭遇しました」
「いやいやいや待ってくれ」
当たっていたとは思わなかったようで工房主は戸惑う。フレヤはぽかんと口を開けている。
「魔物を斬ったというのか」
「ええ。その剣で斬ってやりました。ついでに言いますけど、フレヤの剣でも魔物を斬ったことありますよ」
俺のでもかとフレヤは驚いている。
「さすがに嘘だと思いたいんだが。そうそう遭遇するものじゃないだろう」
「俺も遭遇したくなんてないんですけどね。そういう巡り合わせなんでしょうね」
そう答えた俺を工房主はじっと見てくる。
「……戦果を盛っているわけじゃなさそうだな。本当に俺の剣が魔物を斬ったのか。なんというか魔物に届いたということが嬉しくもあり、戸惑いもありという感じだ」
「俺は現実感がないですよ。俺の剣が魔物を斬れるとかありえません」
「フレヤの剣で戦った魔物は長いこと封印されて弱っていたからね。全盛期なら通じなかったかもしれない」
「全盛期というなら今回の魔物も似たような感じじゃないのか? よく俺の剣が通じたな」
「剣だけじゃなくて、さっきも言ったように魔法の上乗せ、それに加えてかなり強力な技というか技術も使ってます。再現しろと言われても今の俺じゃ無理ですね」
「詳細はまったくわからんが、かなり無茶をしたということはわかる。それくらいしないと魔物は斬れないんだなぁ」
工房主は自身が作った剣を労わるように一度撫でて、丁寧に鞘に納める。
「修理は請け負った。丁寧に修理したいから十日ほど時間をもらいたい」
「急ぐことはできます?」
「できないことはないが、長く使いたいならしっかりとやった方がいいぞ」
「……わかりました。お願いします。またフレヤの剣の出番ですね」
「使ってもらえるのは嬉しいけど、明らかに使う階層があってないから心配にもなるよ」
伸縮棒も使うし、頼り切りにはならないだろう。
修理費を先払いして、工房から出る。
「さて次は薬を買おうか。あとは植木鉢も買って、とってきた枝をそっちに植えてみよう」
ちゃんと根付いたら、庭に植え替えだ。
欲しい薬がどこにあるかわからないので、とりあえずいつも護符を買っている店に行ってみる。
「いらっしゃいませ」
「上質な筋力増加と頑丈の護符を十枚ずつください」
頷いた店員は棚から護符をとってくる。
「ついでに聞きたいことがあるんですが」
「なんでしょう」
「薬を探していまして、心を強くするというのかな、精神の強化をしてくれる薬は置いてます? できるだけ質が良いものが欲しくて」
「ここには置いていませんが、腕の良い薬屋の紹介はできますよ」
「お願いします」
護符のお金を払って、薬屋の住所を教えてもらう。
到着した店で老人の店主に必要とする薬を頼む。すると誰が飲むのか、年齢と性別を聞かれる。
それに対して自分で飲むと返す。
店主はふむふむと頷いて、俺をじっと見てくる。
「年齢は十五くらいか。これまで精神に作用する薬を飲んだことは?」
「ありません。飲むのもこれ一度切りじゃないでしょうか」
「なるほど。なにか別の薬、解毒や解熱でもいいが、それらを飲んで気分を悪くしたことは? 常用している薬はあるかね」
「覚えているかぎりだとないです。常用しているのはポーションですね。たまに虫除けとかも使ってますが」
「不眠症や頭痛で日々悩まされていたりはするかね」
いつくかの質問に首を横に振ると、またふむふむと頷いた店主は二本指を立てる。
「二つ処方できるものがある。どちらも心に作用するもの。効果が弱めで副作用がないものと効果が強くて副作用があるものだ」
「副作用はどんな感じなんですか?」
効果の強い方がいいと思うから、選ぶのは後者だ。
「頭痛と倦怠感。ほかに腹痛、便秘、吐き気なんかだろう。飲み続けるならほかにも副作用が出てくるだろうが、一度だけなら今言った副作用のどれかだろう」
カルシーンから受けた激痛や魔力循環三往復四往復の反動よりはましだろう。
強い方を求めると店主はすぐに作るから待っていろと店内を移動して材料を集める。
乾燥した木の根や木の葉、虫の死骸、透明な粒。それらを秤で慎重に分量を求めて、細かく砕いて一枚の紙に載せた。
「完成だ。副作用が重いからとあとで文句を言われても困るからな」
「わかっています。飲むと決めたのは俺だから、責任は俺にあります。文句なんて言えませんよ」
「そう言ってくれるのはありがたい」
これに竜の血を混ぜるんだから、副作用が重くなってもおかしくないしな。
「これはこのまま飲むんですか? 水に溶かしてから飲むというのは大丈夫でしょうか」
「溶かしてもいいが、その場合はしっかりと混ぜて全部飲むように。あと使ったコップはちゃんと洗って、別の人間が薬の残りを飲まないように注意することだ」
「わかりました」
お金を払い、薬を包んだ紙をポケットに入れる。
これで用事は終わったから、ルポゼに帰ろうと歩き出す。
今回もらった報酬は部屋の金庫に入れておけばいいから、ギルドには行かなくていい。
ルポゼに入ると、受付にいたレスタがおかえりなさいと言ってから首を傾げる。
「兜や鎧はどうしたんですか? 出発したときは身に着けていましたよね」
「帰ってくる前に店に寄って、メンテナンスに出してきたんだ」
「そうだったんですね」
「留守中になにか変わったこととかあった?」
「教会の人が訪ねてきました」
「ハスファには留守にするって言ったんだけどな」
「シスターだけじゃなくて、ほかにも神官とかが同行していましたよ」
「ほかにもか、なんでだろ。なにか言ってた?」
「帰ってきたら会いに来るので教会に知らせてほしいと言っていました」
使いを出さなくても俺から会いに行くのに。
「あとで教会に行ってくるかな」
「使いを出さなくていいんです?」
「いいんじゃないか。なんの用事かわからないけど、ちょっとダンジョンに行った帰りに、教会に行ってくるよ」
鶏の魔物を倒してレベルが上がっているはず。その確認で少し戦ってこようと思う。
予定を話すと、もうちょっと落ち着いたらどうだろうかとレスタに呆れた視線を向けられた。
部屋に戻って、竜の血を薬と一緒に包んで、テーブルに置く。風で飛ばないようにナイフをおもりとして一緒に置く。洗濯物を籠に入れたあと、お金を金庫に入れる。
以前使っていた魔製服を取り出し、フレヤの剣と伸縮棒を棚からとって、準備終了だ。以前の鎧とかは下取りに出したから鎧はなしだ。護符があるし。六十階とかならこれでも十分だろう。危ないと思ったら、魔力循環一往復を使えばなんとかなるはず。
六十階でエッジホーネットと戦う。すでに戦ったことのあるモンスターなので、特に問題はなかった。以前もフレヤの剣で戦って倒せていたのだから、さらに地力が上がった状態で苦戦するはずもない。
以前と比べてどれくらい倒しやすくなったかと考えて、おおよその差を確認する。
「港町出発前と比べて劇的に強くなったわけじゃなさそうだ」
鶏の魔物とは一人で戦ったわけじゃないから、得られる経験値も分散したのだろう。
むしろあの人数で戦って少しでも以前との差を感じられるくらいには強くなっているんだから、魔物の所持していた経験値はとても多かったのだろうな。
確認を終えて、ついでに魔力循環の鍛練もしてから二時間ほどでダンジョンから出る。
昼食にはまだ早いし、マッサージに行って、なにか食べてタナトスと教会といった感じで予定を立てて転送屋から離れる。
予定をこなして、夕方になる一時間前くらいに教会に到着する。
(とりあえずハスファを呼んでもらえばいいかな)
そんなことを考えつつ聖堂に入って、そこにいた神官にハスファを呼んでもらえないかと頼む。
ハスファを待つこと十五分。緊張したハスファが聖堂にやってきた。
いつものような笑みではないことに首を傾げる。
「おかえりなさい」
「ただいま。もしかして忙しかった?」
「いえ、そういうわけではありませんが。どうしてそう思いました」
「表情が強張っている感じだからかな」
指摘されるとハスファは右手で自身の顔に触れる。そして一度深呼吸すると落ち着いた表情へと変わる。
「失礼しました。今回はどのような旅だったのか聞きたいこところなんですが、先にこちらの用事をすませたいのですがよろしいでしょうか」
「いいよ。教会の人たちとルポゼに来たらしいね」
「知っていたんですか。だったら使いをという話も聞いていたはずでは?」
「聞いたけど、出かけるついでにこっちから行けばいいやって思ったんだよ」
「ああ、なるほど」
なにかを納得したようにハスファは頷いた。
「どういった用件かわからなければ、そういった考えにもなりますか」
「もしかしてわりと特殊な用件だった?」
「そうですね。慎重に動いた方がいいと思うような用件です」
「……教会関連でそんな慎重に動かないといけないことに関わった覚えはないんだけど……いや一つだけあった。神託か」
ハスファは目を見張る。
「神託を知っていたんですか?」
「俺も知ったのはわりと最近だけどね。神託に語られているとか言われても、正直忙しくて関わってられないよ」
「スタンス的には神託をスルーという方向なんですね」
「そうなる。教会の人間としては思うところがあるのかな」
ハスファはこくりと頷く。神からの言葉を流すなんてことは、教会からすればあり得ないことだろうしね。
「でもねー、語られているからといってなにをすりゃいいかわかんないし。なにかをしろとか言ってないんだろ?」
「神託の詳細に関して、私は知らないんですよ。私が知っているのはあなたが神託に関わりがあるということだけ」
「ハスファは誰から聞いたんだ。俺はすっごい偉い人からだけど」
「それはすぐにわかります。そろそろ呼びに来るはずですから」
ハスファが聖堂から別の建物へと繋がる通路を見ると、そのタイミングで聖印をつけた騎士のような男が入ってくる。二十歳くらいで、身に着けた白と青の武具に風格が負けていない。
「こちらの準備は終わりました。そちらがデッサ殿ですか?」
男はハスファに確認し、ハスファはそうですと肯定する。
「案内しますのでついてきてください」
「行きましょう」
ハスファが立ち上がり、声をかけてくる。
また誰か偉い人が待ってそうだ。
二人についていき、いつもは立ち入らない区画へと入る。人払いされているのか廊下に人影はない。
三分ほど歩いて、作りの立派な扉の前に立つ。
案内してきた男が扉をノックした。すると中から開けられる。
ここは賓客用の応接室らしく、嫌味にならない程度に品のある花瓶やチェストなどが置かれていた。
部屋の中は片付けたのかあまりものはない。中央に大きいとはいえないラウンドテーブルがあり、向かい合うように椅子が置かれていて、ソファが壁際に三つある。
ここにいるのはハスファ以外見覚えのない人ばかりだ。あ、一人だけ思い出した。以前ベルンの騒ぎで関わった夜主長だ。
この部屋には四神の主長と思われる老人がいて、護衛が二人、使用人替わりの中年シスター、最後に俺と年の近い少女が一人。
少女は空色のストレートの髪を腰まで伸ばしている。目は髪よりも濃い青色だ。着ているものはハスファのシスター服と似たもので、その上にケープを羽織っている。年齢は十五歳か一つくらい上だろう。
俺たち応接室に入ってきた三人と部屋の人間をあわせて十一人がいる。
俺一人だけ部外者だし、少しだけ疎外感だな。
部屋に入ったはいいものの、どう動けばいいのかさっぱりなので入口から三歩ほどで止まる。
「こちらへどうぞ」
微笑みを浮かべた少女が俺の考えを察したようにテーブルの椅子を示す。
少女が座り、俺も示された椅子に座る。ハスファは夜主長のそばに行った。案内してきた男も部屋の隅に行く。
感想と誤字指摘ありがとうございます