19 負け確定の戦い 2
ゴーアヘッドの建物に入ると、注目が集まる。ハスファが見られているみたいだ。
「シスターがギルドに来るのは珍しいからなぁ」
「そうなんですね」
年上の冒険者と話していると視線を避けるようにハスファが俺の背後に回る。
そのまま四人で受付に向かう。
「この男二人が決闘をしたいということで鍛錬場を使わせてもらいたい」
「決闘とは穏やかではありませんね。経緯を聞いても?」
「鍛錬場を使わせてもらいたいし、ほかにも願いはある。経緯の説明は必要だろう」
年上の冒険者が教会から持ってきた書類を見せたりして説明していく。
ふんふんと頷いていた受付は説明を聞き終わり、上司にこの件を伝えてくると言って受付席から離れていった。
五分ほどで上司を連れて戻ってきた受付と一緒に、俺たちは個室へと移動する。
そこで教会での話し合いと似た流れで、ルールの確認と契約をかわすことになる。
上司の方の職員が書類の不備を確認し、書類を置く。受付の方はなにか用事があるようで個室からいなくなっていた。
「書類完成です。鍛錬場に移動しましょう。そこでルールの再確認をして、決闘開始です。審判は私たちで行います」
「こういった決闘って初めてなんですけど、お金とか必要なんですか?」
質問すると上司の方の職員が首を横に振る。
「これも冒険者へのフォローのうちなので必要ありません。もっとも治療費は自己負担ですし、なにかギルドの品物を壊した場合は弁償してもらいます。お金が必要になるのはそれくらいでしょう」
ほかに質問はと聞かれて、首を横に振る。
鍛錬場に移動しようということになり、建物を出て裏手に回る。
そこでは先輩に指導を受けている冒険者や新品の武器の試し振りをしている冒険者たちがいた。
彼らに職員が模擬戦を行うので場を借りると大声で告げると、冒険者たちは頷く。模擬戦が始まる頃には鍛錬場の隅へと移動していくんだろう。
「武具を準備しているので、今のうちに体を解しておいてください」
職員の言葉に従い、俺とベルンは離れた位置で体を動かす。
聖堂で殴られたところはほとんど痛みが引いていて、動くのになにも支障はない。
三分ほどで職員たちが荷車を引いてくる。
「木製の武器と革の防具を準備しました。自分に合うものを選んでください」
ベルンが武器を選びにいったので、俺は防具を探そう。
革の防具は兜以外の全身を守るものが準備されていた。誰かが使っていたものらしく、細かな傷がついていた。
いくつもある防具の中から自分に合うものを選ぶのは時間がかかるなと思っていると年上の冒険者が隣に来る。
「俺も手伝ってやろう」
お願いしますと頭を下げて、自分にあったサイズを選んでいく。
胴と腰回りの防具、肩当と肘当と腿当と脛当、籠手。
ダンジョンに入るときよりもしっかりとした防具になった。
それらを選んで、これまで使ってきた木剣と同じサイズのものを選んで、防具を身に着けていく。
手伝いますとハスファがそばにくる。
「軽く動いてみようか。それでどこか引っかかるなら調整が必要だ」
年上の冒険者の言葉に従い、動いてみる。普段とは違った重さに動きにくさは感じるけど、どこかが引っかかることはない。
それを伝える。
「重さは我慢してくれ、お前さんを守るためだからな。こっちの準備は終わった」
ベルンの方も準備は終わっている。ベルンの武器も剣だ。防具の方は肘当と腿当と籠手がない。重さを嫌ったのか、俺相手なら必要ないと思ったのか。レベル差があるなら、俺の攻撃はそこまでダメージにならないのかもしれない。
「ルールの再確認だ。頭部への攻撃、喉への突き、殺すような攻撃は禁止だ。気絶するか、降参を口にしたらそこで終了になる」
前半の禁止事項は主にベルンに言って、後半は俺に向けたものだろうなぁ。
「両者ともに異論はないな」
「「ない」」
俺たちが答えると、職員は冒険者たちに鍛錬場を開けてくれと言って移動してもらう。
冒険者たちは端に移動して休憩しながら俺たちを見てくる。
「両者、配置につけ」
五メートルほど間を開けて向かい合う。
ベルンは俺を睨むように見てくる。頭が冷えたかもと思っていたけど、そうでもなかった?
「始め!」
モンスター相手のように最初は様子を見ようと俺は構えたままだ。対してベルンは突撃してくる。
「すぐに終わると思うな!」
確実にまだ怒ってるな。
駆け寄る速さはハードホッパーより劣る。ただしハードホッパーが突進だけなのに、ベルンは速さを維持したまま剣を振ってくる。
一度はなんとか避ける。けれどもすぐに追撃が襲いかかってきた。
「ぐうううっ」
追撃をなんとか剣で受け止めるが、すぐに力負けして押される。バランスを崩したところに、腹を蹴られて地面に転がることになる。
急いで起き上がらなければと思ったが、ベルンの攻撃の方が早く、倒れたまま転がって攻撃を避けることになった。
ベルンの剣が地面を叩く音が近くからして、このまま立ち上がっても追撃をまともに受けるだけと思って、そのまま転がり続けて離れてから立ち上がる。
「弱い者虐めでしかないんだから、少しは手加減したらどうだよ」
「そんなこと知るか!」
鬱憤を晴らすつもりか。
最初からわかっていたけど勝ち目はないな、これ。一年の差はこんなものなのだと分かっただけでも収穫はあった。
だからといってここで満足して今すぐ降参するつもりもない。聖堂で殴られたことは俺だって怒っているんだ。降参はそれの仕返しをしてからだ。
「どりゃー!」
今度はこっちからだと攻撃する。
「そんな攻撃当たるものかよっ」
ベルンは言葉通り、軽やかにとはいかないが俺の攻撃を避ける。反撃はしてこない。その余裕がないとしたら技量的にはそこまで大きな差がないのかも。
そんなことを考えていたら攻撃が単調になったようで、剣で受け止められた。
力負けするのはわかっているから、押されて素直に下がる。今度はバランスを崩すことはなかった。
だがまた攻守が代わる。
「そらそらそら!」
連続して振るわれるベルンの攻撃を大きく下がって避け、たまに受ける。
防具のおかげで痛みは半減くらいには和らいでいる。この程度の痛みなら音を上げることはない。
戦いが始まったばかりの今はまだ余裕はあるけど、このダメージが蓄積すると仕返しどころじゃなくなるかもしれん。
早めに魔力活性で一撃入れないと。
そのためにも一つでもいいからあいつの癖を掴めたらいいんだが。
◇
「まだ続けるのでしょうか」
やられっぱなしのデッサを見てハスファは言う。
ベルンの剣がデッサの体に当たるたびに、ハスファは目を背けたくなる衝動を抑える。
自身の問題に巻き込んだ結果の模擬戦なのだ。目を背けるのは許されないと自身を叱る。
「続くだろうな」
年上の冒険者が言う。彼はデッサがなにかをやりたがっていることを見抜いていた。
「ですが素人目に見てもベルンさんの優位は変わらないと思います。これ以上は怪我が大きくなるだけではないでしょうか。だったらもう降参してしまった方が。もしくは私たちが審判に中止を求めた方がいいのでは?」
「たしかにデッサという少年の勝ちはないな。だが諦めた目はしていない」
事前に聞いていた話と模擬戦の動きで、ベルンの勝利は揺るがないものだと年上の冒険者は考える。
本人も負けると言っていた。だからデッサが勝利を目指しているわけではないとわかるが、なにを考えてまだ戦っているのかはわからない。
「諦めていない?」
ハスファはじっとデッサの顔を見る。
痛みに耐えながらも真剣な顔でベルンを見ている。その姿にハスファも諦めや投げやりといった感情は見えなかった。
「これ以上戦ってなにになるのか私にはわかりません」
「俺もデッサの狙いはわからない。だが本人が諦めていないのだから、お前さんが勝手に止めては駄目だろう。見守ってやれ。そして模擬戦が終われば、看病してやれ」
「看病は当然します。あの怪我は私が負わせたようなものです」
ハスファの口ぶりに深刻なものを感じた年上の冒険者は警告する。
「あまり責任を感じるものじゃないぞ? デッサ本人にも一応原因はあったんだ。過剰に責任を感じるとかえって迷惑になる」
「そのようなものでしょうか」
「ああ、責任を感じてデッサに負い目を持って接すれば、いつしか二人の関係に歪みが生まれて、関係が壊れていくことになる。まっとうな交流を続けていきたいなら、一度くらい頼みを聞いてやるくらいでいいだろうさ。それで貸し借りなしに戻す」
「そういえば本当なら今日は文字教室に行くと言っていました。私が文字を教えることが迷惑をかけた償いになるかも」
「それがいい。デッサがそれだと割に合わないとか言ってきたら、胸を一回揉ませてやれ」
「む、胸ですか」
想像して恥ずかしそうに胸を両手で抱く。そのハスファの表情に先ほどまでの深刻さはない。
狙い通り緊張を解せたと年上の冒険者は小さく笑い、冗談だと付け加えた。
そんな二人の視線の先で、模擬戦に変化が訪れようとしていた。
◇
何回も振られる剣を半分くらいは避けそこねながら、ベルンの動きを見ていく。
痛みはまだ我慢できる。跳ね鳥の群れの攻撃よりはるかにましだ。でも積み重なるダメージはそろそろ無視できなくなる。
癖を掴めたとはいえないけど、そろそろ動きが鈍くなってしまう。呼吸が荒くなり始めて体力が減っているとわかる。
対するベルンも汗がにじんで呼吸が少しだけ荒くなっているが、まだまだ続けられそうだ。
反撃のチャンスがなくなるから動くなら今だろう。ベルンの速さには慣れた。ベルンが魔力活性を使ったとしても、上昇する身体能力もおおよそ予想がつく。
「いくぞ!」
「強がりもいい加減にしろっ」
俺が接近しようとすると、ベルンは剣を振り上げる。
頭部への攻撃は禁止だから、狙いは肩か腕。おそらく右肩に当たる。
腕じゃないならこっちの攻撃は止まらない。魔力活性を発動し、痛みは我慢して剣を振り抜く。
「くらえっ!」
魔力活性を行い、短時間体に満ちる力で木剣を振る。
右肩に衝撃があったのと同時に、木剣がベルンの胴に当たった感触が伝わってくる。直後に当たった大きな音も響いた。
「ぐぅっ」
模擬戦を開始して初めて、ベルンがうめき声を漏らす。
よしっ攻撃を当ててしっかりとダメージを残したぞ。さっさと止めよう。疲れたし、これ以上は一方的に殴られるだけだ。
「満足だ。降参する」
続行の意思なしを示すため、ポイっと木剣を手放す。
ベルンは弱いと思っていた相手に有効打を受けたせいか悔し気な表情だ。
「そこまでっベルンの勝利。以降両者ともかわした契約を守るように」
ベルンは若干不満そうに頷く。
俺は目的をやりとげたし満足そうな表情を浮かべているだろう。
ハスファと年上の冒険者が近づいてきた。
「大丈夫ですか?」
「体のあちこちがじんじん痛む程度だ。昨日死にかけたことに比べたらどうってことないよ」
「死にかけたってなにがあったんだ」
防具を外しながら見知らぬ冒険者に跳ね鳥を押し付けられたことを話す。
「そんなことがあって、今日またぼこぼこにされたのか」
「今日は安全が確保されていたし、昨日よりましだと思いますけどね」
「そうかもしれんが、大きなダメージを負ったことにはかわりない。ゆっくり休むんだぞ」
「そうします」
「ついでに聞きたいんだが、もしかして最後に魔力活性を使ったのか?」
「ええ、せめて一回はまともにやり返したかったんで、機会を待って使いました。おかげであいつにまともなダメージを与えることができて満足です」
「魔力活性だと!?」
少し離れたところで武具を外していて、こちらの会話が聞こえていたらしいベルンが信じられないという表情で俺を見てくる。
「なんでお前なんかが使えるんだっ」
「練習したからだが?」
「俺だってようやく形になってきたんだぞ? お前なんかにそう簡単に使えてたまるかっ」
ベルンも使えたんだな。模擬戦で使わなかったってことは、なめてかかっていたってことだろう。
でもそこまで苦労する技術か? 魔力が足らなくて強化率と持続時間に不満がでるならわかるけど、習得はそこまでのものじゃないだろう。
「あの魔力活性ってなんでしょう」
それについて知らないハスファが聞く。
「戦士タイプが魔力を使って行える技術だ。体内にただあるだけの魔力を活性化することで、身体能力の一時的な強化を行ったり、浸食への防御になる。だいたいダンジョンの三十階から四十階までには習得しておきたい技術だな。それから先は必須といえる技術だ。冒険者になって十日くらいの奴が習得しているのは俺も驚く」
ベルンは習得中ってことで三十階辺りをうろついているって感じか。
「村に来た冒険者が魔力活性について話しているのを聞いたことがあって、そのときから練習していたんですよ」
ゲーム知識ですって言うより、この方が信じられるだろ。
「ダンジョンに入る前から練習していたなら使えてもおかしくないな」
「習得に苦労するものなのですか?」
「すぐにできるものじゃない。最低でも一ヶ月は習得に時間を使う」
「え?」
そんなに時間かかるのか。俺は命がかかっていたから習得が早かった?
「意外そうな顔をするということは、デッサは習得にそこまで時間をかけなかったのか」
「まあ、一ヶ月はかからなかったですね。知識がなかった分だけ、焦りとかなくいろいろと捗ったんですかね」
年上の冒険者はそうなんだろうかと不思議そうだ。
そういうことにしておいてほしい。俺も驚いたし、詳しく説明してくれと言われても困る。
ベルンは納得いかないといった表情だが、契約をかわしたこともあって突っかかってくることはない。
武具を外し、ギルドに返却して解散になる。
感想ありがとうございます