189 遊黄竜事件 11
浜まできて閃光玉が空高く投げられて、夜空を一瞬だけ眩しく照らす。
遠くにいた船が近づいてくる。
それを見てここだと何人も大きく手を振る。
近づいてきた船に乗っていた者たちの表情が期待に染まっていた。
「終わったんだな!?」
「ああ、全部終わった! 帰ることができるんだ!」
「お、おお、おおおおっ!」
船乗りたちが歓声を上げる。
「ほかの船を呼んでくる! もう少し待っててくれ、すぐに戻ってくるからな!」
急げ急げと言いながら船乗りたちは船を動かして離れていく。
戻ってくるとわかっているためこの場にいる人たちに不安そうな表情はない。帰れるのが楽しみだという表情ばかりだ。
この待ち時間の間に、ガイセンさんたちに話を聞こうと思ったけど、喜びに満ちた雰囲気に水を差しそうでやめておいた。
武具の点検をしながら暇を潰そうと思っていたら、遊黄竜の声が届く。
『少年にはもう一つ礼をしようと思っていたのを忘れていた』
ほかの誰も声に反応していないので、俺にだけ届くようにしているんだろう。
声にせず心の中で、礼とはなんなのか聞く。
『死黒竜がずいぶんと入れ込んでいるようだ。いろいろと大変な目に遭っていて、苦労しか感じていないだろう。だが未来は意外と暗いものではないかもしれんぞ』
(そうでしょうか。このままいけば死以外の未来は見えないのですけど)
『わしもあれがなにを目的にしているのか詳細はわからんが、なにか殺す以外の目的をもって行動しているように感じられた』
(目的を?)
俺になにかやってもらいたいことがある? いやでも俺ができることはリューミアイオールにもできると思う。
生贄だった俺になんの目的をもって接しているんだろう。
『少年の心の中に荒れた部分が見えたのでな。不安ばかりではないと知らせておきたかった。今後も苦労はするだろうが、不安に潰されずやっていくといい』
(リューミアイオールは、あなたとは力が同等だから互いに干渉はできないと言っていたんです。それなのにリューミアイオールがなにを考えているのか読めるのですか?)
『たしかに力は同等だが、生きてきた年数が違うからやれることはこちらの方が多い。その差で多少はこちらが優勢なのだ』
なるほどと納得していると、遊黄竜の気配は遠のいていった。
不安ばかりじゃないって言われても、具体的なことは聞けなかったから、いまいち安心できないんだけど。
でもリューミアイオールと同等の存在の言葉だし、無意味な言葉ではないはず。
食われておしまいだろうから一矢報いるつもりでいたけど、もっとましな未来がくると思っていいのだろうか。
期待したいなと思いつつ、やろうと思っていた点検を開始する。
ほかの人たちは記念や換金目当てに、竜の力を受けて育った植物を採取していた。俺も点検が終わったら枝の一本くらい採取しよう。ルポゼの庭に挿し木として植えて根付いたらラッキーだろう。
武具は魔物の攻撃を受けた以外にも魔法を受けたりしたし、メンテナンスが必要と思える状態だった。
修理費用はいくらかなと思っていると五隻の船が姿を見せた。
船乗りたちの感謝の言葉を受けながら、全員で船に移る。
誰か乗り忘れていないかという確認で、全員乗っているとわかると船が動き出す。
そして船がいくらか離れて、遊黄竜の穏やかな咆哮が聞こえてきて、姿が夜の海に消えていく。
遊黄竜が離れていっているはずだけど、大きな波一つ起きなかった。
船が港に着くと、少しだけ人が集まっていた。話を聞くと波が穏やかになったような気がして、何事かと集まっていたらしい。
ロッデスが船首に立つ。
「すべて終わった! 竜は去り、竜の背で魔物が行おうとした儀式も我らが阻止した! この港はもう平和に戻ったのだ!」
港の人々を安心させるためだろう。堂々とした姿で短いながらも終わりを告げた。
それに集まっていた人たちは一瞬呆けて理解したとたんに歓声を上げた。そしてほかの人たちにも知らせようと散っていく。
俺たちが船から降りると、深夜にもかかわらず町のあちこちから歓声が上がっていた。
「冒険者たちに伝える!」
宿に帰って休もうかと周りの人たちと話していると、町長の私兵が大声で話しかけてくる。
「感謝の宴を開きたいと町長が仰せだ。そのため今日の日暮れくらいに、ここに集まってもらいたい。報酬もそのときに渡される。それまでは戦いなどの疲れを十分に癒してくれ!」
冒険者たちはそれぞれ返事をして、それを聞いた兵は船乗りたちに近寄り話しかける。
宴に魚を使いたいので漁に出てくれないかという頼みに、船乗りたちは喜んでと返し、仲間を誘ってくるとこの場から走り去っていった。
俺たちは埠頭から離れて、人々に感謝の言葉を受けながらそれぞれの宿に帰る。
宿の従業員も騒ぎを聞きつけたのか、明かりをつけてくれていて玄関から入ることができた。
武具を外して、ベッドに倒れ込む。
「明日の魚料理楽しみだー」
一度倒れたら、もうこのまま寝転んだままでいたい。
寝ることにして目を閉じると、あっさり眠りについた。
夢も見ることなくぐっすりと寝て、朝も遅くに目を覚ます。
たっぷりと寝たおかげか、ほとんど疲れはなくなっていた。今日一日のんびりとしていたら疲労は抜けるだろう。
俺はこんな感じだけど、ロッデスたちは浸食のダメージが大変そうだ。宴でも静かに過ごすかもしれない。
取り置いてくれていたスープで朝食をすませて、剣と財布だけを持って宿を出る。
港町は歓喜の雰囲気で満ち溢れていた。道を歩く人すべての表情が明るく、ここに来たばかりの頃とはまるで違う。まるで祭りかと思えるような雰囲気で、飾りつけなどもされている。
そんな風景を見ながら、クワイスたちの店に到着する。
閉まっているかと思ったけど、開いていた。
クワイスがテーブルをふいていて、母親は調理の下ごしらえをしていた。
「まだ開いてない、あ」
誰かが入ってきたことに気付いたクワイスが顔を向ける。
「あんた! 約束を守ってくれたんだな!」
布巾を放り出して、駆け寄ってくる。
その声に母親も反応し調理場から出てくる。
「心配はしてなかったけど、帰ってきているか一応確認に来たんだ。その様子ならちゃんと父親は家に帰ったんだな」
「そうだよ! 夜中に帰ってきたんだ! すっごく疲れていたけど、俺と母さんを抱きしめてくれた」
母親が頭を下げてくる。
「あなたに説教されたと言っていました。おかげで諦めずにまた立ち上がれたと」
「説教というか、息子が頑張ったのに父親が諦めていた姿に呆れただけなんですけどね。ジャロスさんは今どうしているんですか」
「寝ています。起こしても起きないくらいにぐっすりと」
「無理もない。魔物を前にして緊張したんだろうし、それまでの疲労もあるでしょうしね」
「あんたは魔物と戦ったと聞いた。それなのに動いて大丈夫なのか?」
「俺は慣れているから。少し怠いくらいだ」
慣れていると聞いて、二人は微妙な顔になる。
まあ慣れるくらいに魔物と遭遇するってのは呆れられても仕方ないな。
「じゃあこれで失礼するよ。知りたいことは知れたし」
「お礼をしたいのですが」
「お礼と言われても」
なにか思いつくことはない……そうだな、時間帯としては少しばかり早いかもしれないが昼をおごってもらおうか。
ここで昼を食べていきたいと言うと、母親は任せてちょうだいとはりきった様子で調理場に入っていく。
夜に宴があるからたくさんはいらないと伝えると、頷きが返ってくる。
クワイスに案内されて、席に座る。
竜の背でなにがあったのか聞かれて、答えているうちにボンゴレと海藻のサラダが出来上がった。
丁寧に作られた品のようで、この前食べたものと比べて質が明らかに上だ。あさりとにんにくとオイルがほどよく調和し、旨味が舌を喜ばせてくる。
海藻のサラダもパスタとの相性を考えた味付けになっていて、味わいを補強し合う関係だった。
「ごちそうさん。楽しみな宴の魚料理の前にここまで美味いパスタを味わえるとは思っていなかった」
「そう言ってもらえると嬉しいわ」
「それじゃもう行きます。親子三人でお幸せに」
ありがとうという礼を背に、店から出る。
満足感に浸ったままのんびりと散歩するかな。
いや、ガイセンさんたちを探そう。聞きたいことがあるし。ギルドがあの三人の宿を知っていたらいいんだけど。
「いらっしゃいませ。もう動いて大丈夫なんですか?」
調査の一員だったと知っているギルドの受付が少しばかり心配そうに聞いてくる。
「ええ、動くくらいならなんともありません。ちょっと人を探しているんですが、その人たちがどこに泊まっているのか聞くことってできますか」
「難しいですね。安全面から通常は教えられないようになっています。なにか特別な理由があるのでしょうか」
「グーネル家の次男捜索の依頼、それはこのギルドにも出されていますか」
関係あるのだろうかと疑問に思ったようで受付は首を傾げた。
「無関係の話ではないんですよ」
「たしかそういった依頼はあったはずです」
「その誘拐犯の関係者と思われる人たちが今回の依頼に参加していたんです。それで話を聞きたくて宿を知っていれば教えてもらおうと」
「思われるということは確定はしていないんですよね?」
「はい。断言はできませんが、誘拐犯が気にしていた情報を知りたがったり、同じ技術を使っていたので、無関係ではないだろうと思っています」
「私では判断できないので、上の者と相談してきます」
少々お待ちをと言って受付は離れていく。
十五分ほど待つと、受付は戻ってくる。
「兵と一緒ならば大丈夫ではないかと結論がでました。今兵を呼びに行ってもらっているのでもう少し待ってください」
わかったと返して、ベンチに座る。
さらに二十分ほどで職員と一緒に兵が建物に入ってきた。彼らは受付に話しかけ、受付は俺に手招きする。
「こちらの冒険者と同行してほしいのです。理由はお伝えしたように誘拐に繋がる情報が入手できるらしいということです」
「承知した。だがもう少し詳しいことを教えてもらいたい。向かう先には何人いて、どういった者たちなのだろうか」
兵や職員たちの視線がこちらに向く。
「人数は三人。名前はガイセン、ルーバス、ミミス。シャルモスの残党という集まりなのではと思っています。シャルモスの残党は誘拐をしたといったことからわかるようにまっとうな組織ではないのでしょう。誘拐のほかにも、副作用のある道具をばらまいたり、殺傷事件も起こしています」
「そのような者たちがなぜこの町に?」
「わかりません。俺のように遊黄竜がなぜ暴れているのか調査に来たのかも」
魔物を敵視しているし、遊黄竜の異変は魔物関連だと思って来たのかもしれないな。
本人たちから目的を聞けたらいいんだけど。
「危険な組織に所属しているなら暴れないだろうか」
「その可能性はゼロではないと思います。ただ昨夜の戦闘で疲れが溜まっているでしょうから、暴れた場合の対処は難しくないかもしれません。心配なら兵を何人か追加した方がいいですね」
警戒はしっかりとしておかないとな。追い込まれるとなにをするかわからない。
「そうしようか。宿に寄る前に詰所に寄らせてもらう」
ギルドの職員から三人が泊まっている宿を聞き出発する。
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