188 遊黄竜事件 10
戦況はずっと劣勢だ。
力を増したロッデスが加勢しても、本気を出した魔物には優勢にはならなかった。
けれども四人とも諦めた様子なく、戦っていく。
殴られ、蹴られ、燃やされてもすぐに立ち向かっていく。肉が幾度も裂け、血が幾度も流れ落ちる。
その戦いを見て、本当にチャンスを生み出せるのかと思ってしまう。
(いや、やると言ったんだ。それに懸命に戦っている。俺が勝手に判断しちゃ駄目だ。待とう)
待てば海路の日和あり。ロッデスたちは見事にその機会を生み出した。
そろそろ魔力循環二往復で増やした魔力が切れそうだと判断したロッデスが剣を投げつけ、すぐに魔物の足にしがみついたのだ。
それにガイセンさんたちも続く。
「きさまらなにを!?」
「デッサ! やれーっ!」
殴られながら叫ぶロッデスの声を聞いて、すぐに魔力循環を使う。
「遊黄竜っ頼む!」
『ゆけっ人間よ!』
どこからともなく声が聞こえてきて、魔力循環がすごくスムーズに行われ、なんの負担も感じずに四往復が成功する。
「いきます!」
駆け出し、すぐに高く飛び上がる。
「天からの怒り、裁きの光、鋭く速いなにものも貫く槍っ。落雷直撃!」
頼んでいたようにラオナーズさんが魔法を使ってくれる。
その魔法はこの場の誰よりも高い位置にいる俺に直撃した。
強い衝撃が体中に走る。痛いけど、意識が飛ぶほどじゃない。
「仲間に当てるとは馬鹿な真似を!」
「馬鹿じゃない! 狙い通りだ!」
属性付与で足りないなら、より強い雷に近いものをまとえばいい。
「皆が作ってくれたこのチャンス。生かしてお前を倒してみせる、いくぞ!」
「愚か者め! 空中にいればこれは避けられまいっ」
魔物の鶏冠から大きな火球が放たれる。
俺に向かってくるそれは魔物が言うように避けられない。耐えるしかないと思っていたら周囲から石や魔法が飛んできた。
火球はそれらを受けて、俺に当たる前に破裂する。
「なんだと!?」
「戦闘に参加できない俺たちだって邪魔くらいはできるんだ!」
守りを壊して戻ってきた冒険者たちが火球を壊してくれたらしい。
散り散りになった炎の向こうに魔物を捉える。
『やれええええっつ!』
皆の声援を背に剣を振り下ろす。
「今必殺のっ雷閃下り一文字!」
「おおおおおおおおっ」
魔物は腕を交差して俺の振り下ろした剣を受け止める。
一瞬剣が止まり、俺は剣を握る手に力を込める。
同時に俺にまとわりついていた雷が剣を通して、魔物へと流れていく。
「ぐがががががっ」
「いっけええええっ!」
悲鳴をあげた魔物の力が緩み、これが最後のチャンスだと全身全霊で剣を振り抜いた。
剣は魔物の両腕を斬り落とし、胴体も真っすぐに斬り裂いた。
「ぎゃああああああっ」
大きな悲鳴を上げて魔物は後方へとよろめき、仰向けに倒れる。
「ア、アンクレイン様、申し訳ありません。失敗いたしました」
「アンクレインだと!?」
地面に倒れていたガイセンさんたち三人が反応する。この反応はほぼ間違いないな。あの強化法といい、三人はシャルモスの残党なんだろう。
ふらふらな状態で立ち上がり、魔物へと近づく。
「アンクレインはどこにいる!? 今はなにをしている!?」
「アンクレイン様はどこかだと? いいだろう教えてやる。砂嵐に守られた大砂漠の真ん中よ。巨石群があの方の城だ。お前たちがなにを思ってアンクレイン様の居場所を聞くのかわからんが、とうていたどり着くことはできんぞ!」
ガイセンさんたちが悔しそうな顔を浮かべたことに満足したように魔物は笑みを浮かべて、消えていった。
残るのは魔晶の塊だけだ。
勝ったんだと生き残ったのだと歓声が上がる。
「終わったー」
俺も膝をついてそう言うとロッデスが倒れたままで「まだだ」と言う。
「魔法陣を壊して終わりだ」
ああ、そうだった。魔物を倒すことに全力で魔法陣のことを忘れていた。
ほかの人たちも浮かれて魔法陣に注意が向いていない。
もうちょっとだけ頑張るか。
よっこいしょと立ち上がり、魔法陣の一部を足で削る。するといっきに魔法陣が薄れていき、消え去った。
開いていた穴も徐々に閉じていき、わずかに開いていた跡を残して閉じきった。
そこにうっすらとした光が集まる。歓声は止まり、その光に注目が集まる。
『人間たちよ、礼を言う』
光が老人の形となった。長い白髪と白く長い髭を持つ白のローブ姿の老人だ。なにかに座るような姿勢でこちらを見てくる。
「あんたは?」
辛そうに体を起こしあぐらをかいたロッデスが聞く。
『お前たちが遊黄竜と呼ぶものだ』
「やはりそうか。いろいろと説明してほしいんだが、まずなにより聞きたいのはこれで帰れるし、海が荒れることはないんだな?」
『うむ』
遊黄竜が肯定したことで、その場にほっとした雰囲気が漂う。中には嬉し泣きしている人もいる。
『先に今後のことを話しておこうか。お前たちがわしから離れるまで動くことはない。安心して帰りの船を呼ぶのだな。そしてお前たちがいなくなったあとは魔法で姿を消して、誰も来ることのない大海の真ん中で今回の傷を癒すとする』
「人間には当然だろうが、魔物に見つかることもないのか?」
遊黄竜は頷いて肯定する。
『これまではただ流されるままでいた。魔法を使って隠れたことはない。そのせいで今回奇襲を受けたのだが』
「どうして今回のようなことになったんだ。あの魔物の目的はなんだったんだ?」
『いつものように眠りながら移動していたところに、魔物が空から降りてきた。それは特別珍しいことではない。長く生きていればそういったことは何度もあった。今回もなにもせずに去っていくのだろうと思っていたら、背に穴を開けられたのだ』
「そう簡単に開けられるものなのですか?」
リューミアイオールと同等の存在にダメージを与えたということで、その手段が気になった。
『簡単ではないだろう。希少な触媒を用いて高度な魔法陣を発動させて、穴を開けてきた。その魔法陣開発と発動の準備にどれだけの時間をかけたのか』
やっぱりリューミアイオールたちにダメージを与えるのは一年かそこらでできることじゃないんだな。
背に穴を開けてなにをしたかったんかとロッデスが聞く。
『血肉と力を奪っていた。動かずじっと耐えていたのだが、たまに耐え切れず動いていた。その時の動きと漏れ出る魔力が天候に干渉して海が荒れたのだ』
背中に穴を開けて暴れないでいるのは難しい。むしろよく耐えたもんだ。
耐えていてあれだけ荒れたのなら、耐えずにいたら海岸はひどいことになっていたんだろうな。
「魔物はそれらをなぜ奪っていたのだろうか」
『そこはわからぬ。ただ魔王のためと一度あの魔物が口走ったことがあったな』
「魔王? 魔王が出現したのか!?」
ロッデスが驚きを隠さずに聞き返す。
最近ちょくちょく魔王に関した話題を聞くな。
『出現ではなく、復活だろう。過去英雄が封印したあれがまた世に出てこようとしている』
「封印が破られようとしている?」
ロッデスの声がわずかに震えている。信じたくないのだろう。
『そうだ。もとより永遠に封じられるものではないからな。英雄もそれを示唆していた。だが時間が流れるうちに多くの人間たちはいつか破られるということを忘れていったようだが』
「いつ封印が破れる? もしくはもう破れてしまっている?」
『出てくればわかる。だからまだ破られてはいない。だがもう長くはもたんだろうな。魔王が復活すれば魔物たちが活気づく。騒乱があちこちで起こるぞ。騒乱に飲み込まれたくなければ備えることだ』
「そ、そなえるってなにをどうやって!?」
誰かがうろたえた声で叫ぶように聞く。
『強くなれ、強くあれ。かつての人間はそうやって魔物たちに抵抗していた』
「つ、強くって」
『できないことはない。そこの少年がまさに実現している。そこの男も実現しつつある』
俺とロッデスを指差してくる。魔物に備えて強くなったわけじゃなくて、別件で強くなっているんだけどね。
「実現しつつあるといっても、俺はもう成長限界なんだが」
『身体能力が限界に到達しただけだろう? 技術や経験や武具道具、備えるものはまだまだ多い』
ロッデスでまだまだという言葉に周囲の者たちは嘘だろうと小さく呟いた。
指摘された当人はむしろ納得いった表情だ。
「そこらへんが足らないと言われれば、反論はできねえな」
『話はこれくらいだが、ほかに聞きたいことはあるかね?』
「自力で魔物を追い払うことはできなかったのか?」
ロッデスの質問に「できた」と遊黄竜は返す。
『だがいろいろと力を使って、反撃はもうしばらくあとのことになっただろう』
「力を使っていたとは?」
『痛みに耐えるため魔法で痛みをやわらげていた。魔物が逃げないように魔法を使っていた。海の荒れ具合が落ち着くように魔法で抑えていた。それらをこなしながら、少しずつ反撃用の力を溜め込んでいた』
反撃した場合、その余波で大津波がここら一帯の海岸を襲うことになっただろうと遊黄竜が言ったことで、ジャロスさんたち地元民の表情が引きつった。
「ほかの竜に助けを求めるとかできなかったのか?」
『交流などないからな。助けを求めたところで聞き流される』
リューミアイオールも俺を派遣するとき、人間が原因なら放置していいって言ってたし助けようとはしてなかったな。
『ほかに聞きたいことはあるかね? なさそうだな。魔物を倒し魔法陣を壊してくれた礼をしよう。備えの一つにもなるだろう』
遊黄竜が腕を振ると、魔法陣があったところが一瞬だけ光って、小さな赤い欠片がいくつも浮かぶ。
それがこの場の全員の目の前に飛んでいく。
俺の目の前にも来る。三ミリくらいの透き通った赤い物質だ。
これはなんだろうかとロッデスが聞く。
『わしの血液だ。魔物によって吸い出されたものがいくらか地面に散っていた。それを回収し余分なものを排除した欠片』
「貴重なものだとはわかるが、どう扱えばいいんだ?」
様々なゲームや漫画なんかで、ドラゴンブラッドは貴重品として出てくる。その例にたがわず、この世界でも貴重なものなんだろう。
ただゲームには竜の鱗や爪は出てきても、血は出てこなかったアイテムなんで、俺も利用法がわからない。
『利用法はいくつもある。そのまま飲めば魔力が一割ほど増えるだろう。ハイポーションに混ぜたら、死んでなければどのような大怪我でも怪我一つなく治療されるだろう。武具の作成に使えば、上質な仕上がりになるだろう。お前と少年ならば、心を強く持てるようになる薬に混ぜるといいかもしれない。使っていた技術の負担が軽減されるようになる』
「それは助かるな。今回のことでコツを掴んだとはいえ、負担がなくなったわけじゃない」
俺としても三往復がもっと楽になるのは助かるし、自力での四往復実現の日が近づくのは喜ばしい。
売る人はいないだろうけど、売った場合はかなりの値段がつくだろう。
『話は終えた、礼も終えた。わしは消えるとしよう。人間たちよ、もう一度言う。死にたくなければ備えよ。それが自身と周囲の者たちを救うことに繋がるだろう』
老人の姿がすうっと消えていく。
三十秒近く静かな時間が過ぎて、ロッデスが座ったまま口を開く。
「いろいろと驚くことがあったが、帰ろう。聞いたことの確認とかは帰ったあとでいい。誰か閃光玉を浜で使ってくれ」
「そ、そうだな。帰ることができるんだ!」
一斉に動き出す。
俺やロッデスやガイセンさんたちは疲れているから肩をかそうと人が近づいてくる。俺は動くくらいはできたから断り、ロッデスたちは二人がかりで運ばれていった。
遊黄竜の魔法が解かれたことで、足が止まるといったことはなく全員で森を抜けることができた。
いくつかほっと安堵の溜息を吐いたのが聞こえてきた。
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