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187 遊黄竜事件 9

 皆できるだけ静かに移動して、魔物がいるところまで百メートルちょいといったところで三組に分かれる。真正面組と左右組だ。

 俺は真正面から行くロッデスと一緒だ。

 三組に分かれて、さらに静かに歩を進める。

 木々がなくなるところまでくると、月明りに照らされた魔物が見えた。

 聞いていたように全身が羽毛で覆われ、頭部は鶏、下半身がでっぷりとした人型だ。

 こっちに気付いているのかいないのか、地面に描かれた直径五メートルほどの魔法陣を見ている。その魔法陣の中心に穴が開いている。ここからだとどれくらい深い穴なのかわからない。

 魔法陣の近くには人間の死体があった。十人以上の死体の中には、合流できなかった調査班の死体があるのかもしれない。

 

「あと三分ほどで合図を出す。いつでも投げられるように準備しておけ」


 小声でロッデスが言ってくる。

 それに俺たちは頷いて、刺激物を入れた試験管などを取り出す。

 そろそろ三分といった頃に、ロッデスが指を口に持っていき、すぐに音が響いた。

 指笛に反応し振り向いた魔物めがけて試験管などが飛ぶ。

 

「ふんっ同じ手などくらうものかよ!」


 そういった魔物は翼と一体化している両腕を振り回し、風を起こして自身に向かってくる試験管などを落としていく。

 先に接触した調査班があの魔物に刺激物を投げつけたんだろう。その可能性を見落としていたわ。

 ロッデスは舌打ちしてバスタードソードを抜く。それにラオナーズさんがすぐに属性付与の魔法を使う。


「突撃だ!」

『おおおおっ!』


 俺も魔力循環三往復を使って魔物へと向かう。

 いくつか明かりの魔法も俺たちの頭上に浮かんだ。

 冒険者たちが邪魔で攻撃が難しいし、魔法陣の方に向かおう。

 

「何度来ようが同じこと! 全て返り討ちにしてくれるわ!」


 接近した者たちが体格に見合わない身軽な動きで殴り蹴られて、次々と吹っ飛ばされていく。

 その様を見て、冒険者たちの表情に怯えがはしる。


「つ、つええ」「俺たちにやれるのか?」「無理じゃねえか?」

「臆するな! ここまで来たからには戦うしかない!」


 ロッデスが言いながら剣を叩きつける。魔物はわずかに顔を顰めた。


「雷属性か! だがいくら弱点をついたとしても力が足らんな!」

「戦い始めたばかりだろ。本当に力が足りないか、これから見せてやる!」


 ロッデスの戦いぶりに勇気づけられ、ほかの冒険者たちも挑む。

 その間に俺は魔法陣に近づこうとして見えない壁に阻まれた。

 その壁に向かって剣を振り下ろす。空間がたわんだように一瞬だけ風景が歪む。


「無駄無駄! 魔法陣は結界によって守られている。儀式を止めることなぞできんわ!」

「逆に言うなら、守らないといけないくらい大切な儀式というわけだな! デッサ、ぶっ壊せ!」

「おうさ!」


 深呼吸して剣を振り上げる。天地一閃っ。

 俺が放てる一番の攻撃を結界に叩きつける。

 今度は大きく風景が歪む。


「っ!? ふ、ふははっ。焦ったが結界を壊すには威力が足りないようだな!」


 三往復状態でも壊せないとかどれだけ頑丈なんだ。


「デッサ、お前はこっちに来いっ。ほかの奴は結界だ! 少しずつでも負荷を与えれば壊れるかもしれん!」


 ロッデスがすぐに指示を出したそのとき、胸の黒竜真珠が大きく震えた。


『それでは駄目だ。結界を壊すには三つの守りを壊すのだ』


 どこからか声が聞こえてくる。誰の声だ?

 俺たちの疑問を晴らしたのは魔物だった。


「遊黄竜っ余計なことを言うな! ずっと俺の邪魔ばかり、大人しく力を奪われていろ!」

『人間たちよ。その魔法陣から見て、上方、左右に守りのための石碑がある。それを壊すのだ』


 すぐにロッデスが指示を出す。


「こいつは俺とデッサが担当する! 少しの補佐を残して、全員石碑を壊しに行け!」

「行かせるか!」

「お前は石碑が壊れるまで俺たちと遊ぶんだよ!」


 冒険者たちに攻撃しようとした魔物にロッデスが攻撃をしかける。

 目を狙った突きはさすがに無視できないのか、攻撃を中断する。

 その間に冒険者たちは遊黄竜の示した方角へと散っていく。

 俺は魔物に向かう。その俺に遊黄竜が話しかけてくる。


『力を奪われていて手助けはできないが、少しだけやれることはある。お前が今使っているものは負担が大きいようだ。それを十五秒ほどなくしてやろう。その間に全力を叩き込むといい。負担をなくしてほしいときはわしを呼ぶといい』


 それだけ言って遊黄竜の声は消えて、黒竜真珠の振動も治まった。

 黒竜真珠という竜由来のものがあったから、それを利用して俺たちに声を届けられたのかな。

 負担なしということは四往復が使えるってことか。

 今はそれらの追及はおいといて、魔物の足止めが最優先だ。


「くらえ!」

「ぐうっ」


 突撃の勢いも加えて剣を叩きつける。

 魔物はそれを翼で受けて、態勢をわずかに崩す。そこにロッデスが攻撃をしかける。


「デッサ、お前はこいつをどう見る? カルシーンよりは下じゃないか?」

「ええ、感じられる圧は下だと思います」

「吾輩を甘く見るな!」

「見るわけないだろうがっ」


 カルシーンよりもましだと確認しただけで有効打を与えられていないんだから、ロッデスの言うように甘くみるのは無理だ。


「まあいい、お前たちを殺して、ほかも殺せば問題ない」

「そう簡単にやれると思うなよ」

「俺も頑丈だから、そう簡単にはやられるつもりはないぞ」

「人間は脆いものだと証明してやろう!」


 バンプアップに近いことなのだろうか、魔物が大きく息を吸って筋肉が増し、体格が良くなる。

 

「ふんっ」

「おおおっ!?」


 蹴りが放たれて、ロッデスが防御態勢のまま吹っ飛ばされる。

 どういった状態なのか確認する暇はない。魔物がすぐに俺にも攻撃をしかけてきたからだ。

 ここで負担なしの札を切るか? 四往復なら対応できる。いや戦いながら四往復は無理だな。


「お前も吹っ飛ぶがいい!」

「なんのおおおっ」


 いろいろな人や魔物に何度も殴られているのは伊達じゃない。

 防御態勢のまま一メートルほど滑って止まる。蹴りを受けた腕が痛いけど我慢だ。


「その程度なら耐えきれるぞ!」

「人間がなまいきな!」

 

 再度蹴りを放ってくるけど、今後は避ける。そう何度も受けてたまるか。

 俺を蹴倒すことにムキになっているようで、よそに向かう様子はない。このまま時間を稼げるといいんだけど。

 そんなことを考えていると、治療してもらったロッデスがまた参戦してくる。


「リベンジだ! デッサ、お前は回復しないで大丈夫なのか」

「できるならしたいですけど、下がって大丈夫ですか!?」


 攻撃を避けながら聞く。


「悔しいが一人じゃ無理だな」

「だったらこのまま戦います。一度は下がる必要はありますけどね」


 魔力循環の効果はもうそう長くはもたないから、また使わないといけない。

 魔力循環を使っているロッデスなら説明しなくても、俺が言いたいことはわかるだろう。


「そのときは遠慮なく下がれ」


 一人じゃ無理だと言ったのに、即座にこう言えるのはすごいな。

 

「遠慮なく下がるよ。まだだけどっ!」


 魔物の蹴りに合わせて、剣を振る。ぶつかりあう蹴りと剣。勢いに負けたのは俺だ。

 追撃を放とうとした魔物に、ロッデスの剣が当たる。

 俺は態勢を整えて、ロッデスの邪魔にならない方面から魔物に攻撃をしかける。

 俺が連携を考えられたら、もっと楽に戦えるのかもしれないけど、できないことを言っても仕方がない。

 俺たちは何度も吹っ飛ばされ、ポーションなどで治療を受けて魔物に挑む。


「いい加減しつこいぞ、お前ら!」

「時間稼ぎが目的の俺たちにとっては褒め言葉だよ、それは」


 ロッデスが肩で息をしながら返す。

 疲れとダメージが溜まってそうだ。シールなしで戦っているんだから、俺と違って不慣れな分だけ疲労とダメージが大きいのだろう。

 さらになにか言おうとした魔物が魔法陣へと勢いよく振り返る。


「隙ありだ!」


 攻撃を誘うためではなく、純粋にそちらが気になったという反応と見て、おもいっきり腹にフルスイングした剣を叩き込む。


「ぐぼっ」


 戦い始めて、初めて魔物が地面に転がった。

 ロッデスは追撃よりも体力の回復を優先したようで、深呼吸をしていた。

 魔物は怒りで表情を歪ませて起き上がる。


「お前ら、やってくれたな!」

「この反応は魔法陣の守りがなくなったな?」


 ニヤリとロッデスが笑いながら言う。


「ようやく終わりが見えた。あとは魔法陣を壊せば終わりだな」

「その前にお前たちが死んで終わりだっ。王の怒りとくと見ろ! ケエエエエエッ!」


 うるさっ。音に耐えるため手で耳を塞ぐ。

 空へと咆哮を上げた魔物の姿に変化が起きる。

 炎のようだった鶏冠は本当に燃え上がり、純白の羽毛に朱色が混じる。そして圧がさらに増した。


「本気の本気というやつか」

「ロッデスさん、これ以上なんとかなります? 俺は奥の手があるんですけど」

「どういったものだ? それによっては俺も無茶をするぞ」

「十五秒ほどですけど、四往復できます」

「それで倒せるか?」

「やれるかわかりませんけど、三往復じゃ勝てません」

「やるしかないか。よし、俺も二往復を絶対成功させる。少しだけ時間を稼いでくれ。その後は交代して俺がどうにかして時間を稼ぐ」


 わかりましたと答えようとしたら、背後から人が飛び出してくる。


「時間稼ぎは俺たちが!」

「二人は急いで奥の手を使ってくれ」 

「たいして時間は稼げないわ。急ぎなさい」


 ガイセンさんたちが魔物に突撃していく。


「お前ら無茶をするな!」

「奥の手があるのはあんたらだけじゃないぞ! いくぞっ」


 ガイセンさんとルーバスさんの体が赤みをまして、動きが速くなる。

 ミミスさんはその二人をフォローするように魔法を使う。


「あれは」

「なにか知っているのか?」

「いえ今は説明している暇はないです。俺たちも準備を整えましょう」

「そうだったな」


 ロッデスはすぐに意識を切り替えた。


「お前はまだ四往復を使うな。十五秒しかないなら無駄遣いせず、確実に攻撃を当てられるタイミングで使え。どうにかして俺たちがそのタイミングを作る」

「作れますか……いや信じて待ちます」

「おう。どうにかしてチャンスを作ってやる」


 ロッデスは魔力循環を行い、二往復させると顔を顰めた。けれども倒れることなく歯を食いしばって、拳で自身の足を殴って耐える。


「どうにか、耐えたぜ。行ってくる」


 そう言うとロッデスは劣勢のガイセンさんたちに加勢するため突撃した。

 

「いつでも動けるように目を離さず準備しておかないと。いや万が一を考えると四往復だけじゃなくてほかの手段も準備した方がいいかもしれない」


 とりあえずハイポーションで体の治療をしながら、なにができるか考える。


「……そうだ。俺はまだ属性付与してもらってない。それを使って少しでも威力の底上げを」


 そう考えて、属性付与では威力が足りないと首を振る。

 あの魔物自身が威力が足りないと言っていた。だったらそれ以上の雷で底上げした方がいい。

 戦いから目を離さずに、ラオナーズさんのところまで下がる。


「デッサ、どうしたの。なにか問題でも起きた!?」

「ラオナーズさん、これまで使っていた属性付与よりも上の属性付与ってありますか」

「ないわ。私が知っている属性付与の魔法はあれだけ」

「そうですか。だったらそれで少しでも底上げするしかないですかね」


 属性付与を使ってもらいながら、どうにかできないかと考える。

 そんなとき魔物が鶏冠から出した炎を足に宿して蹴りを放つ場面が見えた。


「あれと同じことをやれば、もしかして」

「デッサ?」

「成功するかわかりませんけど、試してみたいことがあります」


 なにをしてほしいのか口に出すと、ラオナーズさんは顔を顰めて無茶だと言ってくる。


「無茶をしないと勝てない相手なんです。チャンスは一度きり、ロッデスさんたちはきっと何度もチャンスを作れません。それならそのチャンスのためにできることは全部しないと」

「…………わかった」


 悩んだ様子だけど、通常の手段では魔物には勝てないとラオナーズさんも思ったようで承諾してくれる。


「俺が跳ねたタイミングでお願いします」

「ええ、しっかり決めてきなさい」


 頷きを返して、俺はいつでも動けるようにロッデスたちの戦いに集中する。

感想ありがとうございます

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― 新着の感想 ―
[一言] カルシーンよりマシとはいえ魔物は魔物ですからねえ 儀式の方にも意識を割かないといけない今こそ倒しておきたいですね
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