186 遊黄竜事件 8
「お、戻ったか」
洞窟そばに焚火があり、そこにロッデスたちが集まっていた。
こっちに来いと手招きされる。
「森の外に出たと聞いたが、ほかに誰か出ていたか?」
「誰もいませんでした。こっちは上陸した人たち全員集まっていますか?」
「二つの班がいない。外に出ているかもしれないと思っていたが、もしかすると魔物かモンスターにやられたかもしれんな」
「外までは戦闘の音は聞こえてきませんでしたけど」
「奇襲されて短時間で戦闘が終わった可能性もある。森をうろついているだけならいいんだけどな」
「ですね。それはそれとして、これからどう動くか聞きました?」
ロッデスたちは頷く。
「皆で魔物と戦うんだろ。賛成だ。俺もこのまま閉じ込められる気はない。そのためにも魔物の情報を聞いて、分析して少しでも有利に戦おうということになっている」
「もう分析は始まっているんです?」
「まだだ。皆が集まったら開始しようということになっていて、ほかの班を探しに人が出ている。夕方までに見つからなければ、現状の人数で戦闘だな」
まだ昼だし、俺も探しに出るかな。
そう言うとロッデスから待機していろと言われた。
「魔力循環を使えるお前は主力の一つだ。いつでも戦えるように体力を温存しておけ」
「わかりました。でも暇なんですよね」
「だったらここらへんで食べられるものでも探したらどうだ。携帯食ばかりというのも味気ないだろ。木の実やキノコがあるそうだぞ」
たしかに携帯食が続くのはちょっとな。
「キノコは素人が手を出すとやばいと聞きますけど」
「食べられるものを聞いてから探せばいい」
そうするか。キノコについて知っている人を探して、食べられるものの特徴を聞く。
ほかの暇な人も一緒に探すということになって洞窟から離れすぎない程度の距離でちらばって探していく。
探していてちょっと思ったんだけど、キノコは本当に大丈夫なんだろうか。竜の影響で木とか変異しているって言っていた。キノコも影響を受けていないわけがない。薬師にとっては貴重な材料になりそうだけど、食べられるのか? あとでほかの人に聞いてみよう。
ちょっと不安を感じつつ、キノコを集めて、みかけた木の実もとっていく。
二時間ほど採取に時間をかけて洞窟に戻る。
そこにいた人にキノコと木の実が食べられるのか再確認すると、閉じ込められている間に食べて問題なかったそうだ。
キノコの汚れを落として、けずった枝に刺して、焚火のそばに置く。塩と胡椒を持ってきている人がいて、味付けもできる。
木の実は虫の確認をして、沸かしたお湯に放り込む。
何度か揺れを感じながら、夕食の準備をして日が落ちる。
人探しに出ていた人も戻ってきている。結局二つの班は見つからなかったそうだ。魔物がいるところには近づかなかったそうなので、すれ違ったのでなければ、魔物のいるところに行ってしまったのだろうとロッデスたちは結論づけた。
「それじゃ魔物について話を聞こうか」
焼きキノコを片手にロッデスがジャロスさんたちに話しかける。
ゆでた木の実を葉っぱに載せたものをつまみながらジャロスさんは頷いた。
俺も焼きキノコを齧りながら話を聞く。
「すでに話したように鶏の魔物だ。強さはかなりのものだ。一撃で死んだ者もいる。蹴りや蹴爪での攻撃がメインだと思う。あとは大音量で耳を攻撃してくることもある。空を飛べないみたいだが、腕の翼で数秒の飛空はできるし、高くジャンプも可能だ」
「具体的な強さはわかるか?」
「これまで戦ったどのモンスターよりも強いということしかわからん」
「魔物についてはひとまずおいとくとして、モンスターはどうだ」
「モンスターはほとんどいないと思う。魔物とモンスターは協力しておらず、俺たちのように魔物に向かっていた。そして倒されていたよ」
「敵対するものなんだな」
ロッデスたちは珍しいことを聞いたと感心している。
俺はゲームで魔物とモンスターが敵対したイベントを見たことがあるから、そんなこともあるんだろうと納得している。
ここのモンスターは竜の影響を受けて独立した存在になっていたんだろう。住処を荒らされると考えて人間と魔物に襲いかかったという予想で当たっていると思う。
「ここにいるモンスターはどんなやつらなんだ?」
「俺たちが見たのは猿と猫だ。どちらも二十体はいないくらいの群れだったはず。魔物に倒されて今はそれぞれ五体いるかどうかと思う。強さは俺たちでもなんとか倒せるくらいだった」
「俺たちが魔物と戦っているときに襲いかかってくる可能性はあるのだろうか」
「どうだろう、わからない」
「警戒はしておこう」
ロッデスの言葉に皆頷いた。
「魔物に話を戻そう。誰か魔物の弱点に気付いたということは?」
ジャロスさんたちは首を横に振る。
「蹴散らされてそんな分析をしている暇もなかった」
「そうか。デッサ。お前はどうだ? あのとき刺激物を当てるっていう発想をしたのはお前だったろ? 今回もなにか思いついたことはあるか」
「鶏の魔物って聞いたときに、鳥目かもしれないとは思いましたね。夜になってまったく見えなくなるということはないでしょうけど、少しは影響を受けるかもしれない。俺たちも明かりがないと動きづらいのは一緒なんですけどね。あとは視力の低下を聴覚とかで補っている可能性もあるので、弱点になるかどうか」
「鳥目か。それを戦うときに考慮するとなると、動くのは夜。暗い中を奇襲して、あとは明かりをつけて戦うとかそんな流れかね。ほかにはなにか思いつくか?」
「もとになったモンスターがわかれば、弱点もそれと似たものになるんじゃないでしょうか。鶏のモンスターは何種類か知っているんで、その中に魔物と特徴が該当しているものがいないか聞きたいところです」
ロッデスはジャロスさんたちに覚えていることを話すように促す。
目や嘴や鶏冠や羽の色とそれらの形。体格は太め細めのどちら。体の模様。そういったことを話してもらう。
彼らの話を統合して、これじゃないかというモンスターが浮かび上がる。
「金の目に純白の羽毛、深紅の嘴。鶏冠は炎のようで、足は黒。尾の羽が長め。体格はでっぷり。これで間違いないならココケニヒっていうモンスターじゃないですかね。羽毛は白いけど純白というほどじゃないし、鶏冠は赤で炎のようではないけど、そのほかの特徴はあっている。さらにほかの鶏のモンスターの特徴とは合わない」
「聞いたことないな、この国にはいないモンスターだろう」
それの弱点はとロッデスが先を促す。
「雷が効いて、水や氷には耐性を持っています」
「雷の魔法使いはいるか!」
ロッデスが言い、ラオナーズさんが手を挙げた。ほかにはいないみたいだ。
ロッデスは手招きして、ラオナーズさんは近づいてくる。
「使える雷の魔法を教えてくれ」
「わかりました」
俺たちに話したものと同じ説明をしていく。
そして自分の攻撃魔法が魔物に通じるとは思えないと締めくくった。
「与えるダメージは少ないかもしれないが、弱点を突かれると驚きでわずかにでも動きを止めるかもしれん。隙ができるのはありがたい。ただ何度も当たるようなものじゃないだろうから、ここぞというときに使ってほしい。それまでは雷属性の付与がメインだ」
了解だとラオナーズさんは頷く。
「ここまでの話をまとめよう。戦う時間は夜。雷の属性付与を受けて、奇襲をしかける。ただし武器が光るということだから、奇襲が成功する可能性は低い。あとは刺激物を持ってきているやつはいるか?」
俺を含めて後発の調査隊たちは手を挙げる。
ジャロスさんたち先発組はなんのことだろうかと首を傾げている。
「大会で戦った魔物は辛い調味料などを混ぜた刺激物が効いたんだ。だから準備するのもありだろうと出発前に話した」
ロッデスの説明になるほどなとジャロスさんたちは納得した表情を見せる。
「攻撃する前に一斉に投げれば少しは当たるかもしれん。奇襲が成功しても失敗しても最初はそれを投げつけ、その後に突撃というふうに変えるのもありだな」
「別の魔物に効いたというが、どんなふうに効いたのか教えてほしい」
「目潰しだ、それなりの時間目を開けづらそうにしていた。加えてとんでもない味に怒り、攻撃が単調にもなった」
「単なる調味料がそこまでの効果を出すとは」
「なんでも試してみるものだな」
効果があるのなら最初に使うということでいいだろうと決まる。
「それじゃいつ挑むか決めよう。ちょうど夜の時間だし、今からでも行けるとは思うが」
ジャロスさんがまったをかける。
「怪我を治療したばかりで、体が鈍っている者がいる。せめて明日の夜で頼めないか。一晩休んで日中に体を動かして少しでも勘を取り戻す」
「それでもいいんだが、不安もあってな。魔物がやっている儀式がなんなのかわかっていないから時間を置くとなにが起こるかわからないんだ。明日にでもなにかが起こる可能性もあって、あまり時間を置きたくないと思ったんだよ」
ロッデスの理由に理解を示す者多数。
止めたジャロスさんも納得している側だ。だからといって賛成側にすぐ回るというわけではなさそうだ。
怪我が治ったばかりの者たちをこのまま動かしても戦力にはならないと言ったのだ。
「じゃあこうするのはどうだ。怪我が治ったばかりの者たちはフォローに回る。戦闘中にモンスターの接近を知らせたり、怪我をして動けなくなった者を回収してポーションを使う。これなら戦闘はできなくても大丈夫じゃないか? 戦う者としてはそういったフォローがあると助かる」
カルシーンのときも倒れた冒険者たちの回収をやっていたな。ロッデスはあれを思い出したのかもしれない。
ジャロスさんたちは顔を見合わせ、頷き合う。
「それなら大丈夫みたいだ」
「急かせるようですまないな」
「いえ、儀式を不安に思うというのは同意見なので。日が暮れてすぐに動きますか?」
「ひと眠りしてから行こうと思うが、どうだ。人探しで体力を使った奴もいるはずだ」
二時間くらい休憩してからというロッデスの意見に反論はでずに、ジャロスさんたちフォロー組が起こすということになって戦闘組は食事をすませてから鎧を脱いで横になる。
俺も携帯食とゆでた木の実を食べてから横になった。眠れるかはわからないけど、目を閉じて横になっているだけでも少しは疲れが取れるだろうと思っているとあっというまに意識が落ちた。
寝る直前にまた黒竜真珠が振動していたような気がする。
誰かに揺らされて起きる。
「おはよーございます?」
「そろそろ出発の時間だぞ」
わかったと返して起き上がる。地面に寝転がったから体が少しだけ痛いな。柔軟体操のように体を動かしてほぐす。
違和感がなくなってから、武具を身に着ける。
ハイポーションなどの確認をしていると、ロッデスが出発準備は整ったかと皆に声をかける。
それぞれが返事をして、出発準備が整ったと判断したロッデスが最終確認として戦いの流れを話す。
魔物がいる場所は木々がない開けた場所で、そこを囲むように移動する。そして合図の指笛のあと刺激物を投げて突撃。そのとき全員は突撃せず、何人か残る。ラオナーズさんに属性付与してもらってから突撃し、一人ずつ一度下がって属性付与してもらうという流れだ。できるなら魔法陣の方も攻撃して破壊してしまおうということになっている。
「正直、立てた作戦で絶対勝てるとは言えん。魔物はやはり強いからな。だが諦めてしまえばここで終わることになる。それぞれ会いたい人、やりたいこと。そういったことがあるだろう?」
俺は当然として、皆も頷く。午前に洞窟周辺で見かけた、諦めた人はもういない。皆が願望を持ち、帰る気でいる。
「俺もまだまだ名を上げたいし、今年の大会で優勝したい。だからこんなところで立ち止まるわけにはいかない。帰るぞ、帰ってまだまだ人生を謳歌するぞ!」
『おうっ』
皆が返事をして、ロッデスの出発の声で魔物がいる遊黄竜の背の中心へと歩き出す。
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