184 遊黄竜事件 6
俺たちが乗る船は昨夜から浜辺に準備されているようで、そちらに向かう。
今日も海は荒れている。空はぽつぽつと雲がある程度の晴天。でも波は嵐でも来たかのようにざっぷんざっぷんとしぶきを上げていた。
浜辺には四隻の小型帆船がある。十人くらい乗れそうなそれが陸にあげられていて、水の影響を受けないようにされていた。
出発する俺たち冒険者以外にも町の男衆が集まっている。
「出発予定の冒険者たちはこちらへ」
ギルド職員が呼びかけている。
そっちに向かうと名前を確認された。
「参加者ですね。まずはこの薬を飲んでください」
「これは?」
水差しから小さなコップに入れられた薬を受け取りながら聞く。とろりとした透明な液体だ。
「酔い止めです」
納得していっきに飲む。苦みが口の中に広がり、差し出された水も飲む。
「次にこちらの袋をどうぞ。中身はハイポーションと酔い止めと水と携帯食です。ほかの薬や道具は船に積んであるので上陸するときに持っていってください」
「わかりました」
「ではもう少ししたら出発なので三番と書かれた船に乗ってください」
指示に従って、ハシゴを上り船に乗る。船員らしき人が三人いて帆などの点検を行っていた。
彼らに挨拶をして、船を見る。
何枚かある帆はまだあげられている。船の側面には俺たちが取ってきた樹液を使った塗料が塗られているようだ。そして甲板には魔法陣が描かれていた。
船首にはロープが結び付けられている。この船が海に出るのは人力なんだろう。だから男衆も集まっているんだと思う。
魔法陣を踏まないようにして縁に寄りかかり出発を待つことにした。
十分ほどでガイセンさんたちもやってきて、船に乗ってくる。さらにもう一人船員らしき人が乗ってきた。
ほかの船も船員は四人のようだった。
さらに十分ほど経過して、ギルド職員が出発間近だと大声で告げる。
少し離れたところにいた男衆がその声に反応し、船に近づいてくる。その中には酒場で酔っぱらっていた男たちやクワイスの姿も見えた。
『おおおおおおっ! そいや! せいや!』
結びつけられた数本のロープを掛け声を合わせて引っ張る男たち。さらに船尾から押す男たちもいる。
まずは一号船が海へと送り出される。
帆が下ろされて、すぐに風をはらむ。船員の一人が風の魔法を使ったようだ。船は盛大に波に揺らされながら、遊黄竜へと向かっていく。
「頑張ってくれ!」「頼んだぞ!」「無事に帰ってきてくれよ!」
浅瀬から、それぞれが思い思いに声援を送り、二号船を送り出すために移動する。
二号船も無事送り出されて、俺たちが乗る三号船が出発する番だ。
『よいしょーっ。よいせーっ』
息の合った掛け声とともに船が動いて海に出る。
船員が船尾から風の魔法を使う。
船員二人が帆を操作し、もう一人が舵輪を動かす。
「しっかりと掴まっておいてくれよ!」
帆の近くにいる船員が俺たちに忠告してくる。波の影響で上下に動いている状態は遊園地のアトラクションのようだ。なにかに掴まらずにいると落ちそうなのは簡単に予想できるので、素直に縁を掴む。
「こんな状態で船は壊れないのか」
ルーバスさんが近くにいる船員に聞く。
「普通なら壊れるが、補強のおかげで耐えられる。だが港に帰ったら総点検だろうな。無理をしているのは事実だ」
「無理か」
「ああ、こんな荒れた海に出る馬鹿はそうはいねえよ」
「そりゃそうだ」
誰だって死にたくないしな。
船員の技術や魔法陣のおかげで船は転覆するようなことなく進んでいく。
「あそこらへんから上陸だ」
舵輪を持つ船員が大声を出して、上陸するところを指差す。
遊黄竜の右の横腹といえばいいのか、その後ろ足近くを船員が指差している。
先に行った一号船と二号船は反対側の左の横腹から上陸するようで姿は見えない。残りの二隻は俺たちと同じ右の横腹から上陸する予定だそうだ。
ぎりぎりまで船を寄せて横付けする。
「いつ暴れるかわからないから、急いで移動してくれ」
「わかった。ここまでありがとうね」
ミミスさんが礼を言い、俺たちは薬や食料やテントが入った木箱を持って、急な坂になっている部分に飛び移る。その瞬間増幅道具と黒竜真珠を入れた袋が一度揺れた。ジャンプしたから揺れたのではなく、それ自身が震えたような感じだった。
(竜に関係したものだし、反応してもおかしくはないよな)
着地したところは甲羅が剥き出しになっているわけではなく、砂や土がある。
俺たちが上陸し、船員たちは少しだけ離れて大声で話しかけてくる。
「脱出の際は木箱に閃光の玉が入っているから、それをそこから空高く投げてくれ。船が迎えにくる」
わかったと返事をすると船はさらに離れていった。
「俺たちも出発しよう」
ガイセンさんに俺たちは頷きを返す。
木箱を持って進んでいき、坂が緩くなったところで一度それらを置く。
目の前には森が広がる。まずは足を踏み入れずここから観察してみようと、皆で森のあちこちを眺める。
「なんでしょうね。妙に奥が気になる」
ラオナーズさんが呟く。
「そうだな。俺も同じだ」
ガイセンさんが同意して、ルーバスさんとミミスさんも頷く。
俺はというと特にそういった感じはしない。
「観察力がないせいか、俺はなにか気になることはないんですけど、なにか目立つものとか変わったものがあるんですか?」
「変わっているといえば全部がそうなんだけどね。植物の形状が見知ったものと少しだけ違っている。竜の上に生えているからその影響を受けているのでしょうね。それ以外の変わったものはというとないように思える。ただ森の奥にひきつけられる」
「呼ばれているとかそんな感じなんでしょうか」
「声が聞こえるわけじゃないけど、それに近いような気もするわ」
「一つ異常ありってことですね。ほかにモンスターの影とかはどうなんでしょ」
俺は発見できていないけど、モンスターが特殊な能力で引き寄せようとしているのかもしれない。
今のところ動く影はなさそうだと四人は言ってくる。
「ここら辺を見回ってモンスターとかがいなさそうなら、ここにテントを張ろうと思う。どうだ?」
ガイセンさんの提案に俺たちは異論なしと返す。
木箱をまた抱えて、森に足を踏み入れる。
その途端、俺にもひきつけるといった感覚がわかった。
「これがひきつけるって感覚ですか」
「まずいなこれ」
ルーバスさんが顔を顰めて森の奥を睨む。
「油断していると奥へ奥へと進みたくなる」
「そんなに強く干渉してきているんですか?」
「ああ、お前はそこまで気にならないのか?」
「はい。少し気になる程度です。引き返した方がいいですかね」
そうしようと四人は動こうとして止まる。
「あ、これは本当にまずいわ」
ミミスさんになにがまずいのか聞く。
「これ以上どうしても動けない。森から出さないように魔法かなにか使われている可能性が高い。デッサはどうかしら」
歩いてみて、特に制限を感じない。
「大丈夫みたいです」
「強さの差かしら。動けるならちょうどいいわ。船にこのことを知らせてきてほしい。これは伝えておかないといけない情報だわ」
「ああ、なにも知らずに突っ込むと、騎士たちも帰れなくなる可能性があるな」
同意したガイセンさんが木箱から閃光玉を取り出す。ほかにもいくつか道具などを取り出した。
「閃光玉だけじゃなくて、一応ほかのものをわけておこう。俺たちはこの力に抗えず奥に行くかもしれない」
渡されたものをリュックに入れる。
知らせに行く前に試したいことを思いついた。
「俺が引っ張ったり、抱えたら動けませんかね」
「試してみよう」
ルーバスさんの腕をとって森の外へと引っ張る。
ルーバスさんは抵抗するように踏ん張っているけど、少しだけ動かすことができた。
「ストップ。これ以上は肩が抜ける」
「じゃあ次は抱えて見ますね」
ルーバスさんの手を放して、肩にかつぐ。この状態なら動かすことは可能だった。
「いけそうですね。このまま全員を外に運びましょうか」
「頼むと言いたいところだけど、体に力が入らなくなっている。もしかするとこのまま力が抜けたままかもしれない。ちょっと森の外まで運んでみてくれるか」
「わかりました。行ってきます」
三人に運ぶと告げて、早足で森の外に出る。
「どうです?」
「動けないな。まったく力が入らない。遊黄竜から離れてもこのままだと困るな」
森に入れば元に戻るだろうかと移動すると、森に入った時点で手足を軽く動かすことができるようになった。
そのまま少し進んで、自力で動けるようになる。
「俺はあいつらのところに戻るから、デッサは船に知らせに行ってくれ」
「知らせたら四人のところに戻りますから、できれば待っててください」
「ああ、わかったよ」
ルーバスさんは奥へと向かい、俺は森から出る。
上陸したところまで戻って、閃光玉を空へと投げる。ぱっと光が弾けて、遠く離れて小さかった船がこちらへと動くのが見えた。
少し時間が流れて、船が近くまでやってきた。
「どうした!」
「異常があったから連絡に来ました」
「なにがあったんだ」
「森の中に入ると、外に出られなくなっています。誰も帰ってこなかったのはこれが原因の一つかもしれません。町に伝えておいてください」
「わかった。だがお前は出てきているだろう? 全員が出られなくなるわけじゃないということじゃないか?」
「俺は魔法に対して強くなる品質の良い魔法道具を持っているから、そのおかげかもしれません」
俺が大丈夫でガイセンさんたちが駄目な理由は、黒竜真珠かリューミアイオールの呪いくらいしか心当たりがない。
「魔法に対抗できる魔法道具が必要か」
「予想なので絶対ではないですが」
「情報は多い方がいいから町にそのことも伝えておく」
「頼みました。俺はまた森に戻ります」
「ああっ気を付けるんだぞ!」
離れていく船を見送って、俺も来た道を戻る。
改めて異変がないか確認していくけど、引きつけられるといったこと以外にこれといった異変はなかった。
そして四人のところまで戻る。
「よかった、もしかするといないかもと思ってました」
おかえりと言ってガイセンさんは続ける。
「動かないなら影響はほぼないらしい。だがこの時点でこうならもっと奥に進むと、止まることすらできないかもと話していた。それならモンスターがいないことにも説明ができる」
「四人は人間だけじゃなく、モンスターにも影響が出ていると思っているんですか」
「そうだ。待っている間、地面とかを念入りに調べてみたんだ。そうするとモンスターや動物のものと思われる足跡を見つけることができた。確実にこの森にはそれらがいる。それなのに姿が見えない」
影響を受けて奥へと向かったということか。
「それを踏まえて俺たちはいきなり奥にはいかず、中心に対して弧を描くように移動して情報収集をしようと話したんだ。デッサはどう思う」
「賛成です。なにがあるかわからないし、いきなり行くのは危険だと思います」
早速移動することにして、木箱を持って動き出す。
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