183 遊黄竜事件 5
ロッデスが教卓に立ち、皆の注目が集まると口を開く。
「まずは名乗っておこう。アタトラネスのロッデスだ。会話が聞こえていたかもしれないが、俺たちはミストーレの大会で魔物と遭遇している。猫のモンスターがもとになった魔物と鳥のモンスターがもとになった魔物だ。戦ったのはカルシーンという名の猫の方だ」
本当に魔物が出たのだなという声が聞こえてきた。
「ああ、本当にいた。目的はわからなかったが、大会に人間に変装して潜り込んでいた」
「変装なんてできるのか!?」
魔物が出たという情報は掴んでいても、その詳細は知らなかったようで驚きの声があがった。
ロッデスは頷いて続ける。
「正体を現すまで人間そのものだったぞ。正体を現したのは準々決勝とかそのあたりだ。見物客はすぐに避難して、その場にいた冒険者たちで戦うことになったが、終始押されていた。その場には頂点会のファードもいた」
「倒せたのか?」
「無理だった。ファードが腕一本犠牲にして追い払うのが精一杯だった」
ファードさんはここらでも有名なようで、彼でも追い払うので精一杯だったのかと冒険者たちは慄いている。
「ファードさんは今は元気に鍛錬をしていることを伝えておきます。次は倒すと張り切っていますよ」
「倒せるのでしょうか」
「断言はできませんが、可能性は十分にあると思います」
習得しようとしている技がカルシーンに通じても、魔王軍幹部に通じるかどうかはわからないんだけどね。不安にさせるだけなので、それは黙っておく。
「魔物が遊黄竜の背にいた場合、俺たちはどうすればいい?」
「即離脱でいいだろうさ。調査がメインだって職員も言っていただろ」
ロッデスの言葉に職員は頷いた。
「あそこに魔物がいるという情報がわかるだけでも十分な成果です。倒して名声を得ようという欲をかいて、情報を抱えたまま帰ってこないという方が困ります」
「そういうわけで魔物がいれば逃げるという方針でいいだろう」
「もし戦闘になった場合はどうすればいい?」
不安そうな声の質問が出てくる。
「そうだな……ああ、たしかデッサが嫌がらせしていたから、あれをやればいいかもな。下手すると怒らせるだけかもしれないが」
なにをしたんだと注目が集まる。
「暴漢対策に辛いものとかを水に溶かして持ち歩いていたんですよ、怪我させずに鎮圧するために。それを魔物の顔面に叩きつけてもらいました。効いていたけど、怒らせましたね」
「そういったものが魔物に効くのか?」
「あれは猫をもとにした感じだったんで、味覚はあるかもと考えて試してみたんです。ほかの魔物に効くかどうかはわかりません。動物がもとになっているなら効くかもしれませんね。もしものときの保険といった程度の気持ちで準備したらいいのではと思います」
逃亡の手札は多い方がいいから準備しておこうという声が聞こえてくる。
俺もまた作ろう。強いモンスターに対しても役立つかもしれないし。
カルシーンたちがどんな戦い方をしたかといった質問などがあり、それに答えて魔物に関しての話が終わる。
ロッデスは壁際に戻り、俺も班員のところに戻る。
「どこまで話したんだったか」
ガイセンさんが言う。
それにミミスが自己紹介までだったはずと返した。
「だいぶ話がそれたが続きを話すとしようか。ええとリーダーを決めようと思う。立候補がいないなら俺がやろうと思うが、二人はどうだ」
俺とラオナーズさんを見て言う。
「私は仲間にリーダーを任せていて経験がないのでやらない方がいいでしょう」
「俺もずっと一人でやっていて指示の出し方なんてわからないんで、慣れた人がやった方がいいと思います」
「じゃあ俺がやらせてもらう。改めてそれぞれが得意なことやどれくらいの強さなのかを話していこう。苦手なことも話してもらえると助かる」
まずはガイセンさんから話しだす。それにルーバスさんとミミスさんが続き、ラオナーズさんも話して、俺も話す。
四人とも大ダンジョンで六十階までは行っているそうだ。それ以降は行かずに、各地で依頼を受けて過ごし、強さを維持する方向で過ごしてきたということだった。
俺の強さに関してはすでに話したように大ダンジョンの階層で説明する。苦手なことは連携の経験が少ないこと、魔法使いと組んだ経験がほぼないこと、接近戦の手段しかもたないことといったことを話した。森の歩き方や気配の感知に多少の心得があることも話しておいた。
「魔物と戦ったことがあるんだろう? なにかしら注意点があれば教えてもらいたいんだが」
「カルシーンと似た実力の魔物が出てきた場合は、生半可な防御は意味ないんで回避を重視した方がいいですね」
「俺の防具はいいものをそろえているつもりなんだが、これでも無理そうか?」
「値段とか材質、もしくは大ダンジョンの何階で使えるものかを教えてもらっていいですか」
「買ったときは大ダンジョンの六十階以上でも通用するとは言っていたな」
「推測が入ると先に言っておきますね。貫いてくることはないと思いますけど、大きく凹ませてくると思います。ただし」
ただしと付け加えたことにガイセンさんたちは不思議そうな顔になる。
「技に優れた魔物もいるでしょうから、そういったやつの攻撃だと防御の隙間を通してくるでしょうね」
「いるのか?」
「以前遭遇したカルシーンとはまた別の魔物は技に優れていましたよ」
「何度も魔物と遭遇しているのか」
ルーバスさんが驚いた顔で言う。
「その魔物はほかの人と協力して洞窟の崩壊に巻き込んで倒したので、もう遭遇はしませんけどね」
「え、倒したの?」
ラオナーズさんが信じられないといった表情を浮かべた。
「ええ、自力ではありませんけど。真正面から戦ったら今頃俺はここにはいません。そんなふうに力のみでない魔物もいるので、注意してください」
「そりゃ注意はするが。遭遇しないのが一番だな」
ガイセンさんの言葉に、ほかの三人はうんうんと頷く。
「俺もそう思います。カルシーンくらいの魔物が出てくると逃げるのもかなり苦労するでしょうし」
「ボコボコにされたって話だけど、実際にはどれくらいの怪我だったの?」
ミミスさんにハイポーションでも治らないくらいだと返す。
「そんなダメージを受けてよくまた冒険者がやれたわね。普通は引退するわよ」
「親切な人から秘蔵の薬をもらえたんです。あれがなかったら後遺症で苦しんでいたかもしれません」
「運が良かったのね」
本当にそう思う。
話はこれくらいにして、一度解散になる。
昼食後に町の入口に集合し、模擬戦などで互いの動きを把握しようということになった。
ほかの班も似たような感じで、雑談をして和やかな雰囲気だ。
どの班も見た感じ、性格の不一致でメンバー変更にはなりそうにない。短期間の班なので多少の粗は目を瞑っているのかもしれない。メンバー交代があるとしたら戦闘スタイルの不一致が要因になるかも。
そんな感想を持ちつつ、集会所から出る。
昼食をとり、武具も身にまとって待ち合わせの場所に向かう。
そこには同じように午後から模擬戦の予定らしい班もいた。
俺もガイセンさんたちと合流して、町から少しばかり離れる。
「さてまずは前衛組の実力確認をしようか。そのあとはミミスからバフを受けて動きを確認したり、ラオナーズの魔法の威力や範囲を確認しようか」
それで問題ないと俺たちは返事をする。
「模擬戦でもいいし、各々が勝手に動くのでもいいし、どっちを選ぶ?」
「木剣とかありませんし、事故があっても困りますから一人ずつの方がいいかもしれません」
俺が考えを口に出すと、それでいいなということになり演武を披露することになる。
魔力活性も使用してガイセンさんたちが動いてみせる。
ガイセンさんたちの正確な強さは見抜けないけど、シャンガラのカイナンガの面々より確実に強いというのはわかる。
俺の番がくる。演武は初めてだけど、モンスターがいると想定してそれと戦う感じでいいんだろうと剣を振った。四人はじっと見てきて、なにか注意点とか言われなかったんでそれでよかったんだろう。
「詳細は話せませんが、奥の手を持っていますから。今以上の動きも可能です」
魔力循環については伏せて奥の手の存在だけを知らせておく。
「過剰活性のことを言っているなら使わせるつもりはないぞ」
「違いますよ。過剰活性じゃないです」
「そうか。使ったあとまったく動けなくなるといったデメリットはあるのか?」
「魔力消費は多いですが、動けなくなるといったこともありません。無理をすればそうなりますけど、その前に止めます」
「流派の秘伝とかそういった感じなのだろうな。承知した」
うんうんと頷いたガイセンさんは少しだけ考え込んで、なにを考えたのか口にせずラオナーズさんに魔法を使ってほしいと頼む。
「わかりました」
ラオナーズさんは魔法を使う方向に人がいないことを確認して、杖を前方に向ける。
「雷線」
細い白光が百メートルを走り消えた。
「私がよく使うものがこれです。これは雷そのものではなく、魔力に雷の属性がついています」
本物の雷はもっと速く強力だと言ってから、次の魔法を使う準備に移る。
雷線の上位だと説明したあと、先ほどよりも太い光が飛ぶ。
「この二つはまっすぐにしか飛ばないので、直線上に立たなければ当たることはありません。次の三つ目は私の放てる最大威力のものです」
そう言うとラオナーズさんは杖を空に向ける。
白光の球体が空に打ち上げられ、ふよふよと移動して止まる。
「落雷直撃」
ラオナーズさんが魔法の名を告げた瞬間、浮いていた球体が弾けて地面がかすかに光ったと思うと、本物の雷に似たものがパーンと音を立てて光った地面に落ちた。本物との違いは音の大きさだろう。魔法の方はそこまで大きな音はしなかった。
「それはモンスターにどれくらいのダメージを与えるんだ?」
ルーバスさんが質問する。
それにラオナーズさんは五十階のモンスターならば一撃だと返した。
一撃で倒せるのは魔力充満を使った場合なのかと、ミミスさんが追加で尋ねる。
「使うともう少し威力は上がりますね。ちなみにこちらは本物の雷に寄せているので、木とかに当たると燃えます」
「向かう先だと使いづらいか」
「開けたところがあるのを願っておきましょう。これらのほかに武器に雷属性の光をまとわせること、相手に稲妻をまとわりつかせて動くたびにダメージを与えること、相手の顔にダメージのない稲妻を旋回させて視界を阻害といったことができます。次に土の魔法を使います。まずは壁」
土が盛り上がって高さ二メートルで幅一メートルに満たない壁ができた。
追加と言って壁が分厚くなって土の柱ができた。
「これに乗って上から攻撃をしたり、遠くの様子を眺めたりするのに使っています」
ほかには土を飛ばしてぶつけ動きを止めたり、目潰しをする土砂の魔法。固めた土の塊を飛ばして攻撃する魔法があった。
「敵の足元に穴を開けて転ばせるということはできないのか?」
ガイセンさんの質問にラオナーズさんは首を横に振った。
挑戦したことはあるが、タイミングが合わずに移動したあとや移動する前に穴を開けて回避され、転がすことができないということだった。
「穴を開ける魔法は野営のときにゴミを捨てたり、獲物を狩るときに落とし穴を作るといったことに使っているの」
「使える土の魔法はそれだけ?」
聞いたミミスさんにラオナーズさんは頷く。
「泥や岩なんかを操っている土の魔法使いを見たことがあるんだけど」
「泥は水と土の魔法を使う人が魔法を組み合わせて使うものですね。岩の方は土の魔法に熟練すると使えるようになるものです。私は雷属性をメインに鍛えてきたので、まだ無理です」
ありがとうと言い、今度はミミスさんが魔法を披露する。
「使う攻撃魔法は火だから森では使えないわね。だからバフとデバフだけを使っていくことになると思う」
バフやデバフを実際に使ってもらい、通常の動きとの差を確かめる。
肉体強化と弱体化以外に、視力や聴力の低下といった魔法も使えるようだった。
「もちろん相手に抵抗されたら効果はでない。デバフをかけたからといって相手の動きが遅くなると思い込むのは危ないわ」
俺に対しての説明だろう。魔法使いと一緒に行動したことが少ないと言ったから、注意点として話してくれたようだ。
それに対してわかったと頷く。
一通りの確認が終わって、連携の確認に移る。その結果、わかったことがある。
俺が経験不足で足手まといということだ。
誰かの指示を聞きながら戦うという経験が少ないため、どうしても反応が遅れ気味になるし、誰かの邪魔にならない位置取りというのもできていない。連携は一朝一夕ではできないと身に染みてわかった。
タナトスの面々とダンジョンに行ったときも、最終的に好き勝手やらせてもらったからなぁ。
「うん、これならデッサ一人で動いた方がいいな」
「すみません」
「いやいや謝ることじゃない。冒険者のスタイルとして違いがあるのは当然だ。こうして事前にわかっただけでも十分な収穫」
「しかしどうする? これはメンバー交代して解決する問題じゃないだろ」
「二つにわけるしかないんじゃないの」
どういうことだとルーバスさんはミミスさんに先を促す。
「私たちとデッサにわけて、デッサには私たちが対応していない方向の警戒やモンスターと戦ってもらう。ほかには後衛の守りとして動いてもらう」
「まあ、そんな感じなら大丈夫だろうな」
ガイセンさんも同意して、それでどうだと俺に聞いてくる。
連携に組み込むことが難しく、それをベストだと四人が判断したなら俺に異論はない。
「いいと思います。以前ほかの人と組んだときも似たような感じの結論になりましたし」
俺が頷いたことで、その方向でもう一度組んだ状態の動きを確認していく。
四人がまとまって動き、俺は全体の動きを見たり、後衛二人の指示で前衛のそばにいると仮定したモンスターとの戦闘をしたり、背後から迫ると仮定したモンスターを遮る壁といった感じで動いていった。
翌日もほどほどに練習したり、コミュニケーションをとったりして、出発の日がやってくる。
感想ありがとうございます