182 遊黄竜事件 4
食後、散歩して町のどこになにがあるか確認したあとは、町の外で剣を振って鍛錬だ。
魔力循環も使って剣を振っていると、三台の馬車が町にやってくる。
町の入口で止まり、中から見知った顔が降りてきた。
「ロッデス」
だいたい半年ぶりに見る顔だ。ここら辺を中心に活動しているのかな。
ロッデスは馬車から降りてきた仲間たちに指示を出し、荷物を持って町に入っていく。
「調査隊メンバーとして呼ばれたんだろうな」
別れ際にいつか一緒に戦うときがくるかもとか言っていたけど、本当になるとは思ってなかった。
あれだけの実力者が参加するなら調査も捗るかもしれない。
こちらに気付かずロッデス一行は見えなくなった。俺がこんなところにいるとは思わないわな。
鍛錬の続きに戻り、日暮れ前に宿に帰る。
四日後の説明会まで鍛錬や浜辺でのんびりと過ごし、疲労を溜め込まないように過ごした。
説明会の朝、剣と財布だけを持って、夜明け港に向かう。
受付に説明会に参加しにきたと告げると、名前を確認される。確認が済むと、近くの建物に会議室を準備しているのでそこに行ってくれと場所を教えてもらえる。参加者と示すメモをもらってから教えられたところに行くと、集会所がありギルドの人間が入口に立っていた。
「おはようございます。説明会に参加します」
そう言いながら職員にメモを見せる。
「確認しました。中へどうぞ」
建物の中は長机と椅子がずらりと並ぶ。
そこには七人の男女がいた。人間と獣人がいて、草人の姿はない。四十歳手前が一番年上で、一番下は俺だ。
ロッデスの姿もあり、入ってきた俺を見て目を丸くする。
そちらに近づく。
「お久しぶりです」
「見間違いかと思ったら、やっぱりお前か。なんでここにいるんだ」
「遊黄竜の調査ですね」
「誰かに頼まれたのか?」
「いえ、個人的に気になったんです。そちらは?」
「俺たちは依頼だ。遊黄竜の本格的な調査がしたいから手伝ってほしいと領主から依頼がきた」
「それはすごいですね」
領主から指名ってことはミストーレ以外でも名前が知られているってことだ。
大きな大会での優勝経験があるんだし、当然のことか。
「ここらへんが活動場所なんですか」
「少し離れたところだ。ここの地方じゃうちが一番のギルドだからな。困難な依頼があればうちに話がくる。俺も聞きたいことがある」
「なんでしょ」
「ファードの爺さんの怪我はどうなった?」
「治ったようです。鍛錬に励んでいるようですよ」
「ほう、そりゃよかった。あのときの後遺症で戦えなくなったとか言われたら勝ち逃げされるところだった」
「さらに強くなっていると思いますよ」
俺の言葉にロッデスは笑みを浮かべた。
「俺も爺さんが使っていた技術を身に着けて強くなった。再戦が楽しみだ」
「魔力循環を? 教わることができたんですね」
まあ優勝者に教えないってこともないか。
声が聞こえていた人たちの中には魔力循環とはなんだと首を傾げた人もいる。
「国から手紙が来てな。今後魔物の活動に備えるためにも、習得しておいてくれということだった」
「なるほど、そういった事情ですか。納得です。どれくらいできるようになったか聞いても大丈夫ですか」
「一往復だけだな。二往復に挑戦中だが、安定しない。そっちも使えるんだろう?」
ロッデスに使えると話したことはないけど、カルシーンと相対したときの頑丈さから予想されるわな。
「三往復を戦闘に使えますね。四往復はまだまだ使い物になりません」
「四往復に挑戦という時点で感心するよ」
「体質のおかげでほかの人より有利ですからね。それに使えるといっても準備に要する時間はまだまだなんで、戦闘前に使っておかないと戦闘中に使おうとしたら隙をさらすことになります。一往復なら戦闘中でもできるようにはなったんですが」
「俺も一往復は戦いながらでもできるな。往復が多くできることと、発動速度は比例しないんだな」
「発動速度は、体質よりも魔力活性をどれくらい使いこなせるかという部分が関わってきそうです。ファードさんはスムーズに魔力循環を扱うんですが、俺との違いはどれくらいの期間魔力活性を使ってきたかということでしょう」
「なるほど。基礎ができているからこそか」
納得だとロッデスは頷く。
魔力循環の話しからミストーレの現状について話は移る。
話している間に人はさらに増えて、合計で十八人の冒険者が集まり、ギルド職員が教卓に立つ。
「これより上陸の説明会を開始いたします。席についてください」
その指示に従って冒険者たちは空いている席に座っていく。
全員が座ったところで、職員が一礼する。
「本日は集まっていただきありがとうございます。この港に住む者として感謝の念に堪えないという思いを町長から預かっておりお伝えします。それでは、まずは再確認から始めたいと思います」
ことのおこりはと遊黄竜がやってきた日から話が始まる。町が受けた被害、先に調査に行った者たちの詳細が話されて、確認は終わる。
「こういった流れを領主様から国に伝えたところ、解決のための騎士たちが送られてくることになりました。その騎士たちに少しでも多くの情報を渡すため、皆様方に調査の依頼を出したという流れです」
「俺たちの役割は調査のみということでいいのか?」
質問が出て、職員は頷く。
「遊黄竜の背が今どういった状況なのか、それを知ることが第一です。重視するのは解決ではなく、解決のための情報収集。上陸後すぐになにが問題なのかわかれば、即座に引き返していただいてもかまいません」
「調査のやり方とかはそっちである程度決めてあるのだろうか」
別の質問があがり、職員は頷く。
「次はそこを話しましょう。出発は明後日。今日ここで皆様を五つの班に分けまして、コミュニケーションをとってもらい、互いになにができるのか把握してもらう時間をとりたいと思います。明後日の朝、港に集まってもらいばらばらの方角から上陸という予定です」
「船は大丈夫なのだろうか。波の影響でダメージが入っていると聞いたのだが」
「比較的ダメージの少ないものを五つ選び、修理と補強を行っています」
また質問の声があがる。
「向かうにあたって必要なものはなんだろう」
「こちらで必要と思われるものは準備しています。ポーションや護符や酔い止めといったものですね」
「酔い止め?」
「現状船での移動は大きく揺れますし、上陸後も揺れている可能性があって必要だと判断しました」
なるほどと皆が頷く。
「ほかに質問はありますか? なければ班分けしようと思います」
「その班分けだが、こちらで自由に組んでいいのか? 同じギルドの方が連携など便利なのだが」
ロッデスが質問する。
「以前から組んでいる人がいるなら、そちらで組んで問題ありません。それ以外の人はこちらで指示しようかと。自由にしてもらうと全員後衛とかになりかねませんし」
「わかった。うちは十人いるから、それを二つにわけることにする。だから俺ともう二人は、班分けから外しておいてくれ」
残り七人は宿で留守番なんだなー。最初にいた人たち全員が仲間だと思ってた。
「了解です。ほかに既に組むことを決めている人はいますか?」
五人が手を上げる。二人と三人が仲間で一緒に行動したいと告げる。
「ではその二組は一緒に組めるようにします。班分けのための指示を開始します。まずは前衛、後衛で左右にわかれてください。ロッデス殿たちは奥に下がってもらえますか」
職員の指示に従って皆が動く。
「その状態で次の質問です。索敵といった斥候に必要な技術を持っている人は挙手をお願いします」
少しはできるようになったけど、それでいいんだろうか?
俺と似たようなことを思った人がいるようで質問が出る。
「どれくらいの技術を想定しているんですか? 初歩の技術でもいいのでしょうか」
「そうですね……調査がメインの依頼ですし、初歩の技術は避けた方がいいかと。初歩の技術だと情報を見逃す可能性がありますし」
だったら俺はやめておいた方がいいかな。
これを踏まえて手を挙げたのは四人だ。
職員は頷いて、指示を出していく。
俺はすでに組んでいる三人組と一緒の班になった。もう一人は後衛で魔法使い風のかっこうだ。俺と前衛二人、後衛二人といった構成になる。
三人組は二十代後半で、男二人、女一人。魔法使い風の人は二十歳くらいの女だ。
「班分け終了ですが、今日明日のコミュニケーションで性格などが合わないと思ったら言ってください。人員を交代します」
ひとまずこのまま自己紹介という流れになった。
「俺たちからやろう。俺はガイセン。主にタンク役だ。三人の中だとリーダーといった立ち位置だ」
「次は俺だな。ルーバスだ。斥候をやっている。接近戦ではナイフ、遠距離ではショートボウを使う」
「私はミミス。魔法使いよ。攻撃魔法も使えるけど、メインはバフデバフといったサポート」
ミミスさんは次にもう一人の女を指名する。
「私はラオナーズです。攻撃魔法がメインの魔法使いです。雷と土の属性道具を持っています」
「最後は俺ですね。名前はデッサ、剣士です。護符や魔力活性などを使う戦い方です。ずっと一人でやってきたので、連携をとるのが苦手だと先に言っておきます」
「一人? なにか問題があって一人なのか?」
少し顔を顰めたガイセンさんが聞いてくる。問題児が入ってきたと思ったんだろう。
「犯罪とかはやってないんで安心してください。護符とかを惜しみなく使った戦い方なんで、金銭面で一人でやった方が都合がいいんですよ。あと依頼をほぼ受けずダンジョンに向かう頻度が多くて、休憩のタイミングがほかの人と合わないというのも一人でやっている理由です」
「ずっと一人でダンジョンに?」
聞いてきたラオナーズさんに頷きを返す。
「まれにそういった人がいるとは聞くけど、会ったのは初めて」
「強さを求めていたら、そんな感じになりました」
「今どの階で戦っている?」
ルーバスさんに六十八階だと返す。
その返答に四人が目を丸くした。
「強く思わせるために盛ってないか? その若さで七十階近くってのはどうも信じられないんだが」
「俺が保証しよう。そいつはそれくらい行ける」
部屋奥の壁際にいたロッデスが会話に加わってくる。
「あんたはこの子のことを知っているのか?」
「去年の大会のときに会ったんだ。あの大会で魔物が出現したことは聞いているか?」
「噂で聞いたが、本当なのかはわからん」
ガイセンさんたちの表情が真剣身を帯びたものになった。
「本当だ。その魔物と一人で相対して短時間だが時間稼ぎができるくらいには強いぞ」
「この子魔物と戦ったのか!?」
驚きの声が部屋に響く。なんだなんだと注目が集まった。
「一方的にぼこぼこにされていたが、こうして生き残り冒険者を続けられている。あのときから実力を上げているようだし、ここにいる冒険者の中でも上の方だろうさ」
「その魔物が弱かったというだけじゃ?」
「俺やほかの大会上位者が負けた相手だ。弱いと思うか? あれは確実に七十階にいるモンスターを楽に殺せる強さがあったぞ」
負けたと断言したことにざわりとした雰囲気が生じた。
「あとで模擬戦でもして実力を確かめるといいさ。組むなら互いの実力を知っておくのは必要なことだしな」
「そ、そうする。それと魔物について話を聞かせてほしい。遊黄竜の背にいるかもしれないと聞いているんだ」
「デッサから聞けばいいじゃないか」
「ぼこぼこにされていたのなら覚えていないんじゃないか?」
「ああ、そうかもしれないな。ちょっといいか!」
ロッデスは職員に声をかける。
「なんでしょう?」
「魔物についての話を皆に聞かせようと思う。そのための時間をもらっていいか?」
「どうぞ。私たちも必要なことだと思います」
「じゃあしばし皆の時間をもらう。デッサも補佐してくれ」
ロッデスが教卓に立ち、俺も呼ばれる。
ロッデスの隣に立ち、話し出すのを待つ。
感想ありがとうございます