181 遊黄竜事件 3
ギルドを出て、昼食用のパンを買ってから港町の外に向かう。そこで止まっている馬車に行き先を聞いて回ってガツソル行きの馬車に乗り込む。
馬車は三十分後に出発する。俺以外の客は二人。用事で港を離れる一般人のようだ。
護衛は一人だ。御者と一緒に御者台に座っていた。
ガタゴトと馬車は進む。日暮れ前に小さな村に到着し、そこで一泊して翌朝に出発し、二時間ほどで目的地に到着する。
俺を下ろした馬車は少しの休憩ののち次の目的地へと出発していった。
「目的の山はあれかな」
徒歩三十分はかからないだろうという距離に山が見える。
今から行っても暗い中探し回ることになるから、動くのは明日だ。
村人に宿があるか尋ねると、ないということで村長に空き家を借りることになる。
そのときに用件を聞かれて、あの山にある素材を取りにきたと素直に答える。
すると納得したような様子を見せた。ずいぶん前から採取依頼を受けた冒険者が来ていたようで、空き家に泊まるのが定番らしい。
この村に冒険者が来るとしたら、小ダンジョンの破壊か素材の採取くらいだそうだ。
一泊し、薬を飲んでから山に向かう。
山に足を踏み入れると近くにいたのかすぐにブラッドワスプが襲いかかってきた。
それなりに速い。四十階にたどりついたときに戦っていれば、その速さに翻弄されたかもしれない。でもいまさら四十階辺りのモンスターに苦戦するはずもなく、一振りで倒し先に進む。
「あ、サファベリーみっけ」
低い木につるっとした小さな朱色の実がいくつもなっている。
人間にとってはこのままではすっぱすぎるらしい。ジャムにしたり、潰さず酒と砂糖漬けにして乾燥させたものが売られていると受付が言っていた。
素手で触れても問題ないものなので、そのままちぎって小袋に入れていく。小袋がいっぱいになるくらいで十分ということで、ここになっているもので足りそうだ。
でももう少し採取していく必要がある。村で食事を無料にするかわりに、サファベリーをとってきてほしいと頼まれたのだ。
バートラッカーの生えているところに向かいつつ、サファベリーも探す。
ロングテールを引きつれたシールドコングとの遭遇、動き星花の群れとの遭遇があったけど、すべて蹴散らしてバートラッカーを発見できた。
幹の根元に五百ミリリットルくらい入る筒を置き、その上部を剣でザクザクと傷つける。すぐにたらりと樹液が流れ出し、筒に入っていく。
「これでよし。あとは溜まるまでサファベリーを探そうか」
樹液は放置でいい。好んで飲む動物やモンスターはいないらしい。
二時間くらいで満タンになるだろうと予想をつけて、その場を離れる。
「ん?」
数分ほど歩いて、遠くからなにかが移動する音が聞こえてきた。
「モンスターかなにかが移動してそうだな。近づいてくるなら倒そうか」
そう思ってその場に止まると、人の声も聞こえてきた。
「だ、誰か! 助けて!」
助けを求める声が聞こえた瞬間走る。同時に心の片隅で森で悲鳴を上げていたリオを思い出す。
同年代の少年がロングテールに追いかけられていた。
「そのまま駆け抜けろ!」
近づきながら言い、俺は力強く踏み込んでロングテールへとジャンプする。
ロングテールは標的を俺へと変えて尻尾を振ってくる。
空中でその尻尾を斬り飛ばし、着地と同時にロングテールを斬り捨てた。
魔晶の欠片を拾ってから振り返ると少年は少し離れたところに座り込んで、荒い呼吸を繰り返している。ぱっと見は怪我はどこにもない。
村人が採取にでも来たのかな。
「帰るなら麓まで送っていくけど、どうする」
「ま、まだやることがあるから」
「あれから逃げられないなら山から出た方がいいと思うけど。ブラッドワスプなんて捕まって殺されるぞ」
「それでも依頼をこなさないといけないんだ!」
「君も依頼で来ているのか。無茶な依頼を受けたんだな」
「あんたも?」
「俺はバートラッカーとサファベリーの採取。船に使うんだとさ」
「同じだ。俺も同じものを取りにきた」
彼も調査を希望して依頼を回された? いやでも実力を見抜けるとか言ってたし……別の人が実力を見抜けなくて依頼を出した可能性もあるな。もしくは依頼未達成になると確信して諦めさせるためにやらせたか。
「ロングテールを倒せないで逃げるしかできないなら、この依頼には向いていないと思うけどな」
「それでも俺は達成して船に乗るんだ!」
「やっぱり遊黄竜の調査を希望したんだな。それなら諦めた方がいい。ここより危険なところだって予想されているぞ」
「危険なのはわかっている。それでも親父を探しに行くんだ!」
ああ、そういった事情か。たしかに調査に行った家族の安否を気にする奴はいるよな。
「行きたいなら一人で行けばいいだろ。ボートを漕いでどうにかするとか」
「転覆するに決まってんだろ!」
だろうな。俺もそれは簡単に予想できる。あれだけ海が荒れているからまともに進むのも難しそうだ。
「それはわかっているけど。お前が調査隊と一緒に行くなら、同行した人たちがお前のミスに巻き込まれて死ぬこともありえる。自分の目的さえ遂げられたら、他人なんて死んでもいいってのか?」
「……」
少年は黙り込む。
「お前が行かなくても調査隊が行く、それらが持ち帰る情報で納得しとけ。また襲われないうちにおりるんだぞ」
少年に背を向ける。
ああは言ったけど採取を続けるだろうなぁ。家族がどうなったのか気になるだろうし、諦めきれないだろ。
また近くで襲われていたら助けるくらいはしようか。
襲いかかってくるモンスターを撃退しつつサファベリーを採取して、そろそろ樹液も満タンになっている頃合いだろうと戻る。
筒を持つと妙に軽い。まだ半分も溜まっていない。
「時間を読み違えたか?」
またもとの位置に戻して、樹液が溜まるのを待つ。
のんびりと待っているとやっぱり予想した早さで溜まるくらいの流れだった。
「これはやられたかな」
あの少年が自分の空の筒と溜まっていた筒を交換したかもしれない。
なんらかのトラブルで流れが止まっていただけかもしれないけど、一応受付には報告しておこう。
溜まった樹液を回収し、山を下りる。
依頼されたサファベリーを渡し、そのときに港町行きの馬車が通る村の場所を聞く。タイミングよくここを通ればいいんだけど、村長が言うには明後日までは通らないということだった。
ついでにあの少年についても聞いてみる。ツーブロックの緑みがかった黒髪、日に焼けた肌、十五歳前後と特徴を伝えると村長は頷く。
三日くらい前に来て、一日だけ空き家を借りて山に入ったそうだ。所持金は帰りの馬車賃だけで、空き家を借りられるだけのお金がなかったらしい。一日だけ空き家を使えたのは村長たちの好意だった。
山から下りて帰っただろうというと村長はほっとした様子だった。
村から出て、教えてもらった村まで魔力循環を使って走る。鍛錬のかわりだ。
大きめな村までは徒歩二時間といったくらいで、走ればそこまで時間はかからなかった。
港町行きの馬車を確認して、昼食をとったあと馬車に乗る。もしかしたらあの少年と遭遇するかなと思ったけど、そんなことはなかった。
馬車は出発し、道中一泊して港町に帰ってきた。
そのまま夜明け港に向かう。
「依頼の達成報告です」
凍らせたサファベリーの入った袋と樹液の入った筒をカウンターに置く。
それを確認して受付は達成を認める。
「こちら経費と報酬になります」
使った分のお金にプラスしていくらかのお金が戻ってくる。
それを財布がわりの小袋に入れつつ、少年について報告する。
「山で俺と同じくらいの少年に会いました。同じ依頼を受けたみたいでしたね」
「緑っぽい黒髪の子でしょうか」
「ええ、そいつです。ロングテールに追い回されていたのを助けたんですよ。そこで少し話して同じ依頼を受けたとわかりまして。その後俺が集めていたバートラッカーの樹液を持っていったかもしれないです」
「そうですか。戻ってきたらそのことを指摘して、未達成としましょう」
まだ戻って来てなかったか。走ったときに追い抜かしたんだろう。
「落とすために依頼を出したと思っていいんですか?」
「はい。その通りです。実力は足りなかったんですが、どうしても調査隊に加わりたいと言って聞かないので、達成できないだろうと思って依頼を出したんです」
この依頼で軽い怪我をして、しばらく歩くのにも苦労するのがベストな結果だと付け加えた。
たしかに動けない人を調査隊に加えるわけにはいかないよな。断るのに一番の理由だろう。
「どうやら父親が遊黄竜から帰ってこないため行こうと考えたようですけど、ギルドは把握してました?」
「しています。彼の父親はここに所属していませんでしたが、利用はしていたので。彼一人だけなら同行ではなく連れて行くだけという条件で了承したんですけどね。母親がいるんですよ。父親に続いて息子まで失うかもと考えると私どもとしては賛成しかねるというわけでして」
「ああ、それは止めますね」
あの少年は父親のことだけで頭がいっぱいで、母親をまた悲しませるということまで考えられなかったんだろう。
「ちなみに連れて行くだけっていうのはどういうことなんでしょうか」
「同行だったら調査隊に守られるんですが、連れて行くだけだと現地解散という形になります。ピンチになっても調査隊は助けてくれません」
「なるほど」
俺が彼に言ったことが実現しないように対策しているということか。
「あの子についてはここまでとして、依頼を達成したので調査隊に加わる条件を満たしました。参加しますか?」
「お願いします」
「正直、まだ若いからやめておいた方がいいと思うんですけどね……失礼しました。四日後の朝、またここに来てください。調査隊を集めて説明が行われます」
受付は思わず本音がでたようで、小さく頭を下げて予定を伝える。
「わかりました。四日後に来ます」
建物から出て、四日間どうすごすか考えながら宿に戻る。
武具を外し、汚れを落として町を散歩することに決めた。
新鮮な魚料理があるかなと探してみる。遊黄竜のせいで逃げたって話だし期待はできないと思っていると、貝を使った料理はみつかった。
比較的波の穏やかな磯や浜でとってきたらしい。網焼き、クラムチャウダー、グラタン、パスタ、スープ、煮物とメニューが並ぶ。パエリアやリゾットという米料理がないのは残念だけど、楽しみだったものが食べられるので問題はない。
クラムチャウダーとパスタと網焼きを頼み、料理が届くのをいまかいまかと待つ。
「兄ちゃん、うきうきしているな」
近くの席で昼食をとっている男が話しかけてくる。
「ええ、取れたての魚介類を楽しみにしていたんですよ。故郷も魚が豊富なところでしてね」
「魚はないがのう」
「そっちは残念ですが仕方ない。今のところは貝だけで満足しますよ」
「今のところは、か。いつ食べられるようになるかな」
「この先ずっとはないでしょう。死ぬまであそこにいるわけはないと思いますよ」
「そうだといいのだが」
男と話していると網焼きが届く。
ハマグリに似た貝が四つ、ほかほかの湯気をあげている。その湯気と一緒にバターの香りが鼻に届く。
貝を持ち上げて、旨味たっぷりの汁ごと中身を食べる。
「うまい!」
「美味いのは認めるが、貿易船が入ってきていればもっと調味料が揃っていてさらに美味いんだ」
「そっかー。帰るまでにもっと美味い料理を食べたいもんだ」
別の料理も運ばれてきて、それらを食べていると誰かが店に入ってくる。
「クワイス! どこ行ってたの! お母さん心配したのよ!」
調理場から声がしたかと思うと、三十歳後半の女が飛び出してきた。そのまま入ってきた人に抱き着く。
抱き着かれた相手に見覚えがあった。
「あの子は」
「ここの息子さんさ。しばらく姿を見なかったが、どこかに行っていたのか」
「山で会った子だ」
「山?」
「ええ、北の方にある山でロングテールっていうモンスターに追いかけられていた」
「なんでそんなところにあの子も君も行ったんだ」
「ギルドの依頼です。ギルドから秘密にするように言われているんでこれ以上は言えませんが、そんな依頼を彼も受けたということです」
この会話が聞こえていたのか母親がどうしてそんな危ないところにと不安げな表情を浮かべた。
クワイスと呼ばれた少年の方は俺がいるということに少し驚いた表情だ。
「あんた、なんでここに」
「魚介類の料理を食べたくて探したらみつけたのがここだった。依頼は未達成だったろ? 親御さんにこれ以上心配かけるなよ」
「でも!」
「でもじゃないよ。お前までいなくなったら、おふくろさんお前たちの後を追いかねないぞ。それでいいのか?」
「それは嫌だ」
「だったらおふくろさんを大切にしろよ。親父さんのことでショックを受けているのはお前だけじゃなくて、おふくろさんもだろ。こんなときこそ家族で支え合っていかないと、不幸な結末にしかならないぞ。実際山で死にかけたんだしな」
「この子はどこでなにをしてきたんでしょうか。死にかけたというのは本当なんでしょうか」
死にかけたと聞いて母親は泣きそうだ。
北の山に素材採取に行き、そこでモンスターに追われていたところを助けたと話す。
聞き終えた母親は頭を下げる。
「ありがとうございます。この子まで失ったら私はもう生きていられなかったっ」
「もうこれ以上馬鹿な行動をしないよう見てあげてください」
しっかり見てないとまた暴走するかもしれないし。
クワイスの方も母親に心配かけているとわかれば、なんとか我慢できるだろう。
母親はコクコクと頷く。
母親に手を握られたクワイスは俺を見て口を開く。
「あんたは行けるのか」
「行けるよ」
「だったら頼みがある。親父がどうなったのか調べてほしい。どうかお願いだ」
「見つからない可能性もあるけど、できる範囲でなら」
「それで十分だ」
この会話でどうして依頼を受けたのか大人たちは察したようで、母親はクワイスをまた抱き寄せ、隣のテーブルの男はやりきれないといった表情になった。
食事を終えて、親父さんの特徴を聞いてから店を出る。
感想ありがとうございます