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18 負け確定の戦い 1

 ハスファたちに近づいて、男の肩をポンポンと叩く。


「ん? なんだ。ハスファさんとのすばらしい時間を邪魔しないでくれないか」

「そのハスファが困っているし手を放してやって」

「なにを言う!? 困ってなどいるはずが」

「いやー、ハスファ本人と周囲の人たちの反応を見ると困っているようにしか見えなくて止めさせてもらったんだが。ハスファに聞くけど、手を繋いでいたいのか? もしそうなら邪魔したことを詫びるんだけど」


 ハスファに視線を向けると、困った表情のまま口を開く。


「えっと放してもらいたいですね」

「だそうだが」

「このように他人に見られたままでは恥ずかしいということだろう。奥ゆかしいものだ。別のところで存分に語り合おう」


 手を放した青年は自信満々といった様子でそう言って今度はハスファの腰を抱こうとした。だがハスファは下がってそれを避けた。すぐにほかのシスターがハスファを庇うように動く。


「嫌がられてないか?」


 俺の言葉に青年は態度を一切変えない。自分が嫌がられていないと心の底から信じ切っているんだなぁ。


「つい先ほど言っただろう、恥ずかしがっていると。可愛らしいことだね」

「とてもそうは見えなかったんだけどな。ハスファは正直どう思っているんだ。四神に誓って正直に言ったら、さすがに恥ずかしがっていると思われないはずだけど。それともやっぱり恥ずかしがっているだけなのか?」

「恥ずかしいです。でもそれは好意からくる照れなどではなく、気を許していない人に触れられることから生じる感情です。それに胸ばかり見られるのも嫌です。四神に誓って間違いないです」


 まあそうだよな。二人のやりとりとか周囲の反応から判断するに、青年の行いは迷惑行為だったしな。


「いやいやそのようなことはあるはずがない。幾度も語り合ったじゃないか。そのたびに君ははにかむ姿を見せてくれた」

「困った表情をはにかみに見間違えただけでは?」


 俺の予想に、ハスファとシスターたちがこくこくと頷く。

 青年は俺をキッと睨む。


「さっきからなんなんだ、お前は! 俺と彼女の睦み合いを邪魔ばかりして! それに気軽にハスファと呼び捨てにするんじゃない!」

「少し世話になった人が困っているようだから、止めようとしただけだ。呼び捨ては年が近いからなんとなく」


 深い意味はないから、嫌がられたらさん付けするよ。


「付き合いの短い君に俺たちのなにがわかるというんだっ」

「俺がどうとかじゃなく本人が嫌がってるし。シスターが神に誓った言葉を疑うのか?」

「それはこのように注目が集まった状態で仕方なく発言したのだろう。あとで神に嘘を吐いたことを詫びるに違いない」

「さすがにそれはないだろ。俺たち一般人ならそれもありえるけど、シスターがそれをしちゃ駄目だろう」

「はい、デッサさんの言う通りです。さすがに神への誓いをそのように捉えられるのは見過ごせません」


 ハスファはこれまでと違い、表情を困り顔から真剣なものへと変えて、まっすぐに青年を見て言った。

 青年はその視線に押されるように少しだけ下がる。


「いや君の誓いを貶すような気はなかった。彼の物言いについ深く考えずに言ってしまった」

「でしたら私の言葉を理解できましたね。今後近づかないでください」


 はっきりと拒絶したハスファがその場から去っていく。

 その背を見た青年は、俺に怒りの表情を向ける。


「君のせいで、彼女の不興を買ってしまった! どうしてくれるんだ!」

「いやどうするもなにも自業自得だろうに」

「君が余計なことを言わなければ、彼女との関係は上手くいったままだったのだ。こうなれば決闘だ! 君を叩きのめして、私の正しさを彼女に示す!」

「いやそうはならないだろう」


 なにを言っているんだ、こいつは。

 俺を倒して、ハスファが考えを変えるという流れの意味がわからない。俺を倒したところで得られるのは、俺に勝ったという事実だけだ。


「まだそんなことを言っているんですかっあなたは!」


 遠くまで行っておらず青年の声が聞こえたらしいハスファが戻ってきて不機嫌そうに言う。


「愛らしい顔をそのように歪めるものではないよ。ちょうどいい、君も俺たちの戦いを見届けてくれ。そしてこれを機に私たちの仲を皆に知らしめよう。ゆくゆくは私に与えられる支店をともに盛り立てていこう」


 大きな店の息子さんだったのか。

 これだけ入れ込むほどハスファに惚れているってことなんだろう。

 惚れすぎていて、相手のどのような反応も自分に都合よく受け取ってしまっているのは困りものだ


「どんなふうに言えばわかってくれるのでしょうか。デッサさんも決闘なんて受けなくていいですからね」

「なんの得にもならないし受ける気はないよ」

「それがいいです。聞きましたね。相手が受けないのですから決闘は不成立ですよ」

「それでは俺の気持ちが収まらない」

「自分が納得しないから喧嘩をふっかけるのですか」

「そうではない。男と男でしかわかりあえない解決法というのはあるのだ」

「それで納得できるのはあんただけだろう。根底にあるのはハスファが好きだからじゃなくて、ハスファが言ったように自分の気持ちを優先したいからじゃないのか。ハスファに自分の気持ちだけ押し付けているのも、振られるのが怖かったからとか」


 押して押して押しまくってその勢いで、ハスファを手に入れようとしたのかな。

 子供のようにごねて自分の意思を通してほしいものを手に入れようとしたのかもしれない。

 

「好き勝手言ってくれる。今ここで決闘といこうじゃないか」

「ぐはっ」


 いきなり殴りかかってきやがった! ほんとに子供か!?

 シスターや訪問客から悲鳴が上がり、外でポーションを買っていた冒険者たちも集まってくる。

 聖堂で暴れるものではないと冒険者たちは青年を止める。


「止めてくれるな! これは決闘なのだ!」

「なにが決闘ですか! デッサさんはやらないと言っているのに、そちらが勝手に始めたのでしょう!」


 怒ったハスファが言い返すと、冒険者たちはなにが原因なのか聞いてくる。

 それにシスターたちが答える。

 その間にハスファが俺の近くにきて、殴られたところを心配してくれる。


「ええと女の取り合いってことになるのか?」

「いや違うだろう。振られた男が暴れたんじゃないのか」

「振られたところに正論をぶつけられてカッとなったか」

「なんにせよ、こうして始めたからには一回戦わせた方があいつの気は治まるだろう」

「相手はやる気がないんだぞ? 片方だけを満足させるのに決闘をさせるのか?」

「聖堂で暴れるような奴だ。まともな決闘をするかわからんぞ」


 様々な意見が冒険者たちから出る。

 話し合いが続いて、決闘をさせる方向に定まる。

 

「なんでそうなる?」


 思わず疑問が口に出る。あいつを落ち着かせるためだけに決闘をするのは納得いかないぞ。

 この疑問には最年長の冒険者が答えてくれる。


「お前さんが疑問に思うのも無理はない。だが一度こうして揉め事を起こしたからには、勝ち負けはおいといてなんらかの決着はつけた方がいい。決着がつかずに恨みが残って、ダンジョン内で襲撃といったことも想定されるからな」


 金持ちの息子らしいし、荒くれ者を雇う金はもっていそうだ。


「そういった奴は決着がついてもダンジョン内でやらかしそうだけど」

「そこはギルドと教会に立ち会ってもらって、契約書をかわしてもらう。決闘後にあいつが馬鹿な真似をするか、もしくはやろうとする動きを見せればギルドと教会利用禁止といった契約を」

「それでも納得いかない」

「わからんでもないが、お前さんも相手のプライドを悪戯に刺激したツケを払うってことで納得してくれ」


 言いたいように言いすぎたってことか。


「たぶんだけど俺は負けるぞ? 冒険者になって十日だ」

「十日か、向こうもそれくらいだったりしないだろうか」


 向こうは俺より年上だから、それだけ長くダンジョンに行ってそうなんだよな。


「あの人は一年と少し経過していると思います。そんなことを言ってましたから」

「実力差があってなぶるだけになりそうだな。そこは調整する必要がありそうだ」

「あと聞きたいんだけど決闘で勝敗がついて、なにかしらの条件がつくことってあるのか? 俺が負けたら教会に近づくなとか言われると困る」

「それについて再確認なんだが、そのシスターが言い寄られて、振ったということで間違いないな?」

「はい。間違いありません。今後近づかないでとはっきり伝えました。その後にデッサさんに殴りかかったのです」

「だったらあいつに非がある。だから勝敗で条件をつけるようなことはできない」


 純粋に戦うだけなのかと確認すると、年上の冒険者は頷く。

 対人経験を積めると思って殴られてくるかぁ。

 俺が了承すると、その方向で話を進めるということになって、まずは教会の代表者に話が通される。

 代表者が来るまで聖堂の長椅子に座って待つ。

 ハスファは俺の殴られたところを冷やすため、布を濡らしてきて今は隣にいる。

 

「文字教室いけなかったなー」

「すみません、私の問題に巻き込んでしまって」


 ハスファが申し訳なさそうに頭を下げた。

 あの青年はまた暴れないように冒険者の見張りつきで聖堂の隅にいる。


「いや、あのまま知らんふりできなかった俺にも原因があるし。明日ダンジョンに行ける程度のダメージで終わることを祈ってて」

「ポーションを準備してますから、できるだけ無理はしないでください」

「無理云々は向こうの気分次第だからなぁ」


 そんなことを話していると六十歳くらいのお爺さんと四十歳ほどのシスターが聖堂に入ってきた。二人の胸にはハスファと同じ聖印が揺れている。

 ハスファは立ち上がり、その老人に近づいていき、小さく頭を下げる。

 老人は頷き、ぽんぽんとハスファの肩を叩く。

 四十歳のシスターが集まるように声をかける。

 話を主導で進めるのはそのシスターだ。六十歳の老人は、ハスファたちミレイン信仰のトップで夜主長という役目を担っているそうだ。

 ほかにも天主長、地主長、朝主長というトップたちがこの教会にいて、その四人でシスターと修道士をまとめているらしい。

 夜主長たちにこれまでの経緯を話し、いざこざは決闘で終わらせて、その後に問題を持ち越さないことを誓うことになった。

 互いにダンジョン内で今回の件に関した問題を起こしたときは、しばらく教会を使えないという契約もかわす。

 探索している階層が違うから出くわすことはないだろう、たぶん。

 教会での話が終わると、次はハスファも一緒にゴーアヘッドに向かう。ベルンという名前だった青年も当然一緒だし、年上の冒険者も一緒だった。

 俺と同じようにベルンもゴーアヘッドを利用していて、決闘はギルド所有の鍛錬場でやればいいだろうということだった。ちなみに年上の冒険者は中規模のギルドに所属しているらしい。

 年上の冒険者はここまで関わる必要はないはずだけど、年下の世話をやくのも年上の役割だと言って、同行してくれた。教会で行った契約などが書かれた書類も彼が持っている。

 俺とハスファとベルンの三人だけだとまた言い争うことになりかねないし、同行してもらえるのはすごく助かる。

 そのおかげかベルンは移動の間静かだった、冒険者たちに宥められて頭が冷えたかもしれない。頭が冷えて決闘中止を口に出さないってことは、ここまで話が進んで引っ込みがつかなくなったか? 

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― 新着の感想 ―
[一言] これを放置しているんだから、ベルンの方は関係者を含めての契約にしておかないと安心出来ない気がするけど
[一言] 自分を中心に世界が回ってると思ってそうだなあ こんなんが跡取りってその店大丈夫か……?
[一言] 思い込みが強すぎますねぇ 言葉が通じるのに話が通じない人間、現実にもいるから困るw こういう奴は近づかないように周りから説得されても言うこと聞かずにストーカーになりそう
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