179 遊黄竜事件 1
デーレンさんが帰り、すぐにリューミアイオールが話しかけてくる。
試練だけど、前回前々回のように短期ではなく時間がかかりそうなものらしい。
「どういったものなんですか」
『遊黄竜に関してだ』
「遊黄竜を止めろと言われても無理ですよ」
『止められたら最善だが、調査で終わる可能性もある。やらせたいのはどうして暴れているかの原因を背に乗り込んで探ることだ。原因が人間ならば放置していい。魔物ならば倒して糧にしろ』
調べた結果、放置でOKとなったら助かるんだけど。
「原因はわかっていないんですか?」
『竜の周囲を調べようとしても、互いの力が干渉してなにもわからない。これが下位の竜ならばそういったことはないが、同程度の力を持っているあれに対しては無理だ』
なるほど……しかし力が干渉するということは。
「直接遊黄竜の背に転移することは無理?」
『挑戦はできるが、かなりの確率で海上に放り出されるぞ』
それは勘弁だ。船を調達して暴れる遊黄竜に接近しないといけないのか。やってくれる人なんていなさそうなんだけど。
「船を調達することすら無理な場合はどうすれば」
『まずは向こうで探せ。それで無理なら転移で挑戦という形になるだろう。干渉しないように上空からの落下という形の転移になるだろうな。落下の衝撃を和らげる手段を考えておけ』
「どれくらい高いところから落とされるんですか」
『雲まではいかないが、それに近い高さになる』
死ぬ。その高さからの落下を和らげる方法なんて……パラシュートを自作する必要があるんじゃないか? パラシュートを作って、頑丈さを上げる護符を使って、魔力循環で頑丈さを上げて、それでも無事着地できるところが想像できない。着地なんて避けた方がいい。素人が作ったパラシュートなんて絶対破れる。
たしか噂で大陸間を飛び船という空を飛ぶものが移動していると聞いたことがある。それをどうにかって、個人でそんなものを調達するのは無理だ。
どうにかして船を出してもらわないと。食われる前に落下死なんて死亡フラグが出てくるとは思ってもなかった!
「落下速度を少しくらいは緩められないんですか!?」
『少しくらいは可能かもしれんが』
「少しでいいんでやってください!」
『わかった。そのときになったらやることにしよう』
最悪のときの保険は得られた。少しは不安が晴れる、なんてわけはない。絶対船を調達しないと。
行った先の町についてなんか聞いて、準備のために荷物をまとめる。
今日はもうダンジョン帰りで消耗しているから出発ということはなく、明日は準備で明後日の朝出発ということにしてもらった。
向かう先にあるのはそこそこの規模の港町、カーリンという名前だそうだ。
ジケイルさんたちが向かうと言っていたところは別の港町なんでばったり遭遇ということはないだろう。
翌日、ロゾットさんたちに明日からわりと長期の遠出になると話してから、準備のために町に出る。
もしかすると落下衝撃緩和の護符とかあるかもしれないし、忘れずに聞こう。
ハイポーションや各種薬を購入して、護符を売っている店に向かう。
店員には崖作業があるからと説明して、落下衝撃緩和の護符があるか聞く。返答は、あるかもしれないけどこの店には置いていないというものだった。ほかの店にも行ったけど同じだった。護符職人が持ってきたことがないから、この町の職人は作れないんじゃないかということも教えてもらえた。
買い物をすませてシーミンやハスファにも出かけることを伝えて、買ったものを持ってルポゼに帰る。
準備のついでに裁縫道具と布と紐も買った。荷物をまとめ終わったら小型のパラシュートを試作してみようと思ったのだ。
荷物の確認を終えて、久々に裁縫を始める。布の四隅に紐を縫い付けて四本の紐をひとまとめにして、重しを探す。良さげなものはなかったから、ハンカチに硬貨を包んで紐を結びつける。
出来上がったそれを天井へと投げる。
「上手く開かなかったな」
もう一度だと拾って投げる。何度も繰り返していると、上手くいけば落下速度が緩くなっているのがわかる。
「じゃあ次だ」
硬貨を増やして落下速度の変化、耐久性といったものを見ていく。重りを支える紐の数を増やして変化はあるかといったことも見ていく。
この結果をメモして、実際にパラシュートを作る際に役立てるようにしておく。でも今のところは開かず失敗する未来しか見えない。船の調達を成功させなければという思いが強まった。
朝になり、武具を身に着けて、荷物を持ってルポゼを出る。
(いやー足が重い。上手く船を調達できるのか不安しかない)
本当に妙な運があるなら、なにかしらのトラブルの末に船が出てくれないかな。
そうなったらトラブルを乗り越えてようやくスタート地点か、めんどくさいな! 今回も頑張るべ。向こうについたら景気づけにとれたて魚介類を食べたいわ。
町から出て十分ほど歩き、もう慣れた転移の感覚が起こる。
風景が変わるとそこはなだらかな丘で、遠くに町と海が見える。
漁船なのか小型の船が並ぶ。木造船ばかりに見える。はるか沖には島が見えた。
「いや島じゃないな」
島と思われたものの端に亀のような頭が水の中から出て来たのが見えた。上げられた頭部は海面に叩きつけられ水しぶきを上げている。手足もばたつかせているのか、そこらへんでも飛沫が上がるときがある。
その衝撃で海岸線に大きめの波が押し寄せて、停泊している船が大きく揺れていた。
積極的に攻撃するような暴れ方を想像していたけど違ったみたいだ。でもあれはあれで迷惑でしかなさそうだ。
「かなりでかいな。野球のドームで表すと何個くらいだろ」
少なくとも一個二個は軽々と入るっぽいな。リューミアイオールより確実に大きい。
木々が生えているのも見えて、じっとしていれば島にしか見えないだろう。
あれが常に暴れるような存在じゃなくて人間は助かっている。あの巨体にそぐわぬ速さとかだせそうだし、それが好き勝手動き回るだけでも船を一方的に破壊して回ることになるだろう。
「遊黄竜になにが起きているんだろ」
遠くから見るだけじゃなにもわからない。
港の人たちはなにか知っているかなと思いつつ、港へと歩いて近づく。近づくほどに潮の匂いが強くなっていった。
港町は寂れてはいないけど、静かな雰囲気で包まれていた。
「今後寂れていく可能性があるわな」
とりあえずは宿だ。道行く人に場所を聞けないかと周囲を見渡す。
樽に腰掛けて座っているお爺さんがいた。ぼーっと海の方を眺めている。
「すみません、ちょっといいですか」
「なんじゃい」
「手頃な値段の宿があれば教えてもらいたいんです」
「宿か。今ならどこも値段は高くなさそうだがな。波の向こうという宿がいいんじゃないかと思う」
方角を指差して、屋根の色といった特徴を教えてくれる。
「ありがとうございます。ついでに遊黄竜について聞いていいですか」
「あれについて? またなんのために」
不機嫌そうに聞き返してくる。この港町を苦しめている存在ことなど話したくないのかもしれない。
「なんであれが暴れているかの調査に来たんです」
「そんなもの俺たちが知りたいわい」
「まったく原因はわかっていないんですか?」
「わかっておらんはずだ。なにかわかれば噂になるはずじゃからの」
「南の国では人間が魔物の封印を解きました。そういった感じで、怪しい人がこの町に来たということはありませんか?」
「いやそういったことはなかった、はず。というかだ、人間が遊黄竜にどうこうはできないと思うが」
「なにを考えているかわからない人なんて珍しくはないでしょう? そういった人がちょっかいかけることはあるのかもと思ったんですが」
「遊黄竜に近づいた怪しい船はなかったはずだ。だがほかの奴ならなにか知っているかもしれん」
お爺さんは情報を持っていないと首を振る。
「そうですか」
「調査と言っていたが、国が動いたのかい」
「いえ国ではないです。ただし国も放置はしないでしょう。この規模の港やここらの海が使い物にならないのは国だって困るでしょうから」
「そうだといいが。しかし国でなくとも動くところがあるのか」
「商人たちも人を雇って調査くらいはしているんじゃないかと思うんですが」
「四十日ほど前に遊黄竜が暴れ出したとき商人たちは動いた。近づいて調査するために船も出た。だが遊黄竜に上陸した者は誰も帰ってこなかった。荒れる波に船自体にもダメージがいき、近づける船も減った。それにともない調査する者も減って今では誰も調査は行っておらん」
人が帰ってこないってことは明らかになにかある。
危険な生物がいるなら逃げ帰ってくるくらいはできるはず。
「船を出してもらうことってできそうですかね」
「無理ではないかの。さっきも言ったがダメージを受けている船が多い。動かそうとは思わんだろう。それに行ったところでまた同じ結果になると考えるだろうさ。死にたくなかろ? 行こうとは思わん方がいい」
行かなきゃ死ぬんだけどね。
しっかしこのお爺さんの考えがスタンダードなら、気合の入った人を探さないと無理そうだな。
ゲームや漫画ならいそうだけど、現実だとどうなんだろう。
「行く気のようだな」
「ええ、船を出してくれる人を探します」
「無理に連れて行くのは殺すのと同じようなことだぞ?」
「無理に連れて行く気はないですよ。近づくだけでも危ないというのはわかります。ちゃんと行く気がある人を探します」
「おらんと思うが」
「いることを願うのみですよ。ではそろそろ宿に行こうと思うので失礼します」
頭を下げてその場を離れる。
あの人がじつは漁師の元締めでのちのち関わってくるってのは、漫画とかに毒されすぎだわな。
教えてもらった宿に向かい、暇そうにしていた従業員に声をかける。
「部屋を取りたいんですが」
「いらっしゃいませ。何泊でしょう?」
「とりあえず十日ほど」
「十日、ですか」
戸惑った様子を見せる従業員。
「なにか不都合でも? 改修工事が入ったりしますかね」
「いえ、そういうわけではないのですが。そんなに滞在してどうするのかなと思ってしまって。船は今動きませんから、どこかに行けませんし、交易品が入ってくることもありません。この港町でやることなんてないのにと」
「遊黄竜の調査に来たんですよ」
遊黄竜の名前を出すと途端に少しだけ嫌そうな顔に変化した。
「あれの調査に?」
「なんで暴れているのか気になりますからね。そちらは嫌っているみたいですね」
俺の言葉で自身の表情に気付いたのか、深呼吸して落ち着いた表情に戻る。
「失礼しました。あれに関しては皆嫌っているでしょうね。港町を殺されているようなものですから。最初は珍しいものが見れたとはしゃいだものです。しかし被害が出てくるとそんな気分にはなれません」
「当然でしょう。以前は商人が調査を行っていたと聞きましたが」
「そう聞いていますね。成果はなかったそうですけど」
「今も調査を行っている商人とかはいるんですかね」
「いないと思います。人を送っても帰ってこないし、損失ばかりだってわかったからどうしようもないと判断したんだと思います」
「それじゃあここらの領主が動いたとかそういった話は?」
「陸から兵が遊黄竜を見張っているくらいですね。対応を王都に求めているんじゃないでしょうか」
相手が海賊とかなら領主の判断でどうにかなりそうだけど、相手は竜だしどうしたものか迷ったのかな。
今は沖で暴れているだけだけど、ちょっかい出したせいで陸に向かってきたら大惨事間違いなしだろうからな。
「ちなみに誰か調査に行きたいと言っている人を知りませんか。いるなら同行したいんだけど」
「以前はいたんですが、今は誰も。私が知らないだけで行こうとしている人はいるかもしれません。危ないですが酒場に行ってみるといいかも。仕事がなくて飲んだくれている漁師がいます」
「不機嫌な酔っ払いが多そうですね」
「遊黄竜の話題は神経を逆なでするだけかもしれず、あまりお勧めできません」
それでもノーヒントの現状よりましだから、漁師が集まってそうな酒場を教えてもらう。
取った部屋に向かい、荷物を置いて宿を出る。
感想と誤字指摘ありがとうございます