178 デーレンの苦労
会いに行くとシーミンも今日が休みだったようで家でのんびりとしていたらしい。
子供たちのおやつ休憩のついでに演奏をしてから、シーミンの部屋に移動した。机の上にプレゼントしたガラスのコップが一輪挿しとして置かれていた。
「その紙袋は?」
「新しい魔製服。そろそろ買い替え時だったんだよ。剣を買い替えるついでに今日買うことにしたんだ。どちらも八十階を超えても使える代物だそうだよ」
「八十階、気軽に行けるとは言えない場所よね」
「まあ現状難しいよね。頂点会と協力して行くことになりそう。それもまだまだ先の話だろうけどね」
まずは七十階を超えないと。
「どんどん先に進むわね。追いかけるのが大変」
「今はどこで戦っているんだ」
「ウィップワームを相手しているわ」
「それが出てくるのは五十八階だっけ」
そうねとシーミンは頷く。
ウィップワームは体のあちこちから触手を伸ばしている大きな芋虫だ。手数の多さもさることながら、ウィップという名の通り鋭い打撃をくりだしてくる。
「春前は五十階辺りだったかな。見回りを減らしているとはいえ、仕事もやっているとペースは遅めなのかな」
冗談だ。遅めというわけではないのはわかっている。
「あなたの速度を基準にしちゃ駄目よ。私のこのペースでも早めなんだからね」
「冗談のつもりだったんだけど」
「わかりづらいのよ」
シーミンは溜息を吐く。
「前回会ってからそう時間は経過していないけど、なにか変わったことはあった?」
「ジケイルさんって覚えている? 宝探しに行ったときの人なんだけど」
「覚えているわ。魔物と遭遇して洞窟を壊したときのことでしょ」
インパクトのある話だったから忘れようがないと呆れた表情で言う。
「その人たちがミストーレに来ていたんだ」
「また宝探しのお誘い?」
「いや、別のところに向かっている途中でミストーレに来たから、顔を見るために寄ったんだって言っていた。互いの近況を話して、向こうもそれなりの騒動に巻き込まれていたらしかった」
ジケイルさんたちが巻き込まれたことを簡単に話す。
「あなたの妙な運がその人たちにもうつってそうね。今後もおかしことに巻き込まれないといいけど」
「向かった先で遊黄竜が暴れているらしいからどうなんだろ」
「どういうこと?」
町で聞いた東の海について話す。
「そんな話が流れていたのね」
「近年竜が暴れたって話を聞いたことがないんだけど、シーミンはどうよ」
「私もないわね。怒赤竜が縄張り内で活動しているってことくらいね」
「遊黄竜が暴れている原因はなんだろうね」
「……わからない。誤って貿易船が突っ込んだ、いやそれくらいなら逆に船を壊してのんびり泳いでいそうだわ。なにかしら厄介なことが起きてそう」
「そのまま怒った状態で各地の海を泳ぎ回ることになるのかな」
「もしそうなったら船をメインにした商人たちは大打撃よね」
他人事のように言う。
無理もないか。ここは海から遠いし、身近に感じろと言う方が無理だろう。
「遊黄竜は国がなんとかするでしょ。放置していたら困るでしょうし」
「そうだね」
「懐かしい人に会ったこと以外にほかになにかあった?」
「あとはいいものを手に入れることができたかな」
首を傾げたシーミンに、黒竜真珠を見せる。
「あら、綺麗な真珠。ただの宝石じゃなさそうだけど」
「持っているだけで毒とかに耐性を得られて、魔力活性とかで使用する魔力消費をある程度抑えてくれるんだよ」
「すごく便利だけど、高かったんじゃないの?」
「お礼としてもらったからただだった」
「それをもらえるくらいの出来事って、かなりの大事だと思うんだけど」
「その村にとっては大事だったのかな」
行った場所がばれることを避けるため勇者の武具という部分はふせて、村の宝が盗まれてそれを取り戻したと話す。
「大昔に盗まれて、盗んだ魔物はモンスターに変化して守り続けた。そうまでして守らないといけないほどの強力な道具だったと」
「もとのままだったら伝説に名を残すくらいの代物だったろうね」
「そうでしょうね。劣化したものでも十分役立つし、大昔は魔物との戦いで役立っていたと思うわ。それを持っていることをほかの人に言っちゃだめよ。欲しがる人は必ずいる。それこそ盗んででもって考える可能性もある」
「だれかれかまわず言いふらすようなことはしないよ。危ないのはわかる。シーミン、ハスファといった身近な友達くらいだ」
身近な友達という言葉にシーミンは嬉しそうに笑みをこぼす。
「そうね。信じられる友達くらいにしておきなさいな」
信じられるという部分にシーミンは笑みを深くした。自分で言ったことだけど、そう言えることが嬉しかったみたいだ。
「ほかにはなにかあったのかしら。友達の私がなんでも聞くわよ」
「上機嫌なところ悪いけど、これくらいかな」
「そ、そう」
シーミンが肩を落とす。冷や水をぶっかけたみたいで申し訳ない気分になるな。
話題を変えよう。
「そういやディフェリアたちは元気?」
深呼吸したシーミンは頷く。
「薬の効果を完全に消すために必要なお金を貯めているわ。実力も少しずつ上がっている」
「また誘拐されたりといったことは?」
「ないわ。平穏なものよ。あの子の周囲に異常は感じられないし、あのときの関係者はこの町にはいないのかもしれない」
「そっか。関係者といえば、シーミンに似た人が向こうにいるんだったな」
「私に? 顔とかかしら」
不思議そうに聞き返してくる。
「いや勘の良さ。カルベスっていう男で、祭りのときに俺に誘いをかけた奴だ」
「そんな人がいたって聞いたことがあるわね」
「あれとまた会うことがあるかもしれないから、勘の対策を教えてもらえないかな」
「対策って言われてもね。状況によるとしか。どういった状況の対策を想定しているの?」
「また逃げられないようにって感じだけど」
「捕まえたいってことね」
考え込む様子を見せて、三通り思いついたと言う。
「一つ目は人を使う。多くの人数で囲んで逃げ道をふさぐ。でもこれはその男の強さ次第では突破される」
「なるほど。そうするにはあの男がいるって情報を掴んでおく必要があるよね」
「そうね。捕えようとする動きを察せられることもあるわ。次に広範囲の攻撃を行う。くるとわかっていても避けられない攻撃で倒してしまう」
「それが可能なのは魔法か弓兵の部隊かな」
「それ以外だと職人に超広範囲が攻撃できる特製の護符を準備してもらうとかね」
「ああ、そんな手段もあるんだ」
「でも作られる人はかぎられていると思う」
たしかに駆け出しの職人には無理そうだ。
「最後はどんな手段なんだ」
「超高速の速度で接近して捕まえる。接近してこようとしていると頭でわかっても、それに対応できないくらい速ければ体の動きがついていかないわ」
「俺にできそうなのはそれだな」
「注意してほしいけど、私よりも勘が鋭いならあなたが近くにいることを察して、出会わないように隠れることもあるってこと」
「そもそも発見できなければ捕まえられないってことかー」
「あなたを警戒しているなら接近はさけるでしょうね」
警戒はされているんだろうか。勧誘してきたし、また姿を見せて勧誘してくる可能性も……その場合は捕まらないように対策を練って出てくるかもな。
助言の礼を言い、二時間ほど雑談してルポゼに帰る。
休日ののち、ダンジョンに泊まり込んで剣の具合を確かめる。
頑丈さが上がり、これまでより力を込めても刃こぼれの心配が減った。斬れ味も上がっているので、フレヤの剣よりもスパッと斬ることができている。
叩いて柔らかくしていた岩肌ワニを、剣のみで斬りつけてダメージを与えることができるようになり、殲滅速度が上がった。
この調子なら様子見で六十九階に進んでも大丈夫だろうと帰る前に行ってみた。
そこにはゴドスパダーという蜘蛛のモンスターがいる。ボックスカーを優に超える大きさで、体表に金色の筋が何本もある。その筋から魔法扱いの電撃を放出する。
対処は五十一階にいた雷雲のモンスターと同じで魔法耐性の護符を必要とする。
今回は持ってきていなかったので、魔力循環二往復を使って耐える方向で戦った。
火力過剰だったのですぐに倒せて、体表をはしる雷が剣を通して体に伝わってくるくらいしかダメージを負わなかった。
ビリっとした痛みですんだけど、魔力活性で戦えばもっと痛かっただろうし、魔法耐性の護符は必須だろう。
収穫を得て、魔力循環が切れる前に走って六十階までの距離を稼ぐ。
ルポゼに帰ると、ロゾットさんから客が来ていたと知らされる。
「名前は言っていた?」
「デーレンと名乗っていました」
「あの人か」
フェムのことについて聞きに来たとかそんなところだろう。
また来るだろうし、こちらからなにかアクションを起こす必要はなさそうだ。
留守中の報告を受けて、自室に戻り軽く汚れを落としたあと武具の手入れをする。そうしていると扉がノックされた。フェーンの声がする。
「なんか用事か?」
「お客様が来ています。デーレンという名前です」
「早速来たんだな。ここに来てもらうように言ってくれ」
「はい」
扉は開けっ放しにして、武具などを棚に移動する。
すぐに足音が聞こえてきて、デーレンさんが姿を見せる。
「中へどうぞ」
「邪魔をするよ」
デーレンさんは部屋に入り、扉を閉めて近づいてくる。
心労からか顔に疲れがでている。他人の俺でもわかるくらいだし、家族はもっと心配しているかもしれない。
椅子を勧め、俺も座る。
「久しぶりだ」
「ええ、お久しぶりです」
「あれから強くなったようで今度は勝てないかな」
「どうでしょうね。そちらも強くなっているはずですし」
「そうでもない。鍛錬はかかしていないが、フェムを探すことを重視した生活だったからね」
「訪問の目的はフェムについてですか?」
「ああ、直接会ったという君から話を聞きたかった」
カルガントのジーモースであったことを隠さず、見聞きしたものを話す。
俺の話を遮ることなく聞いて、デーレンさんは口を開く。
「見間違いではなかったのかな」
「フェム当人でした」
「だとすると罪のない人を殺したのも間違いないのか」
「カルベスの言うことが本当なら、ですね。俺から見たら嘘を言っている様子はなかったけど、嘘を見抜くのが得意ってわけでもないし。そこらへんは自分たちで確かめてください。ただしあのときのフェムの様子なら本当にやってそうでもあります」
命を削ることすらやっていたんだから、強くなるために誰かを殺すこともやってそうだ。
「嘘だといいんだが。人に迷惑をかけることはあったが、そこまでのことをするような弟じゃなかった。あの子にもなんて伝えればいいのか」
「幼馴染にはなにも伝えてないんですか」
「さらわれたことは伝えた。それだけでも辛そうだったのに、これ以上辛い思いはさせたくなくてね」
盗賊といった悪人を殺したとかならまだ納得はできそうだけど、無実の人を殺すのはさすがにアウトだよね。
クロッズさんにも家族がいたことを知ったら余計に落ち込みそうだ。
「フェムを取り返せても、そのまま幼馴染と婚約というふうにはいきそうにありませんね」
よほどのどんでん返しがなければ、婚約は取り消しだろうなぁ。
「婚約させてあげたいが、罪は償わなければな。操られたからなにもかも問題なしとはいえない。国からも罰の軽減はしないと連絡が来ている。そんな状況だし、結婚は無理だろう」
国からも対応の連絡がきているなら、甘いことは言えそうにないな。
「罪を償うということは、ワーヅにも知らせるということですかね」
「本当に殺していたのなら知らせないわけにはいかないよ。ワーヅという子にとって大事な家族を奪ったのだから、その子には知る権利がある。フェムを連れて行き、本人の口から語らせるべきだ」
「その結果、フェムが死ぬことになっても?」
ワーヅにとっては二人目の父親であり、仇を討ってくれた存在だ。それを奪われたとなれば、かっとなってナイフなんかで刺しても不思議じゃない。
「できればそういった事態は避けたいんだけどね」
その言葉には自信がない。デーレンさん自身も碌なことにはならないと予想できているんだろう。もしかするとフェムの命が失われることを受け入れているのかもしれない。
「デーレンさん以外の人たちはどうしています? カルガントに探しに行っているんですか」
無実の人間を殺したというのは名家に害をもたらす情報だろうし、いっそのことフェムを切り捨てるという選択をしている可能性もある。
デーレンさんは頷いた。切ることはなかったみたいだ。フェムは皆に大事にされているという証左だろう。
力を与えるなんて上手い話に乗らなければ、なんだかんだ幸せになっていたのだろうなぁ。
「シャルモスの残党だっけ? それの情報を求めて奔走しているだろう」
「町長にも話しましたが、勘が鋭い人がいますから探していることを悟られるかもしれません。逃げられることも考慮して追った方がいいです」
「わかった」
デーレンさんは大きく溜息を吐いて背もたれに体重を預ける。
「実は聞いたことを否定したくてここに来たんだよ。でも君が嘘をついている様子はなかった」
「俺は嘘をつく理由がありませんから」
「そうだね。だったら本当のことだと判断して動かないといけない。俺たちにとって最悪はフェムが無茶を繰り返して死んでしまうことだ。国としてはさらに馬鹿をやることが最悪なんだろうけどね。いろいろとケジメをつけるためには、好き勝手やって死なれるのは困る。純粋に生きて再会したいという思いはあるけど、起こした問題の責任を取らせるために生きていてもらいたい」
心配するだけではなく、国のことや家のことを考えないといけないデーレンさんは複雑そうだ。
「寿命を削りそうな技術を使っていますから、再会の前に死ぬということはありえそうです」
「強くなってほしかったけど、そういった強さは違う。大事な人を守れるくらいの強さとしっかりとした心を得てほしかった。俺たち家族はやり方を間違ったんだろうか」
「悪いのはフェムと誘拐した人でしょうよ。いつまでもだらしのないままなら心配して当然です」
少しだけ緊張が抜けた表情でデーレンさんは礼を言う。
聞きたいことを聞き、用事を終えて少し雑談してデーレンさんは肩を落として帰っていった。
感想と誤字指摘ありがとうございます